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26 思いがけない再会で…

シエスタと呼ばれることが多いのですが、本名は「アイビー・レイス」でありまする。心のどこかに留めていただけたら幸いです。

 扇形に伸びる枝には青々とした葉が茂り、その重みに耐えることができるよう太い幹が支えている。マーギア学校にある敷地、私が昼寝に選んだ森にも同じ木が育っていたなぁ。確か名前は……キケヤの木だっただろうか。ただ乾燥した土地に生える、とは聞いたことがない。

 よくよく足元を見つめれば踏みしめていた土が乾いたものではなく、湿り気を帯びていた。ササッと足で払ってもすぐ砂埃にはならない。

 なぜだ?

 太い幹に身を隠しながら煌々と照らし出されている石造りの城壁を見つめながら次々と疑問が溢れてきた。

 プリムたちが住んでいた場所と歩ってきた道に広がる風景とあまりにも違いすぎること。その差異とは?

 城壁ばかりに(あか)りを当てていること。どうしてそんなに明るくしているのか?

 その変わり、といわんばかりに城壁からひょこっと覗く城の上層部は薄暗く見え、怪しさを醸し出している。城壁に灯りを当てているのなら城にも十分な灯りをともせばいいだろうに、と。

 誰かにこの城は狙われている? ……まさか。

 それ以上のことが思いつかなく、首を振っていま考えたことをかき消した。


 

 さて――――。

 この時間帯に起きている者は夜間警備隊以外いないはずなのだから、城の中の様子を見ることくらいできるだろう。潜めていた身を乗り出して前に進もうとしたその時、


「んんっっ!!」


 誰かに後ろから身を羽交い絞めにされた。し、しかも口元を強く抑えられ苦しい。手足をジタバタさせてどうにか逃れようと必死になったのだが――――。

 突如襲ってきた人物の「フッ」と鼻で笑う声が聞こえて、はたと我に返った。聞いたことのある声色だったのだ。


「兄さま?」


 苦しくとも小さく声にすると、口元を覆っていた手の平が離れた。


「なにしてるんだ? こんなところで」


 拘束されていた力がゆるゆると弱まり、兄さまの呆れた声がした。


「な、なにって兄さまこそ何を?」


 相手が兄さま、とわかっていても目で確認したく、急いで振り返った。夜間警備隊(ノーチェ・シビル)の制服を纏い、ゴーグルを外したその目はなんだか疲れが溜まっているように見えた。なぜだろう? 兄さまにしては珍しく体の具合でも悪いのだろうか? それにしても警備の仕事を放って、兄さまがこんな場所にいるのだろう。不思議でならない。


「何を、ってアイビー、自分がどんな状況に置かれているかわかっているのか?」


「え……?」


 はぁぁぁ、と深いため息が兄さまから漏れ聞こえたかと思ったら、首を傾げる私の手を引いてこの場から少し遠のき始めた。どこへ連れて行かれるのだろう?

 足がもつれそうだ。兄さまの足取りが特別速い、というわけではないというのに。


「アイビー、大丈夫か? いくらも歩いていないのに息があがるなんて。いつものお前らしくないね」


 立ち止まって兄さまが指摘してきた。


「そ、それは、あ、あの」


 そうだ。この指輪のことを早く伝えなければ! 急く気持ちを伝えようと口を開こうとしたとき、スッと唇に兄さまの人差し指が触れた。ひんやりした感触に驚いてしまい、続けようと思った言葉が一瞬のうちに頭から消えてしまった。


「動かないで」


 足を止めた私たちは微動だにしなかった。サワサワ、ザワザワと葉が擦れる音にじっと聞き入るほどに。暫く周囲の音に耳を澄ませると、葉の音に紛れて砂をジャリジャリと踏みしめる音が近づいてきた。緊張が先走ってしまい、思わず兄さまの手を握りしめてしまう。

 まさかエイヴォンたちが追ってきた? 体中にひんやりした冷気が降りてくるのがわかった。


「あ、ルイーズさま。それに……アイビー?」


 でもすぐにその冷気はかき消えた。

 なぜなら可愛らしい女の子の声で、しかも聞き慣れた声だったから。緊張の糸がすぐに解けていく。

 夜間警備隊(ノーチェ・シビル)の制服のフードを被りながらも隠しきれていない艶やかな金色の髪が風に吹かれそよぐ。夜でも星明かりに照らされキラリと光るエメラルドグリーンの瞳が美しい子。極めつけは陶器のような滑らかな肌。

 見間違うことのない夜間警備隊のメンバー、シャノンが背の高い草が生い茂ったところからひょっこり現れたのだ。


「え? どうしてシャノンが? え?」


 シャノンだ、と認識し、安心するも事態が全く飲み込めない。この時間帯、通常なら国境警備をしているはずの兄さまたちが揃いもそろって私の目の前にいるなんて、一体どうしたことなのだろう。そしてスピノザがいないのは何故だろうか?


「ルイーズさま、この茂みを抜けたところに広めの場所があったので魔方陣を準備しました。あとは呼び出すだけです」


「ありがとう。シャノン」


「あ、あのっ」


 二人の会話がみえなくて、水を差すようで悪いと思いながら話の腰を折った。


「なんだいアイビー」


「あ、あの魔方陣って? それにスピノザの姿がないのはどうしてなんです? 兄さま」


 シャノンほどの魔法力があれば、魔方陣など()かず術が使えるというのになぜ? 〝呼び出す〟というのはスピノザに関係するのだろうか? 人を呼び出すには膨大な(エネルギー)が必要で魔方陣を描かないと難しい、というのは聞いたことがあるけれど……。


「ラスチェからアイビーがシャムロックに連れ去られたと聞いてね。シャムロックの(あるじ)の所に連れ去られたのかと思ったんだ。早く奪還しないと何されるかわからないしね。でも……。まぁ、とにかくしっかりと城の様子を伺ってから突入しようと思っていたらスピノザが勝手に突っ走ってしまってね。勢いよく中へ踏み込んだのはよかったけれど、数時間経った今でもスピノザが帰ってこないんだよ。こちらからの呼びかけにも反応がないし。中でなにが起きてるか不安になってね、シャノンの描いた魔方陣なら直接スピノザに飛べるから描くのをお願いして、私は城の様子を改めて確認しようと思って近づいて行ったら、まさか探してる本人がフラリと現れるんだから。驚いたよ。アイビー、城の中にいたのか?」


「いいえ」


「じゃぁどこに?」


 ビリっと空気が変わるほど兄さまの声が一瞬にして冷たい声色に変化した。怒ってるの? 兄さま。おずおずと兄さまの顔色を伺うと、しかめっ面を浮かべていた。……怖い。


「プリムの家に厄介に……」


「プリム? 誰だ? 何者だ?」


 食いつき気味に聞き返す兄さまの勢いが怖い。


「あ、え……、ど、ドクターのお嫁さんで……」


「ドクター? 名は?」


「カ、カーリィーと言っていた」


「カーリィー? 聞いたことがないな。そしてお前を連れ去った張本人、名は……えーと……」


「エ、エイヴォンです。エイヴォン・クーペといいます」


「ちっ」


「え?」


 兄さま、いま舌打ちをした? 兄さまはいつも毅然としていてゆったり構えているのが常なのに、舌打ち? ……私の空耳だろう。うん、きっとそうだ。


「その商人の男になにもされなかったか?」


「え、あ、えっとあの」


 迫りくる兄さまの顔が非常に近い。下手すると鼻息が聞こえるんではないか、という近さだ。生温かい空気が鼻の頭にかかっているような気もするが、きっとこの辺りの気候なのだろう。気にしない、気にしない。


「なんでどもる? なにかされたのか?」


「うわっ、兄さま、あの視界が」


 グワングワンと肩を思い切り揺さぶられて、見える景色がぐらぐらと波打って結構気持ちが悪い。首がむち打ちになりそうなほどだし。


「アイビー、正直に答えたほうがいいわよ?」


 横からシャノンの軽妙な声が届く。そ、そんな言葉より兄さまの奇行を止めてほしい。


「そもそも商人の男とどういう関係なんだ?」


「ふっ、はぁっ。兄さまゆ、揺らし過ぎです。こ、呼吸が苦しいです」


「それは悪かった。とにかく白状しなさい」


 ひとしきり私の体を揺さぶる衝動が落ち着いたかと思えば、今度はまた冷たい視線に戻り、私を射抜いていた。

 体が震えそうだ。


「あ、あの兄さまスピノザの件は……」


 視線から逃れたくて違う話題をふってみた。


「そんなことはどうでもいい。商人との関係性を宣べよっっ!!」


 周囲の空気が凍りつくような音がしたように思う。

 腹の底から出しているであろう厳しく、恐ろしい兄さまの声に背筋が震え、私は観念して口を開くことにした。だけれども一体どこからどこまでを説明したらいいのだろう。し、しかもエイヴォンが商人だとなぜ兄さまが知っているのだろう?

 そしてスピノザのことをどうでもいいだなんて。兄さまは部下想いだというのに、一体どうしてしまったというのだろう。

 兄さまの気を静める間、スピノザ、申し訳ないがいましばらく辛抱して待っていてくれ。



キケヤの木について→文字を入れ替えてみてください。皆さんによく知っている木でございます。

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