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8 私の好きなもの

 大判の花柄ナプキンの上にエイヴォンは次から次へと、可愛いくラッピングされたお菓子の個包装を並べていく。

 なんてことだ。心がワクワクして仕方がない。皇宮では見たことのない菓子ばかりだ。


「ねぇ、ラスチェ美味しそうだと思わないかい?」


 隣で憮然と立っているラスチェに声をかけると険しい顔をされた。


「なりませんよ。なりません。あぁいう物は何が入っているかわかりませんから」


 私の言い含んでいることがラスチェに見透かされていた。さすが、としか言えないけれど。でもやはり、ちょっとあの菓子をつまみたい。


「じゃぁ、ラスチェが毒見したらどうだ?」


 ムスっとしたラスチェが更にムスっとするのがわかっていながら、意地悪なことを言ってしまった。


「アイビーさまっ」


 諌める声が耳元でした。なにを隠そう、ラスチェは大の甘い物嫌いなのだ。皇宮でのこういうたぐいの毒見は別の者にやらせていたほどだ。それ以上言えないラスチェを尻目に私はエイヴォンの隣に腰をおろした。


「すごいな、どうしてこんなに菓子が貰えるんだ?」


「僕のことを振り向かせたくて、腕に寄りをかけて作ってくるんだよ。まっ、一言で済ませてしまえばモテるからってこと」


「……自分でモテるとか言うのか?」


「言うなっ、て言われても本当のことなんだから仕方ないんだけどね。はい、これ」


 手渡されたのは、なんとも可愛らしいハート型のクッキーが入っている小袋だった。袋もなかなか可愛いかもしれない。それにちゃんと中身が見えるように、表面は透明になっている。中身が見えるっていうのは、結構な安心感だ。皇宮に贈られてくる品々もすぐにわかるように可視化されているといいのかもしれない、とこの小袋を見ながらふと思った。


「な、なぁ、これ……食べても構わないのだろうか?」


 喉を鳴らして聞いてしまう。目の前に美味しい菓子を差し出されると、どうしてこうも私は欲に勝てないのだろう。


「いいよ。それを作ってくれる子のは、ほとんど美味しいから口に合うと思うよ」


「じゃぁ、お言葉に甘えて」


 キュッと袋を結んでいた紐を解いた。こんなところで焼き菓子を食べることができるとは! 一度この学校で料理実習というのがあった。そこで初めて焼き菓子は一般人でも作れるものだと認識し、またそこでみんなで作ったサクサククッキーなるものが美味しくてたまらなかった。

 作った数日後、皇宮に戻らなければならなかったことがあり、何でも揃っている炊事場を借りて作ろうと初めて足を踏み入れたんだ。そうしたらコックやらメイドたちが血相変えて飛んできて止められてしまった。「皇女さまはそんなことしなくていいんです」だって。じゃぁあなたたちが作ってよ、と学校から持って帰ってきたクッキーのレシピを突き出すと、顔をしかめられ、首を横に振られた。次いで「そんな庶民な味はおやめなさい」と諌められた。

 失礼にもほどがある。元を正せばみなだって庶民の出なのに、いつのまに偉くなったのか、と言いたくなった。

 あなたたちは今、皇宮の作り方にならって調理をしているけれど、元々は好きな料理や菓子を作って周りを喜ばせていたはずなのに。その自分の過去すら否定してしまうのか、と。

 それはなんだか悲しい。


「シエスタ? どうしたんだい? 腹でも痛むの?」


「え?」


「いや、ほら。袋開けたのに手をつけてないし、なんだか悲しい顔をしてるよ?」


「よ? よよよよ」


「え? なにも逃げなくたっていいじゃない」


「か、顔がち、近い」


 なぜ前髪に触れて私の顔を覗くんだ。太い幹に背中を預けて、本を読みだしたはずのラスチェの方向から、ビシバシと痛い視線が飛んできているのも気になる。わ、私はなにも悪いことをしていないぞ?


「近い? そう? はい、口を開けて」


「へ?」


 中途半端に開けた口の中に、しっとりとした食感が広がった。柑橘系の香りが鼻を抜けていく。


「あ、美味しい」


「でしょ? 初めて貰う子のだったからどうかな、って思って毒味してみたけど美味しかったから、おすそ分け」


「あ、うん。ありがと」


 エイヴォンが一口サイズに割って私の口に押し入れたのは、パウンドケーキだった。しかもお酒を使っていなく食べやすい。

 お恥ずかしい話、皇族に生まれながら酒全般、口に合わないのだ。パティシエがよくお酒を使ったパウンドケーキを出してくれるのだが……、正直拷問の時間な気分だ。両親は美味しい、美味しいと言ってパクパク食べているが。


「そ、それはそうと、やっぱり近くないか?」


「え? なにが?」


 ま、ま、睫毛が動くのがはっきりわかるし、ゆるくウェーブがかったグレーの髪先がくすぐったい。ど、どうしたものか。突き飛ばしたほうがいいのか? でもお菓子をいただいた身だし、それは失礼に値するような。


「二人とも近いですっ」


 悩んでいる間に、私とエイヴォンの間に本が挟み込まれた。


「ラスチェ、なんで邪魔をするんだ?」


「いえいえ。変な虫がアイビーさ……ん、につきそうでしたので、払い落としただけですが」


 長い前髪から睨みつけるように鋭い瞳をエイヴォンに向けていた。虫ってなんのことだろう。


「悪い虫? どこにいるの?」


 エイヴォンも私同様に虫の存在がわからないらしい。キョロキョロと辺りを見回している。


「……なにを言ってるんです。あなたですよ、エイヴォン」


「えぇぇぇ!?」


 私とエイヴォンの声が重なった。


「あなたたち……」


 はぁぁと深いラスチェのため息が聞こえた。頭も抱えている。どうしたんだ? ラスチェ。


「僕のことを虫だ、なんて。面白い比喩だね。それはそうと、そんな目くじら立てているラスチェには、甘いものが不足しているんじゃないか?」


 そう言うとエイヴォンはすくっと立ち上がり、ラスチェの口に黒いなにかを突っ込んだ。


「エ、エイヴォン、だめだっ」


「は?」


 とき、すでに遅し。

 エイヴォンはラスチェの回し蹴りを横っ腹にまともにくらって、数メートル吹っ飛び、伸びてしまった。


「ラ、ラスチェッ!」


 言葉より早く私はラスチェの頬を叩くのが早かったかもしれない。

 ラスチェはただ俯いて地面を見つめている。


「ご、ごめん」


 じん、と手の平が熱いのが早く収まるように、ギュと自分の手を握りしめながら謝った。なんてことだ。ラスチェに手をあげるなんて。


「……いえ。こちらこそ申し訳ありません。というか、申し訳ありません」


 一礼するとラスチェは口元を押さえ、湖のほうへ駆けだしてしまった。

 あぁ、なんてことだ。ラスチェに甘いものを口にさせてしまうなんて。嘆いている暇はない。ラスチェが心配だ。

 ラスチェが走っていく後姿を私は追った――――。

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