始め
高い空の下、華やかな服を身にまとった男女が、談笑をしている。
今日は成人式。
彼らが大人となる日だ。
すると、ある場所で何やらざわつきが起きていた。
慌てて動く成人したばかりの彼らに、一人の少女が指示を飛ばす。
「タオルと水!急いで!」
彼女も周囲の人間同様に華やかな衣装を身にまとっているが、なぜだろう?成人したようには見えなかった。
一人の女性が水とタオルを持って現れる。
それを受け取った少女は口を開いた。
「遅いわ!もっと早く持ってこれなかったの?ありがとう!!」
自信の腕の中でぐったりとしている女性に水を飲ませた。
女性は苦し気に顔をゆがめている。
「ち、かちゃん………。」
「気分はどう?さっきよりはまし?」
少女は女性の額に浮かぶ汗をタオルでふき取る。
女性はなんとか笑った。
「う、ん。大分ましかな………。ありがとうね、ちかちゃん。お世話してもらっちゃって。」
「まったくよ。成人式だからって張り切りすぎなのよ、アンタ。こんな重い服着て体調崩さないわけないでしょ。考えなさいよ。」
弱っている女性にかける言葉なのか?と眉をひそめたくなるほどの毒言。
しかし当の女性は嬉しそうに笑い、「うん、ありがとう。」と礼を述べただけだ。
また周囲の反応を見るに、少女の口調は普段の事なのだろう。
少女は言葉とは裏腹に優しい手つきで女性の額の汗をぬぐった後、横にやってきたタンカへ女性をのせる。
「いいこと?大切に、慎重に、休憩室に連れて行きなさい。その子を落としでもしたら、アンタたちの大切な物をちょん切るからね。」
仁王立ちで告げた少女に、タンカを抱えた男たちは明るい笑顔で「わかってるよ!」と返し、直ぐにその場を後にした。
すると、
「智香子。」
少女が振り返るとそこには、
「あれ、父さん?母さんに兄さんに姉さんまで。来てたのね。」
少女―――智香子の家族がいた。
彼らは智香子の傍まで寄ってくる。
「きれいだよ、智香子。」
父がそう言ったのに対して、智香子は胸を張って言った。
「ふん、わざわざ出てきて言うことがそれなの?つまらないわね、父さん。」
「『ありがとう、うれしい。』ってことね。」
その言葉に翻訳をいれてきたのが母だ。
父も智香子の言葉に嫌な顔などせず、嬉しそうに笑っている。
しかしこの集団、妙に人目を引く。
強面ではあるが、身長180を超える父の体は50となった今でも衰えを感じさせないほど締まっている。
優し気な雰囲気の母も、強面の父を落とし、この一家の中で一番強い権力を持っていることがにじみ出てしまっているのと、身長172が合わさっていて魅力的だ。
兄も父譲りの強面だが、イケメンと呼ばれ、さらに185という高身長にスタイルの良さも相まって、周囲の女性陣からの視線が熱い。
しかし彼女たちがあきらめるほどの美女が、彼の隣にいるのだ。
義姉である彼女は、175にモデルのようなスタイル、そしてミステリアスな雰囲気により、周囲の男性陣の視線を集めている。
それに対して智香子自身は、平均的…………とは言い難かった。
身長140。
そもそもこの数字で驚愕してしまう。あの高身長の家族からどうやってこんな低身長の子が生まれるのか、と。養子なのか?と疑った時もあったが、血液検査の結果きっぱり家族と判明した。
顔は母寄りだが、母のような優しい雰囲気も魅力もない。
きつい言葉と鋭い目のせいだ。
そのことを思い出した智香子は、大股二歩後ろに下がり、人目を惹く我が家族を見やる。
美形に高身長の家族と、二十歳になったのにいまだ変わらない自分の身長ときつい顔を比べて、智香子は叫んだ。
「バカにしてるだろ!」
「いやしてねぇよ。」
鋭い兄の突っ込み。そのまま言い合いに発展するかと思いきや、智香子はぎゅっと柔らかいものに抱きしめられる。それは義姉だった。
「ちかちゃん、成人おめでとう。本当にきれいだわ。」
「……………ふん。いちいち抱きしめないでもらえるかしら?苦しいわ。」
しかし智香子の手は、義姉である伊緒の背に回されており、しっかり伊緒を抱きしめていた。
「智香子。」
「!」
突然何者かから引っ張られ、後ろから抱きしめられた。しかし正体はすぐにわかる。
この圧迫感に、低めの声。
「晴馬。」
高校時代からの親友である、福田 晴馬だった。
彼は言った。
「成人したのに大声を出すな。ますます子供っぽいぞ。」
そんな晴馬は口数は少ないながらも優しく、頭もよく、高校時代バスケ部のキャプテンだった男である。
さらにイケメン。
一番気になる身長だが、192。
智香子とは50㎝も違う。
「うるさいわ、晴馬!これは家族の問題なのよ!それに、今姉さんと話をしているところだったのが見えなかったのかしら?!」
彼女がいくら足掻こうと、体格と力の差があまりにもありすぎるために、晴馬にとっては風が肌に触れているくらいの感覚しかないのだ。
ドウドウと彼女をなだめる晴馬。
「高校時代の奴らがお前を探してるけど。」
私は馬か!と叫びかけた智香子は、「あっ、そうだった!」と言う。
「話の途中で抜け出してきたのよね。」
高校時代の友たちと話している時に、先ほどの事が起きたのだ。
「早く言いなさいよ。」
睨み付ける智香子の視線を、晴馬は難なく躱す。
「まったく…………。いいわ、案内してちょうだい。」
そう言って歩きだそうとしたのだが、かなわなかった。
兄――智基が智香子の腕をつかんでいたからだ。
智基は智香子の腕を引き、自分の方へと寄せる。
「?!ちょ、兄さん?!」
驚く智香子をよそに、兄は言った。
「ちか、こいつじゃないやつと行け。俺はこのイケメンに少し話がある。」
「何言ってるの?そもそも晴馬が呼びに来てくれたのよ?私は今、高校の時の友達がどこにいるのか分からないわ。それに晴馬も同じ高校。一緒に行った方が楽よ!」
すると伊緒が言う。
「ちかちゃん。この子たちって、高校の時の友達、よね?」
振り返ると、その通り。友人たちがそこにいた。しかし渋る。晴馬を置いて行っても良いのか、と。
「智香子、先行ってろ。すぐ行く。」
だが当の本人に言われてしまっては、どうしようもない。
ため息をついた智香子は早く来るようにと晴馬に、そして余計なことをしないように、と智基に言い残し、その場を後にした。
智香子の姿が見えなくなったところで、智基が切り出す。
「ちかにそれ以上近づかないでもらえないかな。」
「なぜです?」
間も開けずに問う晴馬。
智基もすぐに言い返した。
「ちかのことをあんな目で見るくせに、覚悟が決められない奴が近くにいたらちかが可愛そうだからだよ。」
「そうそう。今のままじゃいつまでたっても結婚どころか彼氏さえできない。」
伊緒も智基の横に並んで立つ。
父と母は傍観だ。
智香子は今までに恋人がいたことがない。
智基と伊緒は高校時代からの付き合いだから、伊緒は智香子から様々な相談を受けていた。
しかしその内容のほとんどが勉強に関してで、浮いた話など一つも出てこなかったのだ。
一度泊りに行ったときに訊ねたことがある。「彼氏はいないの?」と。
すると智香子は言ったのだ。
「姉さんみたいにキレイだったらよかったんだけど、私は見た目そんなに良くないから………。今は彼氏よりも、将来誰かを助けられるように、勉強をしたいわ。」
なんと当時中学一年生。まぁ、性格は今と同じだったが、この時は夜中。
智香子のベットに二人で寝転んでいた。要するに、智香子は半分寝ていたのだ。
智香子はそう言って照れたように笑った後、直ぐに寝てしまうが、伊緒は衝撃と同時に喜んだ。
こんなに素晴らしい義妹ができるなんて、と。
可愛い義妹には、幸せになってほしい。
その気持ちにより、伊緒の顔は厳しい。彼女は分かっていた。
智香子に彼氏ができない理由が。
だが晴馬の表情は変わらない。いや、智香子がいた時よりも、少し硬くなったと言うべきか。
晴馬は言った。
「申し訳ありませんが、それは無理です。」
「なぜ?」と訊ねる二人に、晴馬は先ほどの無表情が嘘と思えるような、柔らかい笑顔を浮かべる。
「あいつの横が気持ち良すぎるので。」
その笑顔の先で思い浮かべる人物は、一人だけ。
直ぐに無表情に戻った彼は、何も言うことはないと頭を下げ、「失礼します。」とその場を後にする。
そして彼が見えなくなって、父と母がのんきに言ったのだ。
「智香子はモテモテだな。」
「ウフフッ、そうね。」
楽しそうな父母を見て、智基はため息が出る。
「ちかは自分の魅力を知った方が良い…………………。」
その意見に激しく同意を示す伊緒であった。