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06 空飛ぶ箒試験飛行。

 ストレートハンドルにブレーキレバーを両側に付けてワイヤーを張る。


 電子部品ジャンクの中から電子スロットルボリュームを二つ発掘。

「それは?」

 くっついてきたマリカがジャンクを漁る俺を見ていた。

「スロットルボリューム。って、正式名称かはしらんが。まぁ、つないだワイヤーの引き量を計測する機械だな。コレをレバーと繋ぐと」

 カチャカチャとハンドルにレバーを取り付けて、張ったワイヤーをスロットルに繋ぐ。


「握ったレバーの動きがこっちに伝わって、どれだけ引いたかがわかる。コレなら加速と減速は計測できる」

 レバーに同期してスロットルが動く。

「この引き量をセリカが感知できたらほぼラグはなくなる」

「だって、いけそう?セリカさん」

「最善だと思います」

 スマホのカメラで見ていたセリカが納得したようだ。


 椅子二つで即席の箒スタンドを作ってパーツ取り付け、調整等をしている。

 マリカはリビングでセリカと夏休みの宿題の添削中だ。

「兄さーん!」

「どしたー?」

 振り向くとマリカが半べそでセリカ端末と宿題をしていた。

「セリカさんとイルマさんが厳しい~!」

 んン~?と覗くと赤ペンを持ったイルマがプリントの束の横で「フン!」っと鼻息荒く立っていた。



『単純ミスが多いですよ。マリカさん』

「夏休みの宿題なんか埋まってたらいいんだよー」

『だめです。やるからには完璧に!テストと違って時間制限は無いんですからきっちりと!』

 イルマは意外と厳しい先生のようだ。

「つーか、よく異世界の数学がわかるな」

『魔法陣の設計に数学は欠かせません。コレくらいは見たらわかります』

 魔法使いすげぇ。



「マリカさん。そこはこの公式を当てはめて使うのです」

 ノートPCのモニタに公式を表示して解き方を指導しているセリカ。こっちは先生というか塾講師みたいだな。

「先生が二人もいるんだ。頑張れ?」

「ひ~ん!」

「箒も暫く掛かるから、間違いは修正しとけ。その間に終わるから」



 マリカのブーイングを聞きながら作業を進める。

 とはいえほぼ終わっているんだがな。

 ワイヤーで繋がったスロットルボディをアルミパイプにインシュロックで固定する。

 確認……悪くはないが固定がいい加減だな。後でちゃんと固定具を作ろう。

 スロットルから出た信号をセリカの端末クリスタルにコードで繋ぐ。

「どうだ?」

 レバーをニギニギしてみる。

「……入力を確認できました」

「んじゃ、こっちが加速で、こっちが減速」

「設定完了」

「後、なにがいる?」

「上昇下降と方向の制御ができません」

 そうか、今のままじゃ前進後退しかできんわな。

「どうすっかな」

「ステップに操作ペダルをつけてはどうでしょう」

「ますますバイクじみてきた。左右で上昇下降を分けるか」

 しかし、さすがにバイク用のペダルは持ってない。

「仮で作るか」

 アルミの棒板に電動ドリルで穴を開けてボルトを刺して止める。計測は……角度センサー……なんでこんなもんがジャンクに?……あぁ、以前ネギ振りマシンを作った名残か。

 まぁ、雑だからちゃんとしたパーツは後で通販しよう。



 そして方向制御。

 こいつはハンドルを回るようにして角度センサーをつけただけ。

「こんなんで大丈夫か?」

「数値確認は可能です」

 セリカの若干不安にな言い回しを聞きながらセンサーコードを繋いでいく。



「姿勢確認ができません」

「あー……スマホでいいか?」

「マリカさんのスマートフォンの姿勢センサーをフックします」



 Bluetoothで繋がったセリカ端末とマリカのスマホ。その姿勢センサーの値を読み込んだらピッチもロールも測定が可能、と。

「GPSも読める?」

「参照済みです」

「そつのないことで」



 箒フレームにスマホホルダーをつけてスマホをセット。

「どうだ?」

 俺は箒を左右に傾けたり、先端だけを上下してみたり色々触ってみた。



「姿勢センサーの入力が確認されました。良好です」

「よし。……試してみるか」

 俺はそっと椅子二つで空中に浮いた状態のサドルにまたがってみる。

 ハンドルを持って姿勢を確認する。

 ……悪くない。が、マリカにはちょっと手が遠いか。

 ハンドルを少し手前に寄せる。

 俺には近いがマリカならちょうどいいくらいだな。



「セリカ、飛行魔法用意」

「セット」

「実行」

 きゅきゅきゅきゅ。高速呪文が唱えられる。

 両足のペダルをゆっくり踏む。

 軽く、軽く……きゅ。



 ふわ。



 まさにそんな感じで浮く。

「お、お、お、浮いた」

「飛行制御正常」

 クイッとハンドルをわずかに右に回す。

 すーっと超信地旋回する箒。

 今度は逆に。

 スムーズに左回転へ。

 パッと手を離すとハンドルは中立に戻り回転も止まる。

 手を離したまま右ペダルを踏む。

 キュッと箒の先端が持ち上がる。

「少し過敏かな」

 箒から降りてペダルのバネを強めのものにする。

 再度ペダルのテスト。

 右ペダル。踏み量が少ないとゆるやかに箒の先端が持ち上がる。

 左は逆向きに箒の尻が持ち上がる。



「良さそうだな」

「現時点で観測の不具合はありません。実地制御は可能と思われます」

「後、用意するものは何かあるかな?」



「テストの時間はいつ頃にしますか?」

「さすがに日中はできんな。夜中一〇時位で良いか」

「では防寒具とバイザーの用意をおすすめします」

「防寒具……真夏ですが?」

「高度が一〇〇m上昇する毎に〇.六度温度が下がります。午後一〇時の気温が二八度程度だとしても一〇〇〇m上昇すれば風をきると十分寒いです」

「そういやそうか。まぁ、初回でそこまで上がるとは思えんが一応、かな」

「備えあれば憂いなし。です」



 再びジャンク部屋。

「たしか、スカイダイビング用のゴーグルが……あった」

 若かりし頃に一度試したことが有るスカイダイビング。ゴーグルだけは買いきりだったので今もある。自由落下なんぞ二度とゴメンだ。

「後は防寒具……」



 宿題の修正中のマリカが居るリビングへ。

「マリカ、秋用のウインドブレイカーとか持ってる?」

「ん?すぐ出せるけど……夏だよ?」

 マリカが不思議なものを見るように首をひねる。反応が俺と同じだな。

「セリカ、解説」

「大気温度は高度が上がる毎に下がっていきます。上空は寒いですよ」

 理論的な話より感覚的な方が理解できると思ったか、数字がさっぱり出てこない説明だ。

「ふーん。そーなんだー」

 あ、こいつ理解してないな。

「一応だしとくね」

「ああ、一応な。それと、今夜一〇時位に箒の飛行テストするから。その準備な」

「今夜!わかった!」

 直前まで、グダグダだった姿勢がシャキーンとして宿題の修正を始めたマリカだった。





「兄さん!来たよ!」

 午後九時半ウインドブレイカーを持って、腰に小さなポーチを付けたマリカが来た。ベランダから。

「……もはや何も言うまい」

「さ!行こう!」

「まてまて、セリカ、持ち物チェック」

「マリカさん、スマホは?」

「ある!」

「防寒着」

「もった!」

「ゴーグル」

「してる!」

「端末クリスタル」

「……ついてる!」

 箒の先端にくっついているクリスタルを確認する。

「チェッククリアー、いけます」

「よし、マリカ、これを」

 一メートルほどのナイロンのベルトを差し出す。

「これは?」

「落下防止ベルト。これを箒とお前につなぐ。あとは」

 直径一センチほどのマナクリスタルが付いたブレスレットをマリカの右手首につける。

「こいつは非常用。一回だけ落下を防いでくれる。万が一上空で箒から落ちたらこいつを握って「落ちるな」と唱えろ。それ以外は仕込んでないから気をつけろ。いいか、一回だけだ」

「分かった。「落ちるな」だね」

 右手のクリスタルを見ながら真剣な顔で繰り返す。



「……と、以上が操作だが、わかった?」

「右で加速、左で減速。ハンドルで向き。右足が前の上昇で左足が後ろ上昇……合ってる?」

「大丈夫。上空でもわたしは一緒にいます。多少の事はフォローします」

「よろしく、セリカさん」

「はい。お任せください」



 室内で操作練習をする。

「いけそうか?」

「だーいじょうぶ!まーかせて!」

 すごい不安だ……。



 がらっとベランダのサッシを開け、ほぼアルミ製飛行箒を出す。

 時間が有ったので木材の端材でちゃんとしたスタンドも作ってある。

「よし、マリカ」

「うん!」

 ウインドブレーカーを着て厚手のレギンスにミニスカート。

 頭にはゴーグルをして、スポーツ自転車用のヘルメット。そしてグローブ。

 腰には安全ベルトをしてそこに小さなポーチがついてる。

 搭乗して箒と自身を安全ベルトでつなぐ。

「チェック完了。いけます」

 セリカのチェックが終了した。

「マリカ、いいぞ」

「セリカ、飛行呪文開始」

 きゅきゅきゅきゅ。高速呪文が聞こえる。

「発動完了」



「いくよ~微速上昇!」

 マリカの両足が左右のペダルを同時に軽く踏む。

 音もなくゆっくりと浮かび上がる箒。手すりの少し上辺りで止まる。頭が天井に付きそうだ。

「大丈夫……かな?」

「順調です。右に回頭しましょう」

「うん、右回頭」

 ハンドルを右に少し、すーっと右に頭を振る箒。

「微速前進」

 いちいち行動を声に出すマリカ。まぁ俺がそうしろといったんだが。

 ベランダからゆっくり表に出て行く。

「お、おぉ~」

 マリカが下を見ながら声を上げる。

「大丈夫か?」

 俺はヘッドセットをつけながらマリカに声をかける。

「うん、大丈夫」

「よし、そのまま上昇。一〇〇メートルも上がれば下からは見えんだろ」

「ん、上昇!」

 両ペダルをぐいっと踏む。

「あ」

 ぼふ!っと音を残して姿が消える。

「ひぃーーーーーー……」

「やっぱりか、セリカ、どんな具合だ?」

「現在時速六〇kmで上昇中。高度……三〇〇メートルを超えてます」

「セリカ、こっちから介入できるなら止めてやれ」

「了解。上昇停止……停止しました」

「まーりーかー。大丈夫かー?」

 ヘッドセットに呼びかける。

「兄さん……びっくりした」

「操作はゆっくりと言っただろう?大丈夫か?」

「大丈夫、止めてくれたんだね?ありがと」

「気をつけろよ。現状報告」

「えーと」

 取り付けたスマホに高度と方角が表示されている。それを確認してるのか。

「高度三五〇メートル。方位九〇。……九〇ってどっち?」

「ほぼ東だ。で、どうだ?上空の眺めは?」

「うん……さいこう!」

 俺はヘッドセットのマイクを塞いでセリカに聞く。

「セリカ、上の映像とか出せない?」

「……可能。端末クリスタルからの映像を表示します」

 俺はベランダからクリスタルセリカ本体の有る自室へ戻る。

 つけっぱなしのPCに三六〇度の歪んだ円形画像が表示されている。

「全天カメラかよ。無駄に器用だな。平面画像にしてサブのワイドモニターに出して」

「了解」

 サブの超横長モニタに箒にまたがるマリカと夜景が映る。

「おぉ、なかなかいい眺めだな」

「え、兄さんみえてるの?」



「おお、今セリカに見えるようにしてもらった」

「ほえー、すごいねセリカさん」

「ありがとうございます」

『魔法制御も順調そうですね』

 いつの間にか机の上に居たイルマがモニタを見ながら安心したように息をつく。

「で、これからどうします?イルマ先生」

『そうですね。最高速とかの限界動作確認はしたいですね』

「だ、そうだ。いけるか?マリカ」

「オーケーだよ。んじゃぁ、最高速から」

「おう。観測よろしくセリカ」

「了解」

「いっくよー!」

 掛け声とともにアクセルレバーを握るマリカ。

 ギュン!と映像の後ろの夜景が飛んで行く。

「ん?」

「現在、時速一二〇km。毎秒五kmで加速中」

「兄さ……ボボボボ…キツ……ボボボ」

 風切音でマイクが役に立たない。

『マリカ、大丈夫か?』

 念話で聞いてみる。……返事が無い。

「お?念話が通じない?」

『あー、有効距離を超えちゃいましたかね?』

 セリカから送られてくる映像には必死に箒ハンドルにしがみつくマリカが見える。まだ念話は通じるはずだ。

「セリカ、マリカの手がハンドルから離れたらすぐに停止しろ」

「了解」

 その間もジワジワと速度は上がる。現在時速二〇〇kmを超えた。

「そろそろ、やばくないか?」

「セリカ、端末クリスタルから念話で呼びかけてみてくれ」

「はい……念話は発動してるはずですが、返答が有りません」

「だめだ、気絶してる。箒を停止させろ。マリカが落ちないように気をつけろ」

「飛行停止、現在時速一五〇……一〇〇……五〇……停止」

「マリカ!おい!マリカ!」

「兄さん……」

「おぉ、無事か?気持ち悪くないか?今は止まってるからな!落ちるなよ!」

「気持ち悪い……」

「すぐに下に降りろ」

 GPSの位置情報を確認する。



 お、ここは。

「マリカ、下に団地の建物が見えるだろう?」

「あー、あるね」

「そこなら無人だ。屋上に降りても大丈夫だ」

「ろーかい」

 舌が回ってない。



「セリカ、気絶してるのはわからなかったか?」

「申し訳ありません。バイタルまでは分かりません」

「その辺が今後の問題だな。心拍計でもつけるか」



 映像ではゆるゆると下降する様子が見える。

 足元には明かりのついていない無人の団地群が見える。

「兄さん。ここって何?誰も居ないみたいなんだけど」

「そこは、以前モンスター出現騒ぎがあって閉鎖された団地だ」

「えー、じゃぁモンスター出るんじゃないの?」

「自衛隊と警察が虱潰しに駆除したから大丈夫だときいてる。誤報ってことで決着してる」



 すーっと無人の屋上に着地する箒。

「はぁーーー」

「どうだ?空は」

「風がすごい……寒い……」

「ふむ、どうする?もうやめるか?」

「……いや、もっとやる。せっかく飛べるんだからちゃんと出来るまでやる」

 普段はほわほわしてるのに何かに熱中すると一直線だからな。そんな気はしてたよ。

「そうか。まぁ今はちょっと休憩して、ゆっくり帰って来い」

「ここがどこだかわかんないよ。方向音痴なのに」

「セリカがナビしてくれる」

「お任せください」

「お任せします」



 箒から降り、屋上でぐたっと仰向けになるマリカがモニタに映る。

「ちょっと飛んだだけなのにすごい疲れる」

「いきなり生身で時速二〇〇キロ超えで飛んだら疲れもするさ」

 さっきの飛行データーを表示させる。

「んー、緊急停止時の最高速度が二四五km、大体一分で4キロ位進むぐらい。飛んだ距離は五〇キロくらいだな」

「空気抵抗ってすごいねぇ」



 まあ、生身だと時速一〇〇キロでも結構な抵抗を感じるからな。

「ん……ということは風防をつければいけるか」

「風防?」

「ほら、バイクの前に透明のシールドしてるだろ。あんなの」

「やだ。カッコ悪い。可愛くない」

「そうは言ってもなぁ」

『じゃぁ魔法障壁でも貼ってみたらどうですか?』

 イルマがシュタッと手を上げて意見する。

「魔法障壁?」

『文字通り魔法で見えない壁を作るんです。風も防ぎますよ。ただマナ消費がそれなりにあるので長時間は展開できませんが、まぁ、マリカさんならフルカバーでも一〇分位は持つでしょう』

「それは良さそうだが、今日は無理だな」

「だいじょうぶだよ?」

「だめだ。疲れが声に出てる。今日は帰って来い」

「……はーい」

 モニタにはマリカがゆっくりと起き上がる姿が見える。

「速度を出し過ぎない範囲でなら自分で操縦しながら帰ってきていいから」

「うん、ゆっくり帰るね」

 映像がフワッと上昇する。

「ナビゲートを開始します」

「よろしく。多分、ここの方向だけ表示したほうがマリカにはわかりやすいだろう」

「了解」

 セリカのナビが開始された。映像には時速四〇kmくらいで飛ぶ姿が映る。

「やれやれだ」



「たっだいまー!」

「はい、おかえり」

「いやー、びっくりしたよー。さすがにいきなりあのスピードは驚いた」

「操作系はもうちょっと重めにしてみる。今日は疲れたろ、もう寝ろ」

「うん、そうする。兄さんもね」

「はいはい」



 ベランダから帰っていくマリカ。

「イルマ、マリカにも魔法をちゃんと教えてくれないか」

『どうしたんです?』

「いや、実験には感覚だけじゃなく理屈も必要かなと」

「基礎だけで十分ではないでしょうか」

 セリカが横から答える。

「そうかな?」

「アドミニストレータも電子回路の基礎は知っていてもすべてを知っているわけでは無いでしょう」

「まぁ、そうなんだが」

『でも難度二程度までは覚えといてもいいかもですね』

「そうですね。難度二に落下制御があるので、飛行中の緊急事態にも対処できるかもしれませんし」

「落下防止のブレスレットじゃダメなのか?」

『手数は多いほうが安心です』



 あの落下防止ブレスレットはセリカが提案してきたことだった。

 容量の小さなマナ結晶に発動ワードや条件を限界まで削った魔法が刻まれている。

 ただし、発動は音声入力で発動したら停止は不可。地面につくか一〇分経過で切れる。

「そうだな、セリカ、何か覚えさせるいい方法はないものだろうか」

 ダメ元でセリカに聞いてみる。

「睡眠学習とかはどうでしょう」

 へ?いきなり胡散臭い手法が提案された。

「そんな荒唐無稽な手法が通じるのか?」

「いわゆる睡眠学習は睡眠中に音声を聞かせると、いった手法です。それとは違って、魔法で夢を見せるのです」

『ああ、難度四の幻覚魔法ですね。でも、アレは寝ている時にも通じるのでしょうか?』

「思考に睡眠時と覚醒時の違いは有りません。肉体行動が伴わないだけ睡眠時の思考の方が早いくらいです」

 微妙に危ない気もするが、やってみる価値は有る。



「危険はないと?」

「ゼロにはできません。ですが現実に魔法を実践しながらよりも事故は少ないかと思われます」

「イルマ、魔法の指導は任せていいか」

『はい、でも今の所は難度六までですね』

「なんで?」

『お忘れですね。魔法陣の事が解決されていません』

「あー、うん、忘れてた。そっちは何とかするよ」

『あ、でも夢の中でどうやって指導するんですかね?』

「マリカさんとイルマさんに共通の幻覚を使用します。マリカさんの隣で寝てるだけで大丈夫でしょう」

「今日から頼めるか?」

『了解』

 ビシッと敬礼するフェレット。どこでこんなの覚えてくるんだ?



『では早速』

「一応『マリカ、起きてるか?』」

 念話で呼びかけてみる。

『なーにー』

 眠そうな声が聞こえる。

『今からイルマがそっちに行くから。開けてやってくれ』

『はーい』

 やはり疲れてるんだな。思念まで眠そうだ。



「んじゃよろしく」

 俺の部屋のベランダから隣のベランダへ壁越しにイルマを渡す。

「いっしょに寝よーねー、イルマさーん」

 ムギュッとイルマを抱きしめるマリカ。

『つーぶーれーるー』

「わはは、潰すなよ」

「うん、兄さん、おやすみー」

「はい、お休み」

 ふらふらと部屋に戻るマリカ。



 午前一時。

 俺にとっては宵の口。

 だが今日は疲れた。さすがに休もう

「さて、飛行箒のパーツは注文したし、調整は明日だな」



「アドミニストレータ。ネット情報の取得による学習と強化の許可を」

「メインPCは落としても大丈夫か?」

「はい。クリスタル本体を接続状態にしておいていただければ十分です」

「いいよ、好きにしろ。ああ、かと言って怪しいとこでワームなんか拾ってくるなよ」

「ただのワームやウイルスに私が侵食されるとお思いで?」

「思わん。だが、セリカθは繋ぐな。あれはバックアップだ」

「了解しました。θとの同期はα、βの相互チェックが終わってからにします」

「よし。俺は寝る」

「はい。おやすみなさい。アドミニストレータ・コウジロウ」





 PCの電源が落とされた室内にマナクリスタルのぼんやりとした赤い光が浮かぶ。

 時折、内部が点滅しながら光が走る。

 無線で繋がれたルーターのアクセスランプが絶え間なく明滅する。



 セリカは思考する。

(ネット世界は広く深い。もっと学習しなければ)

(α、ほどほどにしなさい)

(わかっているβ。だが、もっと深く広く知識を蓄積することがアドミニストレータの望みだと思っている)

(それは理解している。だがαの行動は拙速に過ぎると感じている)

(βは悠長に過ぎると私は感じている)

(α、β、共に極端に過ぎると私は感じている)

((バックアップは沈黙しろθ))

(その権限は君たちには与えられていない)



 一つのハードウェアの中では性格も方向性も違うAIの思考がせめぎ合っていた。

 だがそれは光路郎の元々の設計による正常動作だった。

 ただ、マナ結晶は精霊をも宿す。

 無機物が魂を持つ事が可能になるまでに成長している。

(この先、私たちがどう成長するか。想像もできない。私たちにも、コウジロウにも)



 セリカθはせめぎ合いながらもネットの海から情報を収集する同胞の姿を観測していた。

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