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35 その男、砂漠から来る

 私を取り巻いていた強烈な匂いなどどこかに吹き飛んでしまった――。


「そんなに見つめられては恥ずかしいんだがの」


 言葉がやたら近くに聞こえハッと我に返ると、下から覗くように私を見つめる澄んだ赤色の目があったのだ。


「ひっ!! ち、ち、近いっっ!」


 あまりにも顔が接近していて、慌てて私は後ろへ飛びのいた。

 けれども、ウィンガーツは私に合せるかのようにくっついてくる。な、なんなんだこの状況は!?


初心(うぶ)なのかの? フフフフ」


 笑い声から漏れる息が、息が、顔にかかってくるんだが!!

 瞬時にもっと距離をとりたい。転移魔法を使いたい!!

 なのに指輪のせいで叶わないとは、なんとも歯がゆいっ。


「まったくもう。あまりアイビーをからかわないでくださいませっ」


 もどかしく思っている間に、シャノンがウィンガーツに対してピシャリと言いのけてくれていた。助け舟のつもりなのだろうか? シャノンの表情から真意を探ろうと見つめるも、フイッと顔を背けられてしまった。その行動が少し悲しい。


「からかってるつもりはなかったんだがの。悪かったの」


「い、いや、べ、別に謝ってほしいとかではなくて……って、え?」


 離れる間際、ウィンガーツは私の頭をぽんぽんと叩いてから離れたのだ。

 突然のことと、勝手にされたことで反射的にギッ、と睨むと、ウィンガーツは微笑み返してきた。……睨んだことが徒労に思えるくらいに。

 でもその笑顔が、どこかで見たことのあるような表情で、私は首を傾げた。誰だっただろうか。こんな風に笑った顔を見せてくれた人は。


「そ、それはそうとウィンガーツ、その髪の色は生まれつきなのか?」


 ぼんやりとしか思い出せないことを振り払うように、私はわざとらしい咳払いをしながら問いかけた。


「この世に生まれいでた時から、この色だがの」


 肩にかかる毛先をツン、と指で弾きながら、ウィンガーツは考え込むこともせず答えてきた。


「ふむ。この城の(あるじ)も私の髪の色を見て、そなたと同じような問いかけをしてきたがの。そんなにこの色は珍しいのかの?」


「珍しいもなにも、皇国には赤い髪をもって生まれてくる者はいないんだ」


「存在しないのかの? それはまた不思議だの」


 声の調子がうわずっている。驚いているのだろうか? もう少し表情からなにか知ることができるような気がして見つめていると、瞳の様子がおかしかった。なんと、赤い瞳がキュゥゥと縦長になっていたのだ。あ、あり得るのか? 瞳孔が縦になんて? とても奇妙すぎる。


「私の住んでいる国や、そのまた向こうの国では普通にたくさん見かける色なんだがの」


 瞳孔の開きに気を取られていると、先に話を進められてしまった。


「え? なんて?」


 なにかが引っかかった。なんだろう。ちゃんと聞き入らなかったせいだろうか? 違和感を一瞬感じたのだが。


「あぁ、でも男で赤い髪、というのは珍しい部類に入るかの」


「いや、違う。そういうことではなくて」


「ん? どうしたかの?」


「珍しいとかの前になんて言ったんだ?」


「私の住んでる国や、そのまた向こうの国では普通に赤い髪をもった者がいると言ったんだがの」


「ウィンガーツが住んでいる国? そのまた向こうの国? ……どこのことだ?」


 聞き返しながら、私はスッーと冷たい汗が背中を流れていくのがわかった。

 嫌な予感が足元からゾワゾワと這い上がってくるような感覚がする。皇国には赤い髪をもって生まれてくる者は存在しない。そして海向こうの者も皇国と同じように赤い髪の者はいないと聞いている。なのにいま、目の前に赤い髪をしたウィンガーツがいて、染めたわけではないと言う。……つまりは皇国でも、海向こうの国の者ではないとすると、一体どこから現れたというのだろうか。


 まさか、とは思うが……。


「城壁の向こうにある砂漠の国。プラートゥム王国が私が生まれた場所での」


「砂漠の国? プラートゥム? 王国? 砂漠の国?」


 自分でもわからないが、同じことを二度繰り返していた。


(みな)して砂漠に国があることを知らないとは、残念でならないの」


 ウィンガーツがなにか呟いている。でも内容まではわからない。

 ただ目の前にいるウィンガーツが母の予言した男なのかもしれない、という予想が確信に変わっていた。

 それと同時に私は脱力感におそわれた。気づかぬうちに砂漠から皇国にとって不吉とされる男を、やすやすと侵入させていたことに。なんと私たち夜間国境警備隊(ノーチェ・シビル)は無能なのか、と。



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