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Jailbreak  作者: 宮沢弘
第一章: 55年め
5/15

1−5: 限界5

 五月、その年の二回めの放送があった。

 番組は、司会、政治問題評論家、環境問題評論家、経済学部教授、文学部教授、工学部教授の紹介から、ドキュメントに移った。

 ドキュメントでは、前回に続いて再生可能エネルギーの有効性が主な内容だった。それに付け加えるように、宇宙開発の費用の多さ、その費用から回収できるものの少なさに触れられていた。

 そしてカメラはスタジオに戻った。

「先の放送で、先生がおっしゃった解決策は宇宙にあるという点を検証させていただいた内容となっています」

 司会は工学部教授に顔を向けて言った。

「資源を宇宙から持ってくると言っても、コストがかかりすぎますよ。現実的とは言えませんね」

 経済学部教授が、それを見て言った。

「そもそもなんですが、宇宙に手を出せば問題が解決するという考えがどうなんでしょう?」

 環境問題評論家がそれに続いた。

「このように、先生のおっしゃった宇宙開発は、その、意味がないと証明されたわけですが……」

 司会は他の四人を見渡して、続けた。

「どう思われますか?」

「いえ? どうとも。それよりも証明と言われましたが、何がどう証明されたのかを説明してもらえると助かりますが」

 司会、政治問題評論家、文学部教授は工学部教授を見た。経済学部教授と環境問題評論家は、もう隠そうともせず笑っていた。

「先生……」

 笑いながら経済学部教授は言った。

「正の数と、負の数はおわかりですよね?」

「えぇ。わかりますね……」

 工学部教授は答えた。

「現在のエネルギー使用量と、埋蔵されている燃料がなくなった場合。それも正の数と負の数の話ですね……」

 一同を見渡してから続けた。

「それに、資源しても一々地球からロケットを打ち上げる前提での計算になっている。しかも、火星軌道の向こうまで取りに行く前提での計算になっている。わかりますか?」

「そういうドキュメントでしたね……」

 司会が応えた。

「それがどういう関係があるのでしょうか?」

「いや、ちょっと待ってください……」

 工学部教授はまた一同を見渡した。

「本当にわからないんですか?」

 工学部教授はもう一度、一同を見渡した。司会も含め他の五人は笑みを浮かべ、あるいはうつむき加減で首を振っていた。

「では、まず資源についてですが。皆さんはもちろん、地球の第二の月と呼ばれることもある地球近傍小惑星クルースンはご存知ですよね?」

「ク…… 何ですって?」

 環境問題評論家が訊ねた。

「地球近傍小惑星クルースンです」

 工学部教授は繰り返した。

「はぁ…… それが何か?」

 経済学部教授が訊ねた。

「なに、大したことじゃない。そういう資源が近くにあるということです。正確に言うなら、2,000個近い地球近傍小惑星がある。より小さいものも数えればいくつあるやら」

「それでも地球からロケットを打ち上げなければならないことに変わりはありませんよね?」

 環境問題評論家が訊ねた。

「そうですね」

 工学部教授が答えた。

「でしたら、問題は何も変わっていないのでは?」

 環境問題評論家はさらに訊ねた。

「あぁ、これを説明しても、2,000個のロケットを打ち上げるという前提は変わりませんか?」

 工学部教授は訊ねた。

「それ以外の方法などないでしょう?」

 経済学部教授が訊ねた。

「なるほど、なるほど。では現在私たちが持っているものを確認してみましょう」

 そう言って工学部教授は一同を見渡した。

「資源は宇宙にある。ロケットがある。多用な形態のロボットがある。人工知能がある。太陽電池がある。電波がある。EMドライブがある。えーと、これで充分かな?」

「あぁ、なるほど……」

 文学部教授が言った。

「つまり打ち上げるロケットは少なくてもいい。宇宙で自己増殖して、それで資源を地球に送ればいい。そういうことですか?」

「そうそう。そのとおり。個人的には月とクルースンは取っておきたいところですが」

 工学部教授は文学部教授を見て笑みを浮かべた。

「では、仮にそれができたとしましょう。すると資源はどうにかなるかもしれない。ですが先生が言われているエネルギーについてはどうなります?」

 文学部教授が訊ねた。

「それにも答えたつもりでしたが?」

 一同は顔を覗きあった。

「地球の衛星軌道に発電ステーションを作る。そこからさらに広げ給電ステーションを配置していく。ダイソン・スフィアの最初期の形態ですね」

「ダイ……?」

 政治問題評論家が訊ねた。

「ダイソン・スフィアです」

「あのねぇ、先生。そういうので煙にまこうとしても無理ですよ。ここにいらっしゃる皆さんは賢いですから、ごまかされません」

 経済学部教授が笑いながら言った。

「なるほど。では、視聴なさっている皆さんは賢くないから、これまでのドキュメントでごまかせると?」

「そんな話をしているのではありませんよ」

「まぁまぁ、先生。ご主張はわかりますがね。物理・宇宙関係の予算はなし。それを途上国などへの援助に回す。そして、地球上だけでやっていける。これはもう決まったことです。仮に先生のご主張に妥当性があったとしても、決まったことは守る。そうでないとね」

 政治問題評論家が割り込んだ。

「前回、先生は毒杯とおっしゃいましたね。ソクラテスの逸話ですよね? 今、必要なのは、毒杯をあおるかどうかではなく、これが毒杯だったとしても、毒杯をあおった精神なのではありませんか?」

 文学部教授がさらに割り込んだ。

 その言葉に、工学部教授は文学部教授を見た。

「あなたとはやはり議論できるのかもしれませんね。ですが、今はまぁいいでしょう。警告と対案は述べましたから」

 司会は一同を見渡した。

「それでは、先生からの対案もいただいたところで、時間になったようです。資源やエネルギーは明日解決できるという問題ではありませんが、地球規模で協力し、助け合うことで、永続できる社会を作っていきましょう」


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