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10 スピノザとシャノンと

 ラスチェがいい場所をせっかく見つけてくれたというのに、私に異名をつけたエイヴォンが貴重な昼寝を邪魔したこと。ラスチェの苦手な甘いお菓子を無理矢理食べさせられ、エイヴォンをふっとばして気絶させたまま逃亡してしまったことをかいつまんで夜間国境警備隊ノーチェ・シビルのメンバーに話した。


「かっー!! 強烈だねラスチェちゃんは」


 腹を抱え、笑いながら涙を浮かばせているのはスピノザだ。なんで彼の前で話すと全部笑い話になってしまうんだか。思わず私は頭を抱えてしまう。


「スピノザ、笑い過ぎですよ」


「いや、面白すぎるって。アイビーに言い寄る男もそうだけど、それを必死で止めるラスチェちゃんが健気で健気で、もうたまらんっっ!!」


「スピノザ、笑い過ぎだ。仕事に影響する」


 兄さまがいつものようにたしなめる。


「はいはーい」


「おい、スピノザ、兄さまに失礼な言葉遣いをするなっ」


 全く、何度注意してもスピノザのがさつな言い方が直らないのは困ったものだ。年長である兄さまにはもう少し気遣ってほしいのだが。

 しかもこのがさつな物言いがワイルドでかっこいい、と一部の女性に言われているという。皇族にいないタイプだ、というのもあるかもしれない。まぁ、確かになかなかいないタイプだとは思う。皇宮や皇族の男性は太ってるか、強風が吹けば飛ばされてしまうようなヒョロヒョロした者ばかりだから。

 そのスピノザは身長百九十近く、肩幅が通常成人より二倍くらいあり、胸板も結構厚い。俊敏な動きはやや苦手だが、パワーなら負けないと自負している通り、同盟を結んでいる三皇国の武術大会、ハンマーの戦いではこの五年、スピノザが優勝している。優勝した彼の周りにはたくさんの女性が集まっている光景があったのを思いだす。あながち”ワイルドでかっこいい”も嘘ではないのはわかるのだが……。


「それはそうと、アイビー。そのエイヴォンという男性はどのくらい格好いいのかしら?」


「……シャノン」


 金色で艶やかにまっすぐ腰まで伸ばしている髪、そしてぱっちりとした瞳を輝かせてこっちを見ている。双子のスピノザの片割れなのだが、似ている要素がほとんどないシャノン。

 透き通るようなエメラルドグリーンで見つめられると、なぜか顔が熱くなってしまう。おまけに自然に睫毛がカールしていて、震えるさまが愛らしい。言葉遣いもしとやかで、既に十八にして大人の魅力を兼ね備えているのだ。それなのにいつもダメ男に惹かれてしまう。またよからぬことを思っているのだろうか?


「勿体ぶらないで教えてくださいませ」


 そ、そんな可憐な桃色の唇で、しかも瞳を潤ませながら言わないでほしい。男じゃなくてもクラリときてしまう。


「べ、別に勿体ぶってるわけじゃないんだが……」


 私の目前に迫るシャノンの顔をよけながら、夜間国境警備隊ノーチェ・シビルのマントを警備服の上からてきぱきと身につけた。


「じゃぁ教えてくださいませっ」


「うーん。外見でいえば、グレーの髪色で肩くらいまで。緩くウェーブがかかっている」


「それで? もちろん格好いいのでしょう?」


「ん、あ、多分。他の女の子たちはセクシーだの可愛いだの言ってるが」


「うんうん。続けて続けて」


「学校始まって以来の秀才とも言われてる」


「そう。それで?」


「は?」


 シャノンは更に先を、と促しているようだが私としては、あとはなにも付け加える……あっ!


「貰ったお菓子が美味しかったぞ!」


「アイビーっ!」


 スピノザとシャノンがシンクロするようにコケた。


「ふ、二人ともど、どうしたんだ?」


 変なことを言ってしまったのだろうか? 


「全くどうしてこうも殿方を見る目が……。あぁ、おいたわしや」


「だな。おばさん、じゃなかった。皇王妃こうおうひさまがアイビーを皇宮の外にやった理由もなんとなくわかるってもんだな」


「スピノザ?」


 言っている意味がわからない。母がどうしたって?


「アイビー? あなたは第二皇女でありますでしょう?」


「あぁ、まぁ」


「例え、国を動かす重大な責務に課せられていなくとも、皇女であるアイビー、あなたは十五であるこの歳に伴侶となる者を決めなくてはいけませんでしょ?」


「……え? えぇぇ?」


 シャノンが鼻を高くして私に言っているが、理解ができない。私がなんだって?


「シャノン、アイビーはまだ……」


 兄さまが間に立って呆然としている私をよそに、シャノンになにか語り掛けているけれど、一体なにを言わんとしてるんだ?


「た、大変失礼な発言を致しまして申し訳ございません」


 急にシャノンが膝をついて伏し、謝ってきた。


「シャ、シャノン? そんな風に謝らないで。なにが悪かったのかわからないから」


 女の子にこんな風に謝られるのは正直辛い。

 片膝をつくシャノンをゆっくりと手を貸して起き上がらせた。同じ警備隊であまり上下関係なしにやってきているのだが、こうして時々、自分の身分、というものがあることに気づかされる。シャノンにスピノザ。数少ない私が気兼ねなく話せる二人なのに……。


「さて、今夜は国境の辺りは天候が悪いらしい。万が一、ということもある。皆、心して――」


 兄さまが言いかけたとき、スピノザが片手を上げて言葉を制した。


「すまん、ルイーズ。最近ずっと考えていたんだが、おば……、じゃなかった。皇王妃さまが予言した【赤き髪の男の話】って、十年も前の話しだよな?」


「あぁ、そうだな」


「皇王妃さまの夢見が、十年経ってもなんの兆候も表さないってどう思っている?」


 はた、と皆がスピノザの方を見た。

 確かに母の夢見が十年経ってもなお、実現しないのはおかしい。スピノザに指摘されるまで疑問に思わなかったが、確かに母の夢見はそんな長いスパンで出来事が起きないことなどなかった。【赤き髪の男】の件だけは特別、と考えていたが、本当にそんなことがるのだろうか? と私を始め、兄さまもシャノンもスピノザも今更ながら気づいたのだ。


「……考えたくはないが、もしかすると私たちの落ち度によって、既に皇国に入り込んでいる?」


 ありもしない過程がついと私の口から出てしまった。


「それかこの中に裏切り者がいて、侵入者を簡単に招き入れたか」


 ジロリとシャノン、そしてスピノザを一瞥した。考えたくはないが、この二人の組み合わせが一番怪しい。


「ちょ、ちょっとアイビー、それはないんじゃなくて? それを言ったら、アイビーとルイーズも怪しいじゃないの?」


「なっ! 私と兄さまに限ってそんなことはないじゃないかっ!」


 思わず語気を強めてしまう。

 そうだ。私と兄とが組んで回っているとき、怪しい点なんて何一つない……じゃないか。え? どうして私は今間をあけて考えた? ふと芽生えた疑問に慌てて首を振った。気のせいだ。疑問なんてなに一つない……。そう……何一つ。




2015.0519…中間部分修正

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