7 大好きな言葉
これはなんの睨みあい、というのだろう。
ラスチェもエイヴォンもお互い至近距離で向かい合い、微動だにしない。風のそよぎも湖の水面の音も私の耳に届かない。それほどに張り詰めた空気だ。
目を離してしまったら一色触発で、なにかものすごいことが起きてしまいそうで怖くて動けない。
「……ラスチェ、君もシエスタに本気なんだね」
エイヴォンは観念したように肩をすくめて言葉を発した。……その言葉、おかしいんじゃないか?
「ご勝手にどうぞ」
ふん、と鼻を鳴らしてラスチェはエイヴォンから顔をそらした。いやいや、ラスチェ、そこは否定してほしいんだが。だってその姿は男だけれど、本当は女同士じゃないか。
「ふーん」
「それはそうとお二方、とうに午後の授業は始まっていますよ」
「なっ! ラスチェ、なんで早くそれを言わないんだ」
私は弁当の包みを掴んで急いで駆け出そうとしたが、前に進めない。
「お、おいエイヴォン離せ」
こともあろうにエイヴォンに腕を掴まれていたのだ。しかも彼は妖しい笑みを浮かべてるときている。一体どういうことだろう?
「次は選択の時間でしょ? 別に出なくたって問題ないよ。ここで一緒にお菓子を食べよう?」
「はひ?」
声が裏返ってしまった。なにかとっても重要なことを言われたような。
「今なんて?」
私の変わりに、一緒に並んでいたラスチェがエイヴォンを振り返って見つめながら尋ねた。ラスチェ、どうして青ざめた顔をしているんだ?
「え? 授業でなくていいよね、だけど」
「違う、そのあとです」
「え? あぁ、お菓子を一緒にた――――っえ、ゴホっ」
「ラ、ラスチェ」
ラスチェは疾風の如くエイヴォンに走り寄り、思いっきり腹にパンチを決め込んだのだ。
「ラ、ラスチェなにもそこまでしなくても」
思わずオロオロしてしまう。ラスチェの身体能力はずば抜けているのだが、学校ではそれをひた隠しにしているというのに。どうして我を忘れて……。
「すごいパンチ力だね」
変な汗を浮かばせながらエイヴォンは膝から崩れ落ちてしまった。
「アイビーさ……、ア、ア、アイビーさん行きましょう」
崩れ落ちるエイヴォンに手を貸すでもなく、スタスタとこちらに近づいてきた。しかもラスチェ、アイビーさん、ってなんだ? 少しむず痒い。
「あ、でもエイヴォンが」
「いいんです。あんな男。さぁ」
ラスチェに手を握られその場から離れるよう強く引かれた。
「ま、待って。一緒にお菓子を食べよう」
荒い息を吐きながらエイヴォンが発した言葉。はっきりと聞こえた単語に、私はぴたりと足を止めた。
「なんだって?」
聞き返さずにはいられなかった。いま〝お菓子〟という私が大好きな言葉だ! ぴょこっと心臓がはねるのがわかった。
「はぁぁぁ」
隣からラスチェの深いため息が聞こえたが、あえて無視だ。私はずずいとエイヴォンの前に立った。
「ほんとか? 本当に菓子か?」
「もちろん」
満円の笑みというのだろうか、エイヴォンの笑みに煌めきが見えて思わず目を見開いた。男の笑みに煌めきなどない、と思い直し慌ててそのあと首を振った。