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16 あと少し

「すいませんねぇ」


 がたぼこと不安定な道だというのに、普通に声を発する男がいた。私に不可解な指輪を作ったクーペ家の主治医だ。


「わたしの故郷に着くまであと少しなんですけど、うぉ、わっ、非常に道が悪くて。申し訳ありません」


 エイヴォンのことが頭にいっぱいになっていて、すっかり存在を忘れていた。


「こ、これは結構、道が……って。お尻が痛くなるね。シエスタは大丈夫?」


「だ、大丈夫なわけがないっ」


 口を開くだけでも舌を噛み切りそうだというのに話しかけないでほしい。


「だ、だよね。こ、これ使って。安心していいからね。未使用だから」


 向かい側で差し出されたのは白いハンカチだった。私は礼を述べる前に素早く取り、歯に噛ませた。まだ皇国の中にこんなあぜ道があったなんて知らなかった。

 学校に通うまで、移動は大体転移魔法で済ませていたし、馬車で移動は皇宮の周りしかしない。


 普段見て感じることができないこの体験は、ある意味貴重であるけれど……。エイヴォンが言う通りお尻がかなり痛い。

 だが痛みにかまけて外を注視することは忘れてはいけない。無事に戻った際、報告しなければならないかもしれないのだから。

 窓から見えるのは青空と青々とした草原ばかり。体が上下して視界が一定保たないが、それくらいはわかる。海側ではないのは確かだ。海側は必ず山を越えないとたどり着けないのだから。それにしても家がなに一つない。本当にこの先にうさん臭そうな主治医の故郷があるのだろうか。

 故郷へ向かう、というのは嘘で、私が置かれている事態はかなり皇国を揺るがすくらい深刻かもしれない。


 そう思いだすと、居ても立っても居られなくなってしまった。

 試さない手はないだろう。

 エイヴォンが言ったようにこの小さく銀色を放つ指輪に捕縛糸と同等の力が本当にあるのかわからないのだし。 

 試しに転移魔法を使ってみようと思い、皇宮の自室を思い描いた。どのくらいの距離があるかわからない。距離が掴めなくて全然違う所に落ちてしまうかもしれない。シャムロックという土地がどのへんにわからないのが痛い。もっと皇国の地理を学んでおけばよかった。いや、いま後悔しても遅い。とにかく転移だ。


 歴代の第二皇女が使ってきた部屋。調度品なんて遙か昔から使われているというのにそっくりしている。どんな思いが詰まっているのわからないが、私の趣味には合わない、とはっきり言えるだろう。豪奢な彫り、模様、煌めく物々、レース編みの数々。どれも本当はいらない。捨ててしまおうと思い、誰にも聞かずに幾つか捨ててしまったことがあった。気づく人などいないとたかくくっていたが、早々に母に気づかれてしまった。その時の形相が怖かった。普段おっとりとした母が、眉も目も吊り上げて声を荒げたときはさすがに恐ろしかったのだ。

 あなただけの物ではないのです、と刻々とお説教されたのも懐かしい。

 ……。そうではない。早くこのことを母や父たちに知らせないと。私が無事であることを。

 自室、そして皇宮全体の外観を更に詳しく思い描いた。場所によっては少し欠けがあったが、ほぼ思い描くことができたので力を使おうとしたとき、指輪をした薬指から全身に鋭い痛みが走った。


「うあっっっ」


 噛んでいたハンカチは落ち、私も馬車の床に転がって身悶えてしまった。

 痛い。痛いっ!!


「お姫さま、ダメですよ? 無理に魔法を使おうとすると今のように激痛が走るのですよ」


 眼鏡越しに冷たい視線が私を射抜く。

 本当にただのクーペ家お抱えの主治医なのだろうか。痛みを必死に堪えながら私は彼を見つめ返した。


「本当、負けん気が強いお姫さまですね。いかがです? 私の人体実験の実験体になりませんか?」


「なっ!」


「ドクター、シエスタを虐めるのやめてくれないかな?」


 揺れが激しいなかエイヴォンは私の体を支え起こしながら、ドクターを睨んでいた。


「あ、すいませんすいません」


 ……絶対謝る気持ちなんてないだろう、と思ったがドクターと呼ばれるこの男と会話する気持ちがなくなり口をつぐんだ。


「シエスタ、ごめんね。ドクター、少し変わっててね。気にしないでやって」


「……」


 充分にエイヴォンも変わっているだろう。皇女だとわかっているのに、連れ去っているのだから。捕えられたとき、エイヴォンはなにか弁明するのだろうか?


「あっ、見えてきましたよ。私の故郷シャムロックが」


 私の思いとは別に、目的地が近いことをエイヴォンの主治医が告げた。


「ドクター……。また緑が減ってないか?」


 私の隣に遠慮なく座りながらボソリとエイヴォンが呟いた。


「ん……そうですね。仕方ないですよ。お偉方が牛耳ってますからね」


 くいっと人差し指で眼鏡の鼻緒を押し上げて言う主治医のそのさまは、どこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。



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