05 量子コンピュータ構築。空飛ぶ箒製作開始。
スマホをスピーカーモードで置く。
『ぷるるるる……ぷるるるる……ぷるr、はい黒鳥。どうしたね。八尾くん』
「ご無沙汰してます黒鳥教授。セリカがメンテに入ったようで、シャドウに切り替わってるんですが」
『あぁ、メールは送っただろう。最新機と旧型機の比較実験に使うんでセリカシャドウは新型機に引っ越してもらった』
「あの、比較するまでもなくセリカが饒舌なんですが」
『ほう!早速違いが出たか!結構結構。旧型機は一週間ほどメンテモードのままだから、そのままシャドウセリカをテストがてらに使ってみてくれたまえ』
「え、いいんですか?さすがに自衛隊の駐屯地においてある機械を部外者が使うってのも」
『大丈夫大丈夫。君ならばれないように繋げれるだろう?というか、シャドウの居場所もわかってるのか。さすが八尾君だな』
「えー、一部不穏当なセリフがあった気がしますが聞かなかったことにします。わかりました。引き続きつかわせていただきます。何かあったらまた連絡します」
『おう!好きにやってくれて構わんよ。では』
ぶつ。
相変わらず豪快というかいい加減というか。
「兄さんが真面目な声で話してる。雨でも降るかしら」
マリカが窓を見る。
「いやいや、俺も社会人だからね?世話になってる目上の人に敬語くらい使うよ?」
「だって、お父さんとは馬鹿騒ぎしてるじゃない」
たまにマリカの父親と酒を飲むことが有る。普段は寡黙な人だが酒が入るとハイテンションになる人で、俺も酔っぱらいに付き合って飲んでたら結構グダグダになることが有る。
「そらぁ、おじさんとはガキの頃から知ってるからなぁ。今更敬語ってのもおかしいだろ?」
「……兄さんて、お酒飲んでも記憶残ってる方?」
「ん?まぁ、酒量が過ぎて、寝落ちした時とかはさすがにあんまり覚えてないけどな?」
マリカが赤い顔でニヤニヤしてる。なんぞ?
『それで、セリカさんの話はどうなりました?』
イルマがコテンと首をひねる。かわいい。やはりこいつは小動物だ。
「はぁ~、イルマさんかわいいよ~」
マリカがイルマを鷲掴みにして抱き上げた。
『ちょっ、マリカさん!潰れる潰れる!』
「こんなに可愛くてお話出来るなんて無敵だよね~」
『つーぶーれーるー!』
「マリカ。悲痛な声が聞こえるから離してやれ」
イルマを頬でスリスリしてたマリカが、ハッと手の中でぐったりしてるイルマを確認する。
「……生きてる?……おーい、イルマさーん」
『勘弁して下さい……この体、結構軟弱ですよ』
「まぁ、イタチだしな」
「フェレット!」
テーブルにそっと寝かせる。
「で、セリカの話だが」
「うん。好きにしていいって?」
「まぁ、そうなんだが。さすがに文字通り好きにはできん。多分実験ってのも自衛隊がらみだろうし。下手にいじるとめんどくさそうだ」
「じゃぁ、このまま?」
『せっかく、セリカさんが魔法を何とか使えるようにしてくれたのに、このままというのは惜しいですね』
テーブルの上で上半身だけにゅいっと起こしてこちらを向くイルマ。器用だな。
「うん、俺もそう思う。で、さっきマリカが言ってた「お引っ越し」だ」
「え、セリカさんをこっちにお引っ越しさせるの?」
「正確にはコピーだな。セリカ。シャドウの居るハードウェアの状態は?」
『現在、T-DAM7はセッティングモードで待機中です』
「T-DAM……T工大だっけか。発表されてるのはDAM5だったと思うけど。試験機か?」
『T-DAM7は未発表の試作機です』
「試作機だとログは全部残るか。あんまり変なことはさせられんな」
「兄さん。ダメなの?」
「いや、変じゃないことをさせたら大丈夫」
『魔法の生成はダメっぽいですね』
「さすがにな。セリカ。T-DAM7のログの消去は可能か?」
『ハードウェアログファイルは管理下にありません』
「無理か。セッティングモードが終る予定はいつになってる?」
『不明。テスト開始は二週間後の予定です』
「……よし、今、こっちのローカルネットワークが見えるか?」
『確認できます』
「そこの不明なマシンが認識できるか?」
『名称不明のコンピュータが存在します』
「よし、そこに収まる量子コンピュータをハードウェアレベルで設計可能か?動作するのはセリカだ」
『……可能です』
よしよし。
「どゆこと?」
マリカが不思議なものを見るように聞いてきた。
「セリカは量子コンピュータ。まぁ簡単に言うと、こいつらとは全く別の構造で動いてるすごいコンピュータだ」
俺はノートPCをトントンとつつきながら説明する。
「前に聞いたこと有る、よくわからないけど」
「安心しろ、詳細は俺もよく判らん。で、それの設計を自分でさせてみるんだ。自分が入るマシンの設計を自分でするんだ。最適な設計ができると思わないか?」
「うーん、注文住宅を自分で設計する感じ?」
「はは、まぁ、そんな感じだな」
まず俺は確認しておくことをさせてみようと思う。
これくらい出来なくてはマナ結晶を構造から変えるなんて出来ないからな。
「セリカ。この名称不明コンピュータを名称変更」
『変更名をセットしてください』
「変更名、クリスタル・セリカ」
『……名称不明コンピュータの名称をクリスタル・セリカへ変更しました』
「おぉ出来た。よし……クリスタル・セリカ内に最大限高速な量子コンピュータを構築しろ。フリーストレージは三〇%以上。基礎構成はトリプル。ゆらぎ幅は八分の一。設計はセリカ、おまえに任せる。ハード構築が終わったら自分をαとしてコピー。のちに再起動。できるな?」
『……構成条件を確認。可能です』
「よし。構築開始」
『構築開始します。……完了まで一七〇時間と推測』
流石にゼタバイトクラスの領域をいじるんだ時間がかかるのは予想してたが、一七〇時間ときたか。一週間くらいだな。
「よし。完了予定の二時間前に俺に連絡を入れろ」
『了解しました』
ふー、これでできるのかどうか怪しいが、まぁ、その間にこっちでも魔法の実験をしとくかな。
「あの……兄さん?」
「んー、どした?」
「今のセリカさんとの会話がさっぱりわかんないんだけど?」
まぁ、指示してる俺が心配するくらいのざっくり説明だからな。アレでよく「できる」と言ったもんだ。
「あー、さっき言ってた自宅の設計を自分でして、建設も自分でやって、引っ越しも自分でしてね、って指示」
「なるほど。わからないのがわかった」
『一七〇時間……一週間とちょっとですね。その間どうしましょう?』
「イルマはクリスタル・セリカが可動するまでに魔法の書き出しを終わらせてくれ」
『わかりました』
「ねぇねぇ、私は?」
マリカがワクワクした顔できいてくる。
「お前は宿題を済ませろ。一週間あったらできるだろ?」
「ぶーー」
ほっぺたを膨らませてブーイングをする。
俺はそのほっぺたをツンツンしながら言う。
「まぁ、そう言うなって。クリスタル・セリカが完成したら空飛ぶ箒に乗せてやるから」
「……ホントに?」
「すぐにできるとは思わないが、テストパイロットはマリカ、お前にやってもらおう」
「やたー!」
文字通り飛び上がって喜んでいる。中二でもまだまだ子供だな。
「そうと決まれば!」
「ん?」
「宿題終わらせてくる!」
「お、おう。頑張れよ」
ダッとベランダへ駆け出すマリカ。
「ちゃんと閉めろよー」
「兄さん!空飛ぶ箒!よろしくね!」
テンションマックスで帰っていくマリカ。
「さて、俺達は魔法の構築を済ませないとな」
『そうなんですが、一つ問題が』
「なんだ?」
イルマが腕を組んで天を仰ぐ。というか、テーブルから俺を見上げる。
『難度六を超えると、詠唱だけの魔法と言うのが殆どありません。魔法陣をどうやって書きましょう?』
「魔法陣……ねぇ。どういうものだ?」
『ご存知ありませんか?』
そう言うとテーブルの上に有ったノートを開く。
『これを使っても?』
俺が仕事に使うのとは別にマリカとの連絡事項なんかを書いているノートだ。
「いいぞ。ボールペンで良いか?」
そう言ってボールペンを差し出す。
『はい。魔法陣というのは、こういった円の中に……凄くなめらかに書けますねこれ』
両腕で抱えるようにボールペンを持つイルマ。
「ボールペンの話はさておき、円の中をどうするんだ?」
『おっと、そうでした。円の中に文字や別の図形を描いて、オドを魔力に変換して流します。すると書かれた魔法が実行されます」
円の中に同心円を書いて読めない文字を書いていく。
「ほうほう。それっぽいのは見たことあるな」
『でも、かなり正確に書かないとまともに発動しませんし、魔術文字は書くのも面倒ですし、量産には向いてませんね』
正確に、大量にというのは実にコンピュータ向きな。
「大丈夫だろう。クリスタル・セリカが可動したら心置きなく使えるし、正確さにかけてはコンピュータには勝てんよ」
『そんなものですか?』
「安心しろ、そんなもんだ」
しかし、魔法陣の描画ねぇ。プロジェクタとかで表示できんかな。
「その魔法陣ってのは紙とかに書いてないとだめなのか?」
『いえ、魔砲発動の瞬間に存在してればいいので「ライト」みたいな光魔法で転写する人もいましたよ。同時魔法発動できるマルチウィザードしか出来ませんでしたけど』
「マルチウィザード……なんと厨二病的な響き……」
『ちゅうに病?病気ですか?』
「ん-、子供、思春期の頃に発症する「悪魔が取り付いた」とか「妖精が見える」とか「実は伝説の勇者の生まれ変わりだったことを思い出した」とか、そういうことを妄想して、現実でも行動しちゃう、一過性の病気のようなもの。主に中学二年生くらいに発症することでついた名前が中二病」
『あー……こっちではそう言うんですね』
「……あるのか?そっちにも」
『あります。特に名前はついてないですけど。「腕に聖刻が浮かんできた」とか「森で伝説の魔術師に出会った」とか「実は密かに魔王退治の勇者から手ほどきを受けている」とか「どこそこのモンスターは自分のペットだ」とか。そんな感じの子供はたまに居ますけど』
異世界にも思いの外中二病患者は多いようだ。
「でも、実際に勇者やモンスターがいる世界じゃ下手にそういう事言うとどうにかなるんじゃないのか?」
『なりますよ。「手の甲に聖刻が出た」と言った少女は教会に連れて行かれて審問官に検査をうけらされて、結局痕跡すら無いので一晩中お説教されたり、「勇者の弟子」と言った男の子は本物の勇者と対面させられてボコボコにされたり、「モンスターがペット」だと言った成人男性は、たまたまそこに本物のモンスターが現れて「止めてくれ」と最前線に立たされたりしましたね』
「まて、最初の娘はいいとして、残りはどうなった?」
『まぁ、相手もわかってやってますから。大事にはなりませんよ普通。確か自称勇者の弟子はボコられて王立騎士見習いに強制転職でしたし。モンスターの偽飼い主はギリギリで騎士団長が救出して、そのまま強制下働き半年……だったと思います』
「森の魔術師ってのは?」
『それは確認のしようがなかったので、しばらく村の人から生暖かい視線を送られただけだそうです』
異世界の中二病患者は後々が大変だな。下手したら命がけだ。
「まぁ、魔法陣は後で考えるとして。なんでイルマはそんなこと知ってるんだ?」
『私はアルビオン王国の魔法宮所属のひとですからねぇ。茶飲み話でそんな事も聞きます』
「……世界は違っても人間たいして変わらないもんだな」
『ここの世界の「人間」と私の世界の「人間」が同じかどうかは分かりませんけどね』
「兄さん!宿題終わった!」
「お、ギリギリだな」
「セリカさんは?」
マリカはホントに一週間で夏休みの宿題を終わらせていた。やればできるじゃねぇか。いっつも最終日に俺に手伝わせてたくせに。
「さっき、終了予定のメッセージが来たところだ。今こっちで再起動中」
スマホを見せる。四〇分くらい前、セリカから終了予定時刻の通知が着た。
セリカも頑張ったようで予定より少し早い。予定より三時間位早い。
「で、空は飛べそう?」
「相変わらず気が早いな。これからだ」
「ぶー。がんばったのにー」
「えらいえらい」
マリカの頭を撫でる。
「むー。すぐ子供扱いするー」
「ほっほっほ、子供を子供扱いして何が悪い」
「むー」
「……子供扱いされる時期なんかすぐ終わる。今はされとけ」
「そう?」
マリカは頭の上の俺の手を握って止める。
「そう。考えても見ろ。子供と言われるのはせいぜい成人までだ。そっからは否応なしに大人扱いされる。そっちのほうが長いだろう?」
「……そうだね。じゃぁ、今のうちにいっぱい子供扱いされちゃう」
ガバっと俺の腕にしがみつくマリカ。
「まぁ、マリカが大人扱いされるときには俺はおっさんだがな」
にへ、っとマリカが笑う。
『クリスタル・セリカの構築が完了しました』
スマホにそんなメッセージが届いたのはマリカが来てから一時間後だった。
「やっとか。まぁ、当初予定より数時間は早かったな」
「当初予定より一時間二〇分早かったです」
スマホからそんな声が聞こえた。
「……セリカ?」
「はい」
「いつの間に音声出力できるようになった?」
「クリスタル・セリカ構築中に音声変換アルゴリズムを会得しました」
「どうやって学習した?」
「先日からマスターが行われていた、テキストの音声変換プログラムを参照しました」
「おー。セリカさんかわいい声だね」
「マリカさん。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「はい!よろしく!」
『私も挨拶できたら良かったんですけどね。とりあえずよろしくおねがいします』
「こちらこそよろしくおねがいします。イルマさん」
「え」
「兄さん。どしたの?」
「セリカが……念話に反応した?」
「そういえば……」
『念話は魂あるものだとたいてい通じますが、私も無機物と念話したのは初めて……じゃなかったです。以前古代の魔術師が作ったと言われるロックゴーレムと念話したことが有ります。なるほど。では、今のセリカさんはゴーレムの精霊回路と同じようなものですね』
「一人で納得するな。解説」
「質問。精霊回路とは?」
セリカが俺の話を食い気味に質問してきた。
『本来、精霊回路とはマナ結晶などに封じ込められた低位精霊を魔術回路として使役する方法です。今のセリカさんとは厳密には違いますけど、似たようなものですね』
「私は精霊ではありません。それでも近似ですか?」
『そうですね。犬と猫ほどの違いですね。鳥とトカゲ程遠くはありません』
その例えは合ってるのか?
「納得いったか?セリカ」
「検討の余地は大いにありますが、概ね」
なんだかセリカがいきなり人間くさくなってきた。
「で、兄さん。飛べそう?」
「そうだな。セリカ。呪文リストは確認できるか?」
「……確認しました。提案。まずT-DAM7のシャドウのログを消す許可を」
あぁ、そういえばログのことを忘れてた。
「シャドウのログは管理下に無いと言っていたが、可能なのか?」
「今の私、クリスタル・セリカはT-DAM7の管理下にはありません。実行しますか?」
……え?
「待て待て待て待て。外部から操作できると?」
「私なら可能です」
「私なら?……あ、そうか」
「兄さん?さっぱり話がわからないんだけど?」
マリカが背中をつつく。
「ちょい待てマリカ。クリスタル・セリカ。今のお前のハードウェア構成は?」
「プロセッサは五〇〇ギガ量子ビット。フリーストレージは一五〇ゼタ。AI構成はトリプル。メインは私「α」です。サブが「β」バックアップが「θ」です」
スラスラと構成が出てくる。うむ、モニタ表示の方が俺は分かりやすいな。
「わかった。って、五〇〇ギガ量子ビットって、五〇〇〇億?T-DAM7ってどうなんだ?」
「T-DAM7は1メガ量子ビットです」
一〇〇万量子ビットでも普通にすごいんだけどな。
「わかった。そのスペックなら128ビットパスワードなんか屁でもないわな」
「T-DAM7のログ消去を実行しますか?」
「やってくれ」
「実行……消去完了」
「……もしかしたら」
『ん?』
「どうしたの?兄さん」
「もしかしたら、俺は大変な物を生み出したかもしれない……」
『クリスタル・セリカのことですか?』
「かしこいよ?」
「賢すぎるんだよ。こいつはまずい。絶対表に出せない」
「そうなの?セリカさん?」
マリカがクリスタルに向かって話す。
「現時点で私のハードウェアは数世代先にいると思って間違いありません。もし世間に発表したら大混乱は必至ですね」
「ほえ~」
『あの、高性能の精霊回路が出来たのが問題なのですか?』
「大問題だ」
頭が痛い。
「マリカ。絶対にクリスタル・セリカのコトは内緒だ。友人は当然としておじさん達にもだ」
「らじゃー!」
ビシッと敬礼するマリカ。不安になる。
「まぁこれで心置きなく魔法開発を進められる」
「やたー!」
マリカがぴょいと部屋から出ていった。と思ったら帰ってきた。
「兄さん!コレなら空飛んでも安定すると思わない?」
ベランダに置いてあったらしいそれは、どう見ても自転車のサドルを無理やりくっつけられた箒だった。
「コレは……?」
「『ミリーの工房』ってゲームの漫画版でこんな箒に乗ってたの。それを参考に友達のコスプレ小物作ってる友達のお兄さんに作ってもらったの!」
ちょうどいい位置に小さめのストレートハンドルもついてる。よく見りゃ箒に見える所もアルミパイプだ。これロードバイクのフレームそのままじゃねぇか。
「うーん。イルマ、どうだろう?」
『コレをベースに小さいマナ結晶を載せたらなんとかなるんじゃないかと』
机の上に置いてあったピンポン玉より少し大きい球形のマナ結晶を指さした。
「その球状結晶に私の端末を設定しますか?」
「はい?」
セリカが変なことを言い出した。
「私の端末を作ればスマートフォンを通じて遠隔作動が可能です」
『コウジロウさん……解説をお願いします』
「えーと、この小さいマナ結晶にセリカの子機みたいなモノを作れば、離れててもメインからのリモート操作ができる、と?」
「肯定です」
とりあえずは理解できたが……。
「セリカ、もしかしてお前……魔法を理解してる?」
「肯定です。アドミニストレータが指示してきた魔法実験のパラメータ制御はT-DAM7でも可能でした。現在のスペックなら完璧に制御してみせます」
「……ま、なにはともあれ実験だわな」
俺はマナ結晶を手に取る。
「セリカ、俺を仲介してこいつに無線LANを構築できるか?」
「可能です」
「んじゃ、一つよろしく」
俺は八面体のクリスタル・セリカの本体に手を置いて、左手で球状結晶を持つ。
「ハードウェア構築。IEEE 802.11ad……完了。手を離しても大丈夫です」
「早えな。コレも五〇〇G量子ビットの威力か?」
「肯定です」
しれっとすごいことを言ってるがいい加減慣れてきた。
「よし、マリカ、スマホ貸して」
「あい」
ぺしっとマリカのスマホが差し出された。
「こいつとはどう繋ぐ?」
「Bluetoothが良いかと思われます。今、端末に生成します……完了。スマホとペアリングをお願いします」
「ほいほい」
俺はマリカのスマホを操作してBluetoothのペアリング先を探す。
……これか?
「端末結晶は『SERIKA_mini_01』か?」
「はい」
ポチッとな……ペアリング完了。
「どうだ?」
「良好です」
うお!左手のマナ結晶からセリカの声が聞こえる。
「現在、スマホの回線を通じて端末を制御しています」
スマホと球体結晶をマリカに渡す。
「セリカさん?」
「よろしくおねがいします。マリカさん。セリカ、とお呼びください」
「おぉ~!よろしく~セリカ!」
「しばらくそいつはマリカに預けとくからセリカとコミュニケーションをとってくれ」
「お話すればいいの?」
「そうだな。空飛ぶ箒のデザインとかも相談しても良いかもしれん」
「おぉー。わかった。セリカ、一緒にアニメみようね」
「魔法少女ビビッドレインですね。楽しみです」
AIがアニメを「楽しみ」だと言う。この異常さよ。
「とりあえずはミニチュアで実験だな。イルマ」
『はい?』
「箒で飛行するにはどんな魔法が良い?」
『そうですね……』
顎に手を当て、うーんと唸るフェレット。
『単純に飛行魔法から試してみましょうか』
「でも、あれ結構ナニだっただろ?」
『箒に魔法をかけて、飛行の制御はセリカさんにおまかせしてみようかと』
ふむ、術者は魔法を発動させるだけでいいわけか。
「まずは実験だな。んーと、これでいいか」
部屋に転がってたハンディモップをテーブルに置く。
『コレは?』
「掃除用具だ。セリカ、飛行魔法詠唱準備」
「飛行魔法準備完了」
「術式起動」
キュキュキュと五〇倍速音声が聞こえる。
……浮かないな。
「セリカ?」
「術式は正常に終了しました」
『でも、発動しませんね』
「イルマちょっと乗ってみて」
『はい』
イルマがハンディモップにまたがる。
「操縦者を確認。上昇します」
ふわっとモップが浮く。
「正常作動を確認」
おぉ、浮いとる。またがったイルマがバランスを取ってわたわたしてる。
「おぉーイルマさんとんでるー。すごーい」
『どうやって操縦すれば良いんでしょう』
イルマがモップの柄を握って慌ててる。
「セリカ、とりあえず今は音声入力ってことで」
「了解しました」
「イルマ、行動は音声……念話で指示してみてくれ」
『はい。聞こえますか?セリカさん』
「良好です」
『では、ゆっくり前進!』
指示が出た瞬間からモップが前進を始める。
「ほとんどタイムラグがないな」
「おー、すごいすごい!」
マリカのテンションが上っていく。
『イルマ、セリカへの指示だ、「時速二キロで部屋の中を右旋回」』
セリカに聞こえないように念話でイルマに指示を出す。
『時速二キロで部屋の中を右旋回!』
『了解』
くりーんと緩やかに時計回りで部屋の中を飛ぶモップ。
「セリカ、いけそうか?」
「制御には問題無しと判断します。しかし、操縦者からの音声入力はラグが大きいと進言します」
「あー……」
「ラグって?」
マリカが首をひねる。
「タイムラグのことだ。音声を入出力してる時間が飛行には不向きってことだな」
「ふーん。操縦桿みたいなのはつけられない?」
いわゆる飛行機の操縦桿が付いた箒を想像してみた。
……ないな。
「そのまま操縦桿ってのはむずかしいな」
「そかー」
ふとマリカが持ってきたカスタム箒が目に入る。
あ、ハンドルついてるんだったな。よく見たらハンドルもサドルも普通に自転車用だなコレ。
「この箒のパーツは?」
「あ、作ってくれたお兄さんが持ってた古い自転車のパーツだって言ってた」
「ほぅ、なかなか凝ったパーツをセレクトするもんだ」
「そうなの?」
アルミパイプにスポーツ自転車用のハンドルステムが付いていて少し幅の短いストレートハンドルがついてる。ブレーキなどは付いていないが、そのまま自転車用が付きそうだ。
「サドルはスタンダードな形だが本皮のいいやつだ。結構するぞコレ」
「あ、それもねぇ、その子が乗ってた自転車のお古だって。新しいの買ったからって」
「ほほう。いいねぇ」
俺はその箒を持って物置にしてる部屋へ。
「どしたの?」
「こいつにつけるパーツを探しに。とりあえずブレーキレバーと……」
以前乗っていたマウンテンバイクのパーツを発掘する。
ま、なんとかなるだろ。