15 井崎山観測点。
「……教授」
「ん?どうしたね。眠そうな顔で」
俺は文字通り眠そうな声で答えた。
「リアルに眠いんですよ。なんで朝六時集合なんですか」
現在朝の五時五〇分。自衛隊大津駐屯地の間借りハンガーの中。
「でも、隊員たちは毎日五時起きだよ?私もそれくらいに起きてるし」
「俺は昼まで寝てたいんです」
昨日は顔合わせだからと、早起きして来たが、連日の早朝出勤だとは思わなかった。
「おはよう!準備はいいかな?」
石動がごっごっごと靴を鳴らしながらやってきた。
「おはようございます。準備はいいんですが……眠い」
「はっはっは。移動の車の中で寝てたらいいさ」
テンション高いなぁ。
幌を掛けたトラックに装備と人員を載せていく。俺は教授と一緒に三菱車の中。
「伊崎山監視点まで五〇分位だね。その間は寝てられるよ」
教授がノートパソコンでパチパチと文書を打っている。酔わないのかな?
「……そうします」
俺は寝る。
「着いたよ」
程よい振動が止まって、教授の声で目が覚めた。
車を降りると、そこは前線基地だった。大きな迷彩テントに様々な人員が観測を続けている。
俺と教授は石動の先導でテントの中へ。
「部隊長!到着!」
入り口の隊員が大きな声でテント内に声を掛ける。
動けるものは石動に敬礼する。電話や無線応答で手の離せないものは黙礼している。
「もっと映画みたいに全員起立して敬礼とかするのかと思ってましたよ」
「訓練とかだとそうなんだが、実戦仕様だとこんなものだよ。まぁ、私の管轄下では敬礼より作業優先としているので黙礼もありだが、普通は皆、敬礼するね」
石動が報告書をめくりながら答えてくれる。やはりこの人はいい上司だ。規律の面ではルーズだが、それも効率優先のためだ。
「襲撃の先行する国々の状況から、突入は時期尚早だと判断された。今日も日暮れからの襲撃に備える。各自準備を進めてくれ」
テント内に了承の返事が聞こえる。
あらら、塔アタックはキャンセルか。ま、仕方ないわな。
「八尾君。コロナの設定見てくれないか?」
観測モニタを眺めていたら教授に呼ばれた。昨日自分で設定してましたよ。教授。
「はい。何か目立つ不具合でも?」
「いや、今の所は特に無いが、君の目で確認してほしい」
「了解です」
俺はコロナのメインコンソール前に座ってキーボードを叩く。ユーザーを俺のアカウントにする。
「コロナ」
声を掛ける。
「アドミニストレータ・コウジロウと確認しました。おはようございます。ご用事ですか?」
「セルフチェックはいつやった?」
「一時間前に終了しています」
そういえば先行して運ばれてたんだっけか。
「ここへ設置されてからか?」
「はい」
受け答えもちゃんとしてる。モニタに表示されてるセルフチェック結果も問題なさそうだ。
「あ、コロナのメインオペレーターはどなたです?」
「あ、私です!」
ひょこっと後ろから声をかけられた。
振り向くと、迷彩服の小さな女性が居た。カッと踵を鳴らすとぴしっと敬礼する。
「中部方面通信群、第104基地システム通信大隊、第304基地システム通信中隊、システムオペレーター。氷室陸士長です」
氷室さん……臨時の寄せ集め部隊だから所属が長い。ってか自衛隊って身長規定ってなかったけか?どう見ても身長が一五〇無いぞ?
『システム通信隊に身長制限はありません』
セリカの注釈が来た。ほほう。システム通信隊ってことはその手のスペシャリストか。
俺は椅子から立ち上がると軽く礼をする。
「特殊技術顧問、八尾光路郎です。コロナの製作者です。よろしく」
ガッシと手を握られる。なんぞ?
「あなたがセリカの作者ですか!お会いできて光栄です!」
え?え?え?なに?俺有名なの?と、横から教授がひょいと顔を出す。
「氷室くんはウチの卒業生なんだよ」
ってことはAIとかより量子コンピュータの方が専門じゃねぇか。
「コロナって、どういう構成なんです?ちらっとみた限りじゃさっぱりなんですよね」
うわお。すでに結構なとこまで覗かれてる。魔法関係入れて無くてよかった。
「コロナは単体で作られたわけじゃない。セリカの機能限定版です。カーネルは共通ですが、デバイスも学習具合も違うので、セリカシリーズのAIとしてはそっけないでしょう?」
「なるほど。セリカもいじったことありますけど、だいぶ感じが違います」
と、あれやこれやとAIの話が弾む。
「そろそろいいかね?」
石動がニヤッと笑ってる。が、多分呆れてる。まぁ、ジャンル問わずにオタクの会話なんてこんなもんだよ。諦めて?
「はいっ!失礼しました!復帰します!」
「よろしく。八尾さん。コロナは彼女に任せても?」
「はい。十分使いこなせるでしょう。あ、そうだ。氷室さん」
「はい!なんでしょうウィザード」
氷室さんが変な敬称で俺を呼ぶ。
「ウィザード?」
石動が首をひねる。そら、一般人は知らんわな。
「あ~、古いコンピュータ用語です。魔法のようにコンピュータを扱う人のことをそう呼ぶことがあります。まぁ最近はそう呼ばれる人も少なくなりましたが」
正確にはハッカー用語だけど誤解を避けるためにこう言っとこう。
「御謙遜を。八尾さんは一人でボトムアップAIを組み上げて、それを今もバージョンアップしてらっしゃる。これをウィザード級と呼ばずに誰をよびます?」
「や、褒めてくれるのは嬉しいけど、多分俺くらいのプログラマはくさるほど居るよ」
褒められ慣れてないので照れる。
「どうしました?ウィザード」
やめて、照れる。
「とりあえずウィザードはやめてくれるとありがたい」
「ウィザード……カッコイイのに……」
俺もそう思う。だが、背中がムズムズする。
「わかりました。で、どうしました?八尾さん」
氷室さんの年齢がわからないが、絶対この人童顔で苦労してる人だ。きょとんとした顔が高校生くらいに見える。
「コロナはセリカと共通カーネルですが、まだ学習が足りません。積極的に話をしてあげてください。権限内で出来る事は事後承諾でもいいと思います。させてやってください」
「えっと」
氷室が石動の顔を見る。うんうんとうなずく石動。
「スペシャリストの言うことは聞いておくに限る。君なら情報科の権限レベルも把握してるし、私の権限までで出来る範囲、で許可しよう」
「了解しました!では早速!」
カッカッカとキーボードでコマンドを打つ。
「あ、命令入力もできるだけ音声で指示してやってください」
「え、でも命令に齟齬が出るかもしれませんよ?」
言い間違いとか同音異義語とかだな。あと、とっさに出た方言とか訛りとかな。
「その辺りも学習の範囲だと思います。ある程度の基本的な口語命令はセリカの学習も引き継いでいるので支障はないと思いますが、自衛隊内の言い回しとかはさすがにわからないと思います」
自衛隊の言い回しは旧軍からの引き継ぎで使ってる用語も多い。独特すぎて俺は分からん。
「了解しました。オペレータというよりは学習係ですね?」
「そんなところかな?」
コロナのコンソールに据えられたカメラがキュッと氷室の方を向く。
「改めてよろしくお願いします。ロッテンマイヤー先生」
「ぶほっ!」
コロナの挨拶がスピーカーから溢れる。思わず吹き出してしまった。何故ハ○ジ?
「なんでハイ○なんですか!?」
氷室もわかったか。そんな歳とは思えないが。
「ヒギンズ教授の方が良かったですか?」
「私、あんな意地悪じゃありません!」
やいやいとコロナと口喧嘩とまではいわない程度の意見交換をしている氷室。コロナもどこでそんなの学習してくるんだか。いや、コロナというよりはセリカか?
ん?ざわついていたテント内が静かだな。そら気になるか。
「あー……口喧嘩してる相手がAIだとはとても思えんが……本当にコンピューターなのかね?これ」
難しい顔で石動が聞いてくる。周りの隊員も聞き耳を立てている。
「ホントにコロナはAIですよ。証明は……難しいですが」
「だよねー」
黒鳥教授も乗ってきた。一応専門家だしその辺は理解してるんだろう。
「んー、ホントに私がコロナの教育係でいいんですね?」
氷室が真剣な顔で聞いてくる。ダメな理由が思い浮かばない。
「もちろん。AIに理解が有って、量子コンピュータにも明るい。最適かと」
「わかりました。コロナを立派な自衛隊仕様のAIにしてみせます」
「存分に。そのために提供したんですから」
一応その程度の処理はできると思ってる。少なくともセリカシャドウよりは処理も反応も早い。
「まあ、コロナの扱いは氷室さんにおまかせです。対処出来ないような事態にはならんでしょう」
「そう願いたいね」
「じゃなきゃ困るよ」
石動と黒鳥教授が他の士官達と机の上の地図を見て唸る。馴染んでるな教授。
「どうしました?」
地図には塔の有る小島を中心に半径一〇キロの円が書かれている。北と西は琵琶湖の上。東と南は普通に住宅街とか。あ、安土城跡が入ってるな。
「いや、そろそろ立ち入り禁止区域を狭めろと苦情が入ってるようなんだ」
まあ、閉鎖してそろそろ一ヶ月位経つかな。避難してる住民には見舞金が出てるとはいえ、限界は近いだろう。
「うーん。自衛隊的にはどうなんです?」
「そうだな。塔と相対している状態が悪い。敵……天使がまた出てきた時に、あの熱線をこちらに撃たれたら背後の住宅街に被害が出る。出来るなら今の状態がベストなんだが」
机の周りの士官達が頭を抱える。
「海自の護衛艦とかミサイル艇とか琵琶湖に持ってこれたらよかったんですけどね」
一人の士官がそう呟く。無理じゃね?スイスじゃあるまいし。
「空自に爆撃でも頼んでみるか?」
と別の士官。物理的にはできても苦しいだろう。
『セリカ、例の防御魔法ってどれくらいの範囲で使える?』
『それはどれだけ遠方に展開できるか、ですか?』
『まぁ、少なくとも市街地に流れ弾が飛ばない程度に貼れたらいいかなと』
『……』
『セリカ?』
珍しい。セリカが悩んでる。
『MU隊全員で協力して、半径五キロのフルカバーシールドが六〇〇秒貼れます』
『五キロ……部分シールドなら?』
『相模原さん一人で半径五キロ高さ二〇〇メートルを三〇〇秒維持できます』
相模原さんすげぇ。
『オド量がデカイだけです。シールド貼ってる間は何も出来ません』
『それでもそれで他の魔法使いたちが攻撃に出れるなら、よしだろう』
『……マリカさんなら半径五〇〇メートルフルカバーしつつ攻撃魔法を行使できます』
『セリカ、そんなにマリカを戦闘に出したいのか?』
『いえ……そんなことは有りません』
『じゃあ、そのプランは無しだ』
『はい』
とはいえ、背後に住宅地を置いた状態ではまともに弾幕も張れんか。
「あー、石動さん。提案、いいですか?」
一応、石動に許可を求める。
「ああ、遠慮なく。我々では考えん方面からも意見が聞きたい」
「では遠慮なく。ざっくりと計算したんですが」
俺は視界に映る魔法使い部隊のリストを見ながら言う。改めて見ても相模原さんのオド量がケタ違いに多い。
「流れ弾や天使の熱線は魔法の防御シールドで防御できます。MU隊全員でだと、半径五キロを全天までフルカバーするシールドを六〇〇秒維持できます。ですがそれ以外ができません。相模原さん一人だと高さ二〇〇メートル半径五キロの部分シールドを三〇〇秒維持できます。もちろん他のMU隊員は攻撃や補助に回れます」
「ふむ……」
石動も他の士官たちも考え込んでしまった。でも他にいい手が浮かばん。
「どちらが良いのかは俺には判断できかねます。石動さん。どうです?」
「……」
地図を睨んで長考に入ってしまった。
「ひとまず今晩の襲撃には相模原に防御を担当してもらって、残りは攻撃の効果を確かめよう」
ふむ、まぁそれが先か。
「では相模原さんにシールドの魔法を使えるようになってもらいましょう」
「まぁ、戦闘訓練もしてない事務官だ。あまり前線に出すのも、気が引ける」
そういいながら苦笑いする石動。
『相模原!』
駐屯地のハンガーで魔法の練習をしていた隊員たち。と言ってもバカスカ魔法を撃ってるわけではない。手のひらの上で火の玉を作っていたり、でかい水槽にマナ溶液を貯めたりしている。
「は~い?」
エイジのそばの遠隔会議用のモニタにトテトテと小走りで駆けてくる相模原。スーツではなく隊員たちと同じ迷彩服だ。
『今夜の作戦が決まった。相模原には防御に専念してもらう。詳しくは八尾さんから聞いてくれ』
相模原の前のスピーカーが唸る。
「了解です。って言ってもどうするんです?」
『どーも、八尾です。今から相模原さんのマナ結晶に術式を送ります。イメージは高さ二〇〇メートル、塔を中心に半径五キロの筒です。発動ワードはグレートウォール。効果範囲を口頭で指定してから発動ワードです。詳しくはイルマに聞いてください』
「えー、私に出来ますかねぇ」
『相模原さんの規格外な魔力量ならそれを三〇〇秒維持できると計算しました。一度試してください。今からなら夜の襲撃にはオドも回復するはずです』
「わかりました。効果の確認はどうします?」
『こっちの87式で撃ってみる」
と石動。
「了解。展開したら報告します」
『任せた』
「さて、八尾さん」
「はい?」
石動がにこやかに肩を掴む。こわい。
「まだ時間は有る。武器関係で何かできないかね?」
「あー……」
さてどうしよう。俺がつきっきりで87式にマナをまとわせてたら効果は高いだろうが、流石に許可されないだろう。魔剣みたいに手から離れてもマナを纏ってたら大丈夫なんだろうけど。
『アドミニストレータ。マナ結晶を弾丸にしては?』
『発射時の衝撃で砕けないか?』
『計算上は大丈夫なはずです。データをコロナに送りました』
「ちょっと失礼。コロナに武装関係のデータは入ってますかね?」
石動に聞いてみる。
「ん、氷室!」
「はい!」
ササッと早足で氷室さんがやってくる。
「コロナに武装のデーターは入っているか?」
「はい。装備庁、旧技本のデータも入力済みです」
「では八尾さんにデーターの閲覧を許可する」
「了解。ウィz……八尾さんこちらへ」
今ウィザードっていいかけたな。
「コロナ。装備品データを出して」
「了解」
ぺろんとデカイモニタにズラッと装備品名が書かれた表が出てきた。
「弾丸のデータってありますかね?」
氷室に聞いているようで既にコロナがデータを探しているはずだ。
「はい。どのへんを?」
「弾丸そのものの強度とか、弾種の違いによる命中精度とか」
「コロナ?」
「はい」
ズラッと数字と計算式が出てくる。うん、わからん。
「マナ結晶の強度を一〇〇としたときに各弾丸の比較をしてみてくれ」
「了解……終了」
ぺろっと別のウインドウが開く。
「あー……どれもマナ結晶よりはやらかいな。これなら」
「マナ結晶、魔石どちらも弾丸に使用しても問題ないと思われます」
俺とコロナのやり取りを見ていた氷室が不思議そうな顔で聞いてきた。
「あの……何をする気ですか?」
「モンスターにも効く弾丸は作れないもんか、ってね」
「え、出来るんですか?」
「コロナの計算では可能。徹甲弾には負けるけど、フルメタル・ジャケット弾よりは硬い。らしい」
「うまくいきますか?」
「実験してみんことにはなぁ」
「ですよねぇ」
「コロナ、今のデータをあっちのモニタに出してくれ」
「了解」
地図の置かれた机の前に戻る。
「あの表に書かれたとおり、マナ結晶や、魔石を弾丸化しても発射は可能と判断したようです。どうでしょう?」
「あの石を弾丸に?」
「そんなので効果があるのか?」
ざわざわと地図の周りが騒がしい。そらそうだよな。一般人が武装に意見して新しい弾丸を使いませんかと言われたら、戸惑いもするだろうさ。
「静かに」
ピタッと喧騒が止まる。
「八尾さん。その弾丸はすぐに作れますか?」
「5.56と7.62を……1グロスずつくらいなら」
「では実験を兼ねて今夜の襲撃はマナ結晶弾……長いな、いい略称は考えておく。実験弾薬を使用予定とする。通常弾も予定通り準備。八尾さんはそちらの制作をお願いします」
「承知」
今夜の襲撃に向けての準備がすすむ。
「弾丸の正確なサイズとかって見てもいいんですかね?」
「NATO弾なら外寸等は機密にもなっていない。サンプルを渡そう」
程なく5.56ミリ弾と7.62ミリ弾のサンプルが届いた。
「んじゃ、いっちょやってみますか」
地図の机とは別の机を作業台にする。
回収された魔石を左手に、右手にマナ結晶とサンプル弾丸を……薬莢の中って構造知らんな。
「あの。コレ、バラしたらマズイですか?」
そばにいた隊員に聞いてみる。
「いえ、修復可能ですので、問題有りません」
「では遠慮なく」
薬莢を握って、弾頭をぐっと引っ張って……抜けん。んー。
『セリカ、筋力上げる魔法ってなかったっけ?』
『あります。使用しますか?』
『こいつを抜ける程度で』
『了解』
キュっと胸ポケットに入れたマナ結晶が鳴く。
「?」
そばの隊員がナニが鳴いたか視線を動かす。
「ふん!」
ポコン!と薬莢から弾頭が抜ける。
「え!?」
「え?」
隊員がすごい顔してる。
「今、素手で抜きました?」
「抜きました……よ?」
「……人力で抜けるの……か?」
抜けないものなのか。俺が非力なんじゃなかったか。
「えーと、これも魔法的なものだと、思ってくれると」
「……石動三佐に報告してもよろしいですか?」
「あー、良いですけど、多分今は対応できませんよ?」
「承知してます」
さっと報告に移動していった隊員。俺の監視は良いのか?まぁいいや。構造の確認っと。
ふむ。弾丸の形も単純だし、薬莢にどうやって固定してんのかと思ったけど、カシメてるだけだなこれ。まぁすごい硬いから普通、素手で人力だったら無理だわな。
『これをチマチマ入れ替えるのは手間だな。なんかいい手ない?』
『物体の入れ替え魔法がありますね。同形状だと問題なく使用できそうです』
『入れ替えってことはマナ結晶弾頭は作らないとダメなわけだな』
『それはアドミニストレータにおまかせします。その間に術式を構築します』
『へいへい』
MU隊が貯めたマナ用水から作られた砂みたいなマナ結晶。それと魔物由来の魔石。それを原料にしてマナ結晶弾頭をつくる。んだが、この魔石ってマナ結晶とはちょっと感触違うな。なんというか、硬い。実際の硬度はどうだか知らないが、ガラスとプラスチックくらい感触が違う。
「試しにこいつでやってみるとしよう」
手のひらサイズの魔石を左手に握り、右手に外した弾頭を持ち、じっと弾頭を見る。
じーーーーーーーっと見る。ぐにゅっと左手の中で石が粘土に変わったような感触。
「これを……この形に」
柔らかくなった魔石を更に変形。コロンと左手から薄い水色の弾頭が転がり落ちた。
コロン、コロン、コロンと左手の魔石が弾丸を生み出すと共に小さくなっていく。
「ふぅ~……手のひら大の魔石で弾丸が……二〇個」
『アドミニストレータ、入れ替え術式の構築が完了しました』
『こっちも一マグ分はできた』
机の上に通常の弾頭の刺さった5.56ミリ弾薬を立てていく。その前に作ったばかりの魔石弾頭を並べる。
『発動ワードは?』
『ポジション・チェンジ。入れ替えする物の名前を口頭で指定します。「ポジション・チェンジ起動、元、先、発動ワード」でお願いします』
「ん、ポジション・チェンジ起動、5.56ミリ弾薬弾頭……魔石弾頭……ポジション、チェンジ」
発動ワードが発音された瞬間、音もなく、光もなく、音もさせずに薬莢の上に薄い水色の魔石弾頭が刺さっていた。
じっと魔石弾を見る。じわーーーとマナが広がっている。
「成功、かな?」
「器用なもんだ」
うわ!後ろに石動が居た。気配させてくれ。
「と、とりあえず魔石弾がマガジン一個分」
ほいっと石動に魔石弾入りの89式用マガジンを渡す。
「魔石弾?マナ結晶弾では?」
「いやぁ、試しにやってみたらできました。効果はわかりませんから、残りはマナ結晶弾にしときます」
「うむ。こいつはテストしてみるが、今は数を揃えてくれ」
「了解です」
ま、手順はわかった。俺はマナ結晶の入ったバケツに手を突っ込んで弾頭化させる。手の触れた所から弾丸化していく。ザラザラと砂のようなマナ結晶をかき回しながらバケツに結晶弾を貯めていく。
10分後。
「ふぅ、割と疲れるなこれ」
『アドミニストレータ。オド残量が二〇を切りました。休息を』
「八尾さん、おつかれさまです」
「お、氷室さん。お疲れ様です。コロナの調子はどうです?」
「すごいですね。既に自衛隊のどのコンピュータよりも博識ですよ」
「あははは」
まぁ、小さいとはいえあのサイズで二ゼタの容量を量子プロセッサ化してある。それくらいは楽勝だろう。
「八尾さんは魔法を使えないんでしたっけ?」
作業中の机を見て首をひねる氷室。
「いや、オド……体内のマナが少ないから攻撃魔法が使えないだけだ。どうにも俺はマナそのものを操作するのには長けているらしい。今はオドの回復中」
「ほえー……」
机の上のバケツに入っているマナ結晶弾をみながら感心する氷室。
「でも数を作るのは大変そうですね」
「まぁね。他に出来る人がいない……から……あ」
「どうしました?」
自分で言っといて気づいた。戦力外としてマナを貯めるのに専念してるMU隊。あの人たちに教えたらできるよなコレ。
『セリカ、マナ結晶弾の制作レシピを魔法陣か呪文で構築できないか?』
『可能です。呪文のみでも可能ですが、固定の魔法陣を構築したほうが効率的かと思われます』
『ん、すぐに?』
『5分後には』
『よろ』
「石動さん」
「おう。どうした?」
地図の前で陣地配置を検討していた石動に声をかける。
「戦力外のMU隊員に協力してもらってもいいですかね?」
「ああ、マナ溶液を作ってる隊員だな。可能なのか?」
「計算上は。一番オドの少ない……山本さん?でも3マガジン位は出来るように魔法陣を構築してます」
うーん、と数秒考える石動。
「よし、許可。どうする?あっちに移動するかね?」
「いえ、あっちにイルマもいるので口頭説明で大丈夫です。魔法陣は発動体の共有ストレージに入れれば使えます」
「うむ、よくわからんがそうしてくれ」
「了解」
俺は遠隔会議モニタの前に移動する。
「イルマ」
一応、モニタのマイクに声をかける。返事はない。
『イルマ、モニタの前に来てくれ』
『はい?』
千林の手の平の上で魔法の講習をしていたイルマを呼び出す。
「はい、おまたせしました」
「今から魔法陣をお前の発動体に送る。それを戦力外の隊員に使ってもらってマナ結晶の弾丸を作ってくれ」
『先程イルマさんの端末にマナ結晶弾制作魔法陣を送りました』
「はい。あ、来ましたね……って、なんですかコレ?えらく複雑ですね」
「いや、ReadMe書いてあるだろ?」
「あー……なるほど、三つの術式を織り込んでますね……はいはい。わかりました。攻撃隊以外にやってもらったらいいんですね?」
「そう。こっちでも作ってるけど数がいるはずだから、お願いするよ」
「はーい」
短い腕でピッと敬礼するイルマ。
「ほえー、アレがイルマさんですか。フェレットが喋っとる。かわええ……」
「うお!?」
いつの間にか氷室が後ろに居た。
「あ、失礼しました」
「いやいや、いつの間に後ろに」
「え、ずっといましたよ?」
「あー……すまん」
アレだ。何かを思いついていきなり思考がそっちに固定化するクセ。周りが見えなくなる。おれはよくそういう状態になるようだ。マリカとか親にも言われたことあるな。
「ふふ、そういう集中力がウィザードの強み、かもですね」




