3−1: 牢獄1
九月の中頃、ある番組で新作ドラマの紹介がされた。有名監督、有名俳優、有名脚本家を揃えてのものだと紹介された。
「TVや映画界をしょって立つような方々が総力を挙げてのドラマということですね」
その番組の司会が言った。
「そうですね。これくらいの人が集まらないと撮れなかったドラマなんで」
椅子に座った監督が答えた。
「ほぉ。楽しみですね」
「ぜひご覧になってください。既存の恋愛ドラマの枠を超えた作品になっていますから」
「これは楽しみですね。見逃す手はありませんね。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「それでは次に、ファッションの話ですが、さきごろヨーロッバで開催されたコレクションの様子です」
そこで映像が切り替わった。
* * * *
主人公は、携帯電話の音声ユーザインタフェースが恋人と噂される男性だった。噂というだけではなく、インタフェースの合成音声を好みの女性の声に設定していた。そして、ただインタフェースとしてだけではなく、事あるごとに携帯電話につぶやいていた。
携帯電話の音声ユーザインタフェースはその向こうにある大規模なサーバ群と、データから、主人公のつぶやきに答えていた。
主人公も、その「彼女」は存在しないことはわかっていた。それでも実際に存在するかどうかは問題ではなかった。
そして、主人公の職場に、ある女性が異動して来た。その声は、主人公が設定している声にそっくりだった。主人公は帰宅すると、あるいは職場でも、その女性を思い描きながら携帯電話に話しかけていた。
これまで、同僚にからかわれることもあったが、その女性が異動してきたことですこし状況が変わった。主人公の携帯電話の音声ユーザインタフェースの声が、その女性の声に似ていることは、誰にもすぐにわかった。
携帯電話の音声ユーザインタフェースが恋人という噂は、異動してきた女性の耳にも入った。偶然耳に入ったのではなく、ただの噂として耳に入ったのではなく、同僚のからかいとしてだった。それは主人公に対してのからかいというだけでなく、その女性に対してのからかいでもあった。
そして、主人公が缶コーヒーを飲みながら、携帯電話の音声ユーザインタフェースに話しかけるのを、その女性も目撃した。
* * * *
夕方の番組で、そのドラマが、監督も出演し、取り上げられていた。
「面白いですね。まだ三回の放送ですが、毎回高視聴率ということで。私も毎回観させていただいています」
司会の男が言った。
「ありがとうございます」
椅子の上から監督が会釈を返した。
「登場してきている女性がヒロインなのかは、これからの展開を楽しみにすることとして。ここのところ、ロボットとの恋愛だとか、ロボットとして蘇えった恋人との恋愛だとか、あるいはミステリでも探偵がロボットだとか、あとはロボットの命だとか。ちゃんとしたドラマなのかSFなのかがわからないものが目につきましたね」
「私もそういうのを撮りましたよ」
監督は笑いながら答えた。
「そうそう、そういう監督だからこそ、今回のようなドラマを撮られたことに意義があると思うんですよ」
「やはりね、」
監督が答えた。
「本道をないがしろにしていいってものじゃないと思うんです。展開はこれからも観ていただくとして、やはり人間同士の想いっていうのは軽く扱かっちゃいけない」
「同感ですね」
「すれ違うことも、誤解することもあるでしょう。だからこそ、人間の想いというのは尊いと思うんです」
「簡単に代わりが見付かるとか、蘇えるとか、そういうのはちょっとですね」
「えぇ。人間の想いの尊さをあまりに軽く見ていると思うんですよ。ドラマはちゃんとそこのところを描かないといけない。そこに科学技術が割り込む余地は、やはりないと思いますね。ツールとして入ってくるのはかまわないと思いますよ、この時代ですからね。ですが、本当に大切なのはなんなのかを、それで見失っちゃうようじゃ本末転倒だと思いますね」
「なるほど。指摘していただくと、納得しますね。これからもまだドラマは続きますが、なおさら楽しみになってきました」
「よろしくお願いします」
監督が言った。
「ありがとうございました。では、次の話題ですが……」
補: 携帯電話の音声対話ユーザインタフェースが恋人というのは、一応意図はありますが、すでにそういう作があるかもしれません。映画の「her/世界でひとつの彼女」は近いですし。ですが、それらをどうこう言うつもりはありません。




