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Jailbreak  作者: 宮沢弘
第一章: 55年め
4/15

1−4: 限界4

 年が明けて三月、問題についてのその年の最初の放送があった。

 番組の始まりには、司会者と、政治問題評論家、環境問題評論家、経済学部教授、文学部教授、工学部教授の紹介があった。

 続いて、再生可能エネルギーに関するドキュメントが45分放送された。それは、再生可能エネルギーに前面転換しても問題はないというものだった。

 そしてカメラはスタジオに戻った。

「この参加者での放送も四回めですが。放送からしばらくはネットで話題にもなり、またのあとも継続的に一定の話題になっているようです。そこでちょとこちらをご覧ください」

 カメラが引き、司会の左が空いた。そこに、ワードクラウドが表示された。そのワードクラウドはゴミゴミとしており、数十の単語が入っていた。ワードクラウド全体の右下には1,947,606という数字が小さく、淡い青色で表示されていた。ともすれば、背景にまぎれてしまう表示だった。

 司会は映し出される映像に現れている左側と机の上を交互に、それ以外の並んでいる人は机の上に目を落とした。

 表示されたワードクラウドで大きく表示されたのは「工学部教授」という言葉だった。

 司会者は左に目をやった。

「先生のお話はやはり話題になったようですね」

 そして、笑みを浮かべてそう言った。

「さて、とは言え、これでは個別の話題が見え難いので、先生の表示を消させていただきます」

 司会が机の上で操作をすると、「工学部教授」という言葉から繋がった何本もの線も一緒に引っぱられて伸びた。そして「工学部教授」という言葉が消えると、そこから伸びていた線と、その線が繋がっていたいくつもの言葉も一緒に消えた。

 残ったのは、いくつかの小さなワードクラウドだった。その中でも大きいワードクラウドの中心には、「これで大丈夫」、「地球を大切に」、「命の揺りかご」とあった。ワードクラウド全体の右下には、309,556という表示があった。

 司会は机の上に目をやり、それから左側に顔を向けた。

「先程の、先生についての言及を除くと、地球規模のリサイクルおよび再生可能エネルギー法案は支持を集めているようですね」

 工学部教授を除く四人はうなずいていた。

「ちょっといいですか?」

 工学部教授が手を挙げた。

「この右下の数字はなんなのかな?」

「右下、ですか?」

 司会は机に目を落とした。

「あぁ、これはサンプルにした記事などの総数ですね」

「すると、これで30万件程度だ。それじゃぁ、元のものに戻してもらえるかな?」

「先生の件が入っていたワードクラウドですか? それでは、そちらに戻してもらえますか?」

 表示されるワードクラウドは最初のものに戻った。

「さてと、ここでは190万件ということのようだ。そうすると、消えた160万件が気になるところだが……」

「先生の件を除いたのは、こう言ってよろしければ先生への配慮と思っていただければ」

 工学部教授は右手を振って言った。

「そういう配慮はいらない。消えた160万件のワードクラウドを表示してもらえるかな?」

 司会がうなずくと新しいワードクラウドが現われた。その中央には「工学部教授」とあり、ワードクラウド全体の右下には1,638,050と表示されていた。「工学部教授」という言葉の周囲には、「バカ」、「あてにならない」などの言葉を中心とした小さなワードクラウドが表示されていた。

 司会は苦笑いを押し潰し、また政治問題評論家、環境問題評論家、経済学部教授、文学部教授らの漏れる笑い声が聞こえた。

「よしよし」

 工学部教授はそう声を漏らした。

「配慮と言った理由がおわかりいただけましたか?」

 司会が訊ねた。

「なにがかな? さてと、それでは技術部の方々かな? これらを対象に、意見・印象の正反判別を文脈込みでちょちょっとやってみてもらうことは可能かな?」

 司会はカメラの方に顔を向けうなずいた。

「できるそうです」

「じゃぁ、やって、結果を表示してもらおうかな。あぁ、これと、さっきの30万件のユニーク発信者数もついでに」

「この表示で充分なんじゃないですか? ご自身の意見を通そうとするのもわかりますが……」

 環境問題評論家の言葉が終ると同時に、意見・印象の正反判別の結果が表示された。75%は正、つまり同意ないし好印象を示し、残りの25%が反、つまりは悪印象であることが示された。

 続いて、その下にユニーク発信者数が示された。正を示した発信者は10万人程度、反をしめ示した発信者も10万人程度だった。

 さらに、30万件についての発信者数も示された。これも10万人程度だった。

「さてさて」

 工学部教授はポケットから電卓を取り出し、叩いた。

「私に結びついた意見のうち、正のものは一人あたり12件のようだ」

 さらに電卓を叩いた。

「私に結びついた意見のうち、反のものは一人あたり4件のようだ」

 さらに電卓を叩き続けた。

「私に結びついていなかった意見では、一人あたり3件のようだ」

 そこで工学部教授は顔を上げた。

「これをどう見る?」

 司会は他の有識者に目をやった。

「どうもこうも、先生に賛同する人は、他の人より必死だったということでは?」

 環境問題評論家が答えた。

「なるほど、そうとも言える。じゃぁ技術部の方々、反、あるいは私に結びついていなかったものに対しての、正の発信の関係、あるいは性質分析はできるかな?」

 工学部教授はカメラの向こうを見た。

「できる? それはよかった。じゃぁお願いできるかな」

「ご自分の意見を通そうというのもわかりますが……」

 政治問題評論家がそこまで言ったとき、結果が表示された。96%が、「解説、事実、確度の高い推測」に分類され、4%が「感情的」に分類された。

「じゃぁついでに、反のものと、私に結びついていなかった意見の全体での同様の分析を」

 しばらく誰も何も言わなかった。

 表示された結果は72%が「感情的」に分類され、28%が「感想」に分類された。

「さてと、簡単なものだがとりあえずすこしばかりの分析ができた。皆さんのご意見は?」

「つまり、先生のご意見に同意された方々は、こう言ってはなんですが、粘着質だったということでは?」

 文学部教授はそう言い、軽く笑い声を挙げた。

「それに、反の方、そして先生に結びついていない、つまりおそらくは先生のご意見に同意しない方が2/3ですね。結局先生のご意見は多くの方に支持されているとは言えない」

 文学部教授はまた笑った。

「ご自身の意見が受け入れられていることを示そうとなさったのでしょうが、残念なことにそれはできなかったようだ」

 司会は表に現わさなかったものの、他の四人からの笑い声をマイクが拾っていた。

「なるほど。つまりは分析結果の読み方もあやしいということでしょうか」

 四人は顔を見合わせたが、やはり笑い声をマイクが拾っていた。

「資源、エネルギー問題の解決策は宇宙にある。それを捨てることの問題を、私の意見に正と判定された方々は指摘なさっていることでしょう」

「先生、よろしいですか? まだ法案とはいえ、実質的にはすでに決定していることがらですよ? 決めたことには従う。社会の常識ですね。それについてどういうご意見を持つかはご自由ですが、どれだけ馬鹿げたことかご自覚なさった方がよろしいかと」

 政治問題評論家が言った。

「なるほど、なるほど。ですが、私は毒杯はあおらないタイプなんですよ」

 工学部教授は答えた。

「毒杯?」

 一瞬文学部教授の声をマイクが拾った。

「そろそろ時間なのですが。再生可能エネルギーでやっていける。それから…… 前回の放送での工学部教授のご意見は支持されなかった。総括としてはよろしいでしょうか」

 工学部教授を除く四人はうなずいていた。工学部教授は、楽しそうな笑みを浮かべていた。


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