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Jailbreak  作者: 宮沢弘
第三章: 牢獄
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13/15

3−3: 牢獄3

 女性は、まだ気味の悪さを感じつつも、それが主人公に対するものなのか、それとも音声ユーザインタフェースに対してのものなのかはわからないままだった。

 結局退勤後など、一緒にいることがままあることにも、女性は気づいていた。

 そうしている間に、同僚や友人とのクリスマスがあった。友人と大晦日を過ごし、また友人と共にではあったが、一緒に初日の出を見ては、そのあとで初詣にも行った。

 主人公の友人は揃って、音声ユーザインタフェースの声と、女性の声に驚いた。

 友人とのクリスマスでは、主人公は修士課程の頃から音声ユーザインタフェースのβおよびγテスタであったことを女性は知った。そしてその途中から、この声を――より正確には個性を――使い続けていることも聞いた。

 主人公は友人によって携帯電話を取り上げられ、女性に渡された。その音声ユーザインタフェースと話した女性は驚いた。声がそっくりなだけではなかった。話題の振り方なども、女性が自覚しているものに、すくなくとも似たものだった。

 主人公のその異質さからか、女性はより積極的に主人公と関わるようになった。同僚からの仕事の依頼についても、間に入り主人公に内容を伝え、あるいは主人公の考えを同僚に伝えるようになった。

「ただ、人ときちんと話すことが必要だと思うの」

 女性は、自身の友人に言った。

「あなたの声を使っているからって、そんなお節介を焼くことなんてないのよ」

 女性の友人が言った。

「それはわかってるけど」

 女性と友人との間での、主人公についての会話は、いつもこのようなものだった。

 そして二月十四日。退勤時に主人公を捕まえた女性は、そのままヨゴバマへと連れて行った。

 観覧車が周る横で、女性はバッグから包みを取り出した。離れた場所では風車が回っていた。

「あなたの携帯電話と交換」

 そう言って、左手に包みを持ち、右手を主人公に差し出した。

「でも…… これは……」

「それはただの機械でしょ? もし必要なら、また使えばいいけど。でも、今は交換」

 主人公はポケットから携帯電話を取り出し、女性に渡した。

 女性はその携帯電話を取ると、主人公の空いた右手に包みを乗せた。

「いい? 必要ならクラウドで全部復元できるでしょ? だから、今はこう!」

 女性は携帯電話を海に投げ捨てた。

 主人公は一歩踏み出したが、右手に乗った包みを見ると、そこで立ち止まった。

 二人は少し歩いた。主人公はその間も、扱いに困るように、包みを右手に持っていた。

 ベンチに座ると、女性は主人公の右手から包みを取り、開いた。

「今日は二月十四日よね。それほど深い意味があるわけじゃないけど。今は、携帯電話の代わり」

 包みにはチョコレートが入っていた。女性は一粒を取り、主人公の口に持っていった。

 主人公がチョコレートを受け取ると、女性は言った。

「あんなものと向き合っているなんてもったいないわ」

 女性は包みからもう一粒取り、今度は自分の口に運んだ。そして、すこしばかり舐めてから言った。

「本物の私がいるんです。人間同士としてちゃんとお付き合いしましょう?」

 女性は海を見た。

「お付き合いって言っていいのかわからないけど。人間と人間として、きちんとお話ししましょう? この素敵な地球に生きているんだもの、ちゃんと人間同士で向き会わないなんて。ね?」

 主人公は、ゆっくりとうなずいた。


   * * * *


 夕の番組で、そのドラマが取り上げられた。監督も出演していた。

「観ましたけどね、面白かったですけどね、」

 MCが言った。

「こんな女性いないっしょ。こんな主人公がいたら、さっさと逃げますって」

「まぁ、たぶんそうでしょうね」

 監督が笑いながら応えた。

「あ〜、でも携帯電話を投げ捨てたとこ、あそこはわかるわ。気味悪いですもん」

「気付いてくれました?」

 監督が、また笑いながら応えた。

「ロボットなんかを投げるのは大変そうですし」

「そりゃそうだ」

 MCが笑いながら言った。

「それに、人間の間に割り込んむのはロボットじゃなくてもいいと思いましてね。それで携帯電話にすれば投げるのも簡単だし。それで携帯電話にしたんですよ」

「なるほどぉ」

「結局ね、人間の問題は、人間同士の問題なんですよね」

「うんうん」

「そこに人工知能とかね、そういうのが入る余地はないんですよ」

「そうですよね」

「直接的な人間同士の問題っていうだけじゃなくてね、人間かかかわるあらゆる問題は、人間同士の問題なんですよね」

「わかりますわかります」

 MCはうなずいていた。

「結局、オッカムの剃刀なんですよ」

「オ、オッカ……?」

 MCが繰り返した。

「オッカムの剃刀ですね。人工知能も、そのほかの科学技術も、人間の問題にはいらないんですよ。人間は、人間らしくあればいいっていうだけなんです」

「あ〜、余計なもの、多過ぎですよね」

「はい。ですから、その余計なものを捨てることの象徴として、携帯電話を捨てさせました」

「は〜、」

 MCが応えた。

「いろいろ考えての構成やら脚本だったわけでね」

「もちろん、そうです」

 監督は悠々と答え、うなずいた。

「いやぁ、面白かったですわ。監督の次回作にも期待してますよ」

「えぇ。期待してください」

 監督は笑顔で応えた。


補: 「オッカムの剃刀」: 監督の使い方は、もちろん誤用です。監督自身としての認識がどうなのかは知りませんが


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