・第六章・
四月十五日。
音面は待っていた。ずっと待っていた。
部屋のソファに座っていると、フォン、と認識パッドの反応する音がした。音面はばっと立ち上がり、部屋の壁に映し出された青年と少女を凝視する。
青年は無表情に横を向いている。少女は暗い顔で前を見ている。少女の手には、記録盤ケースが握られている。
「やっと……やっと来てくれたんだね……富華……蝋鳥」
音面は無意識のうちに言葉をこぼす。
「入ってください!」
入室を許可した音面の声に反応して、フォン、と認識パッドが音を発する。壁を抜けて、青年と少女が部屋に入ってきた。
音面は記録盤ケースを見ている。すると少女が音面の視線に気づいて、ケースを差し出した。
「どうぞ、音面さん。ボク達はあなたにこれを届けに来たんです」
差し出されたそれを、音面はとても大事そうに受け取って、しっかりと抱き締めた。いつの間にか、音面は泣いている。少女は、そんな音面を静かに見ている。
「……アイツらの事、本当に好きなんだな」
青年が、無感情な声でそう言った。音面は青年を見る。
「……富華と蝋鳥は……トモにとって生きる意味だったの。だから……次はトモの番なの」
音面はそこで微笑むーーーー青年は表情を変えない。
「音面さん。音面さんがやる時、ボク達手伝いましょうか?」
少女がきく。音面はゆっくり頷く。
「トモは怖がりだから……たぶん、一人でできないと思う。……お願いします」
そう言ってから、音面はある事を思い出した。急いで隣の部屋に行くと、一つの黒い箱を持ってくる。そしてそれを青年に差し出す。青年は訝しむ様に箱を見る。
「これ、『見えない道』っていうオブジェが中に入ってる……蝋鳥がデザインして、富華が材料を揃えて、トモが造ったの。……四日前に、蝋鳥がこれをあなた達にあげてって」
言って、音面は二人を見つめる。青年と少女は顔を見合わせる。そして、青年は箱を受け取った。
「音面さんは、いつやるつもりですか?」
「三日後」
音面は即答する。少女は「そうですか」と言って俯いた。そんな少女を、青年は心配気に見る。
「あなた達も、お互いが大切なんだね」
青年と少女が同時に音面を見た。音面は笑う。
「あなた達は、こんな、トモ達みたいな事はしないよね。……こんな、バカみたいな終わり方ーー」
「バカみたいじゃねぇよっ!」
自嘲の笑みを浮かべた音面に、青年が怒鳴った。びくり。と少女が肩を浮かした。音面は驚いて青年を見る。青年は顔を歪めて、唇を噛み締めて、必死で感情を抑え込んでいる。
絞り出すように、青年が言う。
「自分がやってる事を、自分で貶してんじゃねぇよ……!!」
「え……でも」
「でもじゃねぇっ!!」
青年は音面を睨みつける。
「お前はそれを望んでるんだろ……!?アイツらはそれに応えてくるたんじゃねぇか!お前がそれをバカにしてどうする!!」
青年は怒鳴る。少女が青年の手を握った。音面は、何も言えない。
「……堂々と、胸張ってやれよ。見せびらかして、自慢するつもりでよ。ーーお前らの終わり方は……最高に美しいんだから」
青年は懇願するように言って、口を閉じた。少女は、青年の手を握る力を強くする。音面は、何も言えない。ただ目を見開いて、青年の歪んだ表情を見つめる事しかできない。ーー青年と少女が、音面に背を向けて部屋から出て行った。
音面は、長い間立ち尽くしていた。