秘密の前夜祭
上上手取は、誰もいない教室 が舞台で『ジョウロ』が出てくる頑張る話を3500文字以内で書いてみましょう。持ち時間は一時間。
みんなが帰った後の教室で、僕は一人植木鉢を運びこむ。
明日はこの高校の文化祭。僕らのクラスは喫茶店をやることになった。
店の中に花を飾ろうということで花屋さんに注文しておいたのだが搬入の遅れでこのような時間になってしまい都合のつくのは文化祭実行委員の僕一人。校門から教室まで淡々と往復を繰り返す。
「ふう……やっと終わった」
最後の植木鉢を運び込み僕は一息ついて教室の床にごろりと寝転がった。ひんやりとした感触が火照った体に心地良い。
「あっれ~? 丹羽まだいたの?」
そう行って僕以外誰も居ない教室に入ってきたのは幼なじみの飛鳥吉菜だ。
「あんたのクラスの他のやつは? まぁあんたのことだからどうせまた貧乏くじでも引かされたんでしょうけど」
そう言いながら寝転んでいる俺のところへ歩いてくる飛鳥。まぁたしかにそういった面はあるけどな。
別に文化祭実行委員だからといって僕一人がこんなことをする必要はない。ただ……最後まで一緒に残っていたメンバーの中にいた砥部遥さんの前でちょっといい格好をしたかっただけだ。
それだけだったのに思った以上に重労働で現在こよのうに床に寝っ転がった状態なわけだが。
「しっかしまぁまだまだ時間がかかりそうだね」
今まで僕がやってきたことは教室へ搬入するところまでだ。教室の床に植木鉢が乱雑に並べられている状態で喫茶店の内装に合わせて飾り付けをするというところまではやっていない。僕の請け負ったのは搬入までなのでここで終わってもいいのだができれば明日来るみんなをあっと言わせて驚かせたい。
「あー僕はもうちょっと教室の中を整えてから帰るよ。うちの家族にちょっと帰りが遅くなるって言っておいて」
飛鳥とは家が隣同士だ。だからこそ幼なじみなんてやっているのだが。
床の上から飛鳥を見上げると思いもかけずスカートの中身があらわになる。うん、短パンはいてる。残念……残念なのか? なんというか普通にこいつの家に遊びに行っても下着姿で出迎えるのであんまり有り難みが……というかこいつは俺を男として意識しているのだろうか?
「ふ~ん。ねぇ、手伝ってあげようか?」
飛鳥は俺の頭元でしゃがみ込みほっぺたをツンツンと突く。最近僕の友達から「お前らイチャイチャしてんじゃねぇ!」と苦言を呈されたのだがこれってイチャイチャなのだろうか? 僕達としては子供の頃からの行為の延長上で軽いスキンシップなわけだが。
「飛鳥携帯持ってたっけ?」
「ううん、持ってないよ」
こうやって確認を取るくらいなのでもちろん俺も持っていない。この学校の公衆電話はどこにあったっけかな?
――――――――
「えっと……これはここでこれはあっちで……」
「ねぇ、それはあっちに飾ったほうが良くない?」
誰もいない教室で俺と飛鳥のふたりきり。気心知れた仲の俺達は、間違いなんて起こるはずもなく飾り付けの作業に没頭していた。
「ねぇ、なんかこの花しおれてきてない?」
「ジョウロで水をやらないといけないか。ちょっと取ってくる」
あーでもない、こーでもないと学校でふたりきりで何かをするというのは初めてということもあり予想外に盛り上がった。学校では別のクラスになったということもあり以外にも二人っきりというシュチュエーションになったことはない。大概が俺が友だちといる時にこいつが押しかけてくるという感じで、俺は帰宅部に対してこいつは運動部に入っているので帰る時間もバラバラだ。
飾り付けも終わり植木鉢にジョウロで水をやり終え気がつけば時間は8時を回っていた。
「うわ~こんな時間だ。腹減った」
「私もお腹ペコペコ。ねぇ? 帰りにどこか寄って行こうか?」
いや、それは時間的にまずいだろ。それに飛鳥はこう見えても女の子なのだ。幼なじみを夜に連れ回すだなんて親御さんにどう弁明しろと言うんだ。
「ん~あたしんちは大丈夫だよ。丹羽と一緒に帰るって言ってあるから」
親御さん……なんでそれで許可出すんですか……と飛鳥の両親の顔を思い浮かべる。
「修也くん。早くうちの娘をもらってくれないかねぇ。僕、40歳までに孫の顔を見るのが夢だったんだ」
「ねぇ、修也くん。うちの娘を見ていてムラムラしちゃったらその場で押し倒しちゃって構わないからね。はぁ~早く孫の顔が見たいわ~」
……あかん。これなんかあかんやつや。飛鳥の両親の策略にはまってる。
いや、飛鳥のことは嫌いではないよ。むしろ好意を持っている方だ。けれども結婚したいかどうかと聞かれたらちょっと首をひねってしまう。なんというか距離が近すぎるのだ。
「ねぇ~ファミレス行こうよ。丹羽とはまだ行ったことがないし」
「いいや、今日は寄り道せずに真っ直ぐ帰るぞ。飯はまぁあれだ、こんどお前んち行った時に作ってやる」
なぜかこいつは俺の作る飯が好物だ。俺の料理の腕はさほど良いといったものではないのだがそれでも何故か気に入っている。
「う~ん、しかたがない。それじゃぁ……」
「れでぃーすえーんじぇんとるめん。京西高校のみんな、文化祭の準備は進んでるかい?」
飛鳥がそう言いかけたところで突然スピーカーからそんな声が大音量で響き渡る。
一体何なんだ? 俺たちは揃って耳をふさぎながらそのDJのトークを聞くはめになった。
「こんな遅くまで準備ご苦労様でーす。明日は俺達みんなで思いっきしも・り・あ・げ・て! いこうぜー。それじゃぁ、今まで残ってたみんながお待ちかねの前・夜・祭の開催をここに宣言するぜ~」
その台詞と同時にそこかしこから上がる歓声。え? 一体これはどういうこと?
「うわ~、みてみて修也! 学校の入口に建てられた屋台からなんかいい匂いが流れてくる!」
目をキラキラさせながらそんなことを言う飛鳥。心なしかしっぽをふる幻影が見える。うーんこいつのこんな顔を見せられたら……
「……は~おじさんたちにはちゃんとやましいことはなかったとありのままを報告するんだぞ?」
「うん? なんだかわからないけどわかったよ! ね! 早く行こう!」
手を飛鳥に引かれながら俺はなんだか抜け出しにくい沼に足を取られた感触を感じるのであった。