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24 脱出への試み

かなり更新が久しぶりで申し訳ありません。

 美味しい夕食も、湯あみも終え、なんなくエイヴォンを巻いて脱出しようと考えていたのだが――――。



 なぜか一つのベッドにエイヴォンと隣り合っている。……もうなんというか、やるせない気分だ。

 救いはスゥスゥと規則正しいと寝息をたててエイヴォンが寝ていてくれることだ。ただ寝入るまでのことを思い出すと、恥ずかしくてどこかに穴を掘って入りたい気持ちになる。



 事態は数刻前。


「シエスタ? え? シエスタなの?」


 先に湯あみを終えて部屋で待つエイヴォンのもとへ仕方なく戻ると、ものすごく驚いた顔で迎えられた。


「どうしてそんな顔をするんだ? 私の顔になにかついてるのか?」


 着なれない夜着で人前に出る、という行為自体恥ずかしくて消えてしまいたい。でもその恥ずかしさすらエイヴォンに面白がられそうで、必死にその思いを隠し、平常心を装って問いかけた。


「いや……その、髪を結わえているのを初めて見たから」


「え?」


「いつもふわふわした髪質なのに、濡れるとぺったんこになるんだね」


 驚くところがそこか? と口を開こうとしたのだが、それよりも早くエイヴォンに髪を触れられていた。頭上で団子状に巻いていたのを意図も簡単に解かれてしまったのだ。


「エ、エイヴォン、まだ乾ききってないから髪留めを返し……うわっ、ちょっと」


「綺麗。艶やかだし。ふわふわも可愛いけど真っすぐな髪のシエスタもいいね」


 歯が浮くような台詞にむずがゆくなった。勝手に私の髪を取り、か、香りを嗅いでいるこの行為。このシャムロックに来てからエイヴォンの暴走が止まらなくて恐ろしい。


 恐ろしく思っているのに、ベタベタと気安く触れてくるのをなぜ毅然(きぜん)と断ることができないんだろうか。自問自答を繰り返す。それとも私の心が弱いんだろうか?


「と、とにかくは、離れて。うあっ、ちょ、ま」


「ごめん。我慢できない」


「エ、エイヴォン、待て。ちょっと、やめっ」


 私の声など届いていないのか、エイヴォンにぐいっと引き寄せられ抱きしめられた。ここの土地柄なのか、あまり嗅いだことのない石鹸の香りがエイヴォンから漂ってきて危うく、うっとりと目を閉じそうになってしまった。いけない。なにがいけないのか私自身でもわからないが、とにかく慌てて首を振って香りから逃れた。


「いい加減にしろっ」


 きつく抱きしめられてないのが幸いだったのか、振り上げた腕で奇麗にエイヴォンの頬を打つことができた。通常より力が入らなかったが、エイヴォンは驚いた顔をしてすぐに私を離してくれた。


「いい加減にしろって、全くシエスタらしいといえばシエスタらしいけど、もう少し(しと)やかに、男の成すがままに受け入れてくれても……」


 くしゃくしゃとエイヴォンは自分の髪を粗雑にかいている。私なりに(しと)やかにしているはずなのだが。


「まぁ普通の女の子と違うからしょうがないのかなぁ」


 なにやらぼやいているみたいだが、私は聞く耳を持たなかった。このままエイヴォンと話していたらずるずるとおかしいほうへ引きずられてしまいそうだから。とにかくいまは、エイヴォンに寝てもらわなくては。


「いいか、エイヴォン、ベッドは一つだ」


「はいはい。お姫様、どうぞお一人でお使いください」


 先を続けようとしたが、すぐに口を挟まれてしまった。主導権をエイヴォンに握られた感じがする。

 そっと抜け出せるように私が椅子で寝ようと考えていたのだが……。ここで変に断ると逆に怪しまれそうなので、私はすんなりと頷いた。


「それじゃぁおやすみシエスタ」


 エイヴォンの笑顔に安堵して私はベッドに潜り込んだ。背後からエイヴォンが椅子にどかりと座った音が聞こえ、安心したのが間違いだったのだろうか――――。


 いつでも行動に移せるように寝たフリをしていた私はだいぶ時間が過ぎたと思い、エイヴォンの方に体を剥けようとしたその時。私の背後でなにやらモゾモゾと(うごめ)き、掛布団が異様にうねった。予想していなかったことで思わず身を硬くした。な、何事だ?


 "ギシリ"


 ギシリ? 妙にベッドが沈んで更に体が緊張して固まるのが自分でわかった。攻撃しようとしても、あろうことか丸腰で力もほぼ使えない。

 変な汗がどっと体中から溢れだした。エイヴォンと二人きり。このシュチュエーションで命を狙われないなんていう保障がないことを今更ながら気づくなんて。人を簡単に信用していいわけではないのに。むずがゆい言葉を浴びせて、戸惑わせて、その中で命を奪ってやろう、という思いがエイヴォンにあってもおかしくはない。好きだ、とかいう言葉もまやかしかもしれない。一対一だから大丈夫だなんて、どうしていえよう。それに相手がエイヴォンでない可能性もゼロではない。


 身を硬くしたまま、更に動きがあるかと身構えていたが、それ以上のことは起こらなかった。ただ掛布団がたゆんだのが気になるが……。私はゆっくりと瞼を押し上げて、油ランプが照らす薄明りの中、目を凝らして状況を確認しようと身をよじろうとしたのと同時に、別の温もりを感じた。ど、どういうことだ?

 し、しかも、もぞもぞとわき腹をなにかが這っている……。む、虫か!? 摘まんでベッドの外に放り出そうと思い、自分のお腹周りを探ると、ゴツゴツしていて生温かいなにかに触れた。き、気持ち悪いっっ! 反射的に自分の腕が跳ね、声を漏らしそうになったのを必死で唇を噛んで我慢した。


 ぐっと息を詰めていたのをゆっくり吐き出し、浅く深呼吸して温もりの原因を探ろうと自分の体をゆっくり反転させた。


「んっ!!!?」


 それ以上声を漏らしてしまったら、私のほぼ真後ろに陣取っている人物を起こしそうで、もう一度ぐっと唇を噛みしめて声を飲み込んだ。


 椅子で寝ていたはずのエイヴォンが、エイヴォンが、ど、どうして移動してるんだ? し、しかも気持ちよさそうに寝息を立てているなんて。どうして普通に寝ている? 全くもって状況が整理しきれない。自分のなかでどうにか辻褄を合せようとしてみるが、全然見当もつかない。……というか、あり得ない状況だ。この状況はさすがに耐えられない。

 同じベッドに結婚相手でもない男と一緒にはいられない。いままでのことも私の不注意だったが、これは唯一回避できることだ。相手が無防備に寝ているのだから。

 しかし起してしまう危険性も考え、用心に用心を重ねてゆっくりと私はベッドから這い出た。


「ふぅ」


 どっと噴き出た汗を手の甲で拭いながら部屋を見渡した。物の配置を観察して、音を立てないよう、そしてなるべく早くドアに向かうルートを考える。障害物も少なく、なんなく扉まで近づけそうだ。ふぅと軽く息を吐いて新しい空気を吸い込んだ。いやいや落ち着いている場合ではない。

 早速外に出る手はずを整えねば。

 まずはこの夜着をどうにかしなくてはいけない。ぐるりと見回しても服などをしまっておく棚などなかった。……しょうがない。地面すれすれの夜着の裾をたくし上げて結んでおこう。履き物は自分のを履かせてもらえているからいいとして、あとは武器になりそうなものがなにかないものか……。

 エイヴォンの履き物か? ……頼りないな。椅子もテーブルも持って走れるわけでもないし。


 あっ!


 失念していたことがあった。この家の中で今起きてるのは私しかいないはずじゃないか? 皇族の限られた人しか夜間起きていられないのだから。それならば、この部屋を出て、別の部屋から少し物色して脱出すればいいのではないか?

 簡単な結論に気付き、私は部屋を出ようとドアノブをひねった。


「うわっ」


 開けた途端、"シャララン、シャララン"と鈴の音が鳴り響いた。


 音に驚いて咄嗟にドアを閉めた。ドアが動けば鳴る仕組みになっているのか、またもや鈴の音を響かせてしまった。慌ててエイヴォンの方を振り返り、むくりと起き出さないかじっと見つめたが、起き出す気配がなかった。よ、よかった。


 それにしてもいつの間に鈴を取り付けられたのだろう? プリムやエイヴォン、そして私も寝る前までドアを開け閉めしたが一回も鳴らなかったというのに。……つまりは私の湯あみが終わったあとに誰かが取り付けた? そう考えるのが妥当かもしれない。だが、もしそうだったらとても怖い。私が逃げ出すことがないように予防線を張ってるみたいで。急に背中あたりが寒くなってきて思わず自分の体を抱きしめた。


 肌寒く感じる自分の腕をさすりながら鈴がどこに付いているのかドア全体をざっと見たが、ドアノブしか突き出ているものはなかった。このドアの向こう側にあるんだろうか。念のためさっきの音で誰かが起きていないかドアに耳をくっつけて様子を伺おう。ことり、かたり、と物音はせず、吹きつける風の音しかしなかった。ふぅと胸を撫で下ろしながら、音をなるべく立てないように慎重にドアノブを回してドアを開けた。


 〝シャララ、シャラン〟とどうしても鈴の音が鳴ってしまった。これはもうしょうがない。あとはできるだけ静かに移動し、必要なものを物色してこの家を出ることだけを考えよう。


 そして私は申し訳ない、と思いながらキッチンへ向かいナイフとフォークを数本、流し台の上に干してあった布を取りそれに包んだ。包んだ布を握りしめながら玄関へ進むと、プリムが普段羽織っているだろうグリーンの外套がかけてあった。

 プリム、ここを出た暁にはもっと上等な外套をプレゼントするから許してほしい、と勝手な自己都合を押しつけて外套を夜着の上から羽織った。そして内ポケットに布に包んだままのナイフとフォークをしまった。


 玄関のドアまであと数歩。


 緊張してきた。

 私がいた部屋のドアのようになにか仕掛けがしてあるんじゃないか? という不安と、もうすぐこの家から出れるという期待で。

 ゆっくりと外の世界に通じるドアへ近づいて行く。

 頼む。変な仕掛けがありませんように! 祈るような気持ちでドアノブをひねった。


 〝ガチャリ〟


 鍵がかかっていなかったのだろうか? 簡単に家と外の間に隙間が()いたのだ。

 か、かなり拍子抜けする展開だ。

 む、むしろこんなに簡単に外へ出られるなんてなにかの罠なような気もするが、とにかく今は前へ進もう。


 行き先は気になるあそこだ――――。


 シャリ、と細かい砂をふみしめながら私は目的地を定めた。


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