9 ラスチェの嫌いなもの
冒頭から申し訳ありません。
「うえぇぇぇぇぇぇ」
普段ひっそりとした雰囲気しかもたないラスチェ。そのラスチェが品の欠片もないあられもない声を漏らしている。が、致し方ない。青ざめたラスチェの顔を伺いながら背中をさすった。
「ラ、ラスチェ大丈夫か?」
「うっ、えっっ、殺してやるっ!」
低く、物騒な声だ。相当ご立腹のようだ。
「いや、ラスチェ、人殺しは犯罪だし、そのときはかばいきれないからな?」
「ものの例えですよっ!」
口元をジャブジャブ荒い、手の甲で拭いうと振り向きざまに鋭く睨まれてた。ラスチェ、すごい怖いぞ、という言葉はぐっと我慢した。
「もう大丈夫か?」
「はい。……取り乱して申し訳ありません」
ポケットから出したハンカチで手と口元を拭くと、私に謝ってきた。
「いや、仕方ないことだし、もっと言えば私がエイヴォンにラスチェの体質をきちんと説明していればよかったのだし」
ラスチェは甘い物が格段苦手である。昔は我慢して私たちの前では食べていたのだが、ある時を境にして口にすることができなくなってしまった。耐えきれなくなって蕁麻疹が出てしまったからだ。今ほど精神面が成長していたわけではなかったので、痒みを我慢することは至難の業だったらしい。掻きすぎて体中包帯で巻かれていたのを目にしたとき、もう二度と無理をさせてはいけない、と誓ったはずなのに。
「いいのですよ。アイビーさまが気遣うことではなく、私自身が気をつけておけばいいことです。まぁ、不覚にもエイヴォンに隙を見せてしまったのは完全に私落ち度です。ですから、お気になさらず」
「でも……」
「いいえ。アイビーさまが気に病むことはないですから。それにほら、一口程度でしたし、出してしまいましたから、蕁麻疹も出ていないでしょう?」
腕をまくって私に見せてきた。
「うん。まぁ、そうだが」
「全く、気にしすぎですよ。それはそうと、取りあえずここを離れましょう」
「え? でも……」
芝の上で伸びているエイヴォンを見つめた。い、息はしているだろうか? ラスチェに無理矢理食べさせたのは許せないが、呼吸だけは一応確かめておいたほうがいいような。
「って、ラスチェ?」
エイヴォンのほうへ歩み出そうとしたら、ラスチェに腕を掴まれた。どうして?
「大丈夫ですよ。あの人、美丈夫っぽいですし、あれしきのことでポックリ逝くわけないでしょう?」
「ぽっくりって、ちょっとラスチェそれはあまりにもひどい言い方じゃないか?」
「いいんですよっ。ほら行きますよ」
後ろ髪引かれる思いを抱えながら、強引にラスチェが腕を引くその手を払えなかった。
エイヴォン、申し訳ない。
なにか後遺症的なことがあったら、責任を持って皇宮で面倒を看るから――――。




