20 混乱と涙
二人っきりにされて私は狼狽えるしかなかった――――。のだが、エイヴォンの様子がおかしい。
とても真剣な顔つきをしているのだ。神妙、という言葉が当てはまるほどに。
「エ、エイヴォン?」
話しかけてもこないので、思わずこちらから声をかけてしまった。
「ん――――。本当にカンヤムって知らないの?」
「知らない」
「即答すぎて、逆に怪しいんだけど」
「なっ! 知らないものは知らないんだからしょうがないだろう?」
「ん……」
まただんまりだ。飲んだお茶に一体なにが隠されているのだろう。
「そうだなぁ、他に珍しい茶葉の名前言ってみてくれる?」
「は?」
「知らないの?」
わけがわからない。でも言い方が癪にさわる。鼻で笑われたような気がして、普段使っていない知識の引き出しから必要なことを引っ張り出した。
「マカイバリー、ルムデリー、ティルーリィ、他には」
先を続けようとしたが、わかったわかったと手で遮られてしまった。
「エイヴォンが言えというから、言ったのに失礼だなっ」
「ごめんごめん。本当に知らないのかなって確認したかったから」
「だから全然話が見えないのだが」
「うんうん。そうだよね。話が見えないよね。うんうん」
こくこくと一人で頷いている。ますますわけがわからない。
「いや、ごめんね。カンヤムの取引を知ってたら色んなことをして、問い詰めたいなって思ってね」
「……は?」
何気に語尾が恐ろしい気が……。
「実はね……。シエスタも気づいたと思うんだけど、このあたりの土地、すごく痩せてて乾燥してるよね」
「あ、あぁ」
不毛な土地、という言葉が似合ってしまうほどに。
「でもね、ここシャムロックは数年前までとても緑豊かで美しい所だったんだよ」
「え?」
耳を疑ってしまった。不毛な土地が緑豊だった? どういうことだ?
「すごい驚きようだね」
「当たり前だ。そんな急に土地が痩せていくわけないだろう。もし本当にそんなことが起きていたのなら皇宮にしかるべき知らせが届くはずじゃ……」
「そうですよね、普通なら。このシャムロックを治めているお偉い人が火急の用件で、とか言って遣いを送っているはずだよね?」
「そうだ」
「でもそれをしていないんですよ」
「は?」
頭が混乱してしまう。土地の急激な変化を黙っているなんて。治めている自分たちも生きていくことが困難だろうに。
「お偉いさんはね、困っていないんだよ。不思議でしょ? 下々の民なんかどうでもいいと思っているのか納める税は毎年上げて。ねぇ、この土地でなにができると思う? 干上がったいて作物なんてほとんどできないし、家畜も世話できないっていうのに」
「最低だな。でもそんな主じゃ暴動が起きてもしょうがないと思うのだが」
「したよもちろん。でもあっという間に制圧されて、向かった人たちほとんどが帰ってきてないんだよ。これは僕やドクターの推測だけど、帰ってきてない人たちがお屋敷の手入れとかものもの、強制労働させられてるんじゃないかって考えてる。そうじゃなきゃ、手入れも行き届かないだろうし。強力な結界かなんだかよくわからないのですが、領地に入れないんです」
「ま、まさかっ! じ、実際行ってみたいと事実かどうかわからないじゃないか」
「行ったよ。怪しすぎるからね。でもね……中に入れなかった。というよりも緑豊かな土地そのものに足を踏み入れることができなかったんだ。なにか見えないものに阻まれていてね」
「そんな……まさか」
口を思わず覆った。信じられないことばかりで。
おかしい。そんな。そんなことはあり得ない。
皇国が建立された時から開かれた政に、と皇宮も、そして各地を治める領地の主の屋敷の門も決して閉ざさないと決められているのに。
「私もドクターから聞いたときは驚きましたよ。そんなことをしたら皇宮から遣いが出て、領地の主が据え変えられるでしょう?」
「そうだ」
無論だ。反した者は裁かれて適任者が送られるはずなのだが……。そういえば私が十代になってからそんな話は聞いていないな。
「ですが、それすらもない。遣いすら来ない。どういうことです?」
「どういうことです? と聞かれても」
皇国の全てを見聞きしてるわけではない、と付け加えたほうがいいのだろうか。
「領地の主が住む城の周りだけ前にも増して緑豊かで建物も煌びやかなんですよっ!」
「え……」
「お金をたんまり持ってる皇宮に住む皇族さんたちが、ここシャムロックのもの……。高値で取引できるカンヤムの茶葉を主と結託してどっかで売りさばいてると思いましたけどね。カンヤム自体をシエスタが知らないとなると……。あっ」
思い出したようにポン、とエイヴォンは手を叩いて、一人頷いている。
「まぁ、いずれシャムロックを治めたいって思う皇族の末尾たちがよからぬ取り引きをしてるって考えるのが妥当かなぁ?」
「なっ! 皇族を愚弄するのか?」
「あなたのように志しを高く持つ者が多いとは限らないでしょ? 欲に溺れる者も多いじゃないですか」
グサグサと心臓を刺される感覚に陥った。面と向かって皇族の負の部分を言われるとなにも言えなくなってしまう。だってそれは事実だから。ただそういう者に限って有能な部下が下について多種多様な尻拭いをしているから表だって露見しないはずなのだが。どうしてエイヴォンは知っているのだろう。
「それとも皇王さまの主義として、臭い物には蓋をする、で、子どもたちになにも教えてらっしゃらないんじゃないですか?」
「それ以上言うな」
父さまのことを言われて私の怒りは沸点を越えているようだ。拳がわなわなと震えている。自分でも驚いてしまう。怒りで震えることが本当にあることを。
「言いますよ。あなたのお父上、巷じゃなんて言われてるか知ってます? あ、あぁ市井に出てるから少なからず耳にしたことはありますよね」
「うるさい、うるさいっ」
聞きたくない。ギュと目をつむり、耳も塞いだ。
塞いだはずなのに。
「皇妃さまがいないとなにもできない痴れ者と」
いつの間にかエイヴォンが私の椅子の後ろに移動していて、耳を覆っていたはずの手がゆっくりと耳からはがされていた。
「エイヴォン、貴様っっ」
「泣かないでくださいよ。あなたを泣かせたくてこんな話をしたんじゃないんですから」
「う、うっうるさいっ。泣いてなんていないっ! バカっ離せっ!」
「離しません。まさかこんなにも涙もろいとは知らなくて。ごめんなさい」
そっと目元を拭われた。
ずるい。私の顔なんて見えないのに器用に指の腹で拭うなんて。
それに家族のことを話題にするなんて卑怯だ。家族のことをあれこれ言われると平静でいられない。
これは今後、精神的に強化しなければ。こんなにも心が揺らいでしまうなんて。今後、今回のようなことが起きない、とも言えないのだから。
「皇王さま、皇妃さまの話はともかく、現実に皇宮から遣いがこないのは本当だからね」
「……エイヴォン、シャムロックを治めている者は誰だ?」
決心をするとスッと冷静になることができた。
そして後ろから腕を回し、わ、私のか、肩を勝手に抱いているエイヴォンの腕をゆっくりはがしながら、問いかけた。まったくどさくさに紛れて……だ、抱きしめてくるなど。そんなことを簡単に許してしまう私は何度失態を犯しているのだっ!
「ドクターによると、ユーガンっていうらしんだけど知ってる?」
自分のことを叱咤しているとポツリとエイヴォンが答えた。
「ユーガン……? ファミリーネームなのかそれは?」
首を傾げてしまう。ユーガンなどという皇族はいたか? それか皇族であっても、とても遠い血筋なのだろうか?
「いえ、ユーガンは名前で確か……サルファー。あぁ、そう! ユーガン・サルファーだったかな?」
「サルファー? え、あ……」
言葉をそれ以上続けられなかった。サルファー家は私たち家族、レイス家と長年敵対している相手だったから。どうして敵対しているかはわからない。
気になって調べようとしたことがあったのだが、なに一つ私が触れられる書物や先生たちから得られることができなかった。
おそらく……意図的に隠されているのだと思う。だから深追いは今の今までしなかったのだが――――。まさかここでサルファー家のことを耳にするなんて。
レイス家と敵対するぐらいだから、領地など任せないと高を括っていた私が悪いのか?
「シエスタ、サルファー家なら聞いたことあるの?」
「え、あ、いや。し、知らない」
詳細がわからないから知らない、と言ってもいいだろう。
「……いや。絶対知ってる顔です。嘘、つかないでくださいね?」
「ち、近いっ。近い」
後ずさろうとも椅子の背もたれに背がぴったりくっついてそれ以上後ろに下がれなかった。どんどんエイヴォンの顔が遠慮なく近づいてくる。虫を払うように慌てて腕を振った。
「ほんと、可愛いですね。たまらない」
「うぁっ、ちょっとっ、やめっ」
両腕をそれぞれとられてしまった。ま、まずい。普段なら振りほどく力など簡単に出てくるのに、全然力が入らないなんて。
「ぜぇぇっったいサルファー家のこと知ってますよね?」
い、い、息が鼻やら口にかかってくる。じっと見据えてくる真っ直ぐな瞳が耐えがたい。どうしようもなくて顔だけ背けた。
「知ってるっていう顔ですね」
「ちがっ!違う。本当に知らない。エ、エ、エイヴォンが近すぎるから」
「近いとなにか不都合?」
「ふ、ふ、不都合とかなんというか、ふ、ふ、普通男とこんなに顔など突き合せないから、も、もうこっち見るなぁぁ」
早く顔を覆いたい。なんでエイヴォンに悲痛な叫びなど聞かせないといけないんだ。
「ふふ。可愛いっ」
「うぁっ、なっ、なっ」
頭が真っ白だ。
わ、私は今なにをされているんだ? その、あの、思考が停止寸前だ――――。
領地を治めている者の総称・・・【主】、とこの作品では使わせていただきます。




