文化祭の定番?
家に帰ると、両親が待っていて、今日の劇をベタ褒めしてくれた。お父さんなんて、ビデオに撮っちゃったらしい。
写真を引き延ばして、額に飾ろうかというのを聞いて、止めてもらうよう懇願した。
「いやー、由衣、素晴らしかったぞ。綺麗だったぞ~!」
とビールを飲みながらご機嫌なお父さん。この親バカめ。
お母さんは、
「この際だから、由衣、ふだんからコンタクトにしなさいね。あなたも年頃なんだから、少しは身をかまってね」
と言われた。あ、そうですか。
美花ちゃんがコンタクトをとるな、と言ったのも、そういうことなのかな。
夜、スマホを見たら、美花ちゃんからメッセージが入っていた。
「明日もコンタクトで来い」
とのこと。命令ですか。そうですか。はいはい。母の命令もあるので、そうしますよ。それから、
「学校に着いたら、すぐにテニス部部室に直行すること」
だって。なんだろう。
翌日は、一人で登校した。祐也は喫茶店の準備で早いんだけど、私は9時までに行けばいいからのんびりだ。
久々に一人で登校したら、なんだか物足りなかった。祐也とぼそぼそっと話しながらの登校は楽しかったんだな、と今更ながら思った。
昨日は舞台成功を祝う打ち上げで、クラスのみんなで駅前のファミレスで夕飯を食べたので、祐也と帰れなかったし、祐也から連絡もなくて会えなかったし……。
学校についてすぐテニス部の部室に行くと、みどりちゃんと佳代ちゃん、美花ちゃんが待っていた。
「どしたの~?」
という私に、美花ちゃんが、
「コンタクトはよし。しかし、この髪……良かった、呼びつけておいて」
「ほんとに」
「まったく」
佳代ちゃんたちが美花ちゃんのいうことに同意している。
私はただ後ろで黒ゴムでひとつに結んできたんだけど、お気に召さなかったらしい。
「はい、そこ座って」
と椅子に座らされて、前髪をあげてとめられて(ポンパドールと言うらしい)、さらにハーフアップにされた。
「綺麗な髪だから、後ろはおろしておきたいんだけど、由衣のことだから、顔周りが邪魔、とか言ってテキトーにむすんじゃいそうだからね」
よくご存知で。
「でも、なんで急に私の髪型まで……?」
という私の問いに、
「うん、たぶん、いろんな人が由衣のこと見に来ると思うんだよね。だから、ジュリエットのイメージを崩さないようにね」
「え、でも、あれはほぼ別人……」
「そうでもないんだよね。この由衣なら」
メガネとって、髪型いじるだけでそんなに変わるものかと思ったけれど、まぁ、見に来る人なんていないだろうし、と気にしないでおいた。
しかし、今までの私はよっぽどひどかったのね、と少し落ち込んだ。母親含めてこう何人ものに言われては、認めざるを得ない。
美花ちゃんは彼氏とまわるというので、私はいつものように、佳代ちゃんとみどりちゃんと連れ立って校内をまわることにした。
3人で歩いていると、時々、「ジュリエットだ」「本物だ~」(?)というような声が聞こえた。昨日の舞台を見てくれたんだろう。ありがたいとは思うけど、恥ずかしい。
美花ちゃんが言ってたように、メガネかけないと、わかっちゃうんだなぁ。
一度なんか、1年生の男の子に、
「ジュリエットさん、握手してください!」
と寄って来られて、えっと驚いてうろたえている間に、男の子に手を取られて握手させられた。「やった!」と言いながら走り去った嵐のような彼を見ながらボーゼンとした私たちだった。その後、佳代ちゃんとみどりちゃんは爆笑していたけど、私は戸惑うばかり。
「ま、津田(祐也)くんたちの喫茶店に行こうよ」という佳代ちゃんの言葉で気を取り直して歩き出した。
喫茶店は、まぁまぁの入りだった。さっきまで混んでいたのだが、体育館で、人気のある男の子たちのバンドの演奏が始まったので、一気に空いたそうだ。
テーブルに着くと、注文を聞きにくい来てくれた男の子が、
「お、松木さん、昨日の良かったよ」
と言ったあと、
「あ、祐也、呼ぼうか」
と言うやいなや、裏の方に、
「ゆうや~、ジュリエットだぞ~!」
と声をかけたせいで、教室中の人が一斉にこちらを見た。もう、恥ずかしすぎる……。
祐也が、ひょいと顔をだし、私の顔をを見ると、ちょっとうろたえるような表情のあと、廊下の方を指さした。
え、廊下に出ろって?
私も廊下を指さすと、うんうん、と顔を動かす。
「ちょっと、外に出てくるね、すぐ戻る」
と二人に言い置いて、廊下に出ると、祐也が待っていた。
「……今日は午前中で係の仕事が終わるんだ」
「あ、うん」
「……」
待っているのに、その後の言葉がない。
どうしたんだろう、と首を傾げて祐也を見ると、視線を外されてしまった。
私も「えっと……」と言ったものの、何を言うべきか、わからない。
「今日は一緒に帰れるってことかな?」
と聞いてみると、
「あ、あー、うん。帰ろう……」
「5時頃に来ればいいのかな?」
「えっと……」
「決まってないんだったら、メールかなんかで後で……」
「一緒にまわろう」
「え?」
「午後、一緒にまわろう」
「あ、いつものみんな? 佳世ちゃんとみどりちゃんにも言っとくね」
「えっ?! いや、いや……オレと二人じゃだめか?」
「は? あ、ううん、いい。いいよ」
意外な申し出にびっくりしたけれど、祐也と午後、会う約束をして、また中に入る。
みどりちゃんに、
「二人でまわろうって?」
と聞かれて、
「なんでわかるの?!」
と言ったら、
「そりゃ、ねぇ」
「文化祭の定番でしょう」
「しかも、あのジュリエットの後だし」
「みんなにアピールしとかなきゃ、ねぇ」
と二人だけでわかる会話をしていた。




