第100話:ぶつけられた言葉
幼い頃から才能に溢れ、学問・武術も他の追随を許さず。
魔力量の多さに加え、繊細な魔法操作も可能。
天から賜った輝かんばかりの美貌と、大国アドリオンの王族という身分。
ダミアンという人間は、生まれた時から全てを与えられていた。
「殿下は素晴らしい!」
「殿下は天才だ!」
「殿下は偉大な人物だ!」
向けられる賞賛。喝采。
その言葉の裏に隠された醜い嫉妬も、羨望も、欲望も、全てを視ていた。
イロコイについて学んだとき、その欲を初めてぶつけられた時、ダミアンは思った。
まだマシだ、と。
貴族たちや諸外国の王侯貴族たちとの関係よりも、よっぽど。
ただダミアンの才能に、力に、美貌に心を奪われているだけの心は視ていて安心できた。
嫉妬も、羨望も、欲望も。
イロコイであれば、まだマシだった。
だが時間が経てばその感情は大きく変化する。
「私だけをなぜ愛してくれないのですか」
「貴方だけをこんなに愛しているのに」
「どうして信じてくれないのですか」
その感情が純粋であればあるほど、可愛らしい形だったはずのものは、薄汚く、歪に変化していく。
「私の心を視ることが出来る貴方が怖いの!」
ダミアンに懸想するあまり、夜眠るダミアンの寝室へ侵入を果たしたとある令嬢が、騎士に取り押さえられ泣き笑いながらに叫んだ。
怖いと言うならなぜ更に近寄るのか。
事件は、当時まだ十代のダミアンの心に痕を残した。
以来王宮で寝ることは出来なくなり、現在住んでいる、元は狩りで使っていた仮家を改装した家で、眠るようになった。
「城や街は私たちにとってうるさい。いくら視なければ良いと言っても、気は休まらない。移るには良い機会だ。」
自分に恋愛感情を向ける人間に、前より警戒するようになった。イロコイは、当分良いかなと思った。
いずれ世継ぎのために誰かと結ばれなければならない。
(どこかの国の誰かと、互いの利益のために婚姻を結ぶ契約婚が一番良い。お互いのためにも。)
そんな時にダミアンの前に現れたのが、カタールの公爵令嬢である。
留学の名目で訪れていた彼女は、なぜか王城の庭園の一つでダミアンと出会う。
ぼーっとしていたらここにいた、と話す彼女の言葉を疑ったが、心を視ても嘘は付いていなかった。
以降も度々二人は偶然出会う。
街中で、道端で、路地裏で、夜会で。
ぼんやりとした彼女の考えは、ぼんやりとしているからか少なく。
嘘のない彼女にダミアンは次第に心を許していく。
交流を深めていけば、彼女がダミアンにイロコイに関する感情を向けるのは当然のことだった。
なんの裏もない彼女の告白に、ダミアンは彼女を信じることにした。
付き合い始めて少し経った後、彼女は城に行ってみたいと言い出した。
前に一度知らずに入ってしまったから、今度は正面から入ってみたいと言う。
ダミアンは分かったと彼女に告げた。
始めは彼らが出会った庭園。
ダミアンが稽古をする鍛錬場。
他の庭園もいくつか周った。ダミアンの執務室にも一度だけ連れてきた。
違和感は、確かにあった。
家族にははっきりと言っていなかったが、ダミアンに恋人がいることはバレていたし、ベネッタとカロラスには王城内で見られていた。
「なんか嫌な感じがする」
「なんか変な感じがする」
幼い弟妹の意見に、そんなわけがないと思いつつどこか納得する自分もいた。
事件が起きたのは、付き合い始めて半年が経とうとしていた頃。
最近やたらと城に行きたいと言う彼女を、城に連れてきた時のことだ。
彼女と共にアドリオンへやってきていた使者が、外交のことで話があると呼び止めてきた。
彼女に庭園で待っていてくれと伝え、使者と話をした。
しかし使者の様子が、どこかぼんやりとした様子が、彼女と似ていた。
その、心の中も。
身をひるがえし、ダミアンは庭園に向かう。
そこに彼女の姿はない。
ひそかに付けていた騎士に行方を問えば、お手洗いに行くと言って戻ってこないらしい。
城に探索の魔法をかける。
胸に湧くのは心配ではない。
懐疑心である。
見つからない彼女に、ダミアンは確信を持ちながら、しかしわずかに希望を抱いて、魔道具を起動する。
彼女に渡したブローチ。
秘密にしていたのは、そのブローチはただの飾りではなく、位置情報が分かるものであるということ。
彼女がいたのは、庭園でもなく、手洗い場でもなく、そこから離れたとある塔の下。
なぜそこに?と疑問に思いながら、ダミアンは近くに転移する。
塔は今は使われていない武器庫。例え何か目的があったにしろ、ここにはもう何もない。
聞こえる声は、彼女のものともう一つ、男のもの。彼女の父親を名乗っていたカタールの公爵だ。
「もう無理です!分かるんです、自分の体がどんどんおかしくなっていってるのが!これ以上続けたら、この先、私、」
「口答えする気か。たかが愛妾の娘であるお前を引き取ったのは何故だと思う。使えぬ道具に用はない。」
「ですが!」
「黙れ!たかが魔法で精神を操られているだけにすぎない癖に大げさな!いいか!アドリオンの王族は相対する人間の心を視ることが出来る!それを掻い潜るには、奴らに気取られぬには、貴様の思考を止め、外部から貴様を操ることしか方法はない!はぁ、奴らの能力を防ぐ魔道具はあるが、あれは大きすぎ、発動すればすぐばれるから使い物にならん。お前はその美貌だけが取り柄だろう?皇太子に取り入り、例の部屋を見つければ、お前の願いをすぐ叶えてやろう。」
「や、約束ですよ?私のこの美貌に相応しい相手と、きっと、きっと、結婚させてくださいね。もうあのような薄汚い場所で、薄汚い男どもに使われるだけの人生なんか、二度と、二度と、送りたくない。」
「あぁ。お前はこの城の中で、見つけるだけでいい。」
「創生神が眠る、棺の間を。」
ダミアンの中で、わずかな希望が崩れていく。
姿を見せれば、動揺した彼らはまずダミアンに擦り寄り。それが無意味だと分かると攻撃を仕掛けてきた。
(あぁ、これで彼らは死刑か。)
魔法で捕らえてからすぐ、騎士らが到着して彼らを連れていく。
彼女は最後まで、ダミアンを罵った。
「あんたが、あんたが、心さえ視えなければ!私はこんなことに巻き込まれることなく普通に人生を過ごせてた!あんたのせいよ!気持ち悪い…。心が視えるなんて、気持ちが悪い!誰もあんたを理解なんてできないわ!だって皆怖いもの!自分の心の中を勝手にみられるなんて、恐怖以外の何物でもない!あんたと過ごした半年間は最悪だった!勝手に操られて、好きでもない男とイチャイチャさせられて!吐きそうだったわ!あんたの顔が良いことだけが救いだった!顔だけで、中身はすっからかんの男!愛してもないくせに愛してるなんて言葉で騙せてるとでも思ってたの?!ほんっとうに、気持ち悪い!」
始めてちゃんと見えた彼女の心は、畏怖の対象への恐怖で一杯だった。
腹の中に貯めていたものが、せり上がって、口から出ていく。
そこでダミアンは気づいた。
自分で思っていたよりも彼女に期待をして信じてしまっていたことに。
人の気配に敏感になり、眠れなくなった。業務に当てる時間が増えたので、良かった。
食事の必要性がなくなった。腹が、減らなくなったから。
アリシアが心配する。クリストフも心配する。弟妹たちも心配する。
心配いらないよと笑って、月日が経てば彼らの心配も落ち着いていった。
睡眠も食事も、元に戻ることはなかった。
智香子が現れるまでは。