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Jailbreak  作者: 宮沢弘
第一章: 55年め
3/15

1−3: 限界3

 十二月。予算案が示された。科学技術系の予算、とくに物理、宇宙関係の予算が前年に比べ大幅に削減されていた。削減という言葉では適切ではないかもしれない。

 そして六回目の放送がされた。新興国、途上国のようすのドキュメントが流され、それからスタジオに映像が戻った。五回めの放送と同じ面々が、そして政策関係者という席札が置かれた男がいた。

「このように、途上国などにおいて、その国内においても、国外との比較においても貧富の差が大きな問題になっています」

 司会はそう話題を切り出した。

「はい……」

 政策関係者は応えた

「こちらの放送をこれまでも見させていただきましたが、我が国、そのほかの先進国はすでに国内に充分な資源を持っています」

 そこで政策関係者は環境問題評論家に顔を向けた。

「以前、先生がおっしゃられたとおり、リサイクルと再生可能エネルギーがこれからの中心となります」

 政策関係者は今度は工学部教授に顔を向けた。

「しかし、先生がおっしゃったとおり、途上国内、あるいは先進国と途上国などとの格差も問題もあります」

 そこで政策関係者はプロップを取り出した。

「ここにあるように、ほぼ充分と思える資源を持っている国から、まだ足りていない国・地域による資源確保のための援助を行なうこととしました」

 環境問題評論家に顔を向けて言った。

「これも先生が先におっしゃられていたことがらですね」

 環境問題評論家の女性は笑みを浮べ、政策関係者に会釈した。

「ですが……」

 経済学部教授が問うた。

「財源はどうなりますか? また、援助が適切に用いられることの確認は?」

 政策関係者はうなずき、別のプロップを取り出した。

「まず適切に用いられるかどうかですが。援助を受けた国の国内で、購入した資源が用いられることが前提になります。もちろん、加工しての輸出もありますので、国内消費だけに限定するわけにはいきません。そこで、援助国による監査委員会が設けられています。そちらで定めた基準に基いて、適宜指導します」

 政策関係者は、また別のプロップを取り出した。

「そして財源ですが、今回削減した科学技術研究にこれまで当てられていたものを、およそ割当てます」

 政策関係者は政治問題評論家に顔を向け、また政治問題評論家は工学部教授に顔を向けた。

「もちろん、先生に充分な納得がいただくのは難しいだろうことは承知しています」

 政治問題評論家は、さらに別のプロップを取り出した。それには「持続可能社会の実現」と書かれていた。

「持続可能社会。これを実現しないことには、人間にも地球にも未来はありません」

 そう言うと政策関係者と政治問題評論家は工学部教授に、また顔を向けた。

「持続可能も、そりゃいいが……」

 工学部教授は上着のポケットから電卓を取り出した。

「資源をいかにリサイクルしようとも、ロスはでるな。採掘したものを全てリサイクルできたとしよう。ロスは甘めに見てと。さて、ぜひ聞いてみたいんだが、持続可能というのは、何年を想定しているのかな?」

「想像できる範囲において充分なだけ」

 政策関係者が答えた。

「想像できる範囲において充分なだけか…… すると西暦も2,000年を超えているのだから、2,000年は見てもいいのかな?」

「ご自由に」

 政策関係者は笑みを浮かべて答えた。それを見た工学部教授は電卓で計算をし、それを机の上のプロップにサインペンで書いた。

「年に0.1%のロスがでるとしてだが。0.999の2,000乗は0.135というところだ。これで持続可能なのか? 少なくとも想像できる範囲において充分なだけと言えるのか?」

 政策関係者は更に笑みを浮かべていた。

「先生、失礼ですが唐突に2,000年と言われましても」

「なるほど、では2,000年というのは、あなたが言う想像できる範囲ではないということだ。じゃぁ、1,000年としてみよう」

 工学部教授はまた電卓を叩いた。

「0.368というところか。1,000年はあなたが言う想像できる範囲かな? 0.368は持続可能と言えるのかな?」

 政策関係者だけではなく、経済学部教授、環境問題評論家、政治問題評論家、文学部教授は笑い声を漏らした。

「おっと、あなたは1,000年でも2,000年でも笑える立場じゃないと思うが?」

 工学部教授は文学部教授に顔を向けた。

「いやいや。1,000年といわれてもねぇ」

 文学部教授は他の四人に目を向けた。

「なるほど。じゃぁヨーロッバのルネサンスからこっちを参考に、600年としてみようか」

 そう言い、工学部教授は三度電卓を叩き、プロップに書き出した。

「0.548。まぁ半減だ。さて、600年はあなたが言う想像できる範囲において充分なだけかな?」

 政策関係者は苦笑いを浮かべ、司会を見た。

「先生、そういう数字遊びはもう結構でしょう」

 司会も笑みを浮かべて言った。

「数字遊びのつもりはないが。そちらが言った想像できる範囲において充分という言葉の意味を確認してはいけないのかな?」

「いやいや、想像できる範囲において充分ということでいいじゃありませんか」

 政治問題評論家が言った。

「予算削減についての不満はわかりますが、そういう遊びでどうこういわれてもねぇ」

 文学部教授が言った。

「想像できる範囲において充分という言葉で充分でしょう? それは永続するという意味でいいのではないのですか?」

 環境問題評論家が言った。

「つまり、地球規模で永続可能な社会を構築するための政策ということですね?」

 司会は政策関係者に訊ねた。

「はい。そのための政策です」

 翌日、工学部教授の絡みぶりだけが世間話のネタになっていた。


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