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Jailbreak  作者: 宮沢弘
第二章: 揺りかご
7/15

2−2: 揺りかご2

 年が明けて3月。また番組が放映された。

 ドキュメントでは、温暖化が治まる傾向が取り上げられていた。平均気温の上昇、年間の気温の分散、それらが治まる傾向が解説された。暴風雨、台風、ハリケーンの規模の増加が治まる傾向が解説された。

「これらは、各国、企業、個人の英知の結集である法律と英知の結果と言えるでしょう。これは、資源とエネルギーの問題が解決に向かっているのにとどまらず、あるいはその結果として、温暖化の問題も解決に向かっています」

 ドキュメントはそう締め括っていた。

 カメラはスタジオに戻った。これまでもたびたび出演していた政治問題評論家、環境問題評論家、経済学部教授、文学部教授、工学部教授が映った。担当者は代わっていたものの政策関係者も、そこにいた。

「温暖化への対応という、思わぬ結果をも得られました。この点について補足などありましたら」

 カメラは政策関係者に切り替えられた。

「いえ。予想できなかったわけではありませんよ。それも法律が目的としたものの一部です」

「というと?」

 一回カメラは司会をとらえ、また政策関係者へと戻った。

「温室効果をもたらす物質はいろいろありますが、まず二酸化炭素が問題となっていました」

 カメラが引き、政策関係者の右肩の上に、過去三百年の大気中の二酸化炭素の量を示すグラフが現われた。この四年ほど、それは減少の傾向があるように見えた。

「ご存知のとおり、地下に蓄えられていた二酸化炭素が、燃料を燃やすことで空気中に放出されたことが、空気中の二酸化炭素の量を増やす主な要因でした」

 右肩の映像が、砂漠の太陽光発電プラントのものに切り替わった。

「このように、緑化プロジェクトが大規模に行なわれていることにより、カーボンニュートラルが現実のものとなりつつあることがまず挙げられます。また、それだけではなく同プロジェクトによって、単にカーボンニュートラルになるだけではなく、これまでの増加分の吸収という効果も得られています」

 右肩の映像が海洋温度差発電プラントに切り替わった。

「もちろん、化石燃料などによる二酸化炭素の放出が抑えられるようになったことも、関係しています」

 カメラが司会に移った。

「なるほど。これも想定しての各国での立法だったわけですね」

 政策関係者にカメラが戻った。政策関係者は悠々とうなずいていた。

「それでは、事前にご意見をいただいていた先生から、どうぞ」

 司会の声に従い、カメラは工学部教授を映し出した。

「ありがとうございます」

 工学部教授は、そう挨拶をした。

「さて、二酸化炭素量の減少が認められる点については、そのとおりなのでしょう」

 そう言い、工学部教授は政策関係者に笑みを浮かべた。

「そこで問題になるのが、地球の熱収支です」

「熱収支?」

 環境問題評論家の声が割り込んだ。

「太陽から地球が受け取る熱を100としましょう。ここで、地表からの熱の反射が100に対して9程度です。さて、この9がある時点で2%増え、それからも前年比で2%ずつ増えたとします」

「ちょっといいですか?」

 環境問題評論家の声に、カメラが彼女をとらえた。

「100に対して9にすぎないのに、さらにその2%ですか?」

 カメラが引き、出演者全員を収めた。

「ええ、そのとおり。100に対しての9、9に対しての2%です。100に対して言えば0.18ですね」

「そんな数字など……」

「まぁそう言われてもかまいませんが。さて、その率で変化した場合、地球が受け取る熱はどうなるでしょうか」

 カメラが工学部教授を向き、彼の右肩の上にパネル様の部分が現われた。

「10年を考えてみましょう。地表から反射される熱はどれくらいになるか」

 パネルに「10年後: 1.22」と表示された。

「1.02が1.22になる」

 パネルの下に別の枠が取られ、そこに環境問題評論家が映し出された

「0.2の違いがどうしたんですか?」

「年利が複利で2%って怖いと思いませんか?」

 工学部教授はそう言って笑った。

「それはともかく、10年後には地表での反射が10.97になります」

 右肩のパネルに「9⇒10.97」と表示された。

 パネルの下には政策関係者が苦笑いが映し出されていた。

「さて、ではその10年でどれほどの熱が反射されるでしょうか」

 パネルの下の政策関係者が言った。

「別に二倍になっているわけでもなし」

「10年で、100に対しての10.52ほど余計に反射されています」

「言うなら、1,000に対しての10.52ですか?」

 政策関係者が言った。

「えぇ。たったそれだけです」

 パネルの下の映像が笑みを浮かべた政治問題評論家に切り替わった。

「そんな数をだされてもねぇ。どんな影響があるというんですか?」

「では、それに応じて海洋・地表での熱の吸収がどうなるかを考えてみましょう。反射にせよ吸収にせよ、表面に到達する熱ですから、反射の割合が変われば吸収の割合も変わります」

 右肩のパネルに「49」と表示された。

「これが基準となる値です。10年経つとどうなるか」

 パネルの内容が「49⇒40.2」と変わった。

「これは10年後の場合ですが。その10年で減った吸収されるはずだった熱はどうなるか見てみましょう」

 パネルの内容が「49.85」と変わった。

 パネルの下には文学部教授が映っていた。

「1年の49というのに近いですが、吸収される熱が少し増えるということですか?」

「いや、10年の間に49に加えて吸収されるはずだった熱です。反射が増えた分と、吸収が減った分を足してみましょう」

 パネルには「60.37」と表示された。

「すると、海洋・地表が吸収するはずだったが吸収されなかった熱が、10年で1年分ほどになるということですか」

「えぇ。さて、それで話は終わりません。吸収される熱が減ると、地表面からの放射、地表面から大気の対流、それらを受けての大気から地表への放射にも影響が出ます。結局それらに海洋・地上が吸収するはずだった1年分ほどの熱が失なわれていることになります。そして……」

 パネルには「59.68」と表示された。

「10年間で宇宙に放出されるはずだった熱はこれだけ減ります」

 右下の映像が環境問題評論家に切り替わった。

「宇宙に出て行く分も同じくらい減っているなら、問題はないでしょう?」

「いや、そうじゃないんですよ。ただ減ったなら、温暖化が治まる傾向と言ってもいいでしょう。ですがこの場合、入ってくる分が減り、それに応じて出ていく分も減っている」

「それでも均衡しているなら問題はないでしょう?」

「まぁ、あなたが、収入が減ったなら支出を減らせばいいと言うなら、そのとおり。そうだとして、では収入が減る前の生活水準を維持できますか?」

 右下の映像が文学部教授に切り替わった。

「その例で言うと、太陽光パネルの設置によって、寒冷化に向かっていると?」

「かもしれません。大気中の二酸化炭素の減少とあいまってね」

「温暖化が治まる傾向は、カーボンニュートラルに向かっているからだけではないと?」

「そうなのかもしれません。ちょっと別の例も見てみましょう」

 右肩の上のパネルに赤から青に彩られた地球が現われた。

「これは気温ですが。赤道付近と両極付近の間の気温の差が広がっています」

 環境問題評論家に右下の映像が切り替わった。

「それも温暖化が治まる傾向なのでは?」

「それはもちろんそうなのですが、空気の対流が弱くなっているという資料もあります。原因として考えられるのは、おわかりですね?」

 右肩の地球の映像がすこし変わった。

「これは海水温のものです。やはり赤道付近と両極付近の間の水温の差が広がっています。ただ、これはすこしばかり複雑です」

 右肩の映像が海洋温度差発電プラントに切り替わった。

「これは、上層の熱を下層に送るのが原理です。そのため赤道近くの上層の水温が下がり、海流が弱まったため、両極近くに熱が送られなくなっている。これはまた、空気の動きにも関係しています」

「それも温暖化が治まる傾向なのでは?」

 右下から環境問題評論家が言った。

「さて、どうでしょう。ただ、現在言えるのは、環境の熱交換のシステムが変わりつつあるということです。場合によっては熱が送られず、場合によっては温めている」

「では、温暖化がそのまま進んだ方がいいとおっしゃるのですか?」

「さて、それはわからない。ただ、再生可能エネルギーと言っても、それはエネルギーを取り出しているということだ。そして再生可能エネルギーがエネルギーの供給源として期待している太陽からの熱をすこしばかり多く反射してしまっているということ」

「温暖化が進むよりましだと思いますが? 私もいわゆるレベルI文明という話は知っています。先生からお聞きしましたしね。そこに向けて人類は発展しています。それは否定できないと思いますが?」

「あぁ、それはそうとも言えるでしょう。ですが、それを語るなら、これまでの人類の文明からレベルII文明の間に明確な境界線はあるのかを議論しなければなりません」

 右下の映像が政策関係者に切り替わった。

「今、ちょっと見てみたのですが、定義から考えて明確な境界線があるかと思いますね。先生が以前からおっしゃっているダイソン・スフィアというのもこちらで出てきましたよ。こんなものを見るだけで、レベルIとレベルIIの間には大きな乖離があることがわかる。現在、人類がレベルI文明に向かっているとしても、これはちょっとねぇ」

「ではこう考えてみてください。地球の環境は維持したい。だとするなら地球そのものの熱収支は0でなければならない。極端に言えば、地上では余分な熱が発生してはいけない。熱が減ってもいけない。だとしたら、地上で使う熱となるエネルギーはどこから持ってくるのか。地球外から持って来て、地球外の出すしかない」

「それは太陽から熱を得ているのとどう違うんですか?」

 政策関係者は笑みを浮かべながら言った。

「同じですよ。ただ違うのは、太陽から得る熱も含めて、地球の熱収支が0でないといけないということです。現状、再生可能エネルギーと呼ばれているが、元来であれば地球の熱収支が0になるためのエネルギーをかすめとっているわけです。地球の熱収支が0でないといけないという条件に合わない。それが問題なんです」

 カメラが引き、出演者全員が映し出された。政治問題評論家、環境問題評論家、経済学部教授、政策関係者は苦笑いを浮かべ、首を振り、額に手を当てていた。その中で、文学部教授は右手を顎に当てていた。


補: 熱収支については、NHK Eテレの「高校講座|地学基礎」の資料を用いています。


補: 計算をミスッてるかもしれません。申し分けありません。


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