03 光路郎、魔法使いすぎで倒れる。ついでにイルマが飛ぶ。
「さて、取りあえず、イルマには知ってる魔法を全部テキスト化してもらうとしよう」
『はぁ、まぁどうせこの体では満足な調査も出来ませんし、構いませんが。結構な量ですが大丈夫ですか?』
「このノートPCでもテキストデータなら図書館クラスのデータ量でも余裕だ」
『すごいですねぇ。私の所でも記録用の魔道具は色々有りましたけど、どれも記録容量がネックでしたねぇ』
「魔道具ってオートスペルキャスターみたいな?」
『はい。オートスペルキャスターも容量的に難度六がギリギリでした。他にも風景を写すとか、水の浄化とか、魔道コンロとか、色々です』
「車とか飛行機とかはなかったのか?」
『魔法で飛ぶ飛空船は有りました。他にも馬のいらない魔法馬車とか』
「魔法世界との共通点も多そうだ」
色々話をしながら、イルマはテキストエディタに魔法の呪文を打ち込んでいる。慣れたもんだ。
「そうだ、呪文には難度と効果説明をつけといてくれ。簡単でいい」
『はい、とは言え難度一〇まで全部となると結構な時間がかかりますね』
「そりゃ仕方ない。まぁ、急ぐもんでも無いし、適当に寝てくれ」
『ありがとうございます』
「あと、その体、フェレットって燃費悪いらしいから、気がついたら水とパックササミを食べてくれ。倒れられたらかなわん」
俺はタッパーに移したササミと蓋付きのマグカップに水を入れてテーブルに置いた。
イルマは「きゅ」と鳴いてお辞儀をした。
俺はイルマをリビングに残して、仕事の続きを終わらせに部屋へ戻る。
カチャカチャとキーボードを叩く音が響く。
「ポーン」
音と共に画面の隅にバルーンが浮かび上がる。
「塔」関係のニュースが入ったら知らせるように設定している。
「セリカ、塔のニュースを読み上げてくれ」
俺は自作のAI「セリカ」に声をかけた。
「午前一時〇四分のSNSの投稿です。『北海道の塔上空にドラゴン出現。』写真も有りますが、表示しますか?」
「出してくれ」
パッと新しいウィンドウで写真が表示される。
「……何だこりゃ?」
写真にはかなりの望遠で撮ったと思われる塔の姿が映し出されていた。深夜なのにやたらと明るく、はっきりと写っていた。そこには翼を広げた一見するとドラゴンな物が写っていた。拡大しても明るすぎて細部がよくわからない。
「セリカ。この写真、陰影強調補正してくれ」
五秒ほどで新たなウインドウに陰影強調された写真が出てきた。
「んー、腕がないな。ドラゴンよりワイバーンかな」
ゲームなどでもよく出てくるのでドラゴンとワイバーンくらいは知ってる。
「セリカ、この写真に関連する記事を集めて、ランク分けしてくれ」
画面の隅にサムズアップのアイコンが浮かぶ。
セリカには無駄な音声での返事をしないように設定している。
だがどこで覚えたのか通知バルーンにアイコンを乗せてくる。
会話がしたいのか?うむー。
自作AI「セリカ」
俺が学生の頃からチマチマ組んでいた半自立学習AIだ。現在はバージョン17くらい。
ハードウェアも当初はよくある自作マシンだったが、バージョン8辺りからマシンパワーが足りなくなり、今は同好の士でもある大学教授の好意で、使っていなかった大学の型落ちの量子コンピュータサーバを使っている。
セリカは同一のプログラムを二つ使ってお互いに監視させている。
不具合が起きたら互いに対処法を探り合う。そして自己解決を図る。
この方式を取るようになってからほぼメンテナンスフリーで動いている。
バージョンもコンマ以下の細かい修正が常時されているので「おおよそバージョン17」としか、表記できない。
そんな優秀かつ得体の知れないAIが情報を集め、精査し、ランク付けをする。
俺は仕事に戻る。キーボードの音が途切れなく続く。もうちょっとで終わる。
よし、出来た。まずはテストだな。取りあえずコンパイルして、テスト用のタブレットを取り出し起動する。こいつはネットワークには繋がない設定にしてあるので暴走しても平気。
プログラムをメインマシンからSDメモリにコピーしてタブレットに読み込ませる。
起動っと……うむ、動いてるな。
デジタルサイネージ用のカスタムプログラムらしいが、広告ってのはそんなに頻繁に更新するもんなのかね?よく判らん。
「ポーン」
メインマシンのスピーカーからセリカの通知音が聞こえる。
さすがにインターネットの情報をスコップするのは暇がかかるのか。案外時間かかったな。
まぁ、言っても三〇分位だが。
俺は動作確認を終えたタブレットを終了しメインマシンに戻る。
「セリカ、ランクの高い順にサブモニタに六件ずつ表示してくれ」
ウィンドウが六つメインの隣のモニタに表示される。
俺はマウスのホイールをくりくりして順繰りに見ていく。
「特に変わったネタはなさそうだが……あ?なんだこりゃ」
かなり関連度の低いところまで見ていた時に、一枚の写真に目がとまる。
それは一見するとゴーストタウンの写真かと思えたが、拡大すると人型のシルエットが見える。
「セリカ、この写真の詳細をだしてくれ」
新たにウィンドウがメインモニタに開く。イギリスのwebサイト。飛行ドローンのアーティストが色々写真をアップしている個人サイトだ。
「関係なさそうなんだが……あぁなるほど」
イギリスの南部の離島がダンジョンからあふれたモンスターに占拠された、てな感じの記事と写真だ。その写真の空に北海道のドラゴン似の空飛ぶトカゲが写っているのだ。かなり鮮明に映るその写真と、の比較画像をセリカが表示する。
「似てる、と言うか、そのままだな」
アングルが違うのでサイズが同じかは分からないが、ほぼ同じシルエットだと見える。
『イルマ、今大丈夫か』
俺は念話でイルマを呼んでみる。
『はい、どうしました?』
ノータイムで返事が来た。便利だな念話。
『ちょっと見てもらいたい写真がある。こっちにきてくれないか』
『はい』
三〇秒もしないうちに引き戸が少し開きぴょこっとフェレットが顔を出す。
「すまんな」
『いえいえ、それでなんです?』
「こいつを見てくれ」
モニタの写真を見せる。
『ワイバーンですね。地表の小さいのはゴブリン、コボルト、オークですね。』
ファンタジーで馴染みの固有名詞がポンポン出てくる。
「ふーむ。こいつはまずい」
『はい?』
「琵琶湖にも島の中に塔が出現してる。自衛隊と警察が抑えてるようだが」
『ああ、時間の問題ですね』
イギリスと違うのは島のサイズがずいぶん違うということくらいで、対岸から対処可能ということくらいしかない。
俺はとあるwebサイトを表示する。
『これは?』
「一般の物好きが作ったダンジョン関係の情報サイトだ」
専門家も覗いてるらしいが、管理しているといってもボランティアに毛が生えたような集団がしているらしいので情報も玉石混交を体現したような状態だ。
「胡散臭いが鮮度は高い。セリカ、ここの中から琵琶湖のネタをピックアップしてくれ」
『セリカ……さん?』
「あぁ、俺の作ったAI……人工知能だ」
『人工知能……ああ、精霊回路ですか?すごいですね』
「精霊回路?」
『高密度のマナ結晶に精霊を憑依させて、思考回路とする魔道具です。魔法陣の代理筆記をすることが多いです。高度なモノは会話も出来るそうですが、そのレベルのは見たことは無いです』
「またファンタジーな単語が多いんでよく判らんが、似たようなもんかな」
『セリカさんは会話はできないんですか?』
「やかましいんでオミットしてる。セリカは会話したそうだがな」
『私と念話できたらいいんですけどね』
「なんでまた?」
『私が呪文とか魔法陣とか教えたら実行できそうです』
「残念ながらセリカに精霊はついてない。多分無理じゃないかな」
『そうですか。残念です』
そんな会話をしていたら琵琶湖のネタがピックアップされてきた。
日付を見る限りは大したことは更新されてない。
一番新しいのが自衛隊、警察の警備状況だ。
半径一〇kmは完全立入禁止なのにどうやって覗いてんだか。
「大したものは無いな」
じーっと画面を見つめるイルマ。
「どした?」
『この塔、なにか魔法の気配がします。気配というか雰囲気?説明しにくいんですが、大規模魔法を使うときにこんな感じに魔法陣を積層に積むんです。その感じに似ているような』
「ふーむ?」
俺にはただの石造りの塔にしか見えんがな。
「それはそうと、呪文の書き出しはどんな具合?」
『えーと、さっき難度四の書き出しが終わりました。頑張れば明日の夜には全部かけそうです』
「あんまり急がんでもいいぞ。夜は寝ろ」
『連日夜更かししてる人に言われたくないですぅ』
「ふはは。それもそうか」
あ、そうだ。
「セリカ、ノートPCに入ってる合成音声データを参照して、ノートPCで現在製作中のテキストデータを音声化してみてくれ」
『何するんです?』
「テキストの音声化をセリカにやらせてみる。うまくいったらかなり楽だ」
『……楽どころの話じゃないですね、それ』
「まぁ、そんなうまくいくとは思ってないが」
画面には俺の指示を受領したというメッセージが表示されている。
「本体もこの時間ならそうそう使ってる人も居ないだろうから邪魔にもならんだろ」
『セリカさんの本体はこれじゃないんですか?』
イルマがモニタをポンポンと叩く。
「ははは、さすがにそんな小さくはならんさ。本体はこっから二〇kmくらい離れた大学の研究室だ。二世代前の量子コンピュータで埃かぶってたのを使わせてもらってる」
『無断使用は違法では?』
「さすがにちゃんと教授に許可もらってるよ。まぁ、代わりにセリカが教授の秘書みたいなことしてるけど。ギブアンドテイクってやつだな」
『えーあい、というのは有能なんですね。秘書まで務めますか』
「半分くらいはセリカが自分で機能向上に努めたおかげだな。細かいバグフィックス……不具合の調整は自分でやってるしな」
ポーンとセリカから音声化終了の通知が来た。
「え、早いな」
『もうできたんですか?早いですね』
「えーと、ああ、難度一の一つが終わった、らしい。セリカ、元のテキストを表示。合成音声をコピーして再生待機」
指示に答えてテキストが表示される。
『難度一の水生成の呪文ですね』
「水をだすのか?」
『はい、これを唱えたら指定した少量の水が生成されます。日常使い出来る魔法の代表みたいなものですね』
「ほうほう、セリカ、こいつの合成音声を再生」
『見えぬ水よ 集まりて 1ミルの 水流となせ』
マナの集中もしてない再生なので何も起こらない。
「これはいけそうか?」
イルマに聞いてみる。
『聞く限り大丈夫そうですが、難点がひとつ。再生装置と接触していないとオートスペルキャスターは効果を発揮しません』
「あー、音自体はスピーカーから出てるから大丈夫だろう。ところで1ミルってのは?」
『容積の単位です。これくらい』
イルマが小さな体で、こーれくらい、とサイズを表現する。一リットルといったところか。
ちょうど空になった1.5リットルのペットボトルがあったのでそれを構える。
「これでもいけるか?」
『はい、術者のイメージ通りに水が出てくるはずですので、その口に入るように細い水流のイメージをすれば大丈夫かと』
俺は机の隅に有るスピーカーに手のひらを乗せて待機。
「セリカ、もう一度音声ファイルをコピーして一〇秒待機して再生」
ピコっとカウントダウンバルーンが出てきて再生待機を告げる。
「よし」
俺は意識を集中する。蛇口から出てくる細い水のイメージで。
数秒後、ゆっくりな呪文詠唱が再生される。
『見えぬ水よ 集まりて 1ミルの水流となせ』
視界が赤い霧に覆われる。それが消えると何もない空間から水が流れだした。慌ててペットボトルで受ける。少しこぼれたがほぼキャッチ出来た。
「できちゃったよ……」
『できちゃいましたね』
「これで、呪文はなんとかなる目処が付いたとしよう。かなりセリカ頼みだが」
『まぁ、コウジロウさんが作った精霊回路なんでいいんじゃないですか?でもこれで魔力量の測定が出来ます』
「はい?」
『この魔法【アクア】は現出する水の量で魔力を消費します。水を限界まで生成したらその人の魔力量がわかります。アクア一に対してトーチが〇.二くらいの魔力消費です。後は個別の魔法の大体の消費比率に照らし合わせてどこまでの魔法が使えるかを判定します』
「実測か、めんどくさいな」
『保有オド量は成人したらほぼ増えません。コウジロウさんだと一度測ったら十分です』
「風呂場でやるか」
俺はスマホとイルマを持って風呂場に移動する。
『人をモノみたいに運ばないでください』
苦情は無視する。
「セリカ、聞こえるか」
おれはスマホに話しかける。
『ポーン』
セリカの応答音がする。
「さっきと同じファイルの「一ミルの」って所を削除して再生待機。準備出来たら知らせろ」
『何を?』
「容量指定をなくしたら限界まで水が出てくるようになるかと思ってな」
『たしかにそうですが、よくそんな、ぱっと思いつきますね』
「呪文ってどっかプログラムと似てるんだ。高級言語だと思えばなんとかなるかと」
『……よく分かりません』
『ポーン』
「よし、一〇秒後に再生」
スマホを左手に持って右手をバスタブに入れる。掌からどばーっと水が出てくるイメージで。
スマホから呪文詠唱が聞こえる。視界にマナが見える。よし起動は成功。
水は?
右掌から水がドバーと流れだしていた。
その勢いに反して全く反作用を感じない。
「この水って俺の掌から出てるわけじゃないのか?」
『そうですね。そう見えますが実際は掌のちょっと前に生成されてるだけですね』
「ほう、なるほどわからん」
理屈はわかるが原理が判らん。
そんなことを考えている間に水はバスタブいっぱいになってきた。
「イルマ、途中で止めるときはどうやるんだ?」
『え……あー、そういえばコウジロウさん停止ワード入れませんでしたね』
「あ、もしかして指示しないと止まらんのか?」
『任意で調整するときは停止ワードを入れないと限界まで止まりませんね』
「……取りあえずバスタブの水は抜くか。あふれるよりマシだ」
ガボンとバスタブの栓を抜く。
……一向に水は減らない。
「これは……排水と供給が釣り合ってるな?」
『……そのようですね』
時間にしたら一五分位だろうか。
「クラクラしてきた」
『そろそろ限界ですね。その感覚を覚えていてください』
「お……おぅ……」
俺は右手をバスタブに漬けてヘタリこむ。
目が回る。返事するのもだるい。
と、いってる間にバスタブの水が減ってきた。
『終わったようですね。案外早かったです』
「これ……で…早い……のか」
『そうですねぇ、魔法専門の学校にいくような、子供の頃から訓練した人だと最低が小型船いっぱいとか』
「すげぇ……」
『記録に有る最高記録が枯渇した半径二kmの湖一杯をあっという間に埋めたとあります』
「ばけ……もん……か」
『あ、コウジロウさん?おーい。あらら限界ですか』
イルマが俺の顔をペシペシ叩くのが見える。俺はそのまま気絶したようだ。
「あ、起きた。兄さん、大丈夫?」
気が付くと朝だった。時計を見ると七時ちょっと前。
「なんでマリカがこんな早くに居るんだ」
いつもなら九時過ぎじゃないと起きないのに。
「イルマさんから念話で兄さんが倒れたって聞いて。びっくりしたよ」
「あぁ、うん、体調不良とかじゃないからな」
「うん、聞いた。魔法のテストだって?いいなぁ」
「そのうちマリカにも使えるようにしてみるさ」
マリカが嬉しそうな顔で言った。
「じゃぁ、私空飛びたい!」
「だ、そうですよ。イルマ先生」
俺の腹の上で丸くなっていたイルマをつつく。
くかーと大口を開けてあくびをするイルマ。
『飛行魔法は制御が大変ですよ。無防備ですし』
「でも飛びたい!」
「まずは魔力測定からな」
「うん!」
「あ、その前に夏休みの宿題すませろよ」
「だ、大丈夫だよ?」
ついーっとマリカの目が泳ぐ。
「だーめだ。お前にサボりぐせつけると地味におばさんがうるさいんだよ。取りあえず今日の分は済ませてこい」
「うー、わかった」
ペタペタとベランダから帰っていくマリカ。やっぱりそっちから来たのか。
気絶退場となった昨夜の実験だが、魔力測定の結果はセリカが観測していたようだ。
バスタブの容量、給水排水のバランスが維持された時間、全排水までの時間等で大体水が一〇〇〇リットルちょっと出ていた計算になるそうだ。
バスタブ五杯分ちょっとか。
『日常の生活魔法としては問題ない魔力量ですね』
「日常のってことは他は?」
『他の実用魔法、攻撃魔法は消費魔力量も大きいですから、コウジロウさんではファイアボール二発で限界ですね』
「くっ、せっかく魔法使いになれると思ったら」
『まぁ、普通は専業の魔法使いになろうと思ったら一〇歳までに魔力増強の訓練をするのが普通ですしね』
「どうやるんだ?魔力増強訓練」
『基本的には保有魔力を毎日使い切って、寝て回復、ってのを繰り返すんですけどね』
「そうすると増えるのか」
『子供のうちはそのようです。と言うかそれ以外に保有魔力の増やし方てあるんですかね?』
「専門家が素人に聞くな」
『成人しても数年は伸びるそうですが……あぁ向こうとこっちでは成人年齢が違いましたね』
「向こうは何歳で成人なんだ?」
『大体、成人は十五歳で成人ですね。国や地方でやや誤差はあるようですが』
「十五歳で成人してそれから数年。二十歳くらいが魔力成長の限界か」
『おおよそは、そんなところですね』
別段だるくもなかったのだが魔力が回復するのに六時間は必要ということで昼までゴロゴロしていた。仕事のプラグラムも圧縮してクライアントに送った。暇だったので「水を出す魔法」の呪文を改造してみる。呪文を任意発動させるのに不便だったので発動ワードを決める。と、言ってもアクアはアクアでいいだろうしトーチはトーチだな。
あぁ、でもセリカに呪文を準備させないといけないのか。
じゃぁ、こんな手順で。
「詠唱準備アクア」
「発動、アクア」
「停止」
んー。
「イルマ、アクアの呪文設定ってどこまでいじれんるんだ?」
『呪文設定?』
「最初の呪文には「一ミル」って容量指定が合っただろう?それを削除したら限界まで止まらなかった。停止ワードってのを設定したら止まる。じゃぁ、イメージで出してる噴出量とか噴出速度も設定できるのかなと」
『一応出来たはずですが、普通その辺はイメージで補完するのが普通ですね』
「ふむ、出来るのか」
『また変なコト考えてますね?』
「変なこととは心外な。停止ワード入れなきゃ止まらん不完全プログラムを直してるだけだ」
『言ってる意味はわかりませんが微妙にバカにされてる気がします』
「そんなことはないぞ?」
ある程度雛形ができたらセリカに丸投げで呪文ができる。楽だなぁ。
『なんだか私の魔法の概念が崩れそうです……』
「ん?お手軽すぎるか?」
『普通なら効果のある「力ある言葉」を選定して、正しい手順で配置して、長い呪文を覚えて、それでやっと呪文の発動。って手順なのに、こんなにポンポン呪文を製造されては魔術研究家のプライドってものが』
「そんなくだらないプライドは犬にでも食わせろ。イルマだって別に魔法の保存をしたいわけでもあるまい?」
『それはそうですけど』
そう言ってる間にもセリカによる魔法のアレンジは進む。
セリカの量子コンピュータパワーが大いに発揮され難度一と難度二はすべて合成音声で発動可能になった。
「さてさて、まずはっと……」
俺はイルマの作った呪文一覧を確認する。
「手を触れずに物体を動かす魔法」
「物体を指示した高度で浮遊させる魔法」
「矢を若干誘導する魔法」
「土を少し操作する魔法」
「火を少し操る魔法」
「水を少し操る魔法」
「風を少し起こす魔法」
「植物を成長させる魔法」
などなど。
「……なぁイルマ」
『はい?』
「難度一って微妙に地味だな」
『まぁ、難度一は基本ですし』
基礎が地味で面倒なのはどれも同じか。
難度二も地味目だな。
「攻撃とか防御とか飛行とかはどれくらいの難度なんだ?」
『個別化された攻撃とか飛行は難度四以上ですね。一応、難度一の魔法でも攻撃や防御はできますけど』
「応用力の話になるのか」
『そうですね。難度二も基礎魔法の発展形ですし』
「お?」
『どうしました?』
イルマとセリカの作った呪文音声の確認をしていたときに、難度四の呪文リストの中に術者を空に飛ばす飛行魔法があった。
「これを使えば術者が飛べるのか?」
『はい、呪文自体は簡単ですしオド消費量も少ないです。ですが発動したら後は制御に集中力しなければいけませんし、飛んでる最中は他の呪文を発動させるのは困難になります。難しいですよ』
「ふーむ?」
飛行の呪文はそう難しそうにも見えなかった。
『地の鎖よ その力を我が思念の命ずるままに』
……やたらと短いし、意味が解らん。
「間違いない?」
『確かに飛行魔法で間違いないです』
「イルマ、ちょっと使ってみてくれないか」
『いいですよ。ではセリカさんに難度四の十二個目、飛行魔法の詠唱をお願いします』
「セリカ、難度四の十二ページ目。飛行魔法。詠唱準備」
「ポーン」
画面の隅のバルーンにカウントダウンが表示された。
イルマはスピーカーの上に乗り、両腕を広げて集中している。
4・3・2・1・0
『地の鎖よ、その力を我が意志の命ずるままに』
ゆっくりな呪文詠唱が終わる。
待つこと三秒。
それはまるでイルマの頭の先に見えない糸でも有るかのようにフワッと浮いた。
ふよふよとゆっくり浮いて、高さ一メートルほどで止まる。
『いかがでしょう』
「素直にすごいな」
『ある程度は移動もできます』
手を広げたままの姿勢で、すーっと前に動く。
移動速度は速くは無い。秒速三〇センチといったところか。
「……遅いな」
『はい。「浮く」事と「移動」することの二つを意思で制御しなければいけないので、思ってるより大変です』
「実用には不向きだなあ」
魔法を終了させたのか、イルマが空中から落下してシュタッと着地する。
『実用というのはこれで天空を飛び回る、的な?』
「そう、マリカも言ってただろう?空を飛びたいって。こっちの魔法使いってのは飛ぶもんなんだよ」
『……それは前に言ってた箒で空を飛ぶというやつですか?』
「そう、日本人だけでもないだろうが、大体の魔法使いとか魔女のイメージが箒に乗って空を飛ぶってやつなんでな」