第7話:剣の練習
「……………へ?」
呆けた声を出すダミアン。冗談のつもりだった。しかし智香子は彼の様子に気づいていない。
「聞いてたでしょうけど、私、一切魔力がないのよ。それなのに戦争は有るらしいし…。ほら、戦争があるのなら死ぬ確率が高くなるでしょう?私、死にたくないのよね。」
ここは異世界だ。
元の世界に比べて物騒で、死ぬということが身近で起きる世界。
もし誰にも会う前に死んでしまっていたら、誰にも迷惑をかけないが、こうしてレッドフィールド家に出会ってしまった。
優しい彼らはきっと、智香子が死んだら悲しんでくれるだろう。
でも、
(それは嫌だ。)
ほんの僅かの間過ごしただけの彼らだが、そんな彼らが悲しむ姿は見たくない。
それに、もとの世界に帰ることも諦めたくない。
その二つを叶えるためには、死なないことが大前提だ。
だから、
「剣を教えてくれると言ってくれて、ありがとう!」
「……………………………。」
「さぁ、今からやるわよ!ついてきなさいダミアン!」
呆然としていたダミアンは、智香子のその言葉にはっと顔を上げた。
そこにある眩しいまでの笑顔を見て、彼は息を吐きだし、
「うん………。行こうか、チカコ。」
「えぇ!」
剣の稽古のために二人で外に出た。
そして早速剣を選ぶことになったのだが、
「……………でかい、わね。」
ダミアンが魔法で出した剣のどれもこれもが智香子が持つには大きく、重すぎた。
こちらの人間の身長を考えれば簡単に思いつくことだ。
智香子は肩を落とす。
「はぁ…………。剣を振ることができないのは練習すれば良いけど、そもそも剣が持ち上げられないならどうにもならないじゃない………。」
これで道が閉ざされた。
魔法を使うための魔力がないのに、戦争があるこの世界で生き延びる手段。
それは剣を極めること。
なのに剣を振ることどころか持ち上げることもできない。
「死ぬしかないわ………………。」
どん底に落ちたと嘆く智香子。
もう洞窟かどこかに隠れて過ごそうか?
でもそんなことをしていても、帰る方法を見つけることはできない。
そんな彼女に、ダミアンは告げる。
「そんなに気落ちしないで。大丈夫、君用の剣を作るから。」
「つ、くる?」
どこかから持ってくるでも買ってくるでもなく、作る?
戸惑いの表情を浮かべる智香子に、ダミアンは何でもないような顔で「うん。」とうなずき、
「ちょっと待っててね。」
と言うと、目を閉じて手を前にかざす。
そして
「『創造』」
次の瞬間、ダミアンの前に一本の剣が現れた。
驚きに声を失った智香子。
ダミアンはゆっくりと目を開けて、己の目の前にある剣を手に取る。
「んー、うん。いい感じ。チカコに合うと思うよ。」
その形や様子を実際に触ったりした後、満足したのか「どうぞ。」と差し出してくる。
剣のサイズは智香子の上半身ほど。
刃の部分は太くなく細くない、絶妙な厚さ。
恐る恐る受け取り、そのずっしりとした、しかし振り回せるであろう重さに、智香子は感嘆の声を上げ、ダミアンに尊敬の念を込めて言った。
「すごいわね、ダミアン。すべてがちょうどいいわ。」
「ハハッ、ありがとう。こんなサイズの剣を作ったのは初めてだったからうまく作れるか自信がなかったけど、良かった。」
なに!初めてだと!
「ちょっと、ダミアン!」
突然の大声に、驚くダミアン。
目を吊り上げる智香子に、オロオロとしている。
「えっ、ごめん。どこか悪いところがあったかな?それなら」
「貴方、本当にすごいわ!」
「へ?」
「「へ?」ってなによ。初めてのサイズの剣を、知り合って数十分の人間ピッタリに作るんだもの!貴方は本当にすごい人よ!いや、すごい人どころじゃないわ!天才ね!」
「鍛冶師になれるわ!絶対!」と手元にある剣を見ながら興奮しっぱなしの智香子。
よほど気に入ったのか、キラキラとした目をしている。
そしてダミアンはしばらく呆けた後、肩を震わせて、お腹の底から笑った。
「?!?!?!?!」
目を白黒させる智香子の様子がさらにそれを仰ぎ、ダミアンの笑い声はあたりを響かせた。
それから。
ようやく笑いがおさまってきたダミアンは、「ごめんごめん」と言いながら、智香子に作ったのではない、別の剣を持ち上げて言った。
「じゃあ、初歩的なことから教えていくね。」
その言葉に頷いた智香子は、三十分後。
「っ、苦しい……………………。」
己の体力のなさに叩きのめされ、地面にへばりついていた。
そんな智香子の横で、汗一つかかず爽やかなダミアンが座っている。
智香子は汗だくなのに、である。
「基礎体力がないんだ。今のままじゃ10分だって剣を振るえないよ。」
智香子の頭をなでながら、ダミアンは「『クリーン』」と魔法をつぶやく。
すると朝、ベネッタがかけてくれた魔法によく似た爽快感が訪れ、汗や汚れが消えていた。
「おぉ………。」と喜ぶも、疑問が。
「なんでベネッタの魔法と違うの?」
確かベネッタは「流せ」と言っていたはずだ。だがダミアンは「クリーン」と言った。
どんな違いがあるのか?
だがすぐに後悔した。
言いたくないことかもしれないと思ったからだ。
ついつい眉間にしわが寄る。
ダミアンがそんな眉間の皺を取り除きながら答えた。
「それはね、ベネッタが特別だからだよ。」
ベネッタが?
「あの子の使う魔法は、一般の人間が使う魔法とは異なり、”言霊”を使うんだ。」
「こと、だま。」
「言葉にはもとより力がある。誰かを癒す力だって、傷つける力だってある。その言葉の力を”言霊”と呼ぶ。ベネッタは”言霊”と波長が合うみたいでね、”言霊”に思いをのせるだけで世界に干渉をし、魔法を使えるんだ。」
「魔力を使わないでいいってことかしら?」
「うん。俺たちの体の中には生まれたときから魔力がある。魔法を使うための、いわばエネルギーみたいなものだ。使えば無くなるけど、空気中の魔素を取り込むことで再び使えるようになる。でもベネッタは体内の魔力を返還しなくても、魔法が使える。」
「この国には一人しかいないんだよ。」と、それはそれは嬉しそうに話すダミアン。
「そんな秘密、私なんかに喋っても良かったの?」
「もちろん。チカコは絶対に喋らないし、そもそも国民全員が知ってることだ。」
私が喋らない保証はどこにもないぞ、と思いながら、国民全員?と首をかしげる智香子。
そんなに有名人なのか、ベネッタは。
するとダミアンは立ち上がり、智香子に手を差し伸べる。
「とりあえず、体力をつけないといけないね。俺の『クリーン』は汗や汚れを流してくれるけど、体力を戻せるわけではない。」
その手に自分の手を置き、智香子も立ち上がる。
「だから体力が底を尽きないギリギリまで動き、休んだらまた動く、を繰り返していこう。」
あまりにも地味で、運動をあまりしていない智香子には地獄のようなこと。
でも、泣き言なんて言っている暇はない!
「わかったわ!」
異世界で生きていくには、まず、剣を極めなければ!
「私は全力でやる。貴方も全力で教えなさい!」
それからカロラスとベネッタが猪と鹿に加えて熊を狩って戻って来るまで、智香子は剣を振り続けたのだった。