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page6


 この日エイシェンは朝から出かけていた。昨晩に手入れをしていた剣やら弓を携えて出て行ったのだ。

 狩りにでも行くのだろうかとナズナは見送って家で自分のできる仕事をこなしていた。

 一段落付いたらアロンのところに行こう。

 

 エイシェンには無断で家を空ける事になるが、すぐに帰って来るしまあいいだろう。

 と、そこまで考えてこの家に帰ってくるという表現に心がざわついた気がした。

 

 

 洗濯を済ませたナズナは家を出て、アロンがこの集落のどの辺りに泊まっているのか知らない事実に行き当たった。それどころかナズナはこの村の構造を殆ど知らない。

 三日間ずっと引きこもっていたのだから当然だ。

 

 この際散歩がてらウロウロするのもいい。そう楽観的に思った矢先、子供達の賑やかな声が聞こえてきて目をやると、広場になっている所に数人の小さな男の子たちが木の棒を持って走り回っているのが見えた。

 

 微笑ましい光景に笑みをこぼしながら見ていると、そこにエイシェンもいた。

 追いかけっこをしている子達よりもう少し年長の子等に、弓の引き方を教えているようだ。

 

 なるほど、狩りではなく子供達の指南をしていたのか。

 いつの間にか立ち止まってぼんやりと眺めていたらしく、気が付くとさっきまで走り回っていたはずの子ども達がナズナの前に集まっていた。

 

「え、な、なに?」


 興味深々な瞳で見上げてくる子達に思わず後ずさる。

 だが腰が引けてしまったナズナの様子など気にもせず、がっしりと両手を掴むと広場の中へと引きずり込んだ。

 

「エイシェン!」


 一人がエイシェンを呼ぶと、彼はこっちを見、ナズナに気付いて目を丸くしたがすぐに笑みを浮かべて頷いた。

 それだけですぐに弓を教える子の方に視線を戻したから、ナズナがここに居る事のお許しは出たらしい。

 

 男の子が木を手渡してきた。受け取るとそれは細く軽いながらもきちんと研磨された木刀であった。

 

 これでもナズナだって里で、剣さばきの基礎くらいは学んだ。実戦では何の役にも立たぬようなものだが獣が多く生息する森で生きていく者の嗜みだ。

 

 笑顔で掛かってくるように示すと、きゃっきゃとじゃれ合うように子供が木刀を振るう。

 正にチャンバラごっこだった。かちかちと木がぶつかり弾かれるのが楽しいと、それだけのもの。

 このくらいならナズナでも相手が出来る。

 

「もう、ちょっと、休憩しようよっ」


 何人か連続で遊んで流石に息が切れてきた。木刀を持ってない方の手を振ってストップと伝えたつもりだったが子供達には通用せず、一斉に突進してきた。

 

「なんで!?」


 倒れそうになるのを必死で堪えながら、足にしがみついてくる子を乱暴に引き剥がし、脇に手を差し込んだ状態で持ち上げてぐるりとその場で一回転する。

 ふわりと浮いた感覚が面白かったらしく、大笑いしてもう一度とせがまれ。

 他の子達もやってくれと更にまとわりつかれるといった具合に、全く休憩に等ならない。

 

 里に居た頃も、小さい子の面倒は年長の子が見るのが当たり前だったから近所の子供達とよく遊んでいた。

 幼少期の子がどれだけパワフルなのかもよく分かっている。

 

「ナズナーッ!!」


 子供達とじゃれあっていると、エイシェンの切羽詰まった声に呼ばれた。

 反応出来たのは奇跡的だった。

 何が起こったのかナズナは正直全く分らなかった。だけどエイシェンの只ならない様子の声に、反射的に身体が動いたに過ぎない。

 

 近くにいる子達を庇うように腕の中に閉じ込めて身を固くした。

 

「いっ!?」


 遅れて足に走った衝撃と、次いで激痛。ずるずるとその場に座り込む。

 痛みの元凶に目をやると、ナズナの左の太ももに深々と矢が刺さっていた。

 

 何が何やらわからない小さな子供達が泣き叫び、怯えながらもナズナの元をうろうろしている。

 

「ごめんね……」


 こんないっぱいの血を見てしまってさぞ怖いだろう。

 

「ナズナ!」


 駆け寄ってきたエイシェンが足に負担が掛からないようにナズナの身体を起こして自分に寄り掛からせる。

 深々と彼女の足に刺さった矢に険しく眉間に皺を寄せた。

 

 早くなんとかしなければ。その一心で矢に手を触れようとした。

 

「エイシェン」


 苦しそうな、焦ったようなナズナの声が制止する。そっとエイシェンの手に自身のを添えた。

 苦悶に歪む目で子供達を見ている。ぎゅっとナズナの手を握る。

 

「バルト!」


 弦が切れた弓を持って呆然と立ち尽くしていた男の子がびくりと身体を揺らす。

 エイシェンは足に細心の注意を払いながらナズナを抱き上げ、その男の子に何かを告げて早々にその場から立ち去った。

 

 エイシェンは家に帰ると毛布やクッションを敷き詰めた上にナズナをそっと座らせた。

 服を裂いて矢が刺さっている部分を曝け出す。ナズナは絶えず襲って来る痛みに気を取られて恥ずかしさを感じる余裕がない。


 エイシェンが足の付け根を布できつく縛るのを呆然と見ていた。

 ああ、矢を抜くのかとどこか他人事のように考える。

 

 恐る恐るといった態で太ももに触れられただけでビクリと肩が揺れる。

 エイシェンはそっとナズナの頭を引き寄せると自分の首元に押し付けた。

 

「ナズナ……」


 囁きが耳に入ったのと同時だった。躊躇いなく引き抜かれた矢がカランと床に落とされる音がすると共に身体中に電撃が走るような衝撃が襲い、知らずのうちに目の前にあるエイシェンの首を噛んでいた。

 

 血が噴き出すのを防ぐ為に力強く傷口を押さえられ、その間もずっとナズナは痛みに耐えながらエイシェンの肩に顔を埋めていた。

 

 どのくらい経ったか、漸く幾らか冷静さを取戻してきたナズナは顔を上げ、同じように疲弊したエイシェンと目が合う。

 汗で額に張り付いた髪を丁寧な仕草で梳かれて、目を伏せた。

 視界に入ってきたむき出しの彼の首には幾つもの噛み痕がついていて痛々しい。

 

「エイシェン、ごめん」


 なんとか絞り出した声はひどく掠れていた。

 よく見れば毛布や床も血で汚してしまっていて酷く落ち込む。また面倒を掛けてしまった。

 エイシェンが押さえていてくれたお陰で血は殆ど止まっているようだ。後は自分で出来ると、彼の肩を軽く押して離れるよう促した。

 

 だが彼は首を振って退こうとしない。通じなかったのだろうかと、腰に提げていたポーチを取って、湿布に薬を塗り込んで患部に巻けば大丈夫だと示した。


 けれどそれも彼に取られ、どれ? と目で問うてくる。

 エイシェンの怪我の処置は迷いがなく的確だ。慣れているのだろう。

 それにしたって、本当に面倒見のいい人だなぁと目を瞬いて呑気に考えて、こうなってしまってはエイシェンが引かないのは何となくここ数日で把握しているので、大人しく甘える事にした。

 

 傍に転がっていた矢に気付いた。手に取って見てみると、やじりに返しのないものだった。想像していたよりも細いし、怪我の感じから言っても筋肉に損傷も無さそうなので、痕は残ってしまうだろうが生活に支障を来すような後遺症はないだろう。

 

「ナズナ」


 呼ばれてエイシェンを見ると、彼は眉間に皺を寄せて酷く辛そうにしていた。

 どうしてそんな表情をしているのか分らず、思わず顔を覗き込む。

 何か言いたげに口を開いて、けれど声にならず唇を噛み締める。あまりに苦しそうな表情が見ていられなくて頬に手を当てて撫でる。

 

 彼が悔やむことなど何もないのに。

 今にして思えばナズナの判断ミスだ。エイシェンは前もって警告を示してくれていた。ナズナが子供達を促してあの場を離れていれば良かったのだ。なのに一番危険な場所で立ち止まって、あまつ子供達も同じように固めて。

 

 矢が当たったのがナズナで良かった。一歩間違えていれば子供の誰かが怪我をしていたのだ。

 

「エイシェン」


 ふにと彼の頬を軽く抓る。すると目を丸く見開いた。鳩が豆鉄砲を食らったような、という言葉が頭に浮かんだ。くすりと笑う。

 力なく首をもたげたエイシェンの、その項が目に入った。

 

 出しっぱなしになっていた薬の中から消毒液を取って手を濡らす。そっとナズナが噛んだ痕に塗り込んだ。鬱血して若干気持ち悪い事になっている。

 その上から湿布を張って傷を隠す。

 よしこれで私の所業は他の人にバレない、という思いが半分の行動だった。

 

「おいナズナ大丈夫か!?」


 どたどたとお馴染みの足音が近づいてくる。

 台所の壁に凭れるナズナと、彼女の足をまたぐように向い合せで寄り添っているエイシェンを見てアロンが気まずげに視線を逸らす。

 

「お前等どこででもイチャイチャ出来んだな」

「し、してないよ! どうしてそういう事言うの」

「あーいや、なんかお前等の雰囲気がなぁ」


 そんな状況じゃないっつーのは分かってんだけどな、とブツブツ言い訳じみた事を呟くアロン。

 

「しかし災難だったな」

「仕方ないよ、事故だから」

「そうだがなぁ……でもお前それじゃあ山は下りれんだろ」


 どくりと心臓が跳ねた。言われて初めて気づいた。この足では普通に歩くのも暫くは無理だ。

 山道を延々と下るなど以ての外。

 

「そもそもまだ俺等も出発できる状況じゃねぇけど……なぁ?」


 アロンが濁した部分をナズナは正確に理解した。万が一ナズナの足が回復したとしても、何の問題もなく以前の通りに筋肉を使えるようになるのは、もっとずっと先だ。

 怪我のせいで歩けなくなれば、筋肉も落ちる。険しい山道に耐えられない。

 

 無理してついて行った所で足手まといになるのは目に見えている。それは時に命取りになりかねない。

 森で自然と共に生きてきたナズナにはその事は身に染みて分かる。

 

「ナズナが言った通り、事故だったんだ仕方ない。様子見てその時考えようや」


 ぽんとアロンが、彼にしては気遣いのある力加減でナズナの肩を叩いた。

 

 

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