1 シエスタではなくアイビーなのです
吹き抜けの天井からここに注ぐ太陽の温かさがとても眠気を誘うんだ。
だから眠たくなる。瞼が重くなって、体からふぅっと力が抜けていく。その瞬間がとても心地よい。心地よいから、どうか誰も邪魔を……。
「こらぁぁぁ、シエスタ!! 起きなさいぃぃぃ」
「ふぎゃっ」
講壇から真一直線に、私の額めがけて硬くて小さいものが飛んできた。毎回同じ物だとわかっているものの、地味に痛い。数時間、額の赤味でからかわれるのは憂鬱だな。……それはそうと毎度毎度注意してくるのはいいのだが、曲りなりにも女の子に物を投げつける、というのはいかがなものだろう。
しかし、それよりも――――。
「先生、何度も言いますが私の名前はアイビーです」
名前だけは訂正してほしく、講壇前に憮然と立っている魔法学の教師、グラーチェ師に抗議をした。
「なにを言ってるんです。あなたにはシエスタで充分ですっ」
ピシャリと言ってのけられてしまった。しかもクラスメイトたちがグラーチェ師に賛同するようにクスクスと小さい笑いを起こしている。笑いたければ笑えばいい。
私の身分を知ったら、笑うどころではないと思う。むしろ媚びへつらってくるかもしれない。
その身分はあとで説明にすることにしよう。まずは私の名前から。名をアイビーという。ところが、よく授業中に居眠りをしてしまっていて、周りから昼寝の子と呼ばれてしまっている。かなりの不毛である。
そもそも日中に寝てしまう、という体質の私に集団で授業を受ける必要があるのか甚だ疑わしい。なぜ母も父も私が学校に通うことを許可したのだろう。不思議でならない。しかも急にである。十五の歳になるこの年から通わせるなんて。
今まで通り皇宮で学ぶことがなぜできないのだろう?
寮のないこのマーギア学校に通学させられている、というのもよくわからない。
皇族の大半が通うことになっている全寮制マヒア学校に送られなかったのはなぜなのだろう。
いま通っているマーギア学校での生活は首を傾げる案件が多い。その疑問を父や母にぶつけたくとも、直接は尋ねることができないため、宰相に頼んでいるのだが、一向に返事がない。恐らく宰相のところで私の意見は止められていると思う。
そこで、悶々としている私は目にあまる問題を起こすことにした。父や母、それから宰相たちがどんな反応をするか知りたくて。そうすればいいも悪いも、なにかしらの反応が返ってくると信じて。
まずは通学拒否、ということで部屋に閉じこもった。が、すぐに監視役の容赦ない突破であっという間に学校へ強制連行。
次に、通学途中で行方をくらませた。ところがこれも監視役の見事なまでの尾行であとをつけられ、強制的に学校へ。一度ならず、数十回試みるも、毎回失敗。
それならば校舎で監視役をまいてしまおうとするも、しつこいくらいに監視役に監視され、逃げ出すことさえ困難に。
……つまりは大した問題行動に発展する前に行動が阻止されてしまって、父や母が心配するまでもない、という結果になってしまっている。
はぁぁぁ。
窮屈だ。
父と母のもとを離れてから気づかされたが、娘である私の意見さえ、皇宮を出てしまうと直接伝えることができない不自由さ。誰かを通さないといけないまどろっこしさ。
鬱々としてしまいそうだ。
それとも今まで自由を満喫していたツケが回ってきたのだろうか?
はぁぁぁぁ。
ため息ばかり出てしまう。
私はただ聞きたいのです。
どうして身分を隠してマーギア学校に通わねばならないのですか?
どうしてアヒア学校にそのまま残ることが許されなかったのですか?
私がマヒアにいたとき、たくさんの人に迷惑をかけた罰ですか? と。
答えが返ってこないのはわかっているが、こうしてときどき気持ちを吐露しておかないとどうにかなってしまいそうだ。
吐露ついで、ともいうのかもしれないが、私の心の中でなら身分を明かしてもいいだろう。
私はヘリックス皇国、第二皇女。フルネームはアイビー・レイス。
夜間国境警備隊に属し、勤続五年目に突入する。
2016.5.16→大幅改稿