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由衣と祐也  作者: 雪月花
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一緒に登下校することになりました

 いつものとおり、部活を終えて、薄暗い中を家に向かう。あれ? うちの前に誰かいる……お母さんと、それから……お隣りの敦子おばさま?


 「あ、帰ってきた! 由衣!」

 「どうしたの? お母さん、そんな大きな声で」

 「無事で良かった」


 2人は心底ホッとしたような顔をしている。私の顔に「?」マークが浮かんでたんだろう。敦子おばさまが口を開いた。


 「2丁目に不審者が出て、OLさんが連れ去られそうになったのよ。まだその男は捕まってないの!」

 「えっ!」


 びっくりした私は、恐ろしさでその後は言葉が出てこない。


 「それで、あなたが帰って来るのを待っていたのよ。由衣、電話に出ないんだもの……」

 「あ、ご、ごめんなさい。ずっと音が出ないようにしてたから……」

 「それにしても、怖いわね。早く捕まってくれないかしら……あら、帰ってきた」


 そう言いながら、おばさまが顔を向けた方を見ると、祐也が歩いて来るのが見えた。そこで、おばさまは、ぱぁっと明るい顔になって、息子に言った。


 「祐也、あなた、明日から由衣ちゃんと一緒に登下校しなさい」


 私はびっくりして、慌てておばさまに、


 「えっ、それは悪いよ」


というと、おばさまは、


 「何言ってるの! それどころじゃないでしょう。不審な男がうろついてるのよ! 同じ学校に通っているんだもの、全然たいへんじゃないわよ」

 「いいよ。……由衣、明日から一緒に行こう」


 その言葉を聞いて、母は涙を流さんばかりに喜んだ。


 「ありがとう、祐也くん! 由衣をよろしくね……」


と、まるで嫁にでも出すような挨拶をした。

 私と祐也は、スマホを出して、連絡がつけられるようにし、その場を離れた。






 祐也とは幼馴染だ。小さい頃はそれなりに仲が良かったし、一緒に遊びもした。

 けれど、どちらも口数の多い方ではないし、特別社交的でもなかったので、小学校の高学年になる頃には、ほとんど口を聞くことも無くなっていた。


 だから、祐也が「由衣」と、自分の名前を口にした時には、単純にびっくりしてしまった。あの口から、自分の名前が出てくるのは何年ぶりだろうなんて、妙にしみじみとしてしまったのだ。


 もちろん、といっていいのかどうかわからないけれど、私たちは互いのメールアドレスも電話番号も知らなかった。避けていたわけではなくて、生活に接点がなかったのだ。

 そこまで考えて、私は重要なことを思い出した。たしか、祐也には彼女がいたような……?

 だとしたら、まずいんじゃないかな、この事態。







 翌朝、祐也は迎えに来た。

 お互い朝練があるため、6時には家を出る。昨日、そんな話をして、家を出る時間を相談して別れたのだが、祐也の方が毎日少し早く家を出ていたようで、私はそれに合わせることにした。


 駅までの道を無言で歩きながら、祐也の彼女問題を聞いてみるべきかどうか考えていたら、祐也がボソッと言った。


 「具合悪いのか」

 「? ううん。なんで?」

 「何も話さないから」

 「……まだ、身体も頭も起きてないんだよ」


と適当な理由を言うと、そうか、とひと言返して来た。


 「あ、そうだ、祐也」


と話しかけると、びっくりしたような顔を向ける。なんだろう。

 あ、そうか、昨日の私と同じなのかも。「祐也」と私が名前を呼んだのでびっくりしたのかも。


 「あ、ごめん、苗字で呼んだほうがいい?」

 「……いや、いい。名前で」

 「あの、でも、祐也は彼女がいたよね? 私と一緒に行き帰りするのはまずいよね? 名前で呼ぶのも……」

 「いない」

 「え?」

 「彼女はいない。……すぐに別れた」

 「あ、あ、そうなんだ。ごめん」

 「別にいい」


 心配事が一つ減って、ちょっとホッとしていると、祐也がまたボソッと言う。


 「由衣は……いないのか」

 「え? 何が?」

 「……付き合ってるやつ」

 「私? いるわけないよ」


 祐也はモテモテ……というほどじゃないけれど、時々告白されるぐらいはモテる。だから、何回かは付き合ったことがあるはずだ。そういう情報に疎い私にさえ、そんな噂が入ってきていた。

 一方、私にはまったくそんな話はなかった。もう、女子高生とは言えないんじゃないかってくらい男っ気がなかった。


 背が高すぎる(168cmある)とか、飾り気がなさすぎる(今時、休みの日に出かけるのに化粧もゼロなんて……と友だちに言われる)とか、まぁ理由はいろいろあるんだろうけど、自分ではまったく困っていないので、気にしていない。

 友人もたくさんいるし、好きな本を読んだり、テニス部の練習を頑張ったり、勉強を頑張ったり、なかなか充実した高校生活だと思う。

 容姿? うん、容姿は普通じゃないかな。同じクラスの美容話大好き美香ちゃんなんかは、「由衣は美人だ。せめて、めがねやめてコンタクトにしろ~!」って言ってくれるけど、正直な話、“美人”という言葉が使えるような顔じゃないと思う。



 そんなこんなで、祐也と登下校する毎日が始まって、おしゃべりではない二人でも、さすがにちょこちょこと話すようにはなってきた。まぁ、学校の話とか、お互いの家族のこととか。


 私の家は、両親と祖母、弟と私の5人家族。父は会社員、母は専業主婦、弟は3つ下の中学生という、どこにでもいそうな家族だ。

 祐也のうちは、ご両親とお兄さん、祐也の4人家族。祐也のお父さんは貿易会社を経営されていて、敦子おばさまもその会社の仕事をされている。お兄さんの一樹さんは、私と祐也より4つ上で、今は医大生。将来はお医者さんになるらしい。面倒見のいいお兄さんで、私も小さいときによく遊んでもらったっけ。優しいし、お医者さん向きなのかも。


 祐也のうちには、佐和さんという通いのお手伝いさんがいて、平日はその人が夕飯まで作ってくれていた。でも、週末は佐和さんがいないので、おじさまとおばさまが忙しい日は、祐也と一樹お兄ちゃんはうちでご飯を食べていた。それどころか、おじさまとおばさまも夕飯の席にいたりした。もちろん、家族みんなで隣家に夕飯におよばれという日もあった。そんな感じの家族ぐるみのおつきあいで、今でも、母とおばさまは二人で旅行なんかに行っちゃうし、父とおじさまは二人で飲んだりしている。子どもたちだけが大きくなって、ちょっと距離ができたという感じだった。もっとも、弟の広は今でもちょくちょく祐也の部屋に遊びにいくらしいけど。二人とも野球部なので、話が合うんだろう。




 私と祐也が毎日一緒に登下校することは、それほど周りに広まってはいない。朝は早いし、夕方は遅いし。それだけでなく、学校のそばではいつも二人っきりということはないからだ。事情を話してあるお互いの友だちが、なんとなく一緒に行動するようになったのだ。

 といっても、帰りだけだけどね。まぁ、部活が終わった後、ちょっとおしゃべりしながら駅までの道を歩いたり、たまにお腹がすいたね、とちょっとファストフードの店に寄ったりと、そのくらい。休日にみんなで待ち合わせて遊ぶほどではない。

 それでも、徐々に親しくなって、なんとなく仲間意識が芽生えてきたというところだろうか。



 私たちがそうやって数人で帰るようになった頃、一人の女の子が声をかけて来た。


 「私も一緒に帰ってもいい?」


 みんなお互いを見やるけれど、誰も言葉を発しない。つまり、誰の知り合いでもないということだ。

祐也の友だちの圭くんが、みんなを見たあとで、その子に声をかけた。


 「なんで?」


 その子はびっくりした顔をしていた。よく見ると、かわいい子だし、断られることを想定していなかったのかもしれない。


 「えっと、私も仲間に入れたらいいなぁって。いつも一緒で楽しそうだから……」


 首をかしげながら言う様がかわいい。ちょっと不思議な申し出だと思ったけれど、つまりは友だちになりたいんだな、と思った私が「いいよ」と言おうと思った時、圭くんは言った。


 「部活は?」

 「えっ?」

 「あんたの部活」

 「えっ、あの、……入ってないけど」


 これにはみんなびっくりだった。

 部活もやってなくて、なんでこんなに遅い時間まで残ってるの???


 「帰りたいって、今日だけのこと?」


 圭くんはその子に聞く。あ、今日は用事があったってことかな、と私は思った。

 でもその子は無言だった。

 圭くんが続ける。


 「俺たちは、部活の後、一緒に帰ってるだけで……しかも、ほぼ駅までだ。いつも一緒にいるってわけじゃない。その仲間に、部活にも入ってない君が入りたいっていうのは何で?」


 圭くんが、ちょっとキツイ言い方をした。その子は、他の男の子たちに助けを求めるような顔を向けた。でも誰も声を出さないのを見て、最後に祐也の顔を見て、


 「祐也くん、ダメかな?」


と聞いた。みんな一斉に祐也の方を見て、この件は祐也に丸投げしようという顔(?)になった。


 祐也は、面倒だという顔を隠しもせずに、その子に言った。


 「ダメ。……というか、おかしいでしょ? あんた、ここにいる誰の知り合いでもないんでしょ? 第一、なんでオレの名前、苗字じゃなくて名前の方を呼ぶわけ? オレと話もしたことないよね?」

 「え、でも、でもっ……」

 「勝手に呼ぶのやめてくれる? オレ、仲のいいやつ以外に、そう呼ばれんの嫌なんだけど」


 もう、ほんとに嫌だって顔をした祐也にびっくりしたようで、その子はうっと声をあげて泣き出した。



 私が寄って行こうとしたところ、私の腕を佳代ちゃんが掴んで止めた。振り向くと、彼女は「ダメだよ」という感じで首を横に2度振る。

 さっぱりわけがわからない。と、みんなの顔をを見ると、みんなちゃんとこの状況をわかっているようだった。


 「悪いけど、そういうわけだから。オレたちと帰るのはあきらめて」


 祐也の一言で、みんな動き始める。えっ、ヒドイんじゃないの? 置いて行っちゃうの? と彼女を振り返りつつ、オロオロしながら、佳代ちゃんに引っ張られて校門に向かった。




 そのまま駅前のドーナツ屋さんにみんなで入って、事の詳細を聞くことができた時、私が心底びっくりしたのを見て、みんなは心底呆れた顔をした。


 あの子は祐也を狙っていて、祐也に近づくために声をかけてきたらしい。しかも、もっと驚いたことに、私以外は全員彼女のことを知っていたのだ。


 「えっ? 知り合いだったの? じゃ、可哀想じゃない!」


とこぼした私にみんなは再度呆れた顔をした。

 友だちのみどりちゃんが、見かねて説明をしてくれたところによると、彼女は私たちと同じ2年生で、E組の瀬戸小百合さんというらしい。なんでも、その可愛さで(うん、確かにすごくかわいかった)、男の子にモテモテなんだとか。


 でも、彼女持ちの男の子に近づいて、家に送ってもらったり、デートしたりということが何件かあったせいで、女子には嫌われてるらしい。

 思わず「うわっ、なんでそんなめんどくさそうなこと……」とつぶやいた私に、みんなはまた一つため息をついた。え?


 「由衣、ふつう、そういう時は、なんでそんなヒドイこと、でしょう?」

 「ん? あ、そうか。でも、その誘いにのっちゃったのは男の子たちなんでしょ。だったら悪いのは男の子たちでしょう? めんどくさそう、って言ったのは、その後にゴタゴタがありそうなのに、なんでそういうことやっちゃうかな、ってことで……」


 私がそう言うと、みどりちゃんと佳代ちゃんは「ま、言いたいことはわかるけどね」とつぶやいていた。

 この2人は私と同じテニス部で、クラスも1年の時から同じなので、ここまでの高校生活のほとんどを一緒に過ごしていることになる。なのに、なぜ彼女たちはフツーにこの状況をわかって私はわからないのか? そういうことを2人に言うと、声をそろえて、


「まぁ、それは由衣だから」


と言われてしまった。しかも、その言葉に男の子たち3人、祐也と圭くん、隆正くん(ふたりとも祐也と同じ野球部だ)に爆笑された。

 えっ、えっ? これのどこに笑う理由があるの? 眉を(たぶん)八の字にする私を見て、今度はみんなが笑った。わけがわからない。


 気をとり直して、私は祐也に、


 「祐也って、やっぱりもてるんだね」


というと、彼は、


 「やっぱり?」


と怪訝な顔をする。

 みどりちゃんが、


 「そうだよね。時々、告白されたっていう噂聞いてたしね。今度はあの瀬戸さんでしょ。彼女は、モテる男の子しか狙わないって有名だしね」


 祐也の顔が一気に不機嫌になった。それを見て、隆正くんが、


 「まぁ、祐也は告白されると、一応付き合うじゃん。すぐにわかれちゃうけど。だから、瀬戸さんも、きっとOKもらえると思ったんじゃないの? こんなにはっきり断ったのって初めてだろ?」


と、解説(?)してくれた。

 祐也は、「むぅ」と唸ったあと、こう話し出した。


 「いつも相手の子が、彼女がいないなら付き合おう、と言うから……断る理由を考えるのも面倒だったんで、OKしてたんだ。でも、付き合い出すと、みんな、こんなはずじゃなかったとか、こんな人とだと思わなかったとか言ってお終いになる。それの繰り返しなんだよ」

 「お前、どんなヒドイことしたわけ?」

 「人聞きの悪いこと言うなよ、圭。強いて言えば、何もしなかったんだよ」

 「何もしなかった???」


 みんなけげんそうな顔で祐也を見ると、


 「ああ。だって、部活の練習があるのに、たまには休んで一緒に帰ろうとか、試合があるのに土日にデートしようとか、無茶ばっかり言うんだ。それに、テスト前の部活ナシの日に出かけようとかって。テスト前は勉強したいだろ、ふつう? だから断ってたら、別れようって」

 「お前のことだから、メールもろくに返さないんだろ」


 圭くんの言葉に黙り込んでしまった祐也に、みんながかわいそうなものを見るような視線を送った。

 みどりちゃんが、


 「ここにも残念な人がいたのね」


と、ボソッとこぼした。それに同意したように、みんながうなずくのを見て、祐也が残念なのはわかるけど、「ここにも」の意味のがわからず、うなずけなかった私だった。







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