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29 赤き者との遭遇(スピノザ視点)

前回に引き続きスピノザ視点です。

「それでは失礼。絶対に動かないでくださいよ」


 俺の返事を待たずに、”ブツブツブツ”という鈍い音がした。力を入れて思わず(つむ)っていた目をゆっくり開くと、視界を遮っていた明るい光はそこにはもうなかった。

 代わりに少し遠のいた場所に、ポゥと光るなにかを閉じ込めた白い入れ物が床に置かれていた。放射線状に光を放っていて、俺からでも周囲が見渡せる明るさだ。一息ついてから視線だけを床に落とすと、そこには太いヘビをブツ切りにしたように縄がバラバラに落ちていた。


「ぜ、全部切れたのか?」


 体を揺すると両手首、足首が少し痛んだもののバラバラと別々に動かすことができた。かなりの開放感だ。


「いやぁ、すまない、すまない。すごく助かった」


 よっこらしょ、と足に力を入れて立ち上がろうと思ったが、自分が思っているほど拘束がきつかったのか、よろめいて尻もちをついてしまった。


「急に立ち上がるだなんて無理をしちゃぁいかんよ」


「そうっすね」


 ポリポリと頭を掻きながら、縄を切った声のしゃがれた男を見上げると、年齢不詳の人物がそばに立っていた。頭は白髪でボサボサしていて一見年老いたように見えなくもないのだが、破れた衣服の肩口から伸びる腕はがっちりとした筋肉に目がいった。俺と同じくらいの筋肉がついてるかもしれない。

 それよりも肩から手の甲にかけて変な紋様が入ってることと、右目を黒い眼帯で覆っている風貌がどうもこう、胸騒ぎしてしまう。俺の知ってる限り、こういう外見は海向こうの人たちに多いはずなのだが……。


「さて、縄が切れてスッキリしたところで。そなたの名前を教えてくれぬかの?」


「は?」


 忘れていた。縄を切った男より初めに声をかけてきた人物の存在を。しかもいきなり視界を奪ってきた失礼なヤツを。

 妙な話し方をするヤツがゆったりとした足取りで眼帯男のそばに寄ってきた。


「ッッ!」


 俺は声にならない声で驚いてしまった。

 なぜなら――――。

 アイビーの母さん……、皇王妃(こうおうひ)さまが予言した赤い髪の者がいたからだ。


「なにかの? 私の顏になにかついてるかの?」


「い、いや」


 ついてるもなにも……。今にも手が届きそうな距離に皇国に災いをもたらすと言われている赤い髪をもつ人物がいるなんて、平静ではいられないぞ。


「そ、その髪の色は、じ、地毛か?」


 聞かずにはいられなかった。もしここで素直に染めました、でも言ってくれれば気持ち的に楽になれるのだが、と思いながら。

 おそるおそる見上げると、赤い髪の持ち主は首を傾げていた。


「言っている意味がわからんの。私のこの髪は生まれつきなんだがの」


「……」


 言葉を失った。まさかこんなところで皇国に災いをもたらす人物に遭遇するなんて。


「この城の(あるじ)も私の髪色を見て同じこと言っていたが、なにかこの髪に問題でもあるのかの?」


 耳周りで跳ねている髪をピンと指で弾いて不思議そうに俺を見ている。

 かなり問題ありますよ、と教えてしまいそうになるほど、澄んだ赤色の瞳に俺は惹きつけられていた。


「い、いえ、別になにも。ただ珍しいからついつい聞きたくなっちゃたんだな」


 ハハー、なんて柄にもない乾いた笑いをしながら慌てて視線を外した。ずっと見ていたら、なんだか心の奥底まで見られそうな思いに駆られたからだ。


「ふむ。で、そなた名前はなんというのかそろそろ教えてはくれないのかの?」


「え、あ、あぁ、俺はスピノ。そういうあんたは?」


 咄嗟について出た名前の簡略版。スピノザ、と名乗るにはあまりにも危険な気がする。


「私はウィンガーツ。訳あって砂漠の国からここに来たのだが……、生憎、というかまぁ見ての通り、仲間と共にここに閉じ込められてしまっての」


「砂漠の国?」


 聞いてもないことをペラペラと話された。しかも砂漠の国だって?

 つまり、俺たちの警備の目を盗んで皇国の一角に侵入したということか? 俺たちの目が節穴だったのか? それとも誰かが手引きしたのか? シャノンか? アイビーか? それともルイーズか? 理由を考えるだけで混乱しそうだ。


「えぇ、砂漠の国。知らないかの?」


「あ、いや、あぁまぁ知らない……な」


 国境の外に砂漠があるのは知っているし、見てはいるが、そこに国? 俺はピンとこなかった。


「世が世なら、砂漠の民を率いる王様なのだよ、この方は」


 なにで切ったかわからない縄を集めながら眼帯の男はボソリと言ってきた。


「砂漠の王様?」


 呟きながら頭の中で、むかーしまだ俺が熱心に歴史を勉強していたときに見つけたある文献の一節が一瞬(ひらめ)いたがすぐに消えいくのがわかった。あぁぁ、なんてこった。もっと真面目にやってれば今のキーワードだけで色々わかったような気がする。


「ハティオラ、こんな場所で言ってもなにも意味はなさないのだからよさないかの」


 ふふ、とズタボロになっている袖口でウィンガーツと名乗った男は口元を覆っている。


「その砂漠の王様がなんだって牢に閉じ込められているんだ?」


「大切な取引材料らしくての。一応これでも気遣ってはもらっているんだがの」


「……」


 牢に閉じ込められて気遣ってもらっている、という見解は甚だおかしい気がするんだが。納得できない顏でウィンガーツを見上げると腕組みをしてジッと俺を見ていた。


「スピノ。やはり思うんだがの、そなたの色、その辺の者とは違うよの?」


「色?」


 唐突に聞かれ俺は首を傾げた。色、とは一体なんのことだろう。


「特別な色……。生まれもって高貴な色。そなた何者かの?」


 優し気に弧を描いていたウィンガーツの瞳が急に鋭くなった。まるで獣を狩るような威圧感だ。


「さぁ?」


 生まれもって高貴な色で、特別? 一瞬鋭い視線にたじろいてしまったが、俺は素知らぬフリを決め込んだ。


「ふむ……。まぁ、素性を明かしたくない何かがあるのだろうと察しはつくがの。でもスピノ、お主が黙っていても別の者が吐いてしまう恐れがあるかもしれんの。ほれ」


「な……なにを?」


 言われるがまま俺はウィンガーツの手の平の上に乗った透明な玉に視線を落とした。どこから出したんだ? と冗談交じりで言おうとしたが、玉の中に映った人物に俺は息を呑んだ。


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