10 塔~もしくはダンジョン~
「おなかいっぱーい」
マリカの声が響く。
「マナ回復でお腹が膨れるのか?」
「比喩って知ってる?兄さん」
「しらいでか。回復したなら出発進行」
「あい」
停止時間は五分ほどだっただろうか。遅れは出たが元より有ってないような予定だ。
「あれが塔?」
モニタに映る塔。自衛隊と警察のサーチライトで煌々と輝くように目立っている。
「そう。……しかし、派手だな」
「だねー」
塔までの平面距離はおよそ一キロ。マリカは高度四〇〇〇で停止中。
「よお、あの最上階で俺を置いてくれるだけでいいんだぜ?」
エイジがそう言いながら腕を組む。
まぁ、最終的にはそうなんだが、現時点ではあまりダイナミックなことは避けたい。
「スマンがあまり派手なことすると自衛隊が警戒する。ちょっと待て」
「へいへい」
地図とモニタの現地映像を見ながら唸る。
「んーーーーどうすっかなぁ」
「アドミニストレータ。フルカバーで光学幻影をかければ光学観測、電波観測からは秘匿できます」
「ん?フルカバーで遮断されるのは魔法関係とか……あ、そうか」
「一人で納得しないで説明して。兄さん」
マリカがモニタに大写しで聞いてくる。
「近いよマリカ」
「説明」
「えーとな、防風に使ってる魔法の障壁って、あれ正確には任意に遮断するものを選べるんだ」
「どゆこと?」
以前、防風用の防壁の理屈がよくわからなくてイルマに聞いてみた事がある。
『あれは術式展開時に指定したモノを防ぐ魔法です。フルカバーで風を防ぐと空気も出入りできなくなるので、息ができなくなります』
とのことだった。
セリカと何度か実験して見たところ「風を防げ」だと気体全般を「火を防げ」だとプラズマを含めた熱全般を防ぐことが判った。
マリカの使ってる箒のフルカバー防風は、止める対象をより細かく指定してるので、フルカバーでも酸素と二酸化炭素の出入りは自由だ。
「ほえー。単に風を防いでるんじゃなかったんだー」
「そう、実は思いの外、難しいことをしていたんだよ」
今回はその指定を可視光を含めた電磁波全域に指定する。もちろんエイジも含めて範囲指定する。
「では、フルカバー防御術式開始します」
セリカの声が耳に響く。
「防御対象はどうする?」
「現地の映像から自衛隊の対地、対空レーダーが各種確認できました。超長波からガンマ線までの電磁波を吸収遮断するようにしましょう」
「可視光も遮断すると中から表が見えなくならないか?」
「内側に表の光景を幻影で映せば問題ないでしょう。先端の端末だけを露出させます」
「できるか?」
「問題ありません」
セリカって絶対イルマより魔法に精通してるよな。
「術式構築……魔法陣構築……端末への転送……終了。いけます」
「よし、術式開始」
「防壁展開。幻影投影……完了」
「マリカ、外は見えるか?」
俺のところのサブモニタには変わらず表の風景が映っている。
「だいじょーぶだよー」
「大丈夫、ちゃんと見えてる。一瞬暗転したけどな」
エイジにもちゃんとカバーされてるようだ。
「微速前進」
「あいあーい」
ゆっくりと降下しながら前進を再開する。いつものマリカにしたら亀のような速度で進む。
塔から二〇〇メートルほどに近づいた辺りで塔のディティールが克明に見えてきた。
自衛隊と警察のライトに煌々と照らされ、その表面が石のような材質なのが判る。
「全高三〇〇メートルだっけ。あんな材料と構造でよくこんな高さまで立ってられるな」
「俺の転送されてきた塔と同じなら塔全体をマナで補強してるはずだ。マナ切れ起こしたら崩壊するさ」
「ちなみにエイジを転送するのに使うマナで倒壊するかね?」
「無理だな。完全なマナ枯渇状態にならないと。なにせあのサイズだ、多分三回位連続で転送しないとマナ切れにはならんと思うな」
「モンスターも出てくるかな?」
マリカが首をひねりながら聞いてくる。
「大物は出てこないだろうけど、大型獣サイズまではポップするからなぁ」
塔出現以降、モンスターはどこかからか出現してくる。
海外の動画で屋外でモンスターがポップするのがある。さながらゲームのように、何もない空間にポンと出現する様はかなり異様だった。
ポップ範囲は現在は塔を中心とした半径一〇キロほどだという。出現するのは大きい物でトラくらいまでが確認されているという。常時展開されている自衛隊の警備と、警察の物理封鎖で日本ではそれ以上の範囲では被害は確認されていない。
「塔直上へ到達。最上階までの距離はおよそ一〇〇メートルです」
セリカの声が隠蔽防御シールドの中へ響く。
「兄さんどうするの?落とす?」
「さらっと怖いこと言うなよお嬢ちゃん。さすがにこの高さは壊れっちまうわ」
「あははは。さすがにやりませんよ?このまま降下でいい?」
「そうだな。微速降下」
「あい」
ゆっくりとエイジを釣ったままのマリカが降下する。秒速三メートル位だろうか。
段々と近づく塔の最上階。フチが一段高くなってるのがわかる。サーチライトの影になっているので案外暗い。
「最上階に下階への階段があるはず。そっから侵入すれば一五〇メートル下がるだけだ」
エイジがそう言って腰の剣に手を置く。
「何も出ないといいんだが、そういうわけにもいくまい」
「やはり出るのか?モンスター」
長さ三メートル近い直剣を確認するように鯉口を切る。キラっと覗く刀身が光る。
「出るだろうな。下から上がった時は、階が上がるごとにモンスターも強くなっていった。上ほど強いなら最上階は最強クラスが居ることになる……が」
「真ん中の魔法陣が中心なら、最上階は一番弱い可能性がある……かな?」
「そうなる」
俺はゆるゆると降下するモニタを見ながら思案する。
「エイジ、着地してもロープはそのままでいてくれ」
「ん?よく解らんがわかった」
「もーすぐつくよー」
マリカの声が着地を告げる。
対地高度五メートルからは降下速度は秒速一〇センチ位。
「オーライ、オーライ」
エイジの合図。どこでそんなの覚えたんだろう。
「おーらい、おーらい……後二〇センチ……着~地」
マリカの声が着地を告げる。音もなく、砂埃も立てず、実に静かな着地だった。
「どうだ?」
「ちょいまち……周辺にストレンジャー無し。下への階段を視認。階下は確認できず。で、どうするよコウジロウ」
「どうするのよ。兄さん」
マリカがエイジの右肩にトンと箒を付けて待機する。ロープはそのまま。
「エイジ、その塔って一度入ったら出てこれないとかじゃないよな?」
「ああ、出入り自由だった。あっちの塔はな」
正直、噂の塔の中にちょっと興味はある。モンスターなんかも、もっとはっきり見てみたい。
「あぶないだろうか?」
「マリーを載せて戦闘はヤリたくないが、まぁ一桁階位なら雑魚だし、ちょっと中、見てみる?」
「見たい。頼めるか?」
「お安いご用だ。まぁ、最強クラスが出てきたらダッシュで逃げるけどな!」
「ああ、ちょっとでいい。マリカ」
「ん」
「危なくなったらエイジを引っ張って帰って来い」
「あいあい」
「俺は置いてってくれてもいいんだぜ?」
「そういうわけにもいかんだろう。」
「ふむ?まぁ、その話は後にしよう」
エイジが左手の剣の柄を右手で掴んでズラッと抜き放った。モニタに映るそれは諸刃の剣ではなく片刃の直刀だった。
「マリー、俺の後ろへ」
「え、なに?」
箒ごとスイっとエイジの兜の後ろに入るマリカ。
「ん?どうした?エイジ」
「なんか来た……上か!」
ガッと上空を見上げるエイジ。屋上から二〇メートル位上。いつのまに現れたのか、そこには、一対の羽根を持つ巨大な天使がいた。
「天使?って、でかいな」
「ああ、クソ。悪名高き天使様だよ。まだこっちには気づいてねぇな」
「なんで天使が悪名高いんだよ」
上空では天使が自衛隊のライトに全方位から照らされてキラキラと輝いていた。端正な顔つきだが、そこには一ミリも笑顔がなく、その目はまるでドブか汚物を見る目つきだった。無遠慮にライトを浴びせる自衛隊を睨みつけるように見つめている。
「なんか……あの天使キライ」
マリカが滅多に出さない嫌悪感を吐き出していた。
「マリー。ロープを外せ」
「え」
「戦闘動作のじゃまになる。外したらそのまま上空へ逃げろ」
「だめだよ!エイジさんも連れてく!」
「俺を下げてたらいい的だ」
「エイジ、あの天使は強いのか?」
俺はいつになく緊張した声のエイジから、ただならぬものを感じた。
「強い。と言うよりあれに勝てる奴を俺は知らない」
「あれは何者だ?」
防壁の隠蔽が効いているのか、エイジたちには目もくれない天使を警戒する。
「正体不明。通称天使。最悪の生物、天罰代理人、正義執行者。いろいろ呼び名はあるが、アレを倒した奴はいないと言われている」
「なんでそんなのがここへ」
「さて、あいつらの行動原則なんざしったこっちゃねぇ。あいつらは訳もなく現れて、全てを灰燼へと還す。そこに理由はなく、そこには聖人も罪人はいない。ただ、天使有るところ、死有るのみ、だ」
上空でゆっくりと水平回転する天使。数回回っているが止まる気配はない。
「マリカ、背中が見えたら、微速上昇。もちろんエイジも一緒だ」
「了解」
既に準備ができていたマリカによって、ロープが釣り伸ばされ緊張する。
「お、おい」
「静かにして」
マリカも緊張した声だ。ギリギリと釣り上げられるエイジ。
天使の背中が見える。
グッとペダルを踏み込み上昇しつつ、後退。塔のフチから出た時、天使と目があった。
「あ、まずい」
スッと右手を伸ばす天使。
「バレてる!うおっ!?」
エイジの声と同時にマリカがペダルを上げて全力降下した。
頭上をレーザーのような熱線が通りすぎた。
一気に一〇〇メートルは下がっただろうか。塔の上に居る天使からは射線が取れない。
ぐるっと塔の周りを回りながら制御降下する。
「対地高度一〇〇メートル以下です。上昇を」
セリカの警告が響く。
「できないよ!」
マリカは出せる全力で天使の熱線から逃げていた。
「マリー!俺を落とせ!お前一人なら逃げれる!」
「いや!」
マリカはポーチからマナクリスタルをいくつか取り出して吸収する。
「セリカ!攻撃は出来ないの?!」
「いくつかあります。しかし効果は見込めません」
「アレの視界を邪魔するだけでいいから!」
「了解。中距離砲撃、術式転送。照準したら発射ワードを」
「わかった!」
そう言うと腰のポーチから何かを取り出した。それは伸縮式の……指示棒?あ、先っちょにピンポン球サイズのマナクリスタルが付いてる。魔法のステッキのようなものだろうか。
シャキッと伸ばして天使を狙う。そのためには天使からも見える位置にいなくてはならない。
降下をやめ、水平移動し。右手でステッキを持ち、ビシッと天使に向けて狙いをつける。
マリカが構えたステッキからスッとレーザー光のような光が伸びる。
それは天使の顔に照準される。
「落ちろ!カトンボ!」
え。それ発射ワード?
発射ワード(?)と同時にステッキの先端から、巨大な光の玉が現れ、天使に向かって発射された。
かろうじて目で追えるほどの豪速球で塔の最上階へ向かっていく玉。
見えているはずなのに回避行動を取らない天使。
ああ、こいつ絶対慢心してるわ。
光の玉は天使の顔面に綺麗にヒットした、途端それを中心に光が膨張していく。
まるで真夏の日差しのように周囲を明るく照らす。
『ぎゃァァァァ………!!!』
天使の悲鳴だろうか。
「セリカ!何をした!」
俺は自分の知らない魔法をマリカが使うことに驚いた。なんだあれ?
「周囲の光子を一箇所にあつめて目標の眼前で開放しました。しばらくは視界を奪えているのではないかと思われます」
モニタには目をおさえて空中で悶える天使が居る。
ドン!ドン!ドン!と、爆発音が響く。地上の自衛隊からの対空砲撃だ。
「マリカ!今のうちだ距離をとれ!」
「移動中!セリカ、アレどれくらい持つの!?」
「効果時間は三〇秒です」
エイジを吊ったままよろよろと飛ぶマリカ。
俺は地図をみて隠れ場所を探す。
何か、エイジごと隠れられるくらい……屋根付き……ああ、ダメだ三〇秒で飛べる距離が……。
塔から三キロちょっとの対岸の山陰まででも三〇秒で着こうと思ったら時速三五〇キロ以上出さないと無理。
普段のマリカなら余裕だろうが、いかんせん塔の有る島から対岸まででも二キロ近い。どう考えてもエイジを吊ったままだと間に合わない。
モニタに表示される速度は、時速二〇キロ。当初に比べたら倍ほど早いが、今必要な速度の一〇分の一以下だ。
「マリカ……」
為す術無く天使に捕まる光景が脳裏に浮かぶ。
「よう、俺は降りるぜ」
突然エイジの声が響く。
「ちょ、エイジさん?!きゃ!」
マリカの慌てる声と、箒のテレメトリーが急激な速度・高度の上昇を表示する。そして、自らの剣でロープを切って湖面に落下するエイジが映る。
フルパワーで上昇をかけていたマリカはそのまま最高速で上昇する。
「マリカ!そのまま上空へ退避!」
「だめ!エイジさんが!」
モニタにはマリカが下降しようとしている姿が見える。だが焦っているのかうまく操縦できていない。
「セリカ!コントロール!」
「マリカさんから制御を引き継ぎます。全力上昇。全波長遮断フルカバー展開。現在高度五五〇、水平飛行に移ります」
「マリカ!聞こえるか?マリカ!」
俺は必死に呼びかける。モニタにはハンドルにかろうじて掴まっているマリカが映っている。
「塔から二〇キロを超えました。加速停止。フルカバー解除。コントロールをマリカさんへ」
「……兄さん」
「大丈夫か?」
「エイジさん……どうなったの?」
泣きそうな顔で聞いてくる。
「自分でロープを切って、琵琶湖に落ちた。高度は一〇〇メートルも無かったから、うまく着水してたら無事だろう」
「……戻って回収する」
「ダメだ、一旦戻ってこい」
「でも!」
「落ち着け。心配する順序が違う。エイジはアレでも戦闘用だ。お前よりはるかに頑丈だ」
「でも」
こんな顔は以前にも見たことが有る。
拾ってきたネコがその日の夜に死んでしまった時だ。まだ、目も開かない子猫だった。
「マリカ、エイジはあの時の子猫とは違う。アイツは戦闘のプロで、魔法も使えて、自分から離脱した。だから、無事だ……と、思う」
「……分かった……戻るね」
そう言うとマリカはアクセルレバーを全開で握りしめた。
「セリカ、エイジは?」
「島から五〇〇メートル地点で落下。以降連絡が取れません」
「無事だと思うか?」
「映像の記録からは無事に着水したと思われます。おそらく自衛隊の捜索から隠れているのでは?」
「天使はどうなったかわかるか?」
「塔ウォッチサイトに写真が上がっていました」
ピラッと表示されるソレは確かに俺達が今しがた遭遇した天使だった。
複数の写真には天使単体、爆発的な光、砲撃煙、ビームを撃つ天使。それくらいだった。
「天使の出現。謎の爆発……自衛隊の砲撃。自衛隊の被害、それ以外は……ないな。天使は消えたようだな」
「今の所、エイジさんマリカさんの事は書かれていません」
「しかしどっから撮ってんだこれ?一番近い岸は警察と自衛隊に閉鎖されてるし、西側も一部閉鎖域で警察居るだろうし。謎だ」
その写真は超望遠で撮られているようだが、どこから撮られているかがわからない。
「この写真からの場所の判定は困難です」
セリカで無理なら俺じゃ無理だな。
「同じ撮影者と思われるExifの写真は複数ありますが、全部、角度等、違いが有ります。バイクなどで移動しているようです」
カメラマン氏はなかなかフットワークの軽い人物のようだ。
「マリカさんが上空に到着しました」
俺は窓を開け、待機する。……来ない?
ひょいとベランダから頭を出すとマリカがゆっくりと降りてくるところだった。
「おかえり」
手の届く距離に降りてきた箒をぐいっと引き込んでベランダに下ろす。
「……兄さん」
「うん。色々言いたいことも聞きたいことも有るが、とりあえずシャワー浴びておいで」
「……」
無言でうなずいて風呂場へ歩いていく。
シャワーの音が聞こえる。
「だいじょうぶ……かな?」
「アドミニストレータ。イルマさんから連絡が」
モニタにイルマが映る。
『コウジロウさん……一応、状況は聞きました」
「うん。ごめん失敗しちゃった」
『しちゃった。テヘ。じゃありません!どうするんですか!今、湖の底ですよ!」
イルマの現在位置は琵琶湖湖底。エイジのコックピットである。
どうも世界が同じようなのでいっしょに帰るとエイジに頼んで、コックピットで待機していたのである。
『で、どうするんですか?』
「その前に天使について聞きたい。やつは何だ?」
『エイジさんが言った通り、最悪の生物、天罰代理人、正義執行者。研究はされていますが正体は不明。モンスター的な生物なのか、我々とは別の知的生命体なのか、それすらも判りません。コミュニケーションが取れたという記録もありません』
「……わからん」
『私もわかりません』
俺とイルマが話してる横でセリカがウインドウを開く。
「なんだ?」
「この地球での天使の目撃例を探していたんですが、宗教画を除くとほとんど存在しません」
「ほとんど、ってことは少数は存在する?」
「ごく少数は存在しますが、そのほとんどが幻覚か妄想です。もしくは妄言」
「辛辣ですなセリカさんや」
「事実です」
モニタに天使と思われる画像が並ぶ。殆どが宗教画。いくつか写真があるがピンぼけか手ブレのどう見ても合成。だめだこりゃ。
「こっちの地球にはアイツラは来たことがなかったってことか?」
「そう思われます。少なくとも被害が出るような出現はなかったと思われます」
『こっちは平和だったんですね』
「そんなわけあるかい。あんなのが出てこない代わりに常にどっかで戦争しとったわ」
『過去形?』
「塔が出てきたから戦争なんかしてる暇ないんだろうさ」
『天使は横に置いといて、これからどうするんです?』
モニタに表示されているエイジの位置は深度五〇メートル。思いの外深い。
「さすが日本一の湖ってとこか。深い」
「流石にこの水深は標準仕様だと動けない。もうちょっと浅けりゃいけるんだが」
エイジも動きがとれないようだ。
「イルマ、水中で動く魔法とか無いのか?」
『水中移動の術はありますが、この重量を動かせますかね?』
「悪かったな。重くて」
エイジが不貞腐れた声で文句を言う。
「ま、諦めるのはやってみてからでも遅くはない」
『でも、あれ結構魔力使いますよ』
「……イルマ。お前の周りにあるのはなんだ?」
『そういえば山ほどマナ結晶作ったんでした』
エイジの操縦席には溢れんばかりのマナ結晶が転がっていた。
イルマが暇にあかせて作りに作った一〇〇〇個のマナ結晶。ほぼすべてピンポン玉サイズだがこの量だ。なんとかなるだろう。
「セリカ。水中機動準備」
「はい。水流操作魔法用意。完了。イルマさんの端末に転送。完了。いけます」
「エイジ、いけるか?」
……へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「おい、エイジ。聞こえてないのか?」
「すまん、考え事してた。とりあえず水中移動は了解だ」
「では実行」
イルマの首に下げたスマートウォッチからセリカの声が聞こえ……ないな。キュキュキュキュ言ってる。
「操作はエイジさんに設定してあります」
「了解」
ゆるゆると水中を移動開始する巨体。
「で、なにを考え事してたんだ?」
「……んー」
『エイジさん、言ってしまえば?』
イルマは話がわかってるようだが……。
「ここまで連れてきてもらって何だが、もうちょっといてもいいか?」
「構わんが……理由は?」
「天使」
「ふぁっつ?」
意外な単語が出てきた。天使が居るから早く帰りたいなら判るが、いるから残るってのがわからない。
「元の世界で天使に知り合いがやられてんだ。さっきのあれがその個体とは思わないが、せめて一矢報いてやりたい。今の俺の体とコウジロウの知恵とマリカの魔法があれば」
「天使すら倒せるかもしれない?」
「そう。せめて一撃、イイのを入れてやりたい」
正直、アレをどうこう出来る気がしない。それを討伐となるとかなり難しい。
「それはそうと、マリカはどうしてる?」
「無事に帰ってきてるよ。今シャワー浴びてる」
「そっか。無事なら良かった」
「まぁ、天使対策は帰ってからな」
「ところで」
「ん?」
「俺はどこへ帰ればいいんだ?」
『「「あ」」』
イルマと俺とセリカの声が重なった。
って、セリカまでかよ。
「アドミニストレータ、どうしましょう。陸上を歩いて移動は流石に無理です」
『マリカさんに釣ってもらって元の廃団地に』
「いやぁ、あそこは微妙に不便だ。セリカ、琵琶湖からここまで水中移動は可能か?」
「全行程水中移動は不可能です。途中に何箇所か堰があります」
『やはり、陸上移動でしょうか』
「目立たなかったらそうするんだが」
「隠蔽魔法を重ねがけしてみては?」
姿は隠せても実体はある。道路を歩くと車が当たりに来る。無理だろ。第一、道は耐えれても、電線がパスできない。
「どうすっかねぇ」
「八方塞がりってやつですね」
「あっさりだなセリカさん」
『いや、あきらめないでください』
色々考えるが……難しい。