23 塔の向こう。
☆
時間も遅くなって、すでに真っ暗な空。
その中から、すー、と二人乗りの箒が、八尾駐屯地のハンガー前に降りてくる。
「すいませーん」
俺は上空から声を掛ける。
「何者か!」
隊員の誰何が響く。
外に立つ警邏自衛官が長い警棒を向けて駆けてくる。
それを見た詰め所の他の隊員も八九式を手に走り込んでくる。
おいおい、物騒だな。……まあ、当然か。
「失礼。先日お世話になりました、対不明害獣部隊、特殊技術協力の八尾です」
IDを掲げて見せる。
「失礼」
そのIDを受け取って無線でどこかに確認する自衛官。
「失礼しました!」
しばらくして確認が取れたのか、ビシッと敬礼してくれた。
「いえ、こちらこそ失礼しました。連絡無しに降りてきたらダメでしたね」
「はい。連絡は徹底していただけると助かります」
「了解です……で、すいません。俺の車は……」
「こちらです」
ポテポテと案内されて駐車場へ。
「私も乗る~」
「お前は先に帰れ。遅いんだから」
「ぶー」
ぶーぶー言いながら箒にまたがるマリー。
「じゃ、おさきー」
「おう」
ひらひらと手を振って、浮かぶマリーを見てポカンとしている自衛官達。
「あれは……」
「えーと、とりあえず内緒にしてくれると」
「「「はっ!」」」
「多分、許可が出たら通知が来るだろうけど、それまでは極秘で、お願いします」
「「「了解しました!」」」
なんだろう?
IDの確認してから対応が変わったような?
「では、失礼します!八尾三尉!」
「失礼します……三尉?」
んー……民間協力に階級が付くのか?ってか三尉?昔風に言うと少尉?
「わからん……」
ゆるーんと運転しながら考えたがわかるはずもない。
「セリカ。わかるか?」
「予想は付きますが、確認します」
しばしの問い合わせ時間。
「アドミニストレータ。相模原さんに確認を取りました。班長ということで、いわゆる技術士官扱いで三尉相当、らしいです。ちなみに命令権はほとんどありません」
旧軍では聞いたことがあるけど、今でもそういう制度があるんだろうか?
ま、いいか。詳細は明日聞こう。
「ところでセリカ」
「はい」
帰る間に色々とセリカと話をした。
「ふぃー」
行きと違って普通に運転してたから、それなりに時間がかかったような気がする。
「ただいまーっと」
「あ、おかえりー」
出迎えてくれたマリカ。エプロン付けてご飯を作ってた。
「いつもすまないねぇ」
「あはは、いいよぉ」
「こんなときにおっかさんがいてくれたら」
「おとっあん。それは言わない約束でしょ」
「……」
「……」
「ふっ」
「あはははは」
なんでこんな古いネタが通じるんだろう。あ、昔から俺がやってたからか。
まあ、俺も父や母がしてるのを見て知ってるだけで元ネタは知らないんだが。
「とりあえず明日は駐屯地の転移門を作りに行こう」
「はーい」
モソモソと二人で夕食を食べる。ハンバーグと……小さめお好み焼き?何だこの取り合わせ。まあ、おでんとシチューを両方出す母親よりはマシだな。
除去されていない盗聴器を一瞬気にしたが、セリカが欺瞞し続けてるのを思い出した。
「塔、どうだった?」
んー、っと首をひねるマリカ。
「思いのほか、楽しくない……かな?」
「まあ……楽しいかどうかは置いといて」
「うい」
「琵琶湖塔、桜島塔、海中塔、そして北海道塔」
「うん?」
「環境も状態も全く違う」
「生物多様性……だっけ?」
「そうだな、多様性がありすぎる」
「ありすぎる、とダメなの?」
「いや、自然界ではダメじゃない。でもおかしい」
「ふい?」
「塔出現自体が自然現象とは思えない。なら人為的なモノ、ってのはいいよな?で、仮にアレが異世界からの侵略兵器的なものだとする」
「うん」
ツイッとテーブルに醤油入れを置く。
「コレは琵琶湖塔。世界中に現れた平均的な環境だと思うが孤島だったから、人的被害は無し」
「うん」
ちょっと離してコショウ瓶。
「コレは北海道塔。環境的には申し分ないだろうが、早々に封鎖された。多分、相手からしたら失敗例」
逆側に塩ビンを立てる。
「そして桜島塔。こいつは自然環境に邪魔された失敗例」
その三本からちょっと離して七味唐辛子のビン。
「問題はこの海中塔」
トントンと七味をつつく。
「出現環境的には失敗してるのに、モンスターを進化だか変質だか新造だか改造だかしてた」
「うんうん。半魚人キモかった」
「侵略兵器にそんな適応力が必要か?デフォルトの機能だとしたら桜島塔でソレをしなかった理由がわからない」
んー、と考えるマリカ。
「第一、アレが『考える塔』だとは思えない」
「魔法的な……ナニか?」
「もしくはイルマが言う所の精霊的なナニかが管理をしてるのかもしれん」
「それが天使、ではないでしょうか」
ふいにセリカの声が聞こえる。
「ん?どういうことだ?」
声の方向には等身大の幻影のセリカが立っていた。やけにリアルなんだがどこか漫画っぽい。
ふわっと幻影モニタが現れる。
「先ほど北海道塔を失敗とおっしゃられていましたが、アレは「塔」からしたら失敗では無いのかもしれません」
「……理由は?」
「天使はなぜ琵琶湖と北海道にだけ出現したのでしょう?」
エイジが出現に法則性は特に無いと言っていた気がするが。
「ねぇ、基本的なこと聞いて良い?」
「なんぞ?」
「天使って生物?」
マリカが疑問の声を上げる。
「そらぁ……生物ではあるんだと思うけど」
「じゃぁ、天使が塔の管理……って言うか守護者なんじゃない?」
「まさか」
「それです」
え?まさかの正解?
「仮説ですが。天使はマリカさんが塔に干渉しようとしたときに現れています」
マリカのナニかに反応してる?マリカに有って、自衛隊や他の軍に無いもの?
「魔力……オド量……とか?」
「あ」
そういえば誰よりもオド量が多いのはマリカだ。
「ん?……天使が塔の管理人的なポジションにいるとして」
「マリカさんのオド量を危険と判断している、と推測します」
「まさか……な」
「でも、桜島塔の時はワイバーンだったし、海中塔には出てこなかったよ?」
うーん、と俺とマリカが腕を組んで悩む。
「その辺りはいろいろと基準があるのでは?桜島は環境不全として早々に管理を放棄したとか」
「でも、あの天使ってあんまり賢そうには見えないんだよなぁ」
「そうだね、攻撃への反応は早いけど、先になにかするってしてないと思う」
「完全な後の先か。厄介な」
「そうなの?」
「そうですね。一撃でやられない自信があれば、出方を見てから対処出来ます。逆に言えば相手がどういう攻撃をしてきても耐えられたら勝ちです」
「あー……でも北海道塔の天使は倒せたよ?」
琵琶湖塔の天使も殲滅ではないが、一応撃退してる。
「北海道塔の天使はアドミニストレータの槍がなければ撃退は難しかったでしょうし、かなり力技でした。そうそう通じないでしょう」
ぺろっとグラフが出てきた。
「なんぞ?」
「槍……ブリューナクの作動から崩壊までのログです。ここ、ブリューナク崩壊の三秒ほど手前で外部の魔力反応が消えています。映像ログと照らし合わせたところ、天使の活動停止と合致します」
「で?」
「天使はその全体構成が魔石相当ではないかと推測します」
「……は?」
あんなクソデカイのが全部魔石?
「どんな魔力量なんだ……」
「コレまでの魔石弾の効果等から、約二五〇〇万から三〇〇〇万と推定します」
「えーと、私のオド量って」
「八〇〇万ちょっとですね。マナ切れからの回復でもあまり増えなくなってきています。そろそろ上限でしょうか」
「マリカの三倍から四倍の魔力量……」
「あははー……私、よく倒せたねぇ」
「……」
さてどうするかな。
「まー……マリカが塔に近づかなきゃ天使は出てこない、かもしれない」
「そうですね」
「えー!私、出禁?」
ぶんぶんと腕を振るマリカ。気持ちはわかる。
「でもなぁ、毎回天使の相手はしてられんぞ?」
「うー……だよねぇ……」
しばらく三人であーだこーだ言っていたが大した案も出てこない。
「だーめだこりゃ」
「そうですね。根本の塔の解析が不十分です。データが足りません」
「塔のデータ……そういや、琵琶湖塔でバカでかい魔法陣撮ったよな?ログは?」
「はい」
ぺろっと合成されて一枚の画像にされた魔方陣が出てくる。
「コレが転送魔法陣?」
「ああ、マリカは見たことなかったか」
んー……改めて見ても高密度だな。
「解析は?」
「二割、といったところでしょうか。映像が不鮮明な箇所がそこそこあります」
「ま、これだけ密度が高いとは思わんかったからなぁ」
もっと鮮明なカメラを設定すりゃよかった。
「ですが二つ、座標データが読み取れました」
「ほう?」
魔法陣のいくつかの場所がズームされる。
「……わからん」
ラテン文字でもアラビア文字でもキリル文字でもデーヴァナーガリーでもルーンでもない。もちろん漢字でもない。見たことのない文字。
「この辺りはイルマさんに教えてもらいました。魔法陣にかき込むのは、あちらの世界の古代語、だそうです」
「ほほう?で、座標ってのは?」
「経緯度でした。単位は違いましたが、ほぼこちらと同じでした」
ピコン、と世界地図にマーカーが点く。
んー?太平洋……ほぼ赤道上。
「これは?」
「おそらくはモンスターのメインの出現場所、ではないかと」
「は?」
「もう一つの座標は琵琶湖塔のものでした」
「異世界から、その赤道上のポイントを経由して、地球上の塔に転送されてる?」
「もちろん普通の塔の可能性もありますが」
もう一回ちゃんと魔法陣の映像を撮りにいかんとなぁ。
「ねぇ」
「ん?」
マリカが顔をぐいっと寄せる。
「私、その赤道の塔、行ってみたい」
「……」
「えーと」
「ダメ?」
「……ダメっって言っても行くんだろ?」
「えへ?」
くりん、と首を傾げる。
「はぁ~……セリカ」
「はい」
直径一センチほどのマナ結晶がふわふわと浮かんできた。
「これは?」
「帰りにセリカと話してて作ってみた」
「なに?」
「次元収納」
「……はい?」
あー、よくわかってないな?
「マナスーツの収納に使ってるヤツの汎用品」
マリカの目がくわっと開かれてソレを見つめる。
「じゃあ!これを使えばいくらでもモノが入るの!?」
うは、テンション高いな。
「いや、今のところ容量の上限は有るし、入れっぱなしだとオドを消費するから。まぁ、消耗品入れだな」
「なんだ~。ラノベみたいに無限に入るのかと思ったけど」
「そのうちそんなのも考えてみるよ。できるかどうか分からんが」
「よろしくね。兄さん」
★
「ワイバーンがやられた?」
ソファに座った壮年の男が紅茶の入ったカップをテーブルに置く。オールバックの髪をなでつけ、顔を声の方に向ける。
明るくはない部屋の中。魔法の灯りが揺らめきもせず灯っている。
「はい。塔の管理人から報告が来ております」
初老の執事が報告書概要を読み上げる。
「これで二体目か……」
「思いのほか、現地の軍は優秀なようですな」
男の正面に座る長い顎髭の老人。執事から受け取った報告書を読み直す。
「おい、これ……」
老人は驚いたように執事に顔を向ける。
「はい。前回のワイバーンは多数の軍人と思われる一団と、長大な武器によって討伐さましたが、今回は……少女一人です」
「なに?どういうことだ。フォルカス」
名を呼ばれた白髪顎髭の老人が正面の男を見る。
「ゼブル王……この報告書を丸々信用するのは、私にとってはかなり難しい」
バサッとテーブルに置かれた報告書の束から、手書きとは思えない精緻な姿絵が出てきた。
「これが……ワイバーンを?」
ゼブルと呼ばれた男が姿絵を摘み上げる。
なにかの魔道具に乗って、空を飛ぶ少女が描かれた姿絵。
「こんな小娘が?まさか」
フォルカスはソファに深く座り直し、ゼブルを見る。
「どうされますかな?このまま作戦を続けますかね?」
「ふむ……」
「失礼します」
執事が別の紙をテーブルに置く。
「新たに報告が入りました」
フォルカスはソレを受け取り、さっと読む。
「天使が出ました。ソレも四枚羽」
「また面倒なのが出たな。被害は?」
「いえ、あちらに出たようですな。こちらへの被害はありません」
ゼブルは安堵の表情を浮かべる。
「……」
「どうした?フォルカス」
「四枚羽は……殲滅されたようです。それも、件の少女に」
ゼブルは持った姿絵を握りつぶす。
「天使を?確かなのか?」
執事に確認の目を向ける。執事は表情を変えず、ゼブルに顔を向ける。
「速報ですので。現在確認中です」
「あちらは……思った以上にやるようだな」
ゼブルが正面のフォルカスを見る。
「行ってくれるか?」
「未確認ながら天使を屠る相手。私でなんとかなりますかね?」
「ふっ、お前でなんとか出来ない相手なら、軍の半分を出さなければならない」
ニヤッと笑うフォルカス。
「嬉しいことを言ってくださる」
ソファから立ち上がり、すっと右腕を胸に当て軽くゼブルに頭を下げる。
「この老体、王のために有ると考えております。ご存分にご命令ください」
「……では、魔界の騎士フォルカスに命ずる」
手の中の姿絵を広げる。
「この東方の王たるバエル・ゼブルの名にかけて、敵対は許さん。彼の地に出向き、この娘を確保せよ」
「はっ。我が配下、二〇の軍団を用いて必ずや、魔女を確保いたしましょう」
「生け捕りが難しければ……潰して構わん。が、情報は引き出せ」
「御意」
フォルカスは深く一礼して退室する。
静かな室内で姿絵を改めて見る。
「彼の地は魔術が衰退していると聞いていたんだがな……」
どう見ても魔道具な乗り物。魔術使用の報告。そしてその威力。
「やはり……もう少し調査は必要か……」
「フォルカス様を信頼されておられるのでは?」
どこから現れたのか、音もなく執事がゼブルの後ろに立つ。
「もちろん信じているさ。だが、フォルカスも老齢だ。万が一ということも有る。備えは必要だと思うがね」
「さようですな。ではラボラス様にお声がけしては?」
「グラシャ=ラボラス……殺すだけならやつで事足りるが、生け捕り、諜報には向いていないな」
「では……ダンタリオン様では?」
「ふむ……無貌の賢人。やつなら」
ゼブルの声に執事は一礼して闇に消える。
「ダンタリオン様をお呼びいたしました」
しばらく後、執事が連れてきたのは、どう見ても一桁年齢の少女。だるんだるんのワンピースをひるがえして元気に入ってきた。金髪に赤い瞳が美しい。
「おひさしぶりでーす」
右手に文庫サイズの本を持ち、てててと軽快に部屋に入ってくる。
「……貴様はまともに挨拶もできんのか」
ゼブルは怒りもせず、呆れた顔で椅子を勧める。
「やだなぁ。できますよ?えふん」
軽く咳払いをすると、刹那の間に姿が変わる。少女から壮年の男性に。
胸に手を当て直立不動で首を下に向ける。
「御無沙汰しております。ダンタリオン、召喚により馳せ参じまして御座います。畏くもゼブル王におきましては……」
「ああ、わかったわかった。やめろ。お前にそんな言葉を吐かれると背筋がかゆいわ」
ダンタリオンの口元が笑う。顔をゼブルに向ける瞬間、その姿は元の少女に戻る。
「ふぅ。いやぁ~たまに敬語を使うと肩がこりますねぇ」
「よく言う……まあ、すわれ」
「うぃ」
ぴょいとソファーに座るダンタリオン。やわらかなクッションに軽く沈む。
「それで、お前に頼みたいことが有る」
「あいあい。訊きましたよ~。フォルカスさんにあちらへの進軍を命じられたとか」
ニコニコと笑うダンタリオン。
「流石に耳が早いな。貴様にはフォルカスの補佐をしてもらいたい。賢老だが奴は武人だ。向こうの状況が知れる前に殺しては元も子もないからな」
「わっかりました~!まあ、わたしは戦いよりも諜報がメインですしね~」
ダンタリオンはひょいとソファーから立ち上がると、てててとドアに進む。
「じゃあ、いってきまーす」
ひらひらと手を振って退室するダンタリオン。
「お疲れさまです」
「ふぅ……やつと話していると妙に疲れる……」
「お察しします」
いつの間に入れたのか新しい紅茶を差し出す執事。
「とりあえずコレで様子を見るとしようか。何か報告は?」
「今の所は以上でございます」
ぐいっと紅茶を飲み干すとソファーから立ち上がり、隣の部屋に移動する。
「少し出る」
すでに用意されていた外套をゼブルに掛ける執事。
「お早いお帰りをお待ちしております」
「うむ」
テラスに出る大きな扉を開け、トンと空へと浮かび上がる。
「何か変化があれば知らせろ」
無言で首肯する執事。それを見て満足気に空へと飛び去っていくゼブル。
執事はテラス扉を閉め、魔法の明かりを消してゆく。
執務室兼応接室の扉を閉める。
誰も居ない廊下で扉に向かって一礼すると、ふっと執事が音もなく消える。
魔族の住まうこの東方を統べる王。バエル・ゼブル。
まだ異世界侵略は始まったばかりである。




