4 昼下がりとラスチェ
ランチの時間になると私は監視役から渡される弁当とともに、人目を避けるようにさっさと校舎裏の木々が鬱蒼と茂る森へ足を向ける。
森へ踏み込むと、薄暗く湿った香りがする。しかしそこを抜けると目前に芝が広がり、中央に湖があるのだ。温かな日差しが降り注ぐとともに木々、葉の香りが心地よい。こんなよい条件の場所は人がくるだろう? と監視役に尋ねると即座に首を横に振られた。
そして「アイビーさまがこの学校にいらしてから一週間注意深く観察しましたが、この時間人が一度も来ませんでした」と付け加えられた。彼女が言うなら間違いないだろう。彼女をここは信頼しよう。
なんといっても体が辛いのだ。授業中安眠することができず、一週間という日数だが相当体が昼間の堂々たる睡眠を欲しがっている。例え短時間でもぐっすりと眠りたい。誰にも邪魔されずに。
「アイビーさま、いかがでしょう?」
クラスでは陰鬱だ、とか暗いだとか言われている私の監視役、兼クラスメイトとして潜り込んでいるラスチェがにこやかな笑みを浮かべて聞いてくる。
彼女の笑顔を見たらきっと陰鬱だとか、暗いなんてことは言わないと思うのに。でも悲しいかな、彼女は男として潜入している。男装の麗人をやってみたかったのだ、と言うけれど勿体ない。その黒々しい艶やかな長い髪。色白で滑らかな肌。すらりと伸びた四肢。残念なのは胸の膨らみぐらいだが、彼女がすっきりとしたシンプルなドレスを着ると、ぐっと気品溢れ周りが華やぐ。私など男たちはお構いなしに、花開いた彼女のもとに多くの男たちが群がるのだが……。今は見る影もなく、やはり勿体ない。
おまけに学校にいるときは珍しい藍色の瞳も隠しているのか猫背の姿勢で、長く垂らした髪を顔にかからせて表情を見られないようにしている。顔を上げ、かかる髪を結えば素敵な容姿なのに尚更勿体ない。
「うん。悪くない。昼寝になかなか適しているね。ありがとう」
彼女につられて私も自然と頬が緩む。そして陽の光に照らされ湿り気のない芝の上に腰をおろした。ラスチェはせめて敷物を、と助言してくれたが、少しふわっとしたこの感触を味わいたくて退けた。
「それでは授業が始まる少し前に声をかけますね」
「うん。……て、ラスチェ? 隣にいないのか?」
「誰か来たら面倒ですから、近くの木の上にいます」
「あ、……そう」
ここでなら幼い頃のように、身分など関係なしに並んで空でも見上げれると思ったが、淡い期待だったのだろうか。皇宮にいた頃よりなんだか他人行儀で少し寂しい。身軽に木に飛び乗るラスチェを見上げながら、午前中、そして夜間国境警備隊の疲れを癒すように私は瞼を閉じた。