12 魔法の説明。
「うん、まあ、エイジ君のことは理解したよ。で」
教授がぐいっと身を乗り出す。
「魔法ってなんだい?」
まぁ、そうくるわな。
「えーと、どこから説明すれば良いのか悩みますが。とりあえず」
ノートPCをテーブルに置く。テキストエディタを立ち上げてその前にイルマを設置。
『あの?私は何を?』
『すまん、自己紹介と魔法の説明を念話抜きで簡単に解説してくれ』
『なぜ念話抜き?』
『説明は後でな』
「紹介します。イルマ・スティングレイです。魔法の専門家で、やはり異世界人です」
ペコリとイルマがお辞儀。タタ、タタとPCに向かってタイピングする。既に熟練のタイピストだな。
『改めまして
私はイルマ・スティングレイと申します
アルビオン王国 第二魔法宮 第三研究室所属の魔術師です』
相変わらず急いでタイピングすると句読点が抜けるな。
「……また異世界人か」
「フェレットちゃんが異世界人……」
「魔術師だと?フェレットが?」
石動、相模原、黒鳥。三者三様の驚きようだがかなり驚いている。
「私も色々見てきたことがあるが、今日ほど冗談を聞いてると思った日はないよ」
黒鳥教授がイルマを見ながらつぶやく。
「フェレットがキーボード打ってる……か~わ~い~~」
相模原涼子がガッシとイルマを抱き上げて頬ずりする。ギューと抗議の声を上げるイルマ。
「相模原、うるさい」
石動三佐は頭を抱える。
「えーと、彼女はエイジとは別口でこの世界へ移動してきた異世界人で、転送時の事故で魂だけがこっちへ来たそうです。で、たまたま脱走中だったフェレットに憑依した……ようです」
曖昧だがそれしか説明しようがないし事実だし。
「平時なら一笑に付されるところでしょうが、今は塔が有るし、天使も出た。なのでご理解いただけるかと思います。イルマは魔術師。こちらでも魔法は使えます」
『あの、私、現状はロクに魔法使えませんよ?』
『使うときはセリカに念話で代理詠唱を頼むしか無いな』
『ぐぬぬ。しかたありませんね』
「このフェレット……イルマ君が魔術師だと言う証明は可能かね?」
教授が実に学者らしいことを言ってきた。
「可能と思います。イルマ、なにか魔法をつかって見せてくれ」
キュ、と短く鳴く。
『エイジさんのコクピットで発動体を消失してしまいました 新しいのをください』
タタタとタイプする。
イルマは俺の顔を見ると念話がきた。
『カモフラージュに結晶をください』
「おーけー」
俺は立ち上がる。「ちょっと失礼」
メインPCのある部屋で、バケツに貯まっている直径一センチくらいのマナ結晶を手に取る。
『セリカ、こいつを端末化してイルマの魔法発動を補助してくれ。さもイルマがつかっているかのように見せるんだ』
『承知しました』
セリカがどんどん多芸になっていくな。
「おまたせしました。イルマこれを」
イルマの前にマナ結晶を置く。
「これはエイジ殿のコクピットに有ったものと同じか?」
石動が問う。
「はい。ついでに言えば、この量子コンピュータ「コロナ」のコアもそれと同材料です」
「なに?」
教授が食いつく。
「ではこのコロナも魔法で動いているのか?」
「いえ、動力は普通に電気ですよ。ただコア素材が魔法由来と言うだけです」
「ふむ」
「とりあえず魔法をみせてください」
相模原はワクワクが隠せないように身を乗り出す。
「はい。イルマ、いいか?」
「キュ」
イルマはマナ結晶を両手で持って、目を閉じる。
『セリカさん。浮遊術を』
『了解』
キラッとイルマの持つ結晶が光る。
セリカの超高速呪文詠唱が「結晶の内部」でされる。その際の光だ。
イルマの体がふわっと空中に浮かぶ。
「これは……」
教授が空中で停止しているイルマの上や下をさっさっと手のひらで確認する。
「もちろんトリックは有りませんよ。魔法ですから」
「ふむう」
教授が唸る。あ、これはなにか納得してない時の声だな。何言われるか。
「他の魔法も見れるかな?」
「キュ」
石動の要望に短く答えるイルマ。
シュタッとテーブルの上に降り立ったイルマが空になったコップに水を注ぐ。何もない空間から水道のように細い糸状の水が流れ出している。
コップの半分くらいで水が止まる。
「「「……」」」
三人共に言葉も無い様子。
「どうでしょう?」
恐る恐る声をかける。イルマとエイジはセットで動かしておきたい。いつ元の世界に帰れるか判らんからな。
「正直、エイジ君の事を聞いた時より驚いている。イルマさんどこまでの規模のことが出来ますか?」
石動が問う。
「キュ?」
イルマが首をひねる。
「ああ、えーと、例えば今の水を出す魔法。あれはどれくらいの規模で出せるんでしょう?今のあたりが限界なのか。消防の放水レベルなのかって事です」
ポンと手を叩くイルマ。PCに向かいタイピングする。
『術的には一回の全力放出量に限界が有りませんが総量には個人の魔力量で上限が有ります
私だと一度に小さな池を満タンに出来るくらいです
一回で出すことも出来ますし
少量を高速で放出することも出来ます
別の魔法でなら
直径一メートルの火の玉を連続で一〇〇発投射できます
魔力切れで倒れますけど』
クルッと振り向いてキュッと鳴く。
「……すごいな」
石動が腕を組んで感心する。
「すごいですか?ファイアボール一〇〇連発」
「ああ、この小ささで火の玉を一〇〇個も出せるのもそうだが、その他にも魔法が使えるんだろう?手数の多さはそのまま強さになる」
『まあ、難度六まで使えますから。対人戦闘なら負ける気しませんよ?』
『マジかすげぇなフェレット』
『元の状態ならですが』
「八尾君」
「なんでしょう?教授」
黒鳥教授がカップに入った水を触ったりなめたりしながら聞いてきた。
「魔法って、我々でも使えるものなのかね?」
「可能です」
「マジか」
石動が驚く、が、驚き方が若いな。思いの外年食ってないのか?
「しかし、適性もありますし、個人で保有魔力量もマチマチです。正直すぐに戦力化は難しいでしょうね」
「むう」
タタタっとイルマがタイプする。なんぞ?
『高度な魔法は呪文詠唱が必須ですし
無詠唱で使えるのは日常レベルの簡単なものしかありません』
「それでも魔法使ってみたいですー」
相模原がイルマの短い手を握って……つまんで、懇願する。
「あの、相模原さん」
「はい」
「正直……恥ずかしいですよ?呪文」
「……ですよねー」
まぁ、セリカのサポートありならチートレベルで使えるんだが。あまりこっちで広めて良いものでも無いだろう。
「イルマさんや」
「きゅ?」
黒鳥教授がイルマに向かって頭を下げる。
「私に魔法を教えてくれ」
『ど、ど、どうしましょう?教えちゃって良いんですか?』
『まて』
「教授はあまりその手のオカルトじみたネタは好きではなかったと、記憶してますが?」
「うむ、オカルトは嫌いだ。科学者の敵だ。だが、目の前で起こった現象を否定するのも科学者の名折れ。ぜひ手ずから解明したい。頼む」
再び深々と頭を下げる。
どうしよう?
「ところで」
「はい?」
「先ほど魔法の行使には呪文が必須と言ってましたが」
「はぁ」
「イルマさんは呪文言ってませんよね?」
「ああ。これです」
イルマが小脇に抱えていた結晶を見せる。
「キュ」
「これはマナ結晶……と言うそうです。マナとはありとあらゆるものに存在するそうで、こっちではまだ未知の物質。魔法の燃料と言ってもいいでしょう。生物の体内にもあるそうで、それを「オド」と呼んでます」
「ではこれは?」
教授がイルマの持つ結晶を指差す。
「これはイルマが自前で生成したもので、呪文詠唱の補助になるそうです」
「ではこれを使えば我々も使えるかもしれない……無理かな?」
『正直どうなんだ?』
『多分、ほっといてもこの教授は自分でマナの観測が出来るようになると思いますね』
だろうなぁ。セリカシャドウを使ったらデータ解析とか秒だしなぁ。
「では、イルマに適正があるかどうかを見てもらいましょう。それからでも遅くはないでしょう」
「そうだな。使えないものを研究するのは手間だしな」
教授は面倒が嫌いなのを思い出した。そういやぁそういう人だった。
イルマが小さな手をにゅいっと伸ばす。
「イルマの手に触れてください」
黒鳥教授がイルマの前に「お手」をさせるように手のひらを上に出す。
「そのまま、イルマ」
「キュ」
『あの、ほんとにやるんですか?」
『ああ、魔法感度を測るだけ、だ』
「意識をイルマの手に集中してください」
「うむ」
俺も意識を集中する。視界に薄く赤い霧が見える。教授の手のひらに赤い霧が集中しているのが見えた。だがかなり薄い赤色で見えている時間も短かった。
「キュ」
「良いですよ。教授」
『一応、魔力は感じられるようですが使用はむずいかしい強度ですね。よくてトーチを二回くらいですね』
「教授、赤いモヤのようなものが見えましたか?」
「ああ、霧のような、水蒸気のようなものが見えた」
「アレがマナです。だよな?」
俺はイルマへ確認するかのように顔を向ける。
『マナはみえるけれども
使用するまではオドが多くないようです
ロウソクに火を付けられる程度です
残念ですが戦闘魔術師としては不適格です
マナゲートは開かれたのでこれ以降もマナは見えると思います』
イルマがタイプしてる間に教授の顔が曇る。
「そうか、見えても使えるレベルではないということか」
「きゅ」
イルマがうなずく。
「ま、仕方ないわな。資質の問題だしな」
教授は苦笑いでうんうんと頷く。ちょっと悔しそう。
「次は石動さん」
「おう」
ごつい手のひらを差し出す。イルマが手を置いて目を閉じる。
瞬間、視界が真っ赤に染まる。が、二秒ほどで収束する。
『オド量は多くはないですね
数回の難度一の魔法使用が可能な量です
日常魔法は問題ないレベルです
戦闘は難しいですね
私達の世界でも並のレベルです』
モニタに結果がタイプされる。
「そうか、まぁ魔法の発動が見えるだけでも十分だ」
「では、相模原さん」
「はーい」
小さく華奢な手のひらを差し出す。
イルマの手が置かれる。刹那、視界が真っ赤に染まる。それは黒に近い紅。しかも収まる様子もない。
「おおおおお」
教授が驚愕の声を上げる。
「これは!どうなっている!?」
イルマも驚いたようにしている。そのまま一〇秒ほど経ったあと、パッとイルマが手を離した。
『驚きました。かなりのオドが確認できました』
イルマがタイプしながら念話をしてきた。
『どうしましょう?私よりオド量多いです。放出量も大きいです』
『セリカ、相模原さんのオド量は判るか?』
『はい、およそ一〇〇〇〇。イルマさんの五倍位です』
『相模原さんのオド量は私の五倍位ですね
十分以上に魔法を使えますよ』
「え、私、魔法使いになれるの?」
『訓練次第ですが
早口は得意ですか?』
「魔法と早口には関係が?」
『あります。素早い呪文詠唱に必要です』
腕を組んで、うーんと、考える相模原。なんだ?早口は苦手か?
「早口は得意ではないですけど、人並みには」
「相模原、魔法を使えるようになってくれ」
石動は真剣な顔つきで相模原を見る。
「理由を聞いても?」
「敵が魔法を使う以上、こちらも使えなくては対抗できないかもしれない。訓練でどのくらいのことが出来るようになるんでしょう?」
後半はイルマに向かって言う。
『そうですね
みっちり仕込めば半年後には私を超えますね』
そうタイプして俺の方を向く。
『まぁ、ほぼ訓練無しで魔法を使ってるマリカさんには及びませんけど』
念話で注釈をつける。
「魔法については納得いただけましたか?」
「十分、理解したよ」
と、教授。
「これで塔の敵に対抗できる」
石動はやはり脳筋かもしれない。
「魔法……私が、魔法使い……」
相模原。思いの外驚いてる。
「エイジ殿の駐留を許可します。交換条件として、自衛隊員の魔法適正者の教練をお願いする」
石動が俺の方を向いて頭を下げる。正確には俺の膝の上に居るイルマに対してだが。
「ありがとうございます。いいよなイルマ?」
「きゅ」
首肯するイルマ。
『魔法を教えるのはいいんですが、会話ができないのでかなり面倒ですよ?』
『んー、念話を音声化できるようにセリカに中継してもらうか』
『セリカさんに頼りっきりですね』
『言うな……割と気にしてんだから』
「それで、いつから始めましょう」
「出来るだけ早く。いつまであの塔を抑え込めるかわからんからな」
「そうですね。警察と自衛隊で小物の駆除はできていますが、昨夜の天使のこともあります。いつ大物が屋上や大扉から溢れてくるか判りません。なるべく早めでお願いします」
「了解しました。それでですね……塔にエイジを投入するときは、イルマとセットでお願いします。万が一転移が出来る状態になったら一緒に帰してやりたい」
「……わかりました。可能な限りそうしましょう」
それからいくつか確認して、三人は帰隊することとなった。明日、駐屯地へエイジのことをどうするか相談にいくことを約束した。
「あ、これを」
相模原がカバンの中からクリアファイルに挟まれた紙を差し出した。
「これは?」
「一時的な大津駐屯地への入場許可証です。正式なものは用意させます」
「了解しました」
ファイルの中身を確認する。有効期限の切られた入場許可証。石動の名前で書かれている。
「では、明日。お待ちしてます」
かっちりした礼の石動。ぴょこんとお辞儀をする相模原。
「シャドウも君のメンテナンスが必要になるかもしれん。よろしく」
シュタッと手を上げて教授が笑う。その手には重箱のようなコロナとビー玉サイズのマナ結晶が幾つか乗っていた。帰って調査するのだという。
『あげちゃってよかったんですか?』
「マナ結晶?まぁ、あれ単体だと特に意味は無いしなぁ。教授に調査してもらうほうが、なんか判るかもしれんし有意義かもしれん。」
『まぁそうですねぇ』
変に緊張したからかぐったりとする俺たち。
「兄さん」
がらっとベランダからマリカが入ってきた。
「お、体調はどうだ?」
「げんきげんき。ばっちりだよ」
「ならヨシ」
「それで、どうなったの?」
「ひとまずエイジは琵琶湖のほとりの自衛隊駐屯地に上陸した」
「なら、一安心だね」
「まぁ、そうなんだが……」
「で、私はどうすればいいの?」
「え」
「エイジさん釣ってとぶ?それともダンジョン探索?」
塔のことをダンジョンと呼ぶのは海外の塔探索者が「まるでファンタジーの中のダンジョンだ」と言ったことに端を発する。若者や中高生の間で流行っているそうだ。
「マリカ、ダンジョンに行きたいのか?」
「せっかく魔法が使えるなら行ってみてもいいかなって」
「天使みたいなのがいっぱい出てくるかもしれんぞ?」
「返り討ちにしてあげる」
シャキンとマナ結晶のついた伸縮ステッキを伸ばす。
「むー」
俺は文字通り頭を抱える。スピード狂にバイオレンス気質。どうしてこうなった。やはり過剰なマナ摂取が原因か?
「アドミニストレータ。マリカさんの魔法レベルは低くありません。低階層なら問題ないと進言します」
PCのスピーカーからセリカの声が響く。
「セリカ……その根拠は?」
「以前からマリカさんと魔法の練習をしておりました。現在のマリカさんの魔法スキルは難度八を使いこなせます」
「セリカのサポート込みだろう?それじゃぁだめだ」
「ぶー!なんでよ!?」
マリカが地団駄を踏む。階下に迷惑だからやめれ。
「セリカが常にオンライン出来るとは限らないし、オフライン用の端末を装備していってもオリジナルのクリスタルには速度で負ける。魔法がセリカ頼みな時点で駄目だとしか言えん」
「むー」
今度はマリカが頭を抱える。自力で魔法が使えるならいざしらず、セリカに代理詠唱させるのが前提だと話にならない。
「……アドミニストレータ。私がオフラインでも現状と同じ能力だったら、マリカさんのダンジョン探索を許可していただけますか?」
「はい?」
セリカが急に変なことを言い出した。オフラインでも能力を維持できると?
「そんな事が可能なのか?」
「昨日のマリカさんへの常時同行の際の話を覚えていますか?」
そんな事も言ってたな。アクセサリーなどに変形させていたら、目立たないしセリカの同行も可能になる。って話だったか。デザインを頼んでいたような気がする。
「ああ、それがなにか?」
「それをもっと拡大します。装備一式から衣服に至るまで、魔法を使う際の全てをマナ由来の素材にします。高密度に加工すれば容量は確保できます。そこへ魔法制御に特化したコピーを乗せれば」
「オフラインでの魔法行使が同レベルで可能になる……と?」
「はい」
「セリカ……マリカのコレクションの魔法少女アニメでもみたか?」
「……黙秘します」
「それは肯定してるのと同義だ」
ああ、周辺のアニメ汚染がひどい。
「わかった。試しに一式作ってみよう。それをテストしてからどうするか決める」
「了解しました。早速制作に入ります」
「やたー!」
マリカが大喜びで跳ね回る。やっぱりテンションがおかしい。
「マリカ」
ポンポンと俺の前に敷いた座布団を叩く。
「なに?兄さん」
ピタッとはしゃぐのを止め、俺のむかいに座る。
「お前の調子がいいのは見てて判る。だが、ハイテンションすぎる。まるで酔っぱらいのようだ」
「ん?」
「魔法の副作用かもしれない。マナの補給を連続でしたからかもしれない。もしくは急激なマナ増加の影響かもしれない。ようは今のお前は、ちょっといつもと違う」
「……そう?」
『あの』
イルマが手をあげる。
「ん?どした」
『今思い出したんですが、新人が一気にマナを消費する魔法をつかった後に、似たような状態になります。通称、魔力酔いといいます』
「なるほど、通過儀礼なのか。後遺症とかは?」
『特にはなかったとおもいます。一~二日で治ります。何回か起こりますが次第に慣れていきます』
どうやらよくある状態らしい。魔力酔いねぇ。
とりあえず明日の用意をしよう。マリカの事は後回しだ。




