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04 マリカ用空飛ぶ箒。

 イルマが短い腕を組んで思案している。

『箒などに精霊回路を仕込むのは可能ですか?』

「精霊回路?あぁ、AIね。セリカの本体はバカでかいから、箒に仕込むのは無理だな。スマホみたいな端末なら可能だろうが」

『スマホというのはコウジロウさんが使ってるオートスペルキャスターですね』

「正確には自動呪文再生機じゃなくて、「賢い板」だな。設定すれば割と何でもできる」

『では、それを箒に物理的に接続させて、セリカさんに箒の制御をさせるのは可能かもしれません』

「え」

『ですから、セリカさんに……』

「いや、話はわかる。だが、セリカはアーティフィシャル・インテリジェンス。文字通り「人工的な知能」だ。指定されたことは過不足無くこなすが、自発的にイメージするというのが難しい、というか、無理」

『いえ、私の感じた限りではセリカさんには「魂」が有ります。「空を飛ぶ」イメージは可能だと思いますよ』

「人工知能が飛行のイメージねえ」



 俺はしばし考え、セリカに指示を出す。

「セリカ。「箒で空を飛ぶ人」ってイメージで絵を書いてみろ。ネット参照は無し。サイズはVGA。一六色」

 了解の意味合だろうか。サムズアップのバルーンが出てきた。

「ほんとにわかってるんかね」

 画面隅っこのバルーンで砂時計がくるくる回っている。

 時間にしたら一分ほどだろうか。

 ポーンという音とともにイラストが表示された。



 それは「箒に乗ってる人」というより、「棒状のミサイルにまたがる人」だった。

 背後の排気炎が箒の先に見えなくもない、といった程度だ。

「……これは、当たらずも遠からじってとこだな」

『先程見た古典絵とも似てなくは無いですね』

 絵としては正直どうだろうとは思う。だがセリカが間違いなく独自に考えた、箒で空を飛ぶイメージだ。



 しかし、セリカにこんな事ができるような教育はしていないし、第一、量子コンピュータと言っても2世代前の中古品。最新式ならまだしも……まてよ?

「そういえば教授がセリカのハードをいじるとか言ってたな」

 慌ててスマホのメールを確認する。

「あった。えーと……」

 2ヶ月ほど前の教授からのメールに報告が書いてあった。

 要約すると、貸したときは用事がなくてスタンドアロンだったけど、比較実験をするから別の最新式量子コンピュータとネットワークで繋ぐけど別にセリカ本体はイジんないから

 いいよね。ってことらしい。



「あー……いつだったか超忙しいときに見た記憶あるわー……」

 なるほど。セリカの本体には別のハードがネットワークで繋がってる、と。

「セリカ、お前のシャドウは今何処にある」

 ポーン。

 あぁ、IPアドレスで答えられても。しかもIPV6じゃさっぱりわかんねえよ。

「物理的にはどのマシンのアドレスだ?」

 ぴら、とマップが表示される。件の教授の研究室……じゃない。

「どこだこれ?」

 マップを広域表示にしていく。

「えぇ……」

 そこは自衛隊の駐屯地だった。しかも富士や東京ではなく何故か大阪。

 つーか、セリカはいじらないんじゃなかったのか?



 教授に電話をかける。留守番電話になってる。講義中か?

「ご無沙汰しております。八尾です。セリカについてお伺いしたいことがあります。お手すきでしたら、お電話ください」

 とりあえずメッセージは残しとく。



 ま、セリカの状態は後回しだな。



「しかしなぁ」

『どうしました?』

「セリカと箒をどうやって接続したらいいか、皆目検討がつかない。機械と無機物をどう電気接続するんだよ、って話」

『んー……私の元いた世界では、精霊回路を巨大な鎧に載せて騎士……操縦者との半自立制御させていました。それなら可能性は有るのでは?』

「そりゃまた趣味全開だな。AI制御の巨大ロボって感じか。どうやって接続してたんだ?」

『専門ではないので、概要だけですが。たしか、精霊回路をマナ溶液につけて密封だったかしら?制御する用途に応じて精霊回路の数も増えた……はずです。すいません不正確で』

「まぁ、専門じゃないならそんなもんだろう。で、マナ溶液ってなんぞ?」

『マナ溶液はマナを集めて水のようにしたものです。製法的には難しくはないのですが時間はかかります。それを凝縮すればマナ結晶ができるのですが、樽いっぱいから指の先ほどしか取れないので、大体は水溶液のままで使われます』

「マナってのは「万物に宿る魔法の源」だったか?」

『はい』

「そんなものをどうやって水に溶かすんだ?」

『溶かすのではなく、水のようにして取り出すんです。万物の根源たるマナよ。われの呼びかけに応え、魂のゆりかごへ集結せよ、という呪文を大体一〇〇回ほど唱えたら溜まりだします。術者のレベルにもよりますが樽一杯貯めるのに一時間位でしょうか』

「相変わらず呪文がなげえよ、なんだよ一〇〇回って。……セリカ。録音開始「万物の根源たるマナよ。われの呼びかけに応じ、魂のゆりかごへ集結せよ……録音終了。今の音声ファイルをテキスト化して合成音声化してくれ」

 ぽーん。了解音がなる。

『……なんだか、私の今までの苦労が笑われているようで釈然としません』

「うむ、気分はわかる。だが今のお前は発声できないただのフェレット。セリカのサポートがなければ魔法の一つも使えないだろう?」

『無詠唱が有ります』

「訂正する。無詠唱で使える低レベル呪文しか使えないだろう?そこでセリカだ。セリカが魔法をマスターしたら、お前の世界に帰る手段になるかもしれない。どうだ?」

『そうですね。最終的には元の世界に帰ることが第一です。コウジロウさんの仰る通りくだらないプライドは捨てましょう。ここはセリカさんにお任せです』

「うん、任せてやってくれ」

 そうこう言ってるうちにマナ溶液生成呪文が完成した。

「よし、できたぞ。早速テストといこう」



 俺はスマホとカップを手にキッチンの流しに向かった。

『ナニするんです?』

「マナ溶液を作ってみる」

『まぁ、セリカさんだったら大丈夫でしょう?』

「余裕」

 キッチンの流しにマグカップを置く。

「セリカ、マナ溶液生成呪文複製、一二〇用意。最大速度で一二〇回連続再生準備」

 ポーン。

 スマホに常駐しているセリカの端末アプリに指示を出す。

 ……ちょっと時間がかかる。

 ピポーン。

 準備完了の音が鳴る。



「よし……マナ生成……開始」

 俺は、左手にスマホ。右手はコップに向かって手の平を出す。

 スマホから呪文……のような音がする。



 きゅきゅきゅきゅ。きゅきゅきゅきゅ。きゅきゅきゅきゅ。



 ……五〇倍速でも一二〇回となると時間かかるな……。

 元のゆっくり呪文が一詠唱大体八秒。

 呪文と呪文の間におよそ二秒のインターバルがあるとして一〇秒

 五〇倍速でも二四秒。



 人力詠唱に比べたら遥かに早いが、光の速さに慣れた現代人としてはやけにゆっくりと時間が過ぎていくような気がする。



『そろそろ一〇〇回を超えます』

 数えてたのか地味にすごいな。

 セリカの高速詠唱は続く。

 まだ手のひらからはナニも出ない。

 きゅきゅきゅきゅうるさかった呪文詠唱が終わり、スマホは静かに左手に有った。

「……失敗?」



『いえ……確かに魔法は発動しています。でますよ」

 イルマの声と共に右掌から、うす赤い水が流れ出した。

「うぉ!何だこりゃ。水と違ってなんか手の平がチリチリするんだが」

『大丈夫です。そのまま』

 最初はダラダラと流れ出るだけだったマナ溶液は、水の時のようにダバダバとシンクのコップに注ぎ込まれる。



「おー、出るわ出るわ」

 すでにコップを溢れ排水栓を閉じたシンクに溜まっていく。

『流量が多いですね。この勢いだとシンクいっぱいになるのに五分とかかりませんね』

「ソレは良いとして、どうやって止めるんだ?」

『あ』

「またか……」

『ただの水よりオド消費が多いので多分シンクが溢れることはないと思います』

「気絶前提かよ」

 右手からはダバダバと赤い水が出続けている。

 止まる気配は……まだない。



「全然止まる気配がないんだが」

『おかしいですね。コウジロウさんの魔力量だとそろそろかと思いましたが』

 俺は流し台の下から鍋を取り出し、シンクの赤い水を汲んでいく。

 流し台の上に置いていくが、汲んでも汲んでも止まる気配はない。

「おいおい、勘弁してくれよ。溢れたら面倒くさいことになる」



 ベランダの方からバタバタと足音がする。

「兄さん!」

「マリカ?なんで来た」

「イルマさんから念話で聞いたの!どうすればいい?」

『すいません、手が足りないかと思いまして』

「話は後だ。鍋でも何でも良いからこの赤い水を汲んで、バスタブに貯めてくれ」

「りょうかい!」

 手近に有った赤い水入りの鍋を持って風呂場に走るマリカ。

『あの~』

「なんだ」

 俺はタッパーに水を汲みながら、おざなりに返事をする。片手では水は汲みにくい。

『大きめの鍋をマリカさんに持ってもらって、ソコに貯めながらバスルームへ走れば?』

「それだ!マリカ!」

「聞こえた!」

 風呂場から返事が帰ってきた。

「兄さんここへ手を」

 母が使っていたおでん用のでかい両手鍋を持って構えるマリカ。

「よし、そのまま」

 さっ!とシンクから鍋へとを移動させる。

 そろっと移動する余裕はないが、走るには狭い。そんな廊下を二人で急ぎ足。

 開けっ放しの風呂場へ入り鍋ごとバスタブへ。

「ふ~……なんとか、なったかな?」

『一段落というところですが、いい機会なのでこのままマナ結晶を生成してみようかと思います』

「……俺は文字通り手一杯ですが?」



『マリカさん。お願いできますか?』

「まーかせて!で、なにするの?」

『コウジロウさん、オートスペルキャスター……じゃないですね。すまほ?をマリカさんに』

「まてまて、マリカにそのマナ結晶とやらを作らせるのか。俺みたいに倒れたらどうする」

『大丈夫です。結晶化にはマナ溶液自体のマナを使います。マリカさんは発動時にオドを少し消費するだけです』

「……わかった」

 俺はセリカにマナ結晶生成の呪文を用意させる。



 ダバダバと赤い水が出続ける右手をバスタブから出さないように左手を伸ばしてマリカにスマホを渡す。

「はい、ソレで?」

 マリカがワクワクした顔でスマホを構える。

「ちょっと待て、セリカ」

 ポーン。

「ユーザー追加、ユーザー名、マリカ。権限はノーマル」

 ポーン。

「マリカ、スマホに向かって「新規ユーザー名」って言ってから自分の名前を言う。名字は無しでいい」

 ん、と頷きスマホの送話口に向かう。

「新規ユーザー名、マリカ」

 ……ポーン。

「これでセリカに呪文の準備を指示できるはずだ」

『ではマリカさん。マナ結晶生成呪文を』

「えーと、どうするの?」

『あー、俺が念話で指示するから、続けてコマンドを唱えてみてくれ』



「何で念話?」

『セリカの音声入力が反応しちまう』

「あいあい」

『ではマリカさん、マナ結晶生成の呪文を使います』

『マリカ、最初にセリカを呼ぶんだ』

「セリカ」

 ポーン。

『これで指示待機になる。続けて。マナ結晶生成。準備』

「マナ結晶生成。準備」

 ポーン。

 やや緊張した声でマリカが指示を口にする。

『開始』

「開始」



 きゅきゅきゅきゅきゅ。



「あ、五〇倍速設定のままだった」

『……やはり、どこか抜けてますねコウジロウさん』

「かわいいでしょ?」

「誰が可愛いか」

 よくある設定の不具合だが、いまいちどういう動きをするかわからない魔法とやらには問題だ。

「ところで、魔法は発動してるのか?」

『無事に。バスタブの中に小さな結晶が生成されているはずです』

 俺はバスタブの中を見るが、今の所はナニも出来ていない。



「兄さん……目の前がすごく赤いんだけど」

「どうもソレが「マナ」らしい。魔法使うと見えるんだと」

『マリカさん?今もマナは見えていますか?』

「うん。バスタブに向かって流れ込んでいくみたいに動いてる」

『おかしいですね……マナ結晶生成は瞬間のマナ消費はあっても流れ込むようなことはないんですけど』

 そう言うとイルマはバスタブの縁に上がり、中を覗き込む。

『あ』

「またか、こんどはなんだ」

『いえ、一応ちゃんとマナ結晶はできてるんですが、溶液のマナだけじゃなくて、周囲のマナも取り込んでますねコレ』

 俺は、ん、っとバスタブの中へ目を凝らす。

 じわりと視界が赤くなりマナの流れが見えるようになる。

「おぉ、集中するとマナが見えるな」

『一度オドを限界まで使いましたからね。馴染んだんでしょう』



「兄さん?コレはどうすれば止まるの?」

「発動させたら勝手にできるようなこと言ってたから停止コードは設定してないな」

『普通は設定しませんね。一度唱えたら溶液がなくなるまで勝手に発動してますから』

「ふーん?」

 マリカはいまいちわかってないような顔をしてる。

「まあ、その結晶ってのが出来たら止まるんでしょう?」

『そうですね』

「じゃぁ、ちょっとお茶持って来る」

 だーっと冷蔵庫のもとへ走るマリカ。

「せわしない……」

『まぁ、子供ですし』

「子供じゃないわ!レディよ!」

『この芝居がかったセリフ……また、なんかアニメでも影響されたか』

『アニメ?』

『そっちの世界にはないのか?絵をコマ撮りして連続再生して絵を動かす……地味に説明が難しいな』

 俺はスマホを動画サイトにつないで適当なアニメを見せる。

 子供向けか?ひらひらの服で魔法をボカボカ打ち出して戦う物騒な魔法少女モノだ。

『コレが……アニメ……』

 本気で見たことなかったみたいだな。画面に集中してる。



「あ、ビビッドレインだ。イルマさん見てるの?」

「ああ、俺は適当に選んだだけでわけが分からんが」

 コーヒーと日本茶を持ってきたマリカがスマホで再生されているアニメに反応した。イルマは画面に釘付けで俺たちの会話は全く耳に入っていないようだ。

「……当分無理そうね」

「まぁ、三〇分番組だから結晶ができる頃にはおわってるだろ」

「その間にお昼にしよう!」



 ふと時計を見るともうすぐ一二時だ。時間を見ると腹が減ってきた。

 だが、俺の右手からはまだ赤い水がダバダバと出ている。いつ止まるんだこれ。

「そうだな。まぁ、この状態だから俺は手伝えん。マリカ、上の戸棚に袋ラーメンが入ってる。作ってくれないか」

「またそんなもので済まそうとする。夏バテするよ?」

「多少不摂生出来ないとプログラマはできんよ」

「もー、私が作るから!冷蔵庫の中のもの使うよ」

「え、できるのか?」

「これでも家庭科部ですよ?」

「初耳だ」

「言ってなかったっけ?」

 ふふん、という顔で台所の冷蔵庫を漁る。



「家庭科部ねぇ……」

 俺の学生時代は家庭科の授業ってものがあったが小学校までだ。中学になったら技術と家庭科に分かれて男女別の授業だったな。

 などと手のひらから赤い水をダバダバ流しながら、左手でスマホを支える。

 台所で包丁を使う音がする。音を聞く限りはそれなりに慣れた感じだ。



「まぁ、大丈夫だろう」

 調理の音をBGMにスマホに流れるビビッドレインとやらを眺める。



「できたよー」

 マリカがお盆に大量のサンドイッチとアイスコーヒーを持ってきた。

「……風呂場で食事ってのも異様だな」

「あんまりしないよね」

「しかし作り過ぎじゃないか?」

 お盆いっぱいのサンドイッチをつまんで。お、たまごサンド。

 ひょい、パク。

「うん、普通」

「ふつう?もうちょっとこう……」

「でも、たまごサンドで「これはうまい!」っていうのはお目にかかったことがないな」

「そうだよねぇ」

 マリカもサンドイッチをつまみながらアイスコーヒーを入れてくれる。

「はい。ブラック?」

「うい。ありがとさん」

 ひょいパクひょいパクと俺の口に消えるサンドイッチ。

 卵にシーチキンにサラダ。具もバリエーション豊富。

「なぁ、家庭科部」

「はい?」

「悪くは無いけど、割と切って挟んだだけだよな。これ」

「ぶー。字面はそうだけど、ちゃんと作るのはいろいろあるんだよ?サンドイッチって」

「そんなもんかね」

 お盆いっぱいのサンドイッチは三分の二ほどが俺の胃袋に消えた。

「ごちそうさま。うまかったよ。マリカ」

「えへへー」

 褒められたのが嬉しいのか照れるように笑う。



 しばらくするとアニメも終わり、イルマが復帰した。

『フー……アニメというのも面白いですね。思わず熱中してしまいました』

「そらよかったな」

『コレの一話はどこですか?』

「こら、勝手にスマホをいじるな」

 イルマは短い前足で器用にスマホを操作する。

『あ、コレですね』

 早速一話を見つけて再生する。

「そのフニフニの手で器用に操作するもんだな」

 まぁ、俺が目の前で使ってたから操作は覚えるか。



「あ、兄さん。浴槽になにか出来てきたよ」

 イルマと一緒にビビッドレインを見ていたマリカが声を掛ける。

「お?」

 ちょっと勢いの衰えた俺の手から出る赤い水は、いつの間にか空になった浴槽に、ゴロリと転がるバスケットボールサイズの赤い結晶体にグイグイと吸い込まれていた。

「……どういうことだ?コレは。おい、イルマ」

『……』

「おい」

 スマホ画面のアニメに集中するイルマの後ろから画面をタップして一時停止にした。

『あ!ナニするんですか!』

「後にしろ。こっちが先だ」

 スマホを取り上げ浴槽の中を見せる。

『……どういう状況です?』

「俺に聞くな専門家」

『んんー……おそらく……結晶生成を起動させたマリカさんの影響かと』

「え?私のせい?」

『マリカさんのせい、というよりは、マリカさんのオドが強すぎて最大強度の生成魔法に成ってしまったのでは……ないかと?』

「なんで疑問系なんだよ」

 そんな事を言っていたら俺の手からの赤い水が止まった。



「……なんともないな。倒れるくらいはするかと思っていたが」

 俺はナニも出なくなった右手をニギニギしながらつぶやく。

「大丈夫?」

「あぁ、前みたいにはなってない」

「そう、良かった」

 マリカは前回のようにまた倒れるのかと心配してくれていたようだ。



『コウジロウさんのオドも割と謎ですね。少ないのに』

「俺の事は割とどうでもいいが。こっちはどうなってる?」

 イルマはひょいと浴槽に降り立ち、ペンペンと結晶を叩いたりしている。

 浴槽にはバスケットボールサイズの正八面結晶が一個。その周りにピンポン玉サイズが一〇数個。後は一センチ以下のビー玉か、砂みたいなのが大量。

『私もこんなにでっかいマナ結晶初めてみましたよ』

「どうするかねコレ?売れる?」

『流石にこっちでは売れないでしょうね。私の元の世界ならいざしらず」

「そうか」



 マリカがツンツンと結晶を突きながらイルマに質問する。

「それでコレをどうするの?」

「そういえば精霊回路をこいつに入れてとか言ってたな。どうだイルマ」

『このサイズなら十分以上に十分ですよ」

「問題はこいつとセリカをどう接続するか、か」

「ん?セリカさんをこの宝石に入れるの?」

「宝石じゃなくて結晶な。とりあえず教授のとこに持ち込んでみるか」



 俺は一番でかい結晶を抱えてみる。

「よっと、お?案外軽い」

『比重が水の半分くらいですから、見た目よりは軽いですね』

「小さいのは私が集めておくね」

 マリカがピンポン玉サイズをお盆に並べだした。



 とりあえずリビングに置いておくとして、小さいのはペットボトルでいいか。

 浴槽に溜まった砂みたいな結晶をチリトリですくっては二リットルのペットボトルに入れていく。

 結果。

 でかい八面体結晶一個。

 ピンポン玉サイズ八面体一四個。

 砂~ビー玉サイズ二リットルペットボトル二本分。



「ようは、電気的に結晶とPCを接続出来たらセリカのコピーを結晶内に作れる、と?」

『はい、マナ結晶はマナを直接操作することによって形を変えることが可能です』

「……RJ48コネクタでも生やしてみるか」

 俺は結晶に手を当てながら、LANのソケット部をじっと見つめた。



 形状がこうで……ピンアサインがこうで……。

 たっぷり一分はRJ48コネクタを見ながらじっとしていた。

 ふ、と結晶から手を離すと手のひらの有った所にLANポート(メス)が出来ていた。



「……ちょっと異様な光景だ」

 どう見ても赤い結晶なんだがLANポートがついてる。

『出来ましたか』

 イルマがLANコネクタを見ながら首をひねる。

『なんです?これ」

「セリカと繋ぐ穴だ」

 異様さに少し慣れた。ある種芸術的であるとも思える。……ような気がする。

『どうもコウジロウさんはマナの直接操作に適正があるみたいですね。普通はこんな精密な操作は難しいです』

 そんなもんかね。イマイチ実感がわかんけど。



 家中を無線化してから、とんとご無沙汰のLANケーブル。

 押入れの中から新品のカテゴリー6ケーブルが出てくる。

「……ま、新品くらいある……いつのだ?」

 随分使っていないケーブルだが構わんだろう実験だ。

「しかも五〇メートルって……ナニに使うつもりだったんだ?俺は」

 ルーターと結晶をケーブルで繋ぐ。

 ノートPCでローカルネットの状態を見る。

「おいおい……ほんとにあるよ。ナニかが」



「どうしたの?」

「んー……なんと言ったらいいのか」

 ポリポリと頭をかきながら振り返る。マリカが興味津々の顔で結晶を見つめている。

「さっきの結晶をうちのネットワークに繋いでみたら認識された」

「だめなの?」

「いや、だめじゃないが理解できない」

「ん?」

「なんでこんな無機物がつながんだよ!」

『まぁ、マナ結晶ですから』

「わからん!」

『それで?つながったんでしょう?』

「あ、お、おぅ。認識としてはネットワークにつながったローカルマシン扱いされてるみたいだな。OSは無しで、空き容量は……へ?二〇〇ゼタ?」

「ゼタ?」

『なんです?ぜたって』

「えーと、マリカ、スマホとかPCの記憶容量ってわかるか?」

「うん。保存スペースのことでしょ?メガバイトとかキロバイトと」

「まぁ、それだ。小さい順に、キロバイト、メガバイト、ギガバイトって続くんだが。更に上の単位でテラバイト、ペタバイトてのがあるんだ。大体一〇〇〇倍ずつ増える」

『ほうほう』

「ほうほう」

 ふたりで変な感心の仕方してる。

「それより大きいのが。エクサバイトってやつでな。このでかい結晶はそれの一〇〇〇倍、ゼタバイトの容量があるとふざけたこと言ってる」



 マリカが首をひねる。

「大きいの?ゼタバイト」

「クソでかい。市販のストレージ・ドライブが最大で五〇テラバイト。対するこいつが二〇〇ゼタ。普通の商業用サーバがこれの一〇〇分の一くらい」

「ほえ~」

 マリカが感心舌声を上げるが多分この凄さはわかってないだろう。

「ビニールプールと太平洋くらい違う」

「でっか!」

『大きいのが問題ですか?』

「問題はないが非常識だ」



「セリカ。お前の消費ストレージ容量はいくつだ?」

 スマホのセリカアプリに聞いてみる。

『10TB』

 バルーンが出てきた。

「な?日々データを蓄積してるセリカですらこんなもんだ。二〇〇ゼタもあったらセリカを何百台も可動させてまだ余る。異常だ」



 ただでさえ異常な事態なのにわけがわからん。

「じゃぁ、この中にセリカさんをお引越しさせてみたら?」

「……はい?」

 マリカが唐突にそう言った。

「だって容量はあまってるんでしょう?」

「まぁ……」

「だったらこっちにお引越ししてもらったら、セリカさんももっとのびのびできるんじゃない?」

 気軽に言ってくれる。

「セリカは量子コンピュータっていってな。普通のハードウェアとはわけが違う……?」

 スマホのセリカがバルーンを出してきた。

『移動は可能です』

「何言ってんだ?」

「なになに?……「移動は可能」っていってるよ?セリカさん」

 後ろからスマホを覗き込むマリカ。



「可能っても、どうやって移動するんだ?」

 素直にセリカに聞いてみる。

 バルーンに案が出てくる。

『1・普通にコピー 2・新規にハードウェアを構築してコピー 3・卵を移植してコピー』



 なにか変な文字が見えた。

「セリカ……卵ってなんだ?」

「え。セリカさん卵産めるの?」

『AIとは卵生なんですねえ』

「そんあわけあるかーい!」



 スマホを投げそうになった。

「ふざけんな。お前いつから卵生になった!?冗談も程々にしろ……冗談?」

『申し訳ありません。冗談です』

 そんな設定したことはないが、大学の誰かが教えたのか?

『研究室で暇だったので大学のサークルを覗いてたら落語研究会があったので見物してましたら、冗談を構築できるようになりました』



 AIが暇って……どういう学習だ。いくら自己学習って設定でも自由すぎるだろう。

 つーか。

「セリカ。お前いつになく饒舌だが、大丈夫なのか?」

『メインがメンテナンスモードに入りましたので、現在シャドウにて稼働中です。プロセッサ占有率20%です』

「本体がメンテに入った、つーことは教授が居るはずだ」

 俺は急いで教授に電話をかける。

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