表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

青龍編

 とにかくあらゆる意味でシシマールにとって忘れがたい光景がこの場所で再現されることになった。

 しかし相手は邪心の欠片も持たない正統派ライバルの道頓堀大武である。

 あの聖奥義を受ければ逆にパワーアップする可能性とて否定できない。


 「海よ、空よ、大地よ。僕に勇気を分け与えてくれ。今こそ繰り出す聖奥義、無双真空無限逆十字跳びッ!行け、大地の使者、シャーマンッッ!!!カァァーーーンンッッ!!!」


 モンゴルの民族衣装っぽい服を着た白髪の老人の幻影が道頓堀に向かって突撃した。

 道頓堀は負けじと回転数を上げてプラズマドームをパワーアップさせた。


 大地の使者VSたこ焼きサンダーボルト、両者の戦いは一歩も譲らす熾烈を極めた。


 やがて大地の死者の幻影とたこ焼きサンダーボルトの作り出したプラズマドームは激しく衝突を繰り返した上で同時に消滅した。あまたの明滅を繰り返した直後に黒煙が消えていった。

 先の爆発の衝撃をものともせず縄跳びを続ける名和鳶益と道頓堀大武の姿が現れる。

 観客席から二人の競技者の健闘を称える大歓声が上がる。

 世界よ、刮目せよ!これが縄跳びだ!!!


 「やるやないけ、名和君。わいの目にくるいは無かった。やはり、あんさんはこの世で唯一わいの野望を脅かすでっかい男やったやねん!」


 しゅたたたんっ!しゅたたんっ!

 地面を叩くロープの音が響いた。ついに道頓堀が地面に降りてきた証拠だった。

 道頓堀の表情にいつもの陽気さが無い。

 だが、ロープの回転スピードは安定している。追い上げられていることに対しての焦りは微塵も無かった。この時、道頓堀大武の集中力はかつてないほどに上がっていたのだ。


 「無理したらあかんで、大武」


 そう言ったのは道頓堀大武の父親、土左衛門だった。

 彼は試合中のケガが原因で引退するまではナワリンピックの日本代表だったのだ。

 土左衛門は己の夢を息子に託した。

 それは親の醜く歪んだエゴなのかもしれない。だが、厳しいトレーニングの大武は縄跳びの素晴らしさを理解してくれたのだ。

 ゆえにここで選手生命に関わるようなケガだけはしてもらいたくなかったのだ。

 土左衛門は動かなくなった己の左脚に手を当てる。

 お前はこんな風になってはいけない、と強く思うのであった。


 「余計な心配はすんな、おとん。わいはこいつを倒して最強のジャンパーになる。だから安心して見てくれや!」


 道頓堀大武には二つの野望があった。

 一つは父親から引き継いだ技術で世界最強のジャンパーになること。

 そして、もう一つは父親に怪我をさせたジャンパーを倒すことだった。

 その男はジャンパー協会によって既に追放処分を受けているが未だにトップジャンパーたちから地球最強のジャンパーとして恐れられているらしい。


 道頓堀はその男と戦い唯一無事だった男、現ナワリンピックの覇者であるピエール・ド・ボンジュールからある情報を聞いていた。その情報とは実にシンプルなものであった。


 「もしもキミが世界最強のジャンパーと戦うつもりなら、ナワリンピックで優勝することが必須条件だ。ヤツは常に強者に飢えている。いや、強いジャンパーを潰すことだけがヤツにとっての縄跳びなのだろう」


 そう語った後にピエールは恐怖で震えていた。

 ピエールは彼自身が流した血で染まった競技場のことを思い出していたのである。

 あの時は、立ち上がる気力さえ無かった。

 そして、頭上には弱者を哄笑する地球最強のジャンパーの姿が記憶に残っている。あれは人ではない。人の姿をしたけだものだ。


 「おおきに、ピエールはん」


 過去の恐怖を思い出してすっかり委縮してしまったピエールの肩を叩く道頓堀。

 だが、これで覚悟は決まった。

 道頓堀大武は四年に一度南極大陸で開かれるナワリンピックの頂点に立ち、地球最強のジャンパーを倒すことだけを生きる目標とするのだ。以上、回想終わり。


 「これで最後や名和くん。わいの最終奥義、真・大阪名物炎の通天閣タイフーンを見せたる」


 キラキラリーン!

 道頓堀大武の目に宿った神々しい輝き、それは死を覚悟した男の目であった。

 この大望が果たせぬなら、己が生きる理由など有りはしない。

 たとえ勝利と引き換えに命を失うことになったとしてもここで負けては意味がないのだから!

 道頓堀の肩や背中から炎と煙が上がっていた。

 彼は大阪人として「マジか!?」とか「熱っ!!」というリアクションを見せたかったが場の空気を読んで我慢していた。


 「やばっ!これで負けたら洒落にならんわっ!」


 そして、大阪魂が炸裂した。


 「真・大阪名物炎の通天閣タイフーンだって!!まだそんなすごい必殺技があったのか!!!流石は道頓堀大武さんっ!!!」


 一方、名和鳶益は聖奥義を使った反動でかなり消耗していた。

 いつもの太陽のような笑顔に翳りが生じている。

 相手との圧倒的な実力差で幾分かの弱気は仕方なかろうが縄跳びのスピードだけは速度を落とさないようにしていた。

 今は少しでも体力の浪費を抑えて回復しなければならない時だった。

 しかし、道頓堀はたこ焼きサンダーボルトという大技を出した後なのにも関わらずさらに爆熱ばくあつな最強奥義を出そうとしているのだ。

 ここで小利口に立ち回ることがジャンパーとして正しいことなのか。

 名和は自分に声援を送るチームメイトたちの姿を見た。


 病院の手違いでロボットに改造されてしまった細霧キャプテン。


 かつて最大のライバルだった浦見肉蔵。


 縄跳びに関しては全くの素人だが誰よりも部員たちを理解してくれる恩師父島ちちじま母男ははお先生。


 実は野球の方が大好きな早杉宗太郎先輩。


 名和が淡い想い寄せている縄跳び部の紅一点のマネージャー兼選手、佐々ささき一花子いかこ


 こんな素晴らしい仲間たちを裏切ることなど出来ない。


 「燃えろ、わいの肉体。燃えて燃えて炎の化身となるんや」


 道頓堀の肉体は内なるプラーナの暴走によって炎に包まれた。

 そして、そのまま縄跳びを始めた。

 炎の力でパワーアップした道頓堀は想定以上のスピードで跳び続ける。


 「ノォォォ。アンビリィィーバボォォ。エクスタシィィィィ。コレハマッタクリカイフノーデェェェス」


 アンディ・ユニオンジャックは再び呻いた。

 理論上、炎と一体化した道頓堀は物理的拘束である重さを失ったことになる。

 そこから縄跳びを始めれば彼は一切の空気抵抗に阻まれること無く競技を続行することができるのだ。

 何というテクニックとインテリジェンス。

 東洋の島国にすぎない日本ジャパンの縄跳びはここまでの境地に辿り着いていたのか。

 アンディは悔恨と羨望のあまり涙を流していた。


 「ドートンボリー、ユーナラカナラズヴィクトリーデキル!コレホドノスピリットヲモッテイルジャンパーガルーズスルワケガナッシング!レッツスタンダップトゥザヴィクトリー!」


 アンディ・ユニオンジャックは強敵の揺るがぬ勝利を願った。

 

 道頓堀大武、どうかこの勝負に勝ってくれ。

 そして、今度はナワリンピックという大舞台で自分と戦ってくれ。


 炎に包まれながらも懸命に飛び続ける道頓堀大武に向かってエールを送り続けるアンディ・ユニオンジャックだった。

 そして、魂と魂は共鳴し二人の想いは確かに伝わった。

 かつてのライバルの応援が道頓堀の魂をさらに熱く燃やす。

 ここに来て”炎を纏った魂は通常の魂の二百倍のエネルギーを得る”という古の聖人、聖プリンメロンによる学説が実証されるという結果に至ったのである。


 おそるべし友情パワー!!


 物理法則という目に見えない拘束から解き放たれた道頓堀はグリップを握りしめながらさらに加速する。 彼の縄跳びは音や光を超えて今ここで神の領域へと達したのだ。

 もしもたとえ自分の肉体が消し炭になったとしても後悔はしない。

 この戦いに勝つことはそれだけの価値があるのだから。

 道頓堀大武は自ずから踏み込んだ神の領域を超える為に速度を上げた。

 光と神を超えたそれはまさしく魔破マッハと呼ぶにふさわしい速度に達していた。


 「なんてすごい人なんだ、道頓堀さん。こうなれば僕も本気を出さなければならない。


 シュゥゥゥーン。


 何かの機械が停止する音が響く。


 ゴトン、ゴトンッ。かなりの重量を有する金属の塊が地面に転がった。

 否これは何かの機械だった。その機械の表面には「超日本科学研究所」というロゴが貼ってある。

 そこには”これは重力を意図的に発生させて普段より身体が重く感じられる機械です”と書かれていた。ついに名和はユニフォームの内側に仕込んだ重力発生装置を外したのだ。


 「名和くん。キミはルーキーのくせにわいに対してずいぶん舐めたまねをしてくれたやないけ。それで一体どれくらいのハンデをつけて今までわいと勝負しておったんじゃ。はよ言ってみんかい!」


 道頓堀は怒りを顕わにして叫んだ。


 屈辱だった。

 自分は今の今までついこの前に縄跳びを始めたばかりのひよっこに気遣われていたのだ。


 「やはり気がついていましたか。左様、今までは地球の百倍の重力の惑星と同じ設定でした。本当に御免なさい、道頓堀さん。でも僕は本当に貴方を殺したくなかった。だからこうして実力を隠しながら戦っていたんだ。だけどそれは間違った行為だった。全力で向かってくる相手には全力で答えるのが礼儀というもの」


 名和の動きを制限していた重力が崩壊し、彼の背中から金色の闘気オーラが現れた。

 それと同時に名和の瞳の色は金に変わっていた。シシマールと細霧、浦見は今の名和の姿を知っていた。

 そうこれが名和鳶益の真のバトルスタイルであるゴッドフェニックス形態モードだ。

 名和は背中から生えた十枚の翼を羽ばたかせ、炎の化身とかした道頓堀に挑んだ。


 「行くぞ、道頓堀さん。これが大会前の秘密の猛特訓で編み出した新聖奥義、暁のスーパーノヴァ天元無双飛翔縄跳びの舞だッ!」


 名和の背中から発していた闘気が次々と翼を持つ天使の姿に変わる。

 天使の両手には縄跳びが握られていた。

 まさかこのまま名和の召喚した天使の軍勢がいっせいに縄跳びを始めるというのか。

 それはルール的に許されるものなのか!?そこのところはどうなんだ、審判の人っ!


 「続行!!」


 審判はルールブックを確認するまでもなく試合を続けるように指示を下した。


 観衆は審判の神がかったジャッジに沸いた。


 かくして名和は天使の軍勢を率いて縄跳びを始める。

 ピッ!ピッ!ピッ!

 名和の吹くホイッスルに応じて天使たちは規則正しく跳ぶ。

 もちろん名和もちゃんと跳んでいるから安心してくれ。


 「俺たちも名和くんの為に跳ぶっすよ。縄跳びは他人と競う為にするもんじゃないっすよ。それを道頓堀くんに教えてやるっすよ」


 細霧はマイ縄跳びを出して、跳んだ。

 果たしてロボットの縄跳びを運動と呼んで良いものかというツッコミは受け付けない。

 細霧の言葉に感動した浦見もまたスポーツバックからマイ縄跳びを取り出した。


 「細霧。俺も一緒に跳んでいいか?」


 浦見は正直、迷っていた。彼は卑劣な手段を使って細霧を殺害一歩手前まで追いやってしまった。正直なところ目の前にいるロボットが細霧当人なのかどうかはわからない。

 今の自分に縄跳びを始めたあの頃と同じ気持ちで誰かと一緒に跳ぶことが許されるのか、という気持ちがあったからである。


 「もちのろんっすよ、浦見くん。僕らはもう友達じゃあないっすか。さあ他のみんなもあの空にいる羽の生えた人たちみたいに元気に跳んでみるっすよ」


 「細霧、ゴメン。俺この大会が終わったら警察に行って自首するよ。それで綺麗な体になって戻ってきたらその時は今度こそ俺をお前たちの本当の仲間にしてくれ!」


 「もちのろんっす!」


 涙を流しながら握手を交わす細霧木谷別と浦見肉蔵。


 この時殺人と暴行の罪で浦見を逮捕する為に会場の入り口で同行を見守っていた警察官たちは逮捕を踏みとどまった。


 今の浦見なら逃走することはないだろう。

 

 そう判断したためである。


 だがこの後に浦見は警官たちの隙をついて逃走した挙句にハワイまで泳いで逃げきるのだがそれらは全て現場で指揮を取っていた落合刑事の責任になるのであった。その後、警察を辞めさせられて復讐鬼と化した落合刑事と浦見がオーストラリアのエアーズロックで縄跳び勝負をするのだがそれはまた別の話である。


 それから俺たちも細霧と浦見に続け!と言わんばかりに会場のジャンパーたちは縄跳びを始めた。


 アンディ・ユニオンジャックは得意のヴィクトリア朝跳びを披露し、シシマールはリオデジャネイロスペシャルを繰り出す。

 それらは競技に囚われない純粋に楽しさだけを追求した縄跳びだった。

 だが、道頓堀はそんな彼らの姿を目の当たりにしても決してぶれることはなかった。


 この一跳びに父の無念を。

 

 この一跳びに己の未来を。


 己の持ちうるもの全てを費やし跳び続ける道頓堀大武の姿は修羅そのものだった。


 「わいは間違ってあらへん!楽しいだけの縄跳びではナワリンピックには出られへんのや!おとんの為に、わい自身の為にわいは跳び続けるしかないんや!」


 道頓堀は火力をさらに跳び続けた。

 たとえこの場で勝利しても道頓堀は生きてはいまい。

 

 危ない。もしかすると道頓堀さんは死を覚悟して跳んでいるのでは?

 

 道頓堀大武の身を心配して名和鳶益は叫んだのであった。


 「このわからず屋ッ!どうしてみんなの気持ちがわからないんだ!縄跳びは人と人が競い合う為にやるもんじゃないッッ!!!みんなで楽しくジャンプする為にやるんだ!」


 名和の発言に対して天使の軍勢が何か言いたそうな素振りを見せたが、名和の一睨みで沈黙した。

 名和はさらに回転力を高める。

 

 今、道頓堀に伝えなければならない。


 縄跳びの本当の素晴らしさを。


 人は一人では生きていけない、ということを。


 「だからッ!だから僕はどこまでも跳ぶんだッ!!道頓堀さん、気がついてくれッ!初めて縄跳びをした時の楽しさを思い出してくれ!」

 名和の悲痛な叫びが会場に木霊する。


次回で最後です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ