・第七章・
六月二日。
天は自分の部屋にいた。
目の前には壁には、真面目な顔をした恋魂が映っている。天は、微笑みながら恋魂の報告をきいていた。
「ーーそういう訳で、あの事件は迷宮入りと決定しました」
「そうか。報告有難う。……ははっ。迷宮入りねぇ……」
何だか複雑そうな表情をする天。
「? 天さん、何かあるんですか?」
「いやぁ……あの事件を班長は『連続殺人事件』だと判断した、と今きみから聞いたけれど、実際はそうじゃないって事を私は知っているんだよ。ーーそれに、迷宮入りどころか、事件はとっくに終わっているって事も知っている」
天はぼんやりと、何でもない事のように言う。「はぁ!?」と恋魂は呆れた顔をする。
「また分かってて何も言わなかったんですか!?……本当に、あなたは【黒い狼】失格ですね」
「ははは。まぁ、それは自覚しているよ。最近、私は本気で【黒い狼】から【青い蛇】に転職した方が良いんじゃないかと思い始めているんだ」
「本当に転職してみたらどうですか?喜んでついて行きますから」
「ん?きみも来るのか?」
「はい。当たり前じゃないですか!あたし、天さんの事愛してるんですから」
恋魂の言葉に、笑っていた天の瞳が、一瞬、鋭くなった。
「……まぁ、それはいいとして。聞きたいか?事件の真相」
天は曖昧な笑顔で話を変える。恋魂も、何事もなかったように普通に答える。
「別にいいです。天さんが班長にも言わなかったんですから、あたしなんかに言わなくてもいいです」
恋魂は心の底からそう言った。天は「そうか」と言って、視線を壁から落とした。
「天さん、何かあたしに話したい事ありますか?」
恋魂がきくと、天は首を横に振った。
「そうですか……それじゃあ、体調が良くなったらあたしに連絡してください。班長に伝えますから。ーーでは、失礼します」
恋魂は言って、通信を切った。壁から恋魂の姿が消える。天はため息をついて、体から力を抜いた。
天は、三人の人間の姿を思い浮かべる。
一人は、趣樹富華。
一人は、竜美蝋鳥。
一人は、雅我音面。
そして、三人の魂がこの世を飛び去ったあの日を思い返す。
ーーーー天は、竜美蝋鳥が死んだ現場を訪れてから、「高感力」による疲労を理由に捜査からはずれていた。
四月十八日。
家で休んでいた天に、雅我音面という少女が殺された、と報告が入った。翌日、天はその少女の遺体が発見された現場を訪れた。現場は雅我町F区の海岸。美しい青砂で有名な砂浜だ。
ーーその青い砂浜が、赤く染まっていた。
3㎞程に渡る砂浜の真ん中あたりが血で青紫に変色している。そこで雅我音面は、眠っているような態勢で死んでいたらしい。
天は波打ち際を見る。そこには、一人の少女が波に触れて遊んでいた。少女の左右に二人の男が立っていて、少女を見守っている。その少女は雅我音面。右の男は竜美蝋鳥で、左の男は趣樹富華だった。
ーー三人は、とても幸せそうに見える。
「あんたも見えんのか?」
不意に声をかけられた。天は振り向く。無表情の青年が、天を見ていた。
「きみは……?」
「名前は言えねぇ。ついでにここにいる理由も言えねぇ。でも、ここに入れるって事は、あんた【黒い狼】なんだろ?」
青年は言いながら、天の横を通り過ぎる。天は青年を追いかけて振り向く。青年は、三人の方へ歩いていく。
三人の所に着くと、青年は何かを雅我音面へ差し出した。その何かを見て、三人が同時に微笑む。心の底から幸せを感じている笑顔だった。雅我音面が何か言って、青年が差し出したものを押し返した。首を横に振っている。青年は何か言って、それを服の中に戻した。すると、趣樹富華が青年と握手して、海の方へ歩きだした。同じ事をして、竜美蝋鳥も後に続く。雅我音面は、青年に嬉しそうに何か言って、二人の後を追いかけた。一度、雅我音面が振り返って手を降った。青年も手を振り返す。三人は手を繋いで歩いて行きーーーーふっ、と消えた。
青年が天の方へ戻ってくる。その顔を見て、天はなぜかほっとする。青年は、無表情のまま涙を流していた。天の目の前で、青年は足を止める。
「あんた、泣いてるぜ」
青年が言う。
「きみも泣いてるぞ」
天は目元に手をやりながら言い返す。青年も、滴を気にするように頬に触れる。
「今見た事、言わないでくれねーか?」
青年の言葉に、天は笑う。
「……安心してくれ。私は今、捜査からはずされているんだ。私がここに来ている事を『捜査課』の皆は知らないし、そもそも私は始めから、自分の見ているものを【黒い狼】の人間に話すつもりはない」
その言葉に、「ありがとよ」と言って、青年は天の横を通り過ぎようとする。
「きみは『タカン』だーーそうだろ?」
天は、少し震えた声できく。青年の足がぴたり。と止まる。
「……あんたもそうだろ」
面倒そうに青年は応える。
「あぁ。そうだ。私は……私は、沢山の魂の終わりを見届けるために【黒い狼】に入っている。私の同僚には、【青い蛇】に入っているが、自分のために「高感力」を使う『タカン』の知り合いがいる。きみはおそらく一般人だろう。そんなきみはーーきみは何のためにきみの力を使っている?」
天は、興奮と恐怖と期待と不安に全身が震えていた。青年はしばらく黙っていたが、ぽつりと言う。
「……あんたも、アイツと同じ事をきくんだな」
「あいつ……?」
「竜美蝋鳥だよ。……アイツには答えなかったけど、あんたには答えてやる。ーー俺が「高感力」を使うのは、ただ一人のためだけだ」
青年はきっぱりとした口調で言うと、砂浜から去って行った。
天の頭の中で、何かがグルグルと回っている。
少しの間海を眺めて、天は家に帰った。
ーーーー目の前の壁を見つめて、天は考える。
あの時現れた青年は、どんな気持ちであの三人を見ていたのだろうか。
青年の言った"ただ一人"とは誰なのか。
あの三人は、もう転生しているのだろうか。
この国には、自分と同じ力を持つ人間がどれだけいるのか。
その人間は、何のために、誰のためにその力を使っているのだろうか。
疑問は沢山ある。だが、答えは見えない。
ーー天は目を閉じて、思考を止めた。




