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3話 青いイナズマ(あおい いなずま)

「ほかに、ましな攻略対象や個別ルートはないの?」

 私は立ち上がって、屋上のフェンスにもたれた。

「うーん」

 竜太は首をひねってから、すっくと立ち上がる。

「化学の先生はどうだ?」

「あぁ、あの若くてハンサムな先生」

「あの人は、東大卒の隠れエリートだ」

「すごいね。でも私は、教師と生徒の恋は受け付けない」

 私にとって、教師はあくまで教師で、恋の対象ではない。

「あと同じクラスに、地味なダサ男を装っているけれど、実は芸能人がいるぞ」

「私は、芸能人は」

 好きじゃないと言おうとしたとき、視線に気づいた。誰かが、私たちを監視している。私は竜太に、小声でしゃべった。

「視線を感じない? 誰かに見られているよ」

 竜太は、はっとした。

「これは、もしや」

 制服の内ポケットから扇子を取りだして、扇子を広げて口もとを隠す。

「自称モブキャラの妨害だ」

「は?」

「主人公である詩織を監視して、脇役の自分が主人公になろうとしているんだ」

「主人公の座は譲ってもいいのでは?」

 忠勝先輩にせよ、ジョアンルートにせよ、ろくなものじゃないし。

「本来、詩織が得るはずの逆ハーワールドを奪い取るつもりなんだ。そんなことはさせない。俺が詩織を守ってやる」

 わー、竜太ってば、かっこいー。竜太は扇子を内ポケットに入れると、次はズボンのポケットからスマートフォンを出した。

「このアプリを起動させれば、詩織が主人公の乙女ゲームが始まる」

「アイフォンのアプリなんだ」

 アップルは偉大だな。

「俺の前世ではプレイステーションのゲームだったが、今世ではアイフォンの無料ゲームなんだ」

 しかも無料か、という私の突っこみは無視して、竜太は右手の人差し指で、アイフォンの画面に触れようとする。

 すると、しゅるるーーんと音を立てて、信じられないことに手裏剣が飛んできた。

「うわぁあーっ!」

 竜太は私をかばって、前に出る。

「竜太、危ない!」

 私は竜太を、横から押し倒す。私たちは、ずってーんとこけた。手裏剣はぜんぜんちがうところへ飛んでいって、コンクリートの地面に落ちた。

「ノーコンだな」

 私を上にのせたままで、竜太がつぶやく。手裏剣を投げた人物は、相当コントロールが悪いらしい。しかし、そんな手裏剣に大騒ぎした私たちも、かっこわるいような……。

「ケガはない?」

 私は立ち上がり、下敷きにしてしまった竜太に手を伸ばす。

「多分、大丈夫」

 竜太は手をつかんで、立ち上がった。そのとき、

「あなたの好きにはさせないわ!」

 階段室の陰から、一人の女子生徒が出てきた。

「あーっ! 同じクラスの山科やましなさん」

 私は意図せず、説明文的セリフを叫ぶ。

「平凡だけが売りの山科さん。下の名前は分からない」

 竜太も続く。

「私は前世の乙女ゲームの知識を使って、あなたの恋愛フラグをへし折ってやる」

 山科さんは、りりしい顔つきで宣言する。

「そんなことに精を出すより、自分の恋愛フラグを立てるのにがんばった方が建設的では?」

 私はあきれた。

「私は男好きじゃないし、身をわきまえているの」

 と、山科さん。

「それよりも、手裏剣は駄目だろう! 詩織がケガをしたら、どうするんだ?」

 竜太は、真剣に怒っている。私は守られヒロインよろしく、竜太の背中に隠れた。

「私には、死亡フラグや不幸フラグが立っているの。だからそれらを回避するために、手裏剣を持ち歩いているのよ」

 山科さんは、妙に得意げだ。しかし、なぜ手裏剣? 普通のナイフでは駄目だったのか。つまり、忠勝先輩は武士が好きで、あなたは忍者が好きなのね。

 ただし、ナイフにせよ手裏剣にせよ、校内持ちこみ禁止。立派な校則違反、むしろ犯罪だ。

「とにかく主人公補正というひきょうなやり方で、男を落とすなんて許せない」

 山科さんはなぜか、スカートのポケットから赤い風車を取りだす。そうか、水戸黄門に出てくる忍者の弥七か。

「それに関しては同意するけど、私たちを監視するのはやめて」

 私はしっかりと抗議する。山科さんのやっていることは、ストーカー行為だ。それから私は、弥七は初代の中谷一郎さんしか認めない。

「監視じゃないわ、傍観なの。私は平和に暮らしたいの」

 日本語って便利だな。

「分かったわ。主人公の座は、あなたに譲る」

 私は、遠い場所に落ちた手裏剣を拾った。

「えーっ!」

 竜太は驚く。

「いいのか、詩織? このアプリを起動させるだけで、乙女ゲームの主人公になれるんだぞ。特別優秀な男たちからちやほやされて、俺みたいな凡人とつるまなくていいのに」

「いいのよ」

 私は両手で手裏剣を、ばきっとへし折って捨てた。乙女ゲームの恋愛フラグよ、さようなら。

「ひぃ、化けもの」

 私の怪力っぷりに、山科さんは真っ青になって腰を抜かす。

「私は竜太が好きなの。だから私と付き合って」

 私はもう何年も、竜太のお母さんが開催している着物の着付け教室に通っている。竜太のお母さんとは、すでに、

「詩織ちゃんのような美少女が、竜太のお嫁さんになってくれたらいいのに」

「私なんて、たいしたことないですよ。それより竜太ってば、モテるんですよ」

「そんなことないわよ。おほほほほ」

 という会話をさんざん交わしている。従って、竜太に逃げ場はない。当然、竜太のお父さんも妹も、陥落済みだ。竜太は少しの間、考えてから、

「そうだな。付き合おう」

 つきものが落ちた顔で返事した。

 山科さんはびくびく震えつつも、自分のアイフォンを操作する。ちょっと待つと、山科さんが主人公の乙女ゲームが始まる。明るくて元気なオープニングソングが流れ出した。

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