もしもキミになれるなら!
「何でも出来て良いね」とよく言われるけれど、そんな事はないと大声で否定してやりたい。何でも出来るなんてあまり嬉しくない。勿論そんな心情を吐露すれば、オレは即座に糾弾されて、贅沢だと罵られるんだろうけど。
才能があれば幸せ、天才なら幸せなんて、所詮隣の芝生なんだ。其れを言ったらオレが才能なんていらない、って思うのも隣の芝生なのかもしれない。
そういうのが分かっているから、オレは否定せずに黙って、其の言葉を聞いている。
才能なんていらないとは思っていても、其れでも成績は常に上位をキープ。運動神経も抜群で、部活には無所属ながら何処のレギュラーにも負けないという自負と、事実として其の実績がある。
自分で言うとナルシストも甚だしいが、オレが歩けば其の後から功績がぽんぽん出来上がっていった。
だけど、オレが勝てない相手は1人だけ居る。
オレが成績に於いて譲らないのが“上位”であるのなら、“常にトップを譲らない”ヤツが1人。
「麗陽は相変らず頭良いよねぇ」
「……いや、お前も悪くないだろ。つーか世間一般の尺度で語れば良いだろ。優秀だろ。相手がオレじゃなかったら殴られても文句言えない台詞だぞ?」
其処迄口には出さなかったけれど、如何にも自分は頭が悪くて参っています、と言わんばかりに感心してみれば、麗陽は見事に其れを見抜いて、半ば呆れた様に、半ば冗談めかして笑いながら。そして本気でオレを案じて窘めてくれる。
麗陽は友人の贔屓目とか無しに、よく出来た男だと思う。
人を想う事を知っている。
誰かを気遣う事が出来る。
頭の良さを鼻に掛けず、かと言って謙遜もしないし、本当に頭が良い人の常として教え方も上手いらしい。「らしい」と言うのは、相手が麗陽であっても教えを請う程の出来ではないオレが、いくら友人とは言え“麗陽先生”になってもらった事はないからだ。
そんな麗陽の周囲に人が集まるのは自然な事。対して何でも出来過ぎるオレは遠巻きに見つめられるのもまた、自然な事だった。
……確かにオレは、麗陽みたく性格が良いって言うか、人当たりが良くもないから避けられて当然で、仕方ない事だろうけど。
「麗陽が羨ましいなぁ」
「そうか?オレは勉強しか能がないけど、お前は何でも出来るじゃねぇか。元気一杯に駆け回れるのは、オレの方が羨みたいよ」
肩を竦めて麗陽は言う。
其の肩は異様に細いし、肩だけじゃなくて全体的に線が細い。顔も白いし。
整った顔も相俟って儚げな美少年、って感じだ。まあ実際麗陽は儚いというか、体が弱いから、激しい運動は自重してるんだけど。
麗陽の言う通り、世間から見れば何ら制約なく動き回れる上、元気一杯と言わんばかりのオレが恵まれているんだろう。小さい頃から病気と言ったら風邪、怪我と言ったら擦り傷が精々だったし。
「でもオレは麗陽になりたい」
「退屈な体育の時間を合法的にサボタージュしてぇの?」
「確かに其れはあるけど」
麗陽は何時如何なる時にも友人に囲まれている。楽しそうにしている。
オレに其れが出来ないのは自業自得。そうしてるつもりがなくても、結局何処かでオレはオレに出来る事を出来ない周囲を見下しているんだろうから。
抑えている筈の反論が、何処かできっと漏れ出てるだろうから。
其れ位の自覚はあるし、そんなオレから友達が離れていくなんて火を見るより明らかだって分かっている。
離れていかないのはオレにコンプレックスを抱える必要の無い麗陽くらいだ。
「麗陽の周囲に人が居るのが羨ましいよ」
「だったらお前も少しは愛想よく振舞えば良いんじゃねぇの?」
「其れは無理」
「我が儘だな、月夜は」
麗陽は他に人に囲まれているのに、オレには麗陽だけ。
麗陽には他に友人と呼べる存在が居る。其れこそごまんと。
狡いとは思わない。其れは麗陽の性分が成した事で、麗陽もきっと努力しているから。其れでもつい、羨んでしまう。
「オレはアンタになりたいよ、麗陽」
「其れ程羨む身の上でもねぇぞ?」
知ってる。
体が弱いから大変な事も。
気持ちが分かるとは言えないけど、大変さは推測くらいは出来るから。
其れでも麗陽になりたい。
1日だけでも良い。寧ろ、1日だけが良い。
麗陽になって、麗陽の大変さを親身になって分かってやりたい。
そうすれば持っている医療知識も生かせて、麗陽の役に立てるから。
其れに何より、麗陽になって、でも性格はオレのまま、精一杯感じ悪く振舞ってやるのだ。麗陽が今迄築き上げて、大切にしている物全部、壊すくらいに。
そうすれば月夜に戻った時、オレが麗陽1人の友達になっている。
名実共に唯一の親友に。
麗陽の友達をオレだけにしたい。だから、だからオレは麗陽になりたいなんて。そんな、いくら友人でも、いくら麗陽でも流石に軽蔑されるだろう本心は飲み込んで。
「其れでもさぁ、麗陽になりたいなぁって思うんだよねぇ」
オレは明るく笑って、誤魔化した。
※
唯一無二の親友なんて言葉がある。
でもオレは浅ましくも、友好関係を只管に伸ばそうとしている。いたずらに、とも言えるかもしれない。
誰を切ることも出来ない。示してくれた好意切り離すのも怖かった。
こんな部分を、誰かに見られるワケにはいかない。オレの席に頬杖着いて、他の人間に聞かれれば怒られそうな事をつらつら述べている、月夜には尚更。
「麗陽になりたいんだよねぇ」
月夜は其れを口癖の様に言う。
確かに月夜の成績は上位をキープ。オレはトップをキープ。似ている様で大きく異なっているから、其れを羨む気持ちは理解出来なくもない。
しかしあくまで同率1位であっても月夜はトップを狙える実力者で、わざわざオレになりたいと思う必要はないだろう。
そもそもオレは体の弱さから満足に運動は出来ず、体育は見学。無論、月夜の様な運動神経など持ち合わせていよう筈もなく。
オレに変わっても月夜は寧ろ、スペック的にダウンすると思う。
それに、オレは。
オレは、月夜になりたい。
月夜が自分を羨ましがられる事を嫌っているのを知っている。才能を邪魔だとさえ思っている事も。
だから月夜の前では口が裂けても言えない。でもオレは月夜になりたいのだ。
其れは彼の、オレにはない才能に焦がれての事じゃない。
別段運動をしてみたいと思うなら、対象は月夜でなくても構わない。そもそも其処迄運動に魅力を感じた事はないし。
オレは、そう。誰も切れないから。いらない好意さえも切れないから。だから。
だから、まるで本当に大切な人を適当に扱っていないか、不安でならないのだ。
大切な人に、お前だけなんだと、唯一無二の親友なんだと伝わっていない様に思えてしまうのだ。
だからこそ、要らない好意を斬り捨てられる月夜になりたい。もっとも実際月夜になってしまったら、麗陽の人間関係が切れないから意味がない。
正確に言えば、月夜の様になりたいのだ。
月夜の様に要らぬものを要らぬと斬り捨てられれば、オレの人間関係は月夜だけで完結する。名実共に月夜が唯一無二の親友。
月夜にも誤解なく伝わるだろう。
其れでもそんな浅ましいオレを、汚いオレを此の唯一無二の親友に晒す勇気もないから。
オレは月夜が笑って紡いだ口癖に本心を呑みこんで、同じく笑顔を返すのだ。