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15 馬車の中で

 あの甘い香り……。

 後宮に昔からいる歳が幾つか定かでない薬師が教えてくれた中にあったような気がする。

 ヘリックス皇国はいま平和でありますが、かつては陰謀がそりゃたくさんありましてね、とかなんとか言って、毒の種類を色々教えてくれた中に。

 確かアザレアという花のなかの一種。

 低木で、葉は一年中緑で厚みがあり、花はラッパ型だったような。花色はピンク・赤・赤紫などさまざまな色で咲くらしい。このヘリックス皇国にはない花ですが、海路を開いたとき他の国からアザレアを煎じたものが持ち込まれるようになったんですと付け加えられたのを今になって思いだした。

 と、いうことは私は命を狙われたのか? 意識ははっきりとしているのに視界がぼやけているし、口がうまく開けない。ただじっと耳を澄ませることしかできないのが悔しい。


「それにしても綺麗な髪色ですね。ぼっちゃん、本当に彼女がそうなのですかね?」


「あぁそうだよ。僕が女の子を見分けられる特技があるってよく知ってるじゃないか」


 エイヴォンと誰が話しているのだろう?


「で、でもそれならば尚更こちらに分が悪いんじゃないですか?」


「んー。まぁ、そのときはそのときだよね。最悪打ち首とかになったらなったで、それは運命じゃないかな?」


 打ち首? なぜ?


「おやおや、お姫さまがお目覚めですよ。ぼっちゃん、解毒剤を飲ませて差し上げて下さいな」


 

 解毒剤? 飲めばこの状態が改善されるのだろうか? それとも解毒剤という名のもっと凄まじい毒性のものを飲まされて人知れず殺されてしまうのだろうか? それは嫌だ。抵抗もせずにそんなことになるのは。

 近づくエイヴォンの影に不甲斐なく、私は震えてしまっていた。


「シエスタ……。そんなに怯えないで。視界とか麻痺してるの、これ飲めば治るから。嫌がらないでね?」


 エイヴォンの声が心なしか沈んでいるように聞こえる。気のせいだろうか。もともと半開きなのか、開けられたのか感覚がよくわからないが横向きに寝ている私の口の中に何かが入ってきた。

 そしてぐらりと体が揺れるのがわかった。


「シエスタごめんね」


 謝る理由がすぐわからなかった。どちらにしろエイヴォンに支えられていないと恐らく私は倒れてしまうのだろうから。


 でも……。すぐにその考えは改めなければいけないことに私は気づいたが、どうすることもできなかった。なぜなら――――。


 エイヴォンが私に口移しで水を飲ませていたのだ。

 初めてのことでショックと困惑と恥ずかしさ、全部が一気に膨れ上がって心の中で爆発するのがわかった。それでもまだ体の自由が効かなく、やるせない思いでいっぱいだ。異性と口づけするのは婚姻を結んだあと、と決まっているのに。

 まだ視界が悪いなかエイヴォンの影に睨みをきかせてみてはいるが、どこまで効果があるかわからない。


「そんな怖い顔しないで。だから言ったじゃない。ごめんねって」


「ご、ご、ごめんじゃない。謝ったって許せることじゃないっ!! あっ……?」


 思いがそのまま言葉にできたことに驚いた。さっきの息苦しさが嘘のようだ。よかった。声が出る! 声が出るってこんなに嬉しいことだったなんて。


「ふぅ。よかった。声が戻ったっていうことは体の感覚も戻りつつあるのかな?」


 そう言われて体を揺すってみたが、思うように動かない。どういうことだろうと、だんだんとハッキリしてきた視界で自分の体を見つめた。


「なぁエイヴォン、なんで私はこんなにぐるぐる巻きにされているんだ?」


 なぜかキラキラ光る太めの糸のようなもので私の体が巻かれていたのだ。しかもこの糸のようなもの、私は知っている。


「んー。拘束してなかったら、こっちの話しも聞かずに勢いで馬車から飛び降りそうだから」


「……」


 思わず唇を噛んでしまう。エイヴォンの考えに限りなく近く、言い当てられて悔しい。もしこの太い糸のようなもの……捕縛糸というのだが。この捕縛糸さえなければ馬車から飛び降りただろうし、転移魔法でラスチェの元か皇宮に飛んでいたと思う。忌々しいこの捕縛糸、魔法の力を抑える働きと体の自由を制限する罪人のために作られたもの。それをなぜ一般人であるエイヴォンが所持しているんだ? 


「そんなに睨まないでよ。シエスタには笑っていてほしいなぁ」


「笑えるわけがないだろう?」


 そう答えながら、なんとかならないか体をよじってみたのが間違いだったのだろうか。力を入れた所から糸に絡め取られるように力が抜けてしまった。


「あー、もう。動かないほうがいいよ? 動けば動くほど力が抜けてしまうよ?」


「じゃぁ、早く解いてくれないか? 逃げないから」


 逃げない、なんて嘘だが、この場合そうでも言わないと解放してくれないだろう。


「だめだってば。簡易的なものを作るまでは解けないんだなー」


「簡易的なもの?」


 思わずエイヴォンの視線の先を追った。エイヴォンの隣に座り、馬車の揺れを気にせず手元でなにかを作っている白い長衣ながきぬを着た人物がいた。時折り眼鏡を指の腹で押し上げながら没頭しているようで私の視線にも気づかないようだ。


「うちのドクターで、ちょっと不思議なこともできちゃうすごい人」


「そんな紹介はいらない。何を作っているんだ?」


「この道中、そしてシャムロックで勝手な行動しないようにする制限装置だよ?」


 ゾワゾワと私の体中に冷たいものが走った。もしかしなくても私は非常にマズイ状況にいるのか?


「大丈夫ですよ、お嬢さん。痛くありませんから」


 どこから聞いていたのかわからないが、急に会話に入り込んできたその男は、ニタリと嫌な笑いを私に向けてきた。

 眼鏡の奥で蛇のようなしたたかさをした視線が気に入らない。


「お? ドクターできたの?」


 ドクターと呼ぶ眼鏡をかけた男の手元をエイヴォンは面白そうに見つめている。


「はい、できました。あと少しで完成ってところで呼び出すんですから。まったくもう」


 そう言いながらエイヴォンになにかを渡している。私のところからはよく見えない。


「……いい趣味なんだか、悪趣味なんだか。まっ、こういうものなら目立たなくていいけどねぇ」


 キラッと光る小さな物を手にしながらエイヴォンが私の隣に座ってきた。一体なにをしようというんだ。得体が知れなくて体が強張ってしまった。


「大丈夫だよ。さっきみたいな真似しないから。ね?」


「なっ、やめっっ」


 左の手をそっととられ、左手の薬指に輪っからしきもの通されていた。左の薬指? な、なんだ?


「え、あ、まて」


「これでお終い」


 私の狼狽えた声は届いていないのか、薬指に通した輪っからしきものに口づけされたかと思うと同時に体が一瞬熱くなるのがわかった。

 体に巻きついていた糸が薬指の輪っからしき所へシュルシュルと一斉に集まっているのだ。


「エイヴォン、な、なんなんだこれはっっっ」


「この指輪を介して魔法の制御、体の自由をある程度制限させてるの。捕縛糸の小型版というのかな」


「なっ!!」


 自由にする気がないエイヴォンを殴りつけようと拳を腹にきめたが、力が入らずポスというマヌケな音を立てて優しいパンチをしていた。


「まったくほんととんだおてんばさんだね。皇女とは名ばかりかな? アイビー・ヘリックス第二皇女さま」


 ガラガラと私の心のどこかが崩れていくのがわかった。どうして、どうして……。頭が真っ白になりそうだ。


「どうして? エイヴォン、お前は一体――――」


 唇が震えてうまく言葉が続かない。


「一体何者か、って? ご存知の通り、クーペ家の次男ですよ? そして貴女のお姉さまの誕生パーティーに出席した者です。その会場で貴女に心奪われました。公の場だというのに、堂々とうつらうつらしている姿に。その度胸に」


 エイヴォンのあまりにも真っ直ぐな瞳がまともに見れない。

 姉さまの誕生パーティーに来ていた? でも商家を招待したならば次男が出席するなんてあり得ない話だというのに。一体どうやって潜りこんだんだ?


「そんな訝しげに見ないでくださいよ? 美しい顔が台無しですよ」


 エイヴォンが笑いながらなにかを言っているようだが、内容がわからない。


「大丈夫です? ショックで声も出ないのですか? 道中まだ長いですから、私の話聞いてくださいね」


 口をたくさん動かしているエイヴォンを見上げた。彼はこんな歪んだ笑みを見せていただろうか? ……そう。きっとこれは悪い夢なのかもしれない。


「以前、第一皇女フレア様に献上した品を大変気に入ってくださったのか、私たちを特別に誕生パーティーに呼んでくださったのですよ。本当は兄が出席する予定だったんですがね、色々あって両親の付き添いに同行することにしたんですよ。うちの両親もそうですが、僕にとって商いの人脈作りにはもってこいの場所ですからね。そしてあわよくば噂の皇女さまとお近づきになれたら、と思ったんですよ」


「噂?」


 言葉の最後のほうだけ聞き取れて、私は思わず聞き返してしまった。


「えぇ。言っちゃ悪いですがフレア様は他の国に嫁ぐために生まれてきた、といっては過言じゃない方。……簡単に言えば操りやすい方。でも第二皇女のアイビー様はその真逆である、ってもっぱら上の階級では噂になっていたんですよ。言い寄る男たちを一刀両断するほど気性が荒いと」


「……エイヴォン。姉さまを愚弄するなっ!」


「事実なのだからいいじゃないですか」


 あっけらかんと言うエイヴォンを睨むしかなった。確かにエイヴォンの言うことは正しいのかもしれない。でも、私にとっては心優しい姉だということは変わりがない。みなまで姉さまを愚弄していいなど決してない。


「エイヴォン、お前に姉さまのなにがわかるというんだ?」


「わかりませんよ。だって興味ないんですから」


「なっ!」


「だって、アイビー……いや、シエスタのほうがとても興味があって、魅かれているからね」


「……。エイヴォン、お前も皇族たちと同じように財力と、皇国を操る権力が欲しいのか?」


 エイヴォンは私を取り巻く環境とは真逆にいて、政になど縁遠そうと思っていたが……眩暈がしそうだ。エイヴォンも他の皇族たちと同じ考えなのか?


「え? そんなこと興味ありませんよ。別にあなたを通して皇国をどうしたい、あーしたいとかないですよ。ただ……」


「ただ?」


「あなたが日中眠くなってしまう傾向が気になっていて。それと、シエスタと話していると他の女の子たちみたいに浮ついていなくて、面白いからね」


「え? お、面白い?」


「えぇ。面白いですよ」


 フフフフと小さな笑い声と、ついさっきまで険しい表情だったのがほぐれて、ようやくエイヴォンらしい顔を見れて私は安堵してしまった。


「はぁ、よかったシエスタが笑ってくれて」


「え?」


「さっきまですぐにでも飛びかかりそうな猫みたいで、目つきも鋭くて怖かったから」


「そ、それは――」


 充分エイヴォンのせいだ、と言いたかったが急に馬車の揺れが激しくなり、言葉を呑み込んでしまった。





【アザレア】の表記はよかったらググってみてください。

シエスタたちがいる世界では眠らせる性質もあるっていう設定で使わせていただきました。

本来の使用法とは違いますが、ご容赦ください。

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