5 シエスタと名づけたのは……
〝アイビーさま、アイビーさま〟
ん? なんか夢の中でラスチェが呼んでる?? そんな囁きじゃ起きないよ、ラスチェ……。
「おぉぉ、珍しいこともあるもんだなっ。まぁ昼寝するならもってこいな場所だけど」
ん? 頭の上から声がする? しかもラスチェじゃ……ない!?
「誰だっ」
「いてっ、」
「うぁっ」
がばっと身を起こしたのが災いしたのか、声をかけてきた人物と思い切り頭と頭をぶつけてしまったらしい。私はうずくまり、相手はぶつかった反動で落とした何かを懸命に拾っている。
「……」
額を抑えながらその人物を観察した。髪の色はグレー。屈んで拾っていると中途半端に伸ばしている少しウェーブのかかった髪が鬱陶しいのか何度かかきあげている。そしてシャツのボタンを胸元まで外している。チラリチラリと胸板を覗かせているのは計算なのか、そうじゃないのか。
周りの女の子たちは、色気だだ漏れでセクシーで、とか可愛いわよね、とか言っていたような。ふむ。確かにチラチラ見せつけてくるのは少しセクシーかもしれない。いやいやそうじゃなくて。
「なんで君がいるんだ?」
まだ飛び散った物を拾う彼の背中に問いかけた。
「なんでってひどいな。それはこっちのセリフだよ? シエスタ」
悪戯っ子のように白い歯を見せてこっちを振り返った。……悪くない笑顔だ。いや、そうではなくて。
「シエスタと呼んでほしくないんだが」
そういえばこの男のせいでクラス中に〝シエスタ〟という変な異名をつけられたことを思い出した。思い出しただけでも頭が痛い。
「えぇ? いいじゃん。響きも可愛いし、呼んで字の如しってね」
「呼んでの意味が違うと思うんだが」
「まぁまぁ気にしない、気にしない。現にアイビー嬢は授業中に舟漕ぎまくってるんだから、言われてもしょうがないでしょ?」
「……」
「一度や二度じゃないからね。それに〝シエスタ〟って呼ばれたときの君の少し怒った顔が、なんか可愛い」
「は?」
怒った顔が可愛い? なにを言っているんだこの男は。なんか心の中がチクっとした気がした? 多分気のせいだ。
「それに昼寝している君の姿が見ていて飽きない。綺麗だなって思うんだ」
「はぁぁぁ?」
理解しがたい言葉ばかり並べられた。皇宮にいたときは外見や身分やらを薄ら寒い甘い言葉ばかりで飾り立てられうんざりしていたが、これまたこの男も恐ろしいことを言ってくる。なにか見返りを求めているのだろうか?
「君の席はさ、ちょうど吹き抜けから注いでくる太陽の光で、その愛くるしい桃色の髪がまるでお祭りに出る、キラキラ綿あめみたいで」
「はい?」
私の髪が、子どもたちに大人気のキラキラ綿あめに似ていると? なんて失礼なことを言う男だっ。人が気にしてることをこうもあっさり言ってくるとは! 思わずキッと目を細めて睨みつけてやった。が、彼既に私を見ていなく、ここではないどこかを見つめていて効果がなかった。
そうだ、今のうちにここから去ろう。これ以上この男と関わっていると、どんどんおかしな話をされそうだから。芝を離れる際、音を立てないようにそろりそろりと後ずさった。少し離れた所の木の太い枝にに腰かけていたラスチェに視線を送ると、彼女もこくこくと頷いていた。ここを早く去る方がいいと。
「あ、ちょっと待ってよ。まだ話終わってないんだから」
「ぎゃっ」
私でないどこかを見ていたはずなのに、いきなり腕を掴まれて引き留められた。男の人に無理矢理腕を引かれるなんて経験がなく変な声をあげてしまったじゃないか。
「耳まで赤くしてる。可愛いなシエスタは」
ぼん、と心のどこかが爆発したように思えた。なんだ、なんださっきから可愛いとか歯が浮くようなセリフばかりで眩暈が。いや違う。眠気がまた……。
「おっとっと」
ふらついた私を彼は……だ、だ、抱きとめた。
「うひゃっ、は、離せ」
「え? なんで? 足元おぼついてないようだけど」
「いいから離して」
ど、どうしようもなく頭の中なのか心なのか、それとも血液なのかドクドクと体内からうるさい音がする。
「まぁ、とりあえず座ろう?」
体内の音云々よりも、急激にくる眠気に耐えられなくなった私は、言われるがまま彼と肩を並べて芝の上に座ってしまった。
「水飲む?」
「え、あ、いや大丈夫。少し眠れば大丈夫だから――――」
そう言ったところまでは覚えている。
頭の先からつま先までぽかぽかしてきてしまって、それから先を覚えていない。