6 出会った頃
「ふぁぁぁぁぁ」
久しぶりにランチあとぐっすり眠れて気持ちがいい。ぐーんと丸まっていた体を伸ばして、はた、と気づいた。頭がなぜがぬくい。しかも髪をゆっくり梳かれている?
「お目覚めですか? シエスタ姫」
くすくすと小さな笑い声が上から降ってくる。私が今見えている景色は湖のある風景だ。しかも耳を下にしているのに芝のチクチクがない。どういうことだろう。おそるおそる私は頭を動かした。
「な、なんでっ」
思いがけない人物に膝枕をされていた。
「なんでって、シエスタがあのあと僕に体を預けて寝息立てはじめから寝かせてあげようかな、って」
「かな、って。私を置いて行けばいいのに」
「どうして?」
茶色の瞳が不思議そうに瞬いている。
「いや、どうしてって。お互いこんなにクラスで話したことがないし気にかけてないのに」
「え? 僕はシエスタのこと気にしてるよ」
起しかけた体が再び彼の膝枕へ頭が沈んでしまう。うまく体に力が入らない。
「だって気にならない女の子にあだ名なんかつけないよ」
「ひぇ」
聞き慣れない言葉で私は思わず耳を塞いだ。塞いだはずなのに、やんわりと耳から手を離されてしまった。
「それにね、ここは僕のとっておきのオアシスだったわけ。土足で勝手に踏み込んできて。そんなシエスタをどうしてあげようかな、とか思っちゃったり」
「なに言って!! ふへっ」
ダメだ。この男と同じ空間にいるとおかしな声をあげてしまう。いやそうじゃない。
「ちょ、ちょ、な、な、何をした?」
「うん? 髪にキスをしたよ」
耳鳴りがする。なにを言い出すんだ、この男は。か、仮にも皇女である私に!! いや、そうではない。お、女の子に気安くそんなことをしていいのか? 膝に頭を預けながら私はカタカタを震え出した。
「し、シエスタ?」
どん
「あたっ」
彼の体が少し離れたところに飛ばされ私はそのまま頭を地面に軽くぶつけた。そのおかげで体は震えていないけれど。
「お前アイビーさまになにをするっ」
猫が怒っているときのように、フシューと威嚇する声をいまにもあげそうなラスチェが私の前に立ちはだかっていた。
「ラ、ラスチェ?」
打ち付けた頭をさすりながら起き上がると、ふわりと抱きしめられた。髪がくすぐったいよ? ラスチェ。
「申し訳ありません。わたくしが近くにいながらエイヴォン氏を退けられなくて」
「だ、だ、大丈夫だ。うん、たかが髪に、髪に唇が触れただけだ、うん」
「なっ!!」
「く、く、苦しいっ」
遠目で見えなかったと思い、ラスチェにエイヴォンにされたことを告げると更に抱きしめられてしまった。
「も、申し訳ありません」
「いや、別に謝らなくても大丈夫だよ」
すぐに離れたラスチェは仕える者のお決まり、斜め四十五度の一礼をしてきた。別に女の子に抱きつかれるのは嫌じゃないのに謝らないでほしい。
「へー……。シエスタってばこの根暗男にも好かれちゃってるわけ?」
パンパンと服についた埃を払いながらこっちに近づいてきた。さっき見せた少年のような笑みは消え、普段のポーカフェイスに戻っていた。目が笑っていないのにわざと笑顔を作っている顔で。
「アイビーさま、先に行ってください」
「でも……」
「ラスチェ、君が僕の恋敵っていうなら受けて立とうじゃないか」
「お前っ!!」
ラスチェも私も面食らってしまった。二十歩ほど離れていたところにいたはずなのに、瞬時に移動してきたのだ。
あぁ、忘れていた。この男エイヴォン・クーペ
学校始まって以来の秀才で、眉目秀麗という曰くつきの人物だということを。