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02 イルマ、魔法を使う。ついでに光路郎も使う。

 俺はゆらゆらとエアコンの風に揺れるろうそくの炎を見ながら固まった。

「これが魔法……」

 俺はろうそくをふっと吹き消してイルマを見る。



『術式の一番単純な種火 トーチ の魔法です

 この程度ならなんとか無詠唱でも可能ですが

 もうちょっと複雑になると普通は呪文詠唱か魔法陣の併用が必要です』

「呪文って?」



『種火の呪文は周囲の熱を一点に集積するだけですので単純です



 熱よ 集まれ 火のともるほどに



 これを周囲のマナを意識しながら頭の中で唱えるのです』

「ほほう、俺にも使えるんかね?」



『どうでしょうか

 コウジロウさんはマナを感じることができますか?』

「マナってのはなんだ?」

 SFよりの小説しか読んでなかったからその辺ファンタジーな概念がわからない。



『マナとは魔法の元であり

 ありとあらゆるすべてのものに存在します

 体内にもあり蓄積されます

 その場合はオドと呼ばれます

 魔法の燃料とも言われてますが詳細は不明です

 その存在量は環境や素材に左右されます

 この世界はマナが使われないようですのであり余っています』

「どうやったら感じられる?」

『手を出してください』

 そうタイプするとイルマは右掌をニュッと突き出して俺の方へ正対した


 俺は右掌を、見せるようにイルマに差し出した

 イルマは小さなフェレットの手をペタッと俺の手に押し当てて目を閉じた。

 一〇秒ほどそのままでいると、俺の視界に薄っすらと赤いモヤのようなものが見えだした。

「なんだ?煙?」

 さっきのろうそくがまだ燃えてるのかと見るが煙も上っていない。

 その赤い煙は見る間に視界を覆い尽くした。


『コウジロウさんの体内のオドに同調して門を開きました

 視界に赤い霧が見えましたか?

 それがマナです

 体内のマナをオドといいますが本質的には同じものです』

 イルマは手を離してタイプする。

 手を離してすぐに視界から赤い霧は消えた。


『今の赤い霧が存在するように思い描き、目標を見つめて呪文を唱えるのです』

 俺はろうそくの芯を見つめながら唱える。


「熱よ 集まれ 火のともるほどに」


 待つこと数秒。

「何も起こらん」


『大丈夫です

 マナは反応してました

 もっとろうそくに火がつくイメージでやればいけます』

 俺は狙いを定めるようにろうそくを指さしながら、ろうそくに火の点いた様子をイメージする。

「……熱よ 集まれ 火のともるほどに」

 その瞬間、視界に霧が現れろうそくの芯先に凝縮するのが見えた。


 ぽっ


 ろうそくに火が灯った。

「点いた……」


『すごいですね

 二回目で出来る人はなかなかいませんよ』

 イルマがポフポフと手を叩いている。拍手か。

「思いっきり日本語で唱えたんだが良かったのか?」


『意味と法則さえ合ってれば言語的には何でもいいのです』

「ほほう」


『イメージが確かなこと

 マナが必要十分に反応すること

 それだけです

 ですからイメージできないことは魔法でも難しいです』

「……よし、ひとまずイルマはこの世界の人間ではないと認めよう」


『ありがとうございます』

「ひとまず、ここへ居てもいい。そのかわり魔法を教えてくれ。他にも使えるんだろう?」


『一応、本国では魔法宮

 魔法を管理する役所のような所で働いてました

 私が使えるのは難度六までですが

 最高難度の難度一〇までの呪文は覚えてます』

「魔法にも難度があるのか」


『一番低い難度一から、最高難度の一〇まであります』

「一〇までの呪文を覚えてるんなら一〇の魔法も使えるんじゃないのか?」


『いいえ

 呪文を覚えていてもマナ操作の習熟度や詠唱制度や詠唱速度で使える難度は変わります』

「なるほど。ところで呪文詠唱は本人が唱えなくちゃいけないのか?」


『代理詠唱は可能です

 長文詠唱用のオートスペルキャスターという魔法具も有ります』

 ほほう。録音でも可能とな。

「ちょっと実験してみるか」


 俺はスマホを取り出して録音アプリを立ち上げる。

 ポチッと録音ボタンをタップする。

「熱よ 集まれ 火のともるほどに」

 呪文を唱えたが火は点かなかった。マナ操作も意識の集中もしないと何も起こらないのだな。


『なにを?』

「オートスペルキャスターってのは術者の代わりにに呪文を唱える機械だろう?それなら単純な録音でもできるんじゃないかなと」


 俺は今の録音を再生してみた。

『熱よ 集まれ 火のともるほどに』

 何も起こらない。

「これをどうするんだ?」


『手順は同じです

 マナの集中

 イメージの固定

 呪文の発声』

 俺はろうそくの芯先に意識を集中させる。右手の人差指でろうそくを指差し、左手でアプリの再生ボタンを押す。

『熱よ 集まれ 火のともるほどに』

 ぽっ

 ろうそくに火が灯る。


「おお、できた。すげえな魔法」

 俺はろうそくを吹き消して感心する。


『今の呪文詠唱でオートスペルキャスターは消滅するはずなんですが』

「なに?!それは困る」

 左手のスマホを見る。

「消えてないが?」


『変ですね

 もう一度オートスペルキャスターに呪文詠唱をさせてみてください』

「おう……あれ?録音ファイルが無い」

 スマホをスリスリと操作して先程の録音ファイルを探す。

「無いな。これが消滅か」


『そのようですね

 状態としては私の知ってるオートスペルキャスターと同じでは無いですが』

「魔法として再生させると消えるのか。……コピーは無理なのか?」

 もう一度呪文を録音させる。

『熱よ 集まれ 火のともるほどに』

 よし、これをコピーして、そのファイルを構えながら三度ろうそくに向き合う。

 右手で狙いをつけて、集中、再生ボタンを押す。

『熱よ 集まれ 火のともるほどに』

 ぽっ

 問題なく火は灯った。

「それで録音ファイルは……」

 再生リストには先程の録音ファイルが存在していた。

「よし、コピーが消えてる」


 ん?

 イルマがびっくりした顔してる。フェレットって驚いた顔できるんだな。


『驚きました

 呪文を複製できるとは思いませんでした

 魔方陣だと複製出来ないので無理だと思っていました』

「あぁ、オートスペルキャスターってのは録音再生機で一つの機械で録音再生保存をしてるわけだ。なら複製ってのも難しいか。魔方陣てのは?」


『魔方陣は呪文を特定の文字に置き換え

 一定の法則に則って円形または方形に配置したものです

 難度が上がれば複雑さも上がります

 記述する素材はなんでも大丈夫ですが正確さで呪文の威力や精度が変わるので

 なるべく細かく書ける銅板などが主流です

 上級者は幻影で魔法陣を投影して

 別の魔法を行使することもあります

 私は無理ですが』

「ほほう、それも一度使うと消えると?」


『はい

 素材の如何に問わず消滅します

 ですので保存で記録するときはわざと不正確に書くのが普通です』

「ふむ、色々制約はありそうだが面白そうだ。ところでイルマ」

 覗きこむようにイルマに顔を近づける。

「なんでお前さんは日本語が達者なんだ?さすがに元の世界の言葉ってわけじゃなかろう?」

 イルマはポフンと手をたたきタイプする。


『こちらに来てすぐ魂の状態で言語解析の魔法を使ったんです

 読み書きは不自由ないくらいにはできてると思います

 細かい記述法則はわかりません

 発声は声帯の都合で喋れませんが』

「句読点が怪しいが十分出来てるけど、魂の状態ってようは幽霊みたいなもんだろう?よく魔法が使えたな」


『魂の状態とはまさに幽霊

 いわゆるスピリットになるのに等しいです

 なのでモンスターのスピリットが魔法を使えるのに我々が魂化したくらいで使えなくなる理由がありません』

「今はイタチの体に引っ張られて使えないと」


『その通りです

 魔法さえちゃんと使えれば念話もできるんですが』

 イルマはシュンとした様子で言う。

「念話って?」


『空間を超えて他人と脳内会話ができる魔法です

 それさえ使えればもうちょっとまともに会話ができるんです

 念話は難度六

 私の使えるギリギリなんです

 なのでちゃんと呪文の詠唱が必要なんです』

「ふーむ、テレパシーみたいなものか。念話の呪文は書き出せるか?」


『はい』

 そう言うとイルマは猛烈な勢いでタイピングを開始した。


 ……長い。

 五分ほど経っただろうか。

 タイプされた呪文のテキストはもうすぐ画面半分を埋める。邪魔すると悪いのでじっと見ていた。


 しばらくするとタイプの音が止まる。

 お?

「終わったか?さすがに難度六。呪文も長いな」


 確認するようにじっと画面を見ていたイルマはクルッと振り向き頷く。

 俺は呪文のところをコピーして別の新規テキストに貼り付け、保存。


 PCのソフト一覧から音声読み上げソフトを立ち上げ、取りあえず貼り付けて喋らせてみた、


 ……ダメだな。かろうじて喋ってるだけで全く意味がわからない。

 当たり前だ。トーンもピッチもタイミングも全然いじってないからな。

 イルマも苦笑いしているように見える。


「まぁ、最初からうまくいくとは思ってないさ。まぁ見ててくれ」

 俺はテキストを単語ごと接続詞ごとに切り分けてみた。

 再生。ポチっと。……お、ちょっとマシに聞こえる。

 イルマもちょっと驚いてる、ような顔をしてる。

「こうやってピッチとかトーンなんかを調整して、音程は細かく調整できるから単語ごとに調整。あとはそれを全体的にやってると時間かかるから一小節だけ……。これでどうだ」

 再生。


 おぉ、かなりマシに聞こえる。

「てな具合にやっていくわけだが……イルマ、できる?」

 フェレットがブンブンと首を縦に振っている。首取れるぞ。

「よし、そっちは任せた。俺は仕事を片付ける。ちょっと面白くなってきた」

「きゅ」

 イルマが返事もそこそこにノートPC に向かう。


 アレはあれだな夢中になると時間を忘れるタイプだな。後で食事とかさせんとまた倒れるかもしれん。二時間ぐらい後に様子を見に来よう。

 俺は仕事部屋に戻って残っていた仕事を片付けることにした。元々小さな容量のプログラムだったので徹夜でやれば朝には終わる。


「兄さん」

 うお!真横にマリカの顔があった。

「大丈夫?ずいぶん集中してたけど、お仕事そんなに切羽詰まってる?」

「い、いやいや大丈夫。全然詰まってない。ちょっとおもしろそうなことになったから先に仕事を片付けてただけだ」

「そう?ならいいんだけど。ところでフェレットちゃんはリビング?」

 ちらっと時計を見ると夜の九時前。

「あぁ、ちょっと待て。俺も行く。ちょうど二時間くらいたってる」

「うん?」

「ベランダはちゃんと閉めろよ」

 半端に開いた侵入口を指摘しておく。


 俺はリビングへ先導していく。

 そっとドアを開けるとノートPCに向かって、呪文発声の調整に集中しているイルマが見えた。


 コンコン。


 ドアをノックする。イルマはこちらを向いた。

 俺はそのままリビングに入ってPCをひょいと持ち上げた。

 イルマはオモチャを取り上げられた子供のように地団駄を踏んでいる

 ダンダンダン!

「よーし、そのままだイルマ」

「きゅーーー!」

 イルマはシャギャー!と言う感じで怒りを露わにする。だが可愛いので怖くもない。

「まて、続きは後だ。取りあえずマリカに事情を説明したい」

 イルマは今気がついたようで、マリカにぺこんとお辞儀した。


「兄さん、名前つけたの?飼うの?ていうか、会話が成立してる?」

 マリカが嬉しいようなびっくりしたような顔をしながら問うた。

「お前も待て、名前は本人から聞いたんだ」

「本人て、フェレットが喋るわけ無いじゃない」


 俺はノートPCの読み上げソフトの現作業を保存して最小化すると、テキストエディタを立ち上げてイルマの前に置く。

「イルマ、自己紹介」

「きゅ」

 短く鳴くとイルマはキーボードをタイプしだした。早い早い。慣れたもんだ。


『私はイルマ

 イルマ スティングレイ

 こことは別の地球から来た次元転移者です

 助けて頂いてありがとうございますマリカさん』


 マリカが目を丸くして固まってしまった。

「兄さん……これは?」

「見た通り、謎生物だ」

「きゅ!」

 ダン!と、右手をおもいっきり踏まれた。


 痛くはないが、謎生物呼ばわりは腹に据えかねたのだろう。

「悪い悪い。こちらは現在、魂をフェレットに乗り移らせて活動中のイルマだ」

 ぺこ、と頭を下げるイルマ。

「兄さんこれって何かの冗談?」

「いや、マジだ」

「ふえー。じゃぁイルマさんは異世界の住人なんだー。すごーい!」

 マリカはイルマを両手で抱きあげる。

「私はマリカ。斉藤茉莉花です。よろしくイルマさん」

 きゅ、イルマは短く鳴き頭を下げる。


「イルマ、念話の呪文は調整済んだのか?」

 きゅ、と鳴きながらマリカの手をポンポンと叩くイルマ。

「マリカ、下ろしてやってくれ。声で会話ができないから筆談してるんだ」

「あらあら、ごめんね」

 そっとイルマをテーブルに下ろす。

 イルマはくるっとノートPCに向かうと慣れた手付きでテキストエディタを立ち上げる。

『よろしくおねがいします。マリカさん』

 すでに熟練の域に達しそうなタイピング速度でマリカへ挨拶をする。

『念話呪文の調整はもうすぐ終わります

 少しお待ち下さい』

「はいはい」

 俺とマリカは作業に復帰するイルマを邪魔しないようにテーブルの前に座る。


「所でイルマさんは何やってるの?」

「んーと、声で会話ができないから念話の呪文を発声ソフトに読み込ませてる」

「念話……テレパシーみたいなのかな?」

「多分、そんな感じ?」


 しばらくしてイルマが振り返った。

「お、出来たか」

 こっくり頷くイルマ。なんだかふらふらしてる。

「マリカ、キッチンに連れて行って冷蔵庫のパックササミ食わせてやってくれ。多分こいつ電池切れだ」

「はーい。ご飯にしよ。イルマさん」

 マリカが、きゅーと力なく鳴くフェレットを抱いてキッチンへ連れて行く。


 俺は調整ができたファイルを「名前をつけて保存」してコピーをいくつか作る。

 その中の一つを再生する。スピーカーから合成音声が聞こえてきた。

 うむ、ちゃんと喋ってる。違和感もあまりない。だがちょっと遅いか。俺はコピーファイルの速度設定を二倍にした。通常なら甲高い声になってしまうところだが、そこは合成音声。しっかりトーンやピッチの調整はしてくれる。


 再生。

 おお、ちゃんと聞こえるな。よしよし。もっとやってみよう。などといたずらしていると二人が戻ってきた。

「おまちー」

「ラーメン屋か。早速だがイルマ。準備はできてる、やってくれるか?」

 ひょいとテーブルに降り立ったイルマは頷くとPCに向かって再生ボタンにカーソルを移動して頷く。

「よし、やってくれ」

 イルマは右手を自分の胸の辺りに置いて、左手を上方に掲げた。そのままの姿勢で尻尾でクリックボタンを、ターン!と器用に叩いた。


 PCから流れる通常速度のややゆっくりな合成音声の呪文詠唱。

 ……やはり遅いな。

 やっと呪文詠唱が終わったようだ。見た目には特にナニか光ったりはしなかった。

「イルマ、どうだ?」

『聞こえますか?コウジロウさん?』

「うお!声が響く!」

「え?どうしたの?兄さん!」

 直接鼓膜に音が届いたような、そんな声だったがマリカには聞こえなかったようだ。

『助けてくれてありがとうございます。マリカさん』

「うひょ!声が!」

『正確には聴覚神経に直接信号を送る……ような作用をしてるらしいです。生物は専門じゃないので正確に合ってるのかは分かりませんが』

「いやあ、すごいな。これは双方向?」

『いえ、今のは一方通行です。こちらからの送信のみですね。読心は出来ません』

「私もあの呪文使えば他人に念話ができる?」

 マリカがグッと顔を近づけて俺に聞いてくる。

「理屈上は、いけるはずだ……が、どうだろう?イルマ」

『そうですね……マナ操作がきちんとできたらできるかもしれません』

「どうやるの?」

 イルマがマリカに身振り手振り念話付きでマナ操作のイメージを伝えている。


「よし!」

 説明を飲み込めたらしく、意気揚々とテーブルに向き直ったマリカが、ノートPCに向かって固まった。

「兄さん……こっちはどうやるの?」

「はいはい、ちょっと貸してみ」

 俺は音声読上げソフトのファイル一覧に先ほどイルマが使ったファイルが無いことを確認した。

「やっぱりちゃんと使えたら消えるんだな。あ、そうだ。イルマ、呪文詠唱は速度も関係あるのか?」

『いえ、特にありません。早口は魔術師の必須科目ですよ』

「なるほど。じゃぁ早くても良いわけだ」

 俺は失敗前提で一〇倍速のファイルを再生リストにセットした。

「ほい、どうぞ」

「はーい。イルマさん、ポーズとって集中するからいいところで呪文再生してみて」

『わかりました』

 マリカが右手を胸の辺りに当てて、左手を高く掲げた。

 そのまま一〇秒ほどたっただろうか。マリカをじっと見ていたイルマが、タン!と再生をクリックした。

 油断するとキュキュキュキュとしか聞こえないがちゃんと言語には発声されているはずだ。

 あっと言う間に呪文詠唱は終わった。


『コウジロウさん!私ナニか間違えましたか!?』

「いや、何も間違えてはいない。俺が再生速度を一〇倍にしてみたんだ」

『もう!一言言ってください!』

「言ったさ。速度も関係あるのか?とな。でどうだマリカ」


 マリカが胸に手を当てたままでこちらを向く。

『兄さん?』

 口を動かさないのにマリカの声が聞こえる。

「おお!聞こえる!聞こえるぞ!」

『成功ですね。全く、一時はどうなることかと』

「よし。俺もやってみる」


 俺はノートPCを引き寄せて消えたデータファイルの代わりを呼び出した。

 そこで、一〇倍がいけたならもっと早くてもいけるんじゃ?と、思ってしまった。

 カチカチと、速度設定を最大の五〇倍にしてみる。

「よし、再生のタイミングはイルマに任せた」

『はい』

 俺は二人にならい右手を胸に左手を上に上げる。

 ぐっ、と集中する。周囲のマナを感じる。視界が赤いモヤに染まる。

 タン!

 イルマのクリック音が聞こえる。

 キュキュキュ!

 およそあの長文とは思えない短さで再生は終わってしまった。

 俺は(さすがに失敗だったか?)と詠唱ポーズのままで固まっていた。

「……兄さん?」

『失敗したかな。さすがに五〇倍は早かったか』

『え、五〇倍ってなんですか?』

 イルマが念話で答えた。

『あ、聞こえた?』

「兄さん?」

『安心しろ。成功したようだぜ、マリカ』

 ほっと息をつくマリカ。


『コウジロウさん。一言言ってくださいと先ほども言いましたが』

「いやすまん。つい」


『良かった。でもこれでいつでもお話できるね。イルマさん。兄さん』

『そうだな。でも仕事中はかんべんしてくれよ』

『これでタイピングの手間が省けました。ありがとうございますコウジロウさん』


『そういえば、この呪文の効果は何分くらい何だ?』

『通常でしたら呪文の中に効果時間なんかも織り込むんですけど、念話の場合は一度使うと、終了ワードを唱えるか、効果範囲外に出ない限りは効果が続きます』

『てことは一度相互念話ができたら、終了させない限りはマナを消費しない?』

『この場合は消費するのはオドですね。初回の発動には結構なマナとオドを使うんですが、二回目以降は送受信時に少量のオドを消費します』

『じゃぁ、念話し続けてたら体内のマナ、オドだっけ?が、無くなっちゃうの?』

『そうですね。でも通常では一日中念話で話してても空にはなりませんよ』

『ふうむ。なあ、イルマ。オドとかマナとかの数値化って出来ないかね?』

『数値化、ですか。そうですねぇ。私たちは基準の魔法を決めてましたので、それを何回分とかで魔力量を表現してまいしたが』


 いろいろ、念話で話をしてたらマリカが帰るような時間になった。

「マリカ、夏休みとはいえ、さすがに遅い。そろそろ帰ったほうがいいぞ」

「うん。今日は帰るね兄さん。またねイルマさん」

 手をふりふりベランダへ。


「さて、イルマ。さっきの話だが」

『数値化……ですか?』

「そう、魔法がどれだけ使えるかが目に見えたら分かりやすいだろう?」

『しかし、どうするんです?』

「流石になんにもわからん状態ではどうしようもないからな。いろいろ調べさせてくれ」

『それは構いませんが』

「そのために、お前さんには他にもいろいろ魔法を使ってもらわないといけないんだが、大丈夫か?」

『問題ありません。あのソフトを使えば魔法陣を使うもの以外は可能かと思います』

「あぁ、それ、魔法陣ってのも教えてくれ」

『……コウジロウさんは魔法使いになるおつもりで?』

「今んとこその気はないが、自衛の手段は多いほうがいいだろう?」

『なんの話です?』

「塔から溢れるモンスターからの自衛手段」

 俺はノートPCのブラウザを立ち上げ塔関係のサイトを開く。


『私も見ました。世界規模のダンジョン出現事件ですね』

「そう、今の所、日本では塔がいくつか溢れただけだが、他の国では溢れてきた怪物に襲われる被害が出ている。幸い……と言っていいかはわからんが日本での死者はいないようだ。だが重症者は多数出ている」


 英語の記事をスクロールしながら巨人に襲われたという記事の写真を開く。

 そこには森にキャンプに来ていた学生が洞窟型ダンジョン出現に巻き込まれて、突如現れた巨人に襲われたとある。被害者のカメラに何枚か取られていたピンぼけ手ブレの不鮮明な写真をイルマがじっと見る。


『これはオーガーかサイクロプスと思われます。この前にも斥候として小型のゴブリンなどが出現しているかもしれません』

「他にもいわゆるドラゴンみたいなのもいるみたいだ」

『ドラゴンですか。厄介ですね』

「やはり、強いのか?ドラゴンて」

『種類、サイズ、年齢にもよりますが、最弱と言われるグリーンドラゴンの幼体でも、城塞都市を三日で壊滅させられます』

「戦車以上だな」

『最悪はブラックドラゴンの古竜ですね。あのクラスの竜が本気を出したら一国を滅ぼすのに二日とかかりません』

「この記事にはアメリカの州軍が撃退とあるな」

『こちらの軍がどの程度かはわかりませんが、軍隊程度で撃退させられるのならワイバーンの可能性がありますが、どちらにしても飛行種は厄介です』

「空を飛ぶ魔法なんかは無いのか?」

『有りますが、とても制御が難しく、飛びながら攻撃魔法を撃つことが困難です』

「ふーむ」


 俺はうっすら伸びたあごひげをジョリジョリと掻きながらイルマに質問をした。

「飛行魔法ってのは何か乗り物に掛けるのか?術者自身に掛けるのか?」

『基本は自分に掛けます。大量輸送の場合にはコンテナや船を浮かべることもあります』

「箒に掛けてまたがったりはしないのか」

『こちらの魔法使いはそうするのですか?』

 俺は空飛ぶ魔女のイラストを表示させる。

「物語の中や、胡散臭い伝承だとそう言われてる」

『あぁ、これは悪くないですね。箒だと片手で常に飛行をコントロールできますし」


 その後も俺とイルマは深夜まで魔法の話をしていた。

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