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22 恋ってどんなものかしら

 へなへなと床に座り込んだエイヴォンは、私の向かい側の椅子へ這うように向かった。そして崩れるように座った。


「好きって、好きな人のことを毎日のように考えて、考えて、想う気持ちが溢れて溢れてしょうがない、どうしようもないって思えることだと僕は思っているんだ。些細なことで苦しくなったり、切なくなったり、喜んだり。そしてね、時々考えすぎてどうしていいかわからなくなったりもするね」


「思いが溢れて……?」


 ピンとこない。ラスチェを好き、兄さまたちを好きっていう気持ちは違うのか? エイヴォンの言う想う気持ちが溢れて仕方ない、っていうのに当てはまらないのだが……。


「あのさ、シエスタってそういう気持ちになったことないの?」


「ない。思いが溢れることなんてない」


「はぁぁぁ」


 頭を抱えてため息をつかれた。それのどこがいけないのか私にはさっぱりわからない。


「まさか、ですけど恋愛というのはしたことあったりする?」


「恋愛?」


 なんだその聞きなれない単語は。


「なんでそんなポカンとした顔してるんですか」


「なんでって、そんな単語聞いたことないんだが」


 今度はエイヴォンが口をあんぐり開けて、何度もまばたきをしている。なぜそんなに驚いているのだろう?


「皇女さまって恋愛禁止なわけ?」


「は?」


 ますますわけがわからない。恋愛禁止って? この単語も聞いたことがなく、首を傾げてしまう。


「……。僕の質問が悪かったね。……もう気にしないで。シエスタが色々鈍いのわかったから」


「一人納得されても困るし、さ、さ、さっきのは弁明はな、なにかないのか?」


 思い出すだけでも恥ずかしい。いや、もう父さまや母さまに会わす顔もない。捕えられて貞操が危うくなりました、とか絶対に言えないじゃないかっ。うしろめたさを抱えながらこれから生きていかなくてはいけないのか? この私が。


「なにか……と言われても。シエスタのことが好きでたまりませんということだけど、意味わかる?」


「好き、はその相手のことばかり考えて思いが溢れる……、だから――――。は? え? んん?」


 え? それはその……。

 エイヴォンが私のことばかり考えて思い溢れて、どうしようもないということなのか? え? 


「好きじゃなきゃ、キスもしませんし肌にも触れません」


「うぅ、あぁ」


 呻き声しか出ないし、どうしていいかわからない。エイヴォンが私のことばかり考えている? 迷惑なようなくすぐったいような。


「い、いや、しかし好きだからといって結婚相手でもない私にキ、キスとかありえないだろ?」


「え? いつの時代の貞操観念言ってるんです?」


「は?」


 私たちの間になんとも言えない空気が漂った。

 私とエイヴォンの間になにか大きな隔たりがあるような気がしてならない。


「わ、私は幼い頃から結婚をする相手でなくては、そ、そういうのはしてはならないって教えられてきたんだが」


「うわー。なんですかそれ。古くさいですね。あぁ、でもその教えは大切かもしれないね。皇族が勝手に好いた惚れたでくっついたら色々めんどくさそうだものね。そっか……」


 また一人で納得されてしまった。皇族ならではのしきたり、と言いたいのだろうか。


「そ、そのエイヴォンたちはどうなのだ? その、町の人たちは」


「好いた惚れたで一緒になったり別れたりしてますね。シエスタの話しからすると貞操観念は皇族よりずっと低いかもしれないね。男だったら好きな女の子に振り向いてほしくてちょっかい出すし、女の子も女の子で男の子に振り向いてほしくて手作りのお菓子作ったり、色仕掛けしてみたりしてるもの」


 うんうん、と頷きながら聞いてきたが、後半聞き捨てならないことを言われたような気がした。


「お菓子がなんだって?」


「お菓子? あぁ、お菓子ですね。女の子が男の子にアピールするのに手っ取り早いのは男の胃袋を掴む。年齢が低ければ学校で簡単に手渡しできるお菓子系。年齢があがれば家のパーティーに招いてご飯ごちそうしたりするよね」


「あぁぁぁぁ」


 私は呻きながら頭を抱えた。

 そうか、あのエイヴォンがたくさん抱えていたお菓子には意味がきちんとあったのか! エイヴォンを振り向かせたくて作ってきたお菓子だったのか。

 なのに、それを私は意図も簡単に踏みにじって食べていたとは!! なんという不覚。作ってきた女の子たちに謝りたい。無事に帰れたら真っ先に謝ろう。


「大丈夫? シエスタ?」


「大丈夫だ。うん。だが、エイヴォン、私を好きになっても意味がないぞ」


「はい?」


 エイヴォンの声が裏返った。そんなに驚くことだろうか?


「私は皇族だ。皇族は皇族同士で結婚するのが決まっている。だからエイヴォンの伴侶など成り得ないんだ」


 そう。好いた惚れたで私の結婚相手が決まるわけではない。変な期待を持たれても困るのだからここはハッキリと釘を刺しておかねば。


「それこそナンセンス。そんな決まり事、シエスタ、あなたが打ち破ってしまえばいいんですよ」


「は?」


 今度は私の声が裏返ってしまった。


「皇族の皆さんは、煌びやかで特別でそりゃ素敵ですよ。でももっと僕たち下々(しもじも)のほうに近づいてほしい。それができるのは、シエスタぐらいしかいないと思う。なんというか……皇族らしさがないというか」


「……」


 褒められてはいないのか? かといってけなされてるわけでもないようだが。


「それは一理あるかもしれないが、なにも相手がエイヴォンでなくともいいのだろう?」


「……。まだ僕にシエスタを虜にするほどの魅力がないってことですかね?」


「……わからない」


 正直本当にわからない。

 好きだと言ってくれる言葉、気持ちはむず痒くて恥ずかしいけれど悪い気はしない。でも、私がそういう気持ちを持てるか、というとそれはまた別の話だと思う。



「それはそれは夢中にし甲斐があるね」


「ん?」


 どこをどうとったらそんなにウキウキした弾んだ声になるのだろう。全くもってエイヴォンの思考回路は理解不能だ。

 理解不能だけれども、嬉しそうに口元を綻ばせたエイヴォンの姿が眩しくて私は思わず目を細めた。


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