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37 片鱗のかけら

「アイビー、色々とその……すまない」


 大きい体を丸めて謝るスピノザの姿は、なんとも情けなさが漂ってくる。


「そう思うなら兄さまと国境警備隊を早く解放してほしいんだが」


 すぐ前にいるウィンガーツに聞こえるくらい、わざと大きな声で言ってみた。


「……すまない。本当に」


 スピノザが両手を合せて謝ってくるだけで、ウィンガーツの反応はない。私の言葉なんて気にもとめていないのか、こちらを見もしない。ウィンガーツの態度が気に障るが、それよりもスピノザがスピノザらしくなくて気持ち悪い。

 彼が誰かに謝る場合、どこか茶化した言い方で自分に非はそんなにありませんよ、とアピールしてくるのにそれが一切ない。言葉を飾ることもしないでストレートに謝るなんて、どうかしている。次期皇国を背負う兄さまのためなら命を賭しても構わない、と豪語するほどなのに。

 いまはその片鱗すら見つけられない。一体どうしてしまったのだろう。


「捕まった時に頭の打ちどころでも悪かったのか? スピノザが簡単に謝るなんて信じられないし、兄さまを率先して解放させようなんて動きもしていない。それとも……ウィンガーツたちに変な薬でも盛られたのか?」


 否定されるのを期待し、一縷の望みをかけてスピノザに問いかけた。


「薬? そんなの盛られてないぞ。それに頭も打ちつけてない。どこにもこぶらしいものはないしな」


 頭を触り、確認するように答えてきた。


「どうして。どうして否定しない? 否定さえしてくれればスピノザの意志で動いていない、と少しでも言い訳がたつのに。それともなにか? ウィンガーツに弱みでも握られているのか? 従わないとシャノンの命を奪うとかなんとか」


「それはない。弱みなんて握られていない」


 考え込む様子もなく答えるスピノザがにわかに信じられない。

 しかもハッキリ、澱みなく言い放たれた。


「じゃぁどうして? どうしてウィンガーツの言いなりみたいな真似をしている?」


「言いなりじゃない。自分の考えで動いてる」


「兄さまを助けるよりも大切なことなのか?」


 フッと会話が途切れた。

 スピノザが神妙な顔つきになり腕組みして低く唸っている。普段目にしない状況で不気味だ。

 唸りながら半開きになった唇を縦に開こうとするも、すぐに元の位置に戻るという動きを繰り返している。更に不気味だ。


「まず言えることは、ウィンガーツもハティオラも、いつでも逃げ出すことができたんだ」


 唇の開閉を繰り返して七度目。ようやく言葉になった。けれども――。


「は?」


 意味が全くわからない。唐突すぎて私は目を見開いてしまった。


「どのタイミングで脱出しようかと図っていたのかもしれないな。そんなときに脱出できそうな駒が現れたわけだよ。正体不明気味の俺が。馬鹿みたいに城に突っ込んだ俺は、あっという間に捕えられて牢の中へ放り込まれた」


 自分で馬鹿みたいに突っ込んで、と言えるくらいとは相当超直球だったのかもしれない。スピノザの行動が容易に想像できてしまう。


「初めは俺しかいないと思ってた。そしたら奥からウィンガーツとハティオラが近づいてきて、俺の拘束を解いてくれたんだ。……あぁ、もしかするとこの辺りから色々算段されてたのかもしれないな。でもそんなことに俺は気づかなかったし、シャノンが術師に操られた男たちに襲われそうなところを見せられて、冷静でいられなかった。早く牢から出てなんとかしてやらないと、って思ってな」


「シャノンを助けるために、なにか取り引きをしたということか?」


「していない。ただ、術者を叩きのめすことに同意をした」


「共闘というやつか? じゃぁ、その後に口封じ的な取り引きを?」


「それもしてない。アイビー、そういうことじゃないんだ。俺はね、シャムロックの人々が苦しい状況にあったことを知らなかったんだ」


 ドン、と胸の奥を強く押されたように感じた。それ以上、返す言葉がない。

 シャムロックの人々が置かれた現状を知らずに、今までぬくぬくとしていたことがどうしようもなく腹ただしい。もっと皇国の中のことを知りたい、知らなければ、という強い意志があったら防げたかもしれないのに。

 ……いかに中のことに無関心だったか。自分の見える範囲だけ知ってればそれで満足、という考えが少なからず私にあったことも否めない。


 もしかすると――――。


 私の見えていることが全てではない、ということを、かなり強引だったけれどエイヴォンは伝えようとしていた?

 緑豊かだった頃がシャムロックにもあったのだと漏らしていたし、プリム以外シャムロックに住んでいる人と会わなかったは、私が誰かに見つかって皇族であることがバレたら困るから、ではなくて、そもそも会わせる人があの場所にあまりいなかったから、と考えればどうだろうか?

 やたらレイス家とサルファー家のことを言及していたことも意味がかなりあったのかもしれない。

 シャムロックの捕らわれた人々を解放させるために私を連れ去ったのだとしたら? 交渉を有利に進めるために、是が非でも皇族関係者が欲しかったとしたら?

 そう考えれば合点がいくように思える。


「アイビー、大丈夫か? 汗がすごいぞ?」


「いや。なんでもない」


 答えながら、スピノザと会話をしていた内容を急いで思い出した。ひとまず仮説は置いておこう。


「じゃぁ、どうして取り引きもしていないのに協力をしている? 兄さまや国境警備隊を危険に晒してまで」


「俺はさ、恥ずかしい話、シャムロックの人たちよりシャノンのほうが大切だった。牢から抜け出した俺は真っ先にシャノンを助けることを優先させていた。その間にウィンガーツはなにをしてたと思う? シャムロックの人たちの解放を率先してやっていたんだ。自分の国の人たちを助ける前にだ。俺は順番を間違えたかもしれないって思った。それに助け出したあとはサッさとこの場から逃げたっていいのに、逃げない。なにか伝えたいことがあるからなのかもしれないけどな」


「それはそうかもしれないが」


「ウィンガーツの損得なしで助けた心意気に、俺は感動してさ、ルイーズとちゃんと話し合えるまでは協力しよう、って思ったわけ」


 スピノザは得意げにニッと白い歯を見せて笑っているが、本当に損得なしの感情でウィンガーツたちが動いたんだろうか。どこかウィンガーツの計算高い計画な気がするのは杞憂だろうか?

 スピノザやシャノンはウィンガーツたちに助けられた、という事実があって本質が曇って見えていないだけじゃないのだろうか?


「それにしてもさ、アイビー。どうして俺たちはシャムロックのことを知らされていなかったんだろうな」


 ずくんと心の中が疼いた。


「臭いものに蓋をしたかったのかの」


 どう答えたらいいか迷っている間にウィンガーツが割って入ってきた。ムッとして睨むと、兄さまをやすやすと肩に担いでいた。抑え込んでいたシャムロックの人々はいつの間にか私たちから遠ざかって行っている。


「に、兄さま?」


 兄さまに声をかけるも、顔は青ざめ、瞼が閉じられていて返事がない。


「ウィ、ウィンガーツ、お前まさかルイーズをっ!?」


 スピノザの全身から筋肉が引き締まっていく音が聞こえた。


「気を失ってるだけでの」


「ほ、本当か?」


「まぁ、少し急いでハティオラに診せねばの」


「じゃぁ、早くっ」


 ウィンガーツの言葉に畳みかけるように私は急かした。


「うーん。この者が気を取り戻したとき、私に襲い掛かってこないよう約束してくれるのなら、すぐにでも」


「する。約束するから早くッ」


 ウィンガーツが言い終える前に私はお願いしていた。


「いざ、っていう時は俺がルイーズの力を抑えるから早くなんとかしてくれっ」


 私に続いてスピノザも必死な形相でウィンガーツに頼み込んでいる。

 その様子に私は少し安心してしまった。なんだかんだでやはりスピノザは兄さまのことをちゃんと考えているのだな、と。


「そなたたち、話が早いの。フフッ」


 小馬鹿にされたような笑い声が癪にさわったが、私たちは滑るように移動するウィンガーツのあとへ続いた。


ルイーズ…目覚めるかな?

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