表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/40

30 牢よ、さらば(スピノザ視点)

 ウィンガーツの手の平の上に乗った透明な玉から俺は視線が外せない。

 そこには手足を縛られ、床に転がされたシャノンの姿が映し出されていたからだ。


「なっ、なんだそ、それは」


「これは水晶と言ってな、真実を映し出すものじゃの」


「し、真実?」


「そう。いま実際に起こっている出来事での」


 ずっと水晶を見ていると、映し出されていたシャノンの顔をが歪んでいた。褐色の腕が伸び、美しいと謳われている金色の髪を思い切り引っ張られていた。

 そんなことをされてもシャノンは眉一つ動かさず、毅然とした目で髪を掴む者を見やっていた。いつも柔らかく、華やいだ雰囲気がそこにはなく思わず俺は息を呑んでしまった。


「こ、これはどこなんだ? 本当にいま起きてることなのか?」


 ハッとした想いを打ち消すかのように、慌ててウィンガーツに現状を確かめた。映っていることがただの幻だと思いたい。


「この水晶に映る光景は偽りは写さないからの」


 間延びするウィンガーツの声に俺は苛立ちを覚えた。


「偽りじゃないっていうなら、俺は早くシャノンのとこへ行って、あいつを助けたい。なぁ、ウィンガーツ、そこはどこなんだ?」


 偽りじゃないというのなら、こんなところでジッとしていられない。力がまだ入りづらい脚を踏ん張って俺は立ち上がった。


「威勢がいいのは構わないと思うがの、スピノ。そなた、この城に入った途端拘束されたのを忘れてしまったかの?」


「は?」


 俺は首を傾げ、思わず考え込んでしまった。

 ――そうだった。侵入した途端、あっという間に紫の煙に巻かれて、手足を拘束されたこと。そして気づいたら牢にぶちこまれていたことを。


「私たちもこの城の(あるじ)に人質をとられていたり、取り引きが無事に行われるまでジッと待っていようかと思ってたがの、丁度よい頃合いよの。美しい女性に暴挙を振るうなど許せんしの。それに……」


「それに?」


「いや……。いいかの? スピノ。城の(あるじ)はそんなに力がないのだがの、脇にくっついている術者が曲者での。全力で叩きのめしにかからないと、私たちはここよりもっと強力な力で抑えつけられる可能性があるからの。力のある限り出してほしいんだがの」


「ん?」


 ところどころ理解不能だ。術者? 曲者? なにを言い出しているんだ?


「スピノ殿、とにかく全力でいったらいいのじゃ。わしもスピノ殿を援護しますから」


「あ、あぁ」


 眼帯の男、ハティオラに妙に励まされた。


 ふっとウィンガーツの持つ水晶を見やると、シャノンの前に短剣を持った線の細い男がニヤつきながら近づいていた。


「なっっ! とにかく早く行くぞっ」


 悪い予感かしかしない。俺は急いで牢の出入り口となっている格子に手をかけた。


「うおっ」

「ならんっっ!」


 俺の野太い声と、俺の行動を制止する声が重なった。

 格子に手をかけた指先がバチッと音を立てて弾かれ、じーんと痺れるように痛んだ。


「全く。血の気が多いのも困りもんじゃな」


 ぐいっと襟元をハティオラに掴まれたかと思ったら、意図も簡単に後ろへ転がされていた。


「あ、お、おい」


 俺と同じようにハティオラが格子に触れていたのだ。どうして俺と同じように弾かれない?


「そこで見ておれ」


 弾かれない理由がわからないまま、言われた通りハティオラの行動を目で追った。


 ”ブチ、ガチ、ガツン”


 ものすごい鈍い金属音と床に転がっていく格子の一部分(いちぶぶん)。いま俺が目にしている光景は信じていいのだろうか? 思わず自分の頬をぐにっと(つね)ってみた。


「いだっ」


 抓った箇所をさすりながらもう一度ハティオラを見ると、筋肉の上から白い湯気のようなものが出ていた。筋肉になにか秘密があるのだろうか? そうではなくて、なにか俺には考えられない秘められた魔法(ちから)でも持っているのだろうか? いや、もし魔法であったなら、床に敷き詰められている石に吸収されるんじゃないのか? 俺が魔法を使おうとしたときのあの感覚……、思い違いだったのか? 

 だっていくらなんでも格子を手刀で切り落とすだなんて荒業、普通にあり得ないだろ?


「ほら、ぐずぐずしてないで上に向かうぞ」


 目にした光景に納得がいかず、座り込んでいる俺にハティオラの声が飛んできた。

 視線を上げると、ハティオラの声に賛同するかのように、牢の中にいた人たちが次々と壊された格子を跨いで出て行き始めていた。


「スピノ、ほら、そなたも早くここを出ないと大切な者が……」


 ゆったりと語りかけてきたウィンガーツの言葉に、ハッとして俺は慌てて彼らについていった。

 ざっとその後ろ姿を数えてみれば十二人ほど。よくあの牢で息をひそめていたもんだ、と感心してしまう。しかも捕えられていた割りに皆機敏に動いている。機敏、というより俊敏な気がするのは気のせいだろうか。

 石畳の螺旋階段を颯爽と駆けあがっていく姿に俺は不思議さを感じていた。



これにてスピノザ視点は終わりです。

次回からはアイビー(シエスタ)視点に戻り、通常運転予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ