12 ひとときの眩しさ
あの日、湖でお菓子のやり取りをした以降、エイヴォンとは接触がない。不気味なほどに。
警戒して湖にも近づかないで教室の片隅でウトウトしていたのだが、あまりにも気にかけられていないので、ほとぼりが冷めたと踏んでラスチェと共にもう一度湖に向かった。
それがいけなかったのだろうか――――。
「シエスタァァァァ」
これからゆっくり寝ようかと思い、ぐんと腕を伸ばしているところに、アイツが、あの男が!!
「うぁぁぁ」
私の胸に勢いよく飛び込んできたのだ。頭を打ち付けないようにそっと頭に手を添えられている。う、うぅぅぅ。少しの気遣いがあって、どぎまぎする!! ラ、ラスチェ! 助けてっ!
「あっれー? ラスチェくんは?」
心で叫んでいるのに、声にならない。エイヴォンに抱きつかれている私を見て。ラスチェが黙っているはずがない。なのにどうしてか声も気配もない。どういうことだ? どっと嫌な汗が私の背中に流れるのがわかった。
「あ、いた」
「え?」
なにが”いた”なのだろう? 私を抱きしめていた腕が解かれ、ホッと胸を撫で下ろしながらエイヴォンの視線の先を追った。少し離れた所に、鬱蒼と生い茂る木々の一本の後ろにラスチェの姿があった。こちらを怒りの目で見つめている。……そんなに怒っているのならどうしてこない? 首を私が傾げるとラスチェはパクパクと口を動かしていた。解読せよ、ということか? 私が苦手なことなのに。
「うん、うん、あぁ?」
背後に立っているエイヴォンが私が解読するよりも早くラスチェの言っている意味がわかったらしい。エイヴォンがやたらと首を縦に振っている。
「シエスタ、僕ともっとくっついてるところを見たいんだって」
んな馬鹿な! と言う前にエイヴォンに、こ、腰をだ、抱かれて引き寄せられた。
「うあぁぁぁ」
こんなにも密着するなんて恐ろしい。恐ろしくて、思わず手が出ていた。――拳でエイヴォンの頬を殴っていた。
「ふぇげっ」
頬を抑えてエイヴォンはよろめいた。その隙をついて回し蹴りをくらわそうと軸足の返しを使って利き脚で頭部を狙った。……はずだったのだが、思いっきり空回って、尻もちをついていた。
「いったぁぁ」
ふいなことで、思わず涙目になってしまう。
「いやぁ、シエスタってばそんなおてんばなこともできちゃうんだね」
私の蹴りをよけて、エイヴォンは身を縮めていたのをゆっくり起こしながら、ケラケラと笑い声をあげていた。
「あぁぁ、それにしても派手に撒いちゃったなぁ」
今度はウエーブのかかったグレーの髪をくしゃっとかきあげながら、私とエイヴォンの周りに散らばったお菓子の個包装に目をやった。中には衝撃で割れてしまったものもあるかもしれない。そう思うと申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
「す、すまない。今拾おう」
「いえ。アイビーさ……んは向こうで座っていてください」
急に後ろから声が降ってきた。
「え? あ、ラスチェ?」
いつの間に近づいてきたのだろう。振り返ると……、顔に髪がかかり鬱陶しく垂らしていた髪を一本にまとめたラスチェの姿があった。思わず息を呑んでしまう。
とても凛々しく見えて……。かぁぁぁと頭に血が昇ってくるような感覚になって私は慌てて、ラスチェの言われた通り幹が太い木の下へ急いだ。
おかしい。ラスチェが可愛らしい、ではなく凛々しい、と思うなんて。私はなんて目でラスチェを見ているのだろう。
それでも私は目が離せない。エイヴォンとじゃれつつ、いや、小突きあいながら菓子の袋を拾うさまは、男特有の雰囲気が感じ取れる。
――――。
そんな自然に醸し出すことが可能なのか? そういえば「アイビーさま、アイビーさま」と愛くるしく呼ぶ声に、眩しいくらいの笑顔は久しく見ていない。最近はめっきり険しい表情に飄々とした態度だ。年齢を重ねて、立場の理解もあって気にしていなかったが。
あ、もしかするとラスチェは異性としてエイヴォンを意識してるとか? 意識してるあまり、同性同士で接した方がよいと思ってのことなのか? うん。そうに決まっている。
だって私を呼ぶラスチェの声がとても嬉しそうだから。
手招くラスチェが眩しい。髪を一つ結いにしていると更に晴れやかだ。久しぶりにそんなラスチェの表情を見れて私は嬉しい。
私は心浮き立たせながらラスチェたちのほうへ駆けて行った。




