表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
100/150

第97話:世界での邂逅

吸い込まれる感覚は、このまま液状になるような感じだ。

智香子にとっては不安と恐怖が押し寄せてくるような経験だった。

しかしベネッタの手だけは絶対に離さない。それだけをずっと考えた。


長くは続かなかった。

落とされる感覚とお尻への痛みで終わったことを智香子は知る。


「ぅっ!」


痛むお尻を抑えて状況を確認しようと辺りを見渡したところで、感嘆の声が漏れた。


「わぁ…なに、ここ…」


そこは不思議な世界。

遠くには大きな蟻が悠々と歩き、近くには掌よりも小さな山がこじんまりと立つ。

ものの遠近大小があべこべであり、見ていて違和感を感じるが、思わず感動してしまう不思議な美しさがあった。


「ん……」


横から聞こえた声で、ベネッタの手を強く握っていたことを思い出す。

強く握り過ぎていたのかもしれないと慌てて離そうとするが、ベネッタ本人から阻止される。

しかし強く握られているというのに、ベネッタの意識はなかった。

無意識の行動なのだろう。

智香子がベネッタを離さないと思っていたように、ベネッタも智香子を守ろうとしてくれているのかもしれない。


ここが飲み込まれた世界であるという感覚はいまいち分からないが、出口を探さなければ。

ベネッタの意識が戻らない今、むやみに動くのは良いこととは思えない。


(世界はベネッタを飲み込んだ…。ベネッタの手を離したら、何が起こるか分からない…。)


一先ず彼女が目を覚ますまでは世界の内部をゆっくり堪能することに決める。

豊かな自然。不思議な生き物、は恐らくこの世界に生息するまだ智香子が見たことのない生き物だろう。

世界という名前の通り、智香子の元いた世界とは違うこの世界そのものなのだろうか?

遠くではなく近くには山以外にも川や湖、建造物らしきものも見える。


「なにこれ…。家?にしてはやけに飾られてるわね。」


「それはお城だね。聖国カタールのお城で、この世界随一の大きさを誇る、歴史的建造物だよ。」


一瞬智香子の時が止まる。

上手く頭が処理をする前に、彼女の体はベネッタを庇う形で動いていた。


「だ、あ、あなた!誰?!」


「わぁ。すっごい警戒心むき出しだぁ。」


声の主は人間だった。

整った顔立ちで、地面に座り込んでいる智香子と目線を合わせるために腰を曲げているが、やはり身長は高そうだ。

まさか不思議なこの世界に、まさか人間がいるとは。

しかし確かに、大きな蟻がいるし、自分たちもこうして生きている。

人間が他にいてもおかしくはない。


ニコニコと笑うその人は、髪も目も真っ黒と自分と似た要素を持っているのも相まって、つい親近感を覚えてしまう。


「私はね、この世界の一部だよ。」


「?…人、ではないということかしら?」


智香子の質問に律儀に答えてくれるその人?は、智香子が会話してくれたことが嬉しかったのか、より笑みを深めた。


「うん!人の形を取ってるだけ!そうすれば、人と会話しやすくなるでしょ?同じモノって自然と親近感湧くし、ね。」


つまり、目の前の人のような存在は、世界であり、ベネッタを飲み込んだ存在。

警戒を強め、慌ててベネッタを更に抱きしめる智香子。

しかし世界の一部だという存在は「あ~違う違う!」と首を振る。


「別にその子を取ろうとかしてるわけじゃないから!ね?安心して?」


「…この状況で、世界の一部だなんて言われて、安心する方がどうかしていると思うのだけど。」


「確かに正論!」


智香子はどうにも緩いと思ってしまう。

ベネッタを飲み込んだ存在なのに。

きっと、この優しい話し方と、崩されない笑みを浮かべているからだろう。

一層危ない!と睨み付ける智香子に「なんで?!」と驚きの声が挙げられる。

参ったなぁと頭をかく目の前の存在は、本当に人間のように見える。


「今回は、なんというか。誤作動…なんだよねぇ。この時期ってちょーっと不安定になっちゃうからさ、ほら、女神様が消えちゃった時期だからね。そんな時期に呼び出されてたまたま近くに居たから、思わず連れてきちゃった、みたいな!」


「適当すぎるわよ!」


てへ!と頭を押さえる。

可愛いポーズをしたところで全く可愛くない。つい智香子の顔が苦虫を噛んだような顔になる。


「それで、君の望みは何?」


「元いた場所に帰りたいわ。ベネッタも一緒に。」


「その子ベネッタって言うんだね。」なんて言いながら、うんうんと頷くと、両手を差し出される。

なんだこの手は?と首を傾げた。


「じゃぁ、対価をちょうだい。」


「…そっちの都合で連れてきちゃったって言ってなかったかしら。それなのになんで対価が発生するのよ。」


「いやぁそうなんだけど、そこんところちょっと複雑でさ~。対価もらえないと帰せないんだよね。」


「あやふやにしてごまかしてんじゃないわよ…!こういった誤作動が起きるって分かってるなら、ちゃんと説明書準備して世界中に配っときなさいよ!配慮も準備も全く足りない!世界なんて大きい名前名乗るくらいならこれくらいやっておきなさい!」


「え、あ、ごめんなさい…。」


しゅんと項垂れてしまった世界の一部だという存在を前に、智香子は自然と仁王立ちになっていた。

ベネッタをどこかへ連れていく感じはないので、今は手を放している。


(でも、対価、ね…。)


身一つで来たため、対価として差し出せるものがない。

元々この世界にも成人式終わりに急に連れてこられて、しかも荷物も何もかもなかったので、智香子のものと言えるものはその身だけなのだ。

レッドフィールド家からもらった服とか装飾品とかはあるが、それは駄目だ。

近くの森でベネッタやカロラスと一緒に作った木の葉のリーフレットとか、ダミアンと拾ったキラキラの鉱石とかなら、渡してやってもいい。正直嫌だが。


思い出が詰まったものよりも、大事なのは命だ。


そもそも、取りに帰っても良いと許可をもらえるのか?と新しい疑問に直面していたところで、胸元の存在に気づく。


現れたのは妖精のお守り。

エフィエルシーと一緒に材料から集めて作った、大切なもの。

思い出も、渡してくれたえふぃエルシーの想いも込められたお守りを渡すことにとんでもなく抵抗感が生まれる。しかし、お守りの効果を知っているからこそ、対価として木の葉のリーフレットや光る鉱石よりも十分であることは確実。尚且つ、今、こうして手元にあることが重要なのだ。


(ごめん、エルシー!)


命を守りたいと、もらったもの。

であれば命の危機であるこの状況で、使わせていただこう。

4つ全ての効果が付与されると聞いていたので、それを見てみたい好奇心もあり、対価として渡すだけなのは勿体ない気もするけれど。


首から外して、世界の一部だという存在の手の上に置く。


「私の、とても大事なものよ。だから対価としてこれ以上ない物だと思うわ。文句あるなら聞くわよ。あるならね。」


しばらく妖精のお守りを見た後、ははは、と乾いた笑みを零した。


「うわぁ…。確かに、これは対価として十分だ…。えぇ~。私としては、君の目とか手とか対価にもらうつもりだったのに~!」


「な、冗談でもそんなこと言わないで頂戴!」


「冗談じゃないよ~。これがそんなに大切ならさ、君自身が対価になってくれてもいいんだよ?そうすればこれはずっと君の手元にあるよ?」


「い、や、よ!私自身が対価って、どう考えても不足でしょ。…は!もしかして、私を対価に望んどいて、足りないからってベネッタを強制的に対価として要求するつもり…?やっぱり最初からベネッタが目的だったのね!とんだ策士だわ!そんな見え透いた罠に簡単に引っかかると思ったなら大間違いよ!」


「え~~……あ~~……くそぉーばーれーたーかー。」


「驚くほど棒読みよ、貴方。…全く、始めから違うなら、冗談でも私を対価に~なんて言うんじゃないわよ。言っていい冗談と駄目な冗談を上手く使い分けられないくせに使う権利なんてないわ。出直して来ることね。」


「ちぇー」


悔し気に足をもぞもぞさせるその仕草はなんだか幼く見える。

頭をポンポンと撫でると、身体を震えさせるほど驚いた後、彼はとても嬉しいと笑った。

帰してもらうことになり、ベネッタを抱える。

来た時とは違い一瞬で帰れるらしいが、あの吸い込まれる感覚を思い出すとどうにも怖い。


「じゃぁ。また、いつか。必ず会おうね。」


笑って手を振る彼の後ろ。

世界に吸い込まれてから、ずっと目に入っていた。

どこかしら欠けたりヒビが入ったりしている球状のものが、宙に浮かんでいる。

一体なんだろうと考えていた。


予想でしかないけど、きっと、世界に飲み込まれた魂たちではないだろうか。

だってなんだか、苦しそうな音がするのだ。

ずっと、ここに閉じ込められたままなのだろう。家族や友人たちの元へ行くことも出来ず。


空気が揺れる。きっと元の場所に戻る。


(いつか、助けられたらいいな。)


智香子とベネッタの姿は、世界にはもうなかった。

世界の一部だという存在は手を振るのを止めて、先程智香子が触れた頭部に手を持っていく。

彼女が触れたのと同じようにするのに、全く違うように感じた。


やはり、彼女でなければならない。

彼女出なければ、この腹は満たされない。


「至福って、まさにこのことを言うんだろうな~。」



鼻歌でも歌いたい気分だ。

急かす気を抑える。大丈夫。大丈夫。

確実に手に入れるんだ。

ゆっくりで良い。この手に落ちてきてくれるのなら、いくらでも待てる。


世界が揺れた。

いや、世界が唸った。


「なぜ、なぜ、帰した!手に入ったのに…!ようやく、ようやく手に入ったのに…!」


「気持ちは分かるけど落ち着こうよ、兄弟。今急いだらダメだってことくらい、お前も分かるだろ?そう怒らないでよ。いいじゃん、こうして会えたんだし。また機会があるって。」


「あぁ、あぁ、どうして…どうして…どうして、いなくなってしまったのですか…?」


「そりゃ、まー色々重なった結果?じゃないかなぁ。」


途端今まで気にも留めてなかったのに、世界は彼に向って棘を向ける。


「失せろ、異物。いつまでここに居座る気だ。」


「優しくしてくれよ。私とお前は、古くからの友じゃないか。」


「黙れ。友などではない。この、」




「悪魔め」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ