3 焼き菓子とエイヴォン
「シッエスタァァ」
ランチもそこそこに、人があまり近寄らない木漏れ日の中で寝そべっていたのに、どこで匂いを嗅ぎ取ったのか突進してくる音が聞こえた。
この足音は!
あぁぁ、こんなときに転移魔法を使いたいっ! でも一般人の前で使えない。使ったらすぐに校内で噂に絶えない存在になってしまう。なるべく目立たないように学校で過ごすこと、というのも決められているから。皇族の中でも屈指の魔法使いの私が、自制するなんて辛いというのに。しかも相手が悪いときている。あぁぁぁ、どうしよう。走って逃げるべきか? いやでも……。
そうこうしていると木々の間からひょっこっと顔を覗かせる人物が―――辿りついてしまった。
「シエスタ、あからさまに嫌な顔してるね」
ゆるいウェーブがかかったグレーの髪をかきあげながら小さな笑い声を漏らしながら近づいてくる。
私がランチのあとうたた寝でもしよう、というタイミングで現れるからなのだよ。まったくもう。
「嫌なものはイヤだ、という顔をしてなにが悪い?」
そっとしておいてほしいのに変に気にかけてくるところが気になってしょうがない。クラスではほとんど会話をしないっていうのに。
「つれないなぁ。それはそうとさっき女の子から美味しい焼き菓子を貰ってさぁ」
「え?」
もっと眠りたい、と体は睡眠を欲していたが、〝美味しい焼き菓子〟という言葉にみるみる体にエネルギーが巡ってくるのがわかった。急いで飛び起きると、菓子をいっぱい詰め込んだ手提げカゴを抱えたクラスメイト――エイヴォンがにっこり笑んで立っていた。
付け加えると、彼は女子に絶大なる人気がある。女の子を変な贔屓目で見ないで平等に接してくれる、というのがいいらしい。私にはさっぱりその良さがわからないのだが。
「さすがシエスタ、お菓子には眠気も勝るんだね」
鼻で笑われるのが癪に障るけれど、図星だからしょうがない。
「エイヴォンはいいね。頼まれもしないで簡単にお菓子が貰えて」
「モテる男は辛いけど、甘い物もらえるのは悪くないね。ほいっ」
屈託なく笑うエイヴォン。この笑顔はあまり表だって見れない。なぜだか知らないが、女の子の前ではポーカーフェイスを保っているのだ。なんで崩した表情を私に見せるんだか……よくわからない。
可愛くラッピングされた袋をキャッチすると、それまた可愛いメッセージカードが括られていた。
「エイヴォン、このカードは?」
いつもの返答がくるとわかっていながら、一応確認する。
「ん。適当に捨てといて」
口をもごもごさせながら、お決まりのセリフを返された。人を好きになって、振り向いてほしくあれやこれやと考える心理はわからない。エイヴォンのためにと、心を込めたカードを捨てるのはいつも申し訳なく思ってしまう。まぁ、エイヴォンにとプレゼントしたお菓子を私が一緒に食べている時点でよくないんだろうけれど。けれど、好きな物はしょうがない。だってお菓子が……なんといっても焼き菓子が好きなんだから。
ちょっとした罪悪感を抱えながら私は包装を解いてマーブルクッキーを頬張った。こういう可愛いクッキーなんて、皇宮では食べられないから。
皇宮じゃ、お菓子といえばチョコレートばかりなのだ。原料が海から渡ってきて、とても貴重なのだ、と言うけれどあれは一度にたくさん食べられないし、結構甘ったるいのが多い。
こうして昼寝を妨害しにくるエイヴォン。彼が抱えてくるお菓子と出会い、私の世界が一変した――――。