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※注 残酷表現があります。ご注意ください。

全然リアルではないです…。逆に言えば残酷やらグロやらと言ってもこの程度のものです。


「えーっ何それ聞いてない!」


 年甲斐もなく頬を膨らませる母親からナズナは呆れ半分、気まずさ半分で目を逸らした。

 だって言ってないもの、ともごもご口ごもる。

 

 青年との不思議な出会いから一か月。あれから何があったかと言えば、当然何もなく。

 ナズナは素性を教えていないし、相手も気にしたふうでもなかった。

 お互い別れ際の進行方向から何となく、どこの者かは察せられただろうが。

 

 彫りの深い顔立ち、大きな体躯、見慣れない服装、通じない言葉。

 瑠璃色の人をそっと思い浮かべる。きっと彼は山岳部族だ。

 

 ここは大陸の中央に位置し、そして大陸を分断するよう南北に連峰が座している。そしてそれがそのまま東西の国の境になっていた。

 

 山の東側の麓は大きな森で埋め尽くされており、ナズナの里はこの森の中に隠れるようにひっそりと存在していた。

 

 この連峰は気候は比較的穏やかだが、道は険しく不慣れなものでは到底登る事も下る事もできない。

 東西どちらからでも峰を越える事は不可能と言われていた。その山間に集落を造り住んでいる民族以外は。


 彼等の情報は全くといっていい程伝わってこないが、自在に山を駆け生活しているという。殆ど下界と繋がりを持たない山岳部族の者との邂逅という、滅多にありはしない巡り会いを果たした娘には母親は本人以上に興奮していた。

 

「で、で? その人はどんな人だったの?」

「どんなって……」


 殆ど意識が朦朧としていたから相手の人相はあまりよく把握していない。目を閉じて思い浮かぶのは

 

「瑠璃色」

「るり?」

「うん、髪も目も綺麗な瑠璃色した人だった」


 鮮やかで印象的だった。後は、穏やかに笑う人。そのくらいだ。


「へえ、で、次はいつ会うの?」

「はい?」

「逢瀬を重ねていつしか二人の間に恋が芽生えて、民族の壁を越え結ばれるのよね!?」


 鼻息荒くまくし立てられてナズナは引き気味に答えた。

 

「そんな約束してないから。愛も芽生えないから」


 ナズナと瑠璃色の人にとって厚く高く立ちふさがる壁はきっと言葉の壁だろうと思った。

 

「もうナズナちゃんは消極的なんだから! もっとレンリちゃんみたいに上手くやらないと!」

「いや……レンリのあれはもっと特殊で真似しようがないし」


 レンリとはナズナの二つ下の女の子で、王都より派遣されてきた軍人青年と想い合っているのだとかいう話を聞いた。


「大体、本当に私が他の部族や町の人のところに嫁いじゃったら里から出ていかなきゃならないんだからね? そうなったらお母さんどうすんの」

「あ、そっかぁ。ナズナが他所行っちゃうのは淋しいなぁ」


 そういう問題ではない。ナズナの母親は足に大きな怪我を負い、今でも不自由だ。里の中くらいなら移動も出来るが、外出は難しく重い荷物は運べない。

 家事も殆どナズナがこなしているのだ。

 

 父も手伝ってくれるが、この里の男は遠出する事が多くあまり当てには出来ない。

 今も動ける男達はみな出ている。里に残っているのは老人と女子どもくらいだ。

 

 別に母親を足枷に思ったことはない。どこか里に出たいとも思わない。ここで一生静かにのんびり暮らす事にも不満などなかった。

 

「将来は父さんが決めたこの里の人と結婚して子供産む人生だよ私は」

「えーっ夢がなーい」

「お母さんだって同じじゃない」

「お母さんはいいのよぅ、お父さんの事大好きで結婚したんだもん」

 

 だったら私もこの里で好きな人を探すよ、と伝えてこの話題を打ち切ったつもりだった。

 母親の乙女思考は今に始まった事ではない。そう簡単に話を切り替えてはくれなかった。

 

「そうねー、ナズナちゃんもこれからかもしれないわよね。この先、いい出会いが待っているのかも」

「出会いはどうだろう、あるのかな」


 こんな森の中の閉鎖された狭い里で新たな出会いとは何だろう。これから生まれてくる男の子に期待しろという事だろうか。想像して笑ってしまった。

 

 でももしかしたら。レンリだってこの里で出会いがあったのだ。しかもレンリはナズナや他の里の女とは違い、男と同じように剣を握り獲物を狩る、やたらと勇ましい子ときている。

 その少女が誰よりも先に男性を掴んだのだ。世の中何があるかわからない。

 だからもしかしたら、と思う。

 私にもこれから奇跡みたいな出会いがあるのかしら、と。

 

「あらそうだわナズナちゃん、お水汲んできてくれる?」

「うん、分かった」

 

 ここは地下水源が豊富だから井戸が各家庭毎にある。桶を持ってナズナが外に出ようとしたときだった。

 

「キャアアアアアアッ!!」


 けたたましいほどの悲鳴が里中に響き渡った。ただ事ではないその声にナズナと母親は身を固くしてからお互いを見た。

 

 そっと窓際に寄り外を覗いたが、ナズナの家があるのは里の隅の方で、何が起こったのかは窺い知れなかった。

 

 様子を見に行った方がいいのか悩んでいると、女の子が一人走ってこっちへ来た。

 

「賊よ! みんな逃げてー!!」


 里の女の中でも足の速い子だ。こうして逃げながら皆に知らせているのだろう。

 

「ぞ……賊なんて……どうしてこんな所に」


 母親が立ち上がりオロオロと視線を彷徨わせる。

 このカリナンの里は特殊な事情があり、その存在は広く知られているにも拘らず所在を知る者は限られていた。

 こんな森奥にひっそりと潜むように暮らしているのも、場所を特定されては困るからなのだ。

 

 聳える連峰のせいで西から攻め入って来る事は不可能、東は一番近い町からでも数日は掛かる距離がある。しかも道標もない森の中を通ってなど普通はそのリスクを負ってまでカリナンを探そうなどと思う輩はいない。

 

 何故、という疑問はこの際置いておくしかない。実際に賊は来てしまったのだ。

 外のざわつきが大きくなってきているような気がする。逃げるのは急いだ方が良さそうだ。

 母親の所まで行ってしゃがんだ。


「母さん、負んぶするから」

「お、お母さんも走れるわよ、少しなら」

「じゃあ、私がしんどくなったら頑張って。今は体力温存で」


 ずしりと背に重みを感じた。足と手に力を入れて立ち上がり勢いよく外に出た。

 だが走り出そうとした途端にその気は削がれる事になる。ふと視界に影が差し、見上げた先には嫌らしく嗤う見た事のない男が二人立っていた。

 

 しまった……! 心臓が縛り上げられたかのように痛む。モタモタし過ぎた。賊がこちらにまでもう来ていたなんて。

 

「よしよし、まだこっちにもいたなぁ」

「お二人さん、ちぃとよく顔見せてくれや」


 汚らしい無精髭の男がぐいと顔を近付けてきて、ナズナは反射的に顔を逸らした。だが男は手で乱暴にナズナの顎を掴むと無理やり上向けた。

 

「おい、やったぞ当たりだ!」

「きゃあっ!」


 顔を間近で見てくる男はニタリと笑ってナズナの髪を力づくで引っ張った。

 痛みに思わず体制を崩し母親がずり落ちた。

 

「母さん!」


 もう一人の男が同じように母の顔を眺めていた。

 

「こっちは違ぇ。おい殺っちまうか?」

「あん? そんなもん最後でいい、売りもんになんねぇでもおれ等が楽しむ用に使えんだろ?」


 二人して下卑た大声で笑い合う賊にナズナはギリギリと歯を食い縛った。こんな奴等の好き勝手されてたまるかと。

 服の下に隠し持っている小刀を探る。男達の注意がこっちから逸れている今がチャンスだ。

 腰を屈めて足に力を込める。

 

「うあああああっ!!」


 大声を出したのは恐怖で震え出しそうな自身を叱咤するためだった。

 近い方の男に狙いを定めて刀を突き立てる。が

 

 ガキン――


 賊に突き立てるはずだった刃は横から入ってきた剣によって弾かれた。

 

「なっ」


 まさか割って入られるとは思わず言葉を失くす。二撃目を繰り出す余裕がナズナには無い。突如として目の前に現れた男に釘付けになった。

 

「どう、して」


 うわ言のように呟いたが相手は答えない。その代わり届いたのは剣の柄だった。ナズナの鳩尾に叩きつけられ、肺の中の空気を全部吐き出さされ、衝撃でそのまま意識を手放した。

 

 倒れかかってきた少女の身体を難なく支えると、座り込んでいる彼女の母親に渡した。

 

 何が起こっているのかついていけてなかった賊達は、ナズナと同様に何処からともなく現れた男の存在をぽかんと口を開けて眺めていた。


 長い髪は高い位置で一つに纏められ、背には弓と手には剣。見慣れない服を着たこの男に見覚えはなかった。この里の者にも見えない。

 対処に困ったその隙をついて、男は音もなく剣を構え直し、ごく自然な動作で賊に突き立てた。

 

「お前……っ!」


 肩からざっくりと斬られ倒れ伏した相方に我に返った髭面の男は自らも腰に提げていた剣を抜こうとした。だが既に遅く相手は眼前に迫っていた。

 抜き切る前に自らの胸に突き刺さった刃に視線を落とす。

 

 何だこれは、どうして、こんなはずじゃなかったのに。

 痛みは遅れてやって来た。あっさりと剣を抜かれた事によってこれまで感じた事のない焼けるような激痛が走り声を上げる事も叶わなかった。

 膝を付き、血をまき散らす。

 

 今しがた自分が斬り捨てた賊には一切目もくれず、男はもう一度女達の傍へ寄った。

 

「あなたは……?」


 母親の言葉に男は首を傾げた。何を言っているのか分らない、と言うように。

 男はナズナを背負い、その母親に向かって手を差し出した。へたり込んでいたが、引っ張り上げられて立ち上がる。

 どうやらこの男は自分達を連れて逃げてくれるらしい。

 

 だがこの人が信用に足る者だという証拠はない。今にも走り出しそうな男の手をぎゅっと握って止める。

 他の賊達が異変に気付いてこちらに来る気配がした。猶予は僅かも無い。

 

 ふと何故か、娘と先ほどまでしていた会話を思い出した。

 

「瑠璃色の……」

「――――っ」


 相手が切羽詰まった様子で何かを言ったが理解出来なかった。言葉が通じない。

 ああ、この人なのだ。ナズナが助けた山岳部族の男性。それが分かると他の事はどうでもよく感じた。

 

 ふわりと微笑を浮かべる。瑠璃色の男が訝しげに覗き込んできたのが可笑しかった。

 娘が手に握りしめていた小刀はさっき取っておいた。胸の前に持って行く。


「私は一緒にはいけません」


 足が不自由な自分ではとても里の外に出られないと自覚している。

 

「娘をお願いします」


 どうか、どうかその子は生き延びて、出来る事なら幸せになってほしい。

 賊の目的は分かった。ナズナは奴等が求めているものを持っている。捕まればむごい仕打ちが待っているのは目に見えている。

 

 母親の意図を察したのか男は険しい顔をして、言い募る語気を荒げて手を握る力を強めた。

 良かったわねナズナ、この人はとても良い人よ。教えてあげたかったがどうやら出来無さそうだ。

 

 無理やり手を離すと、乱暴に刀を振った。早く行ってくれと示すために。流れる涙を拭いもせず。

 

 何度か後ろを振り返りながらもナズナを連れて立ち去った男の姿が見えなくなると同時に、逆方向から複数の足音が近付いてくる。

 

「おい! まさかコイツ等、お前がやったんじゃねぇだろうな?」


 ぞろぞろと数名の賊が鬼の形相で前に立ちはだかる。

 ちらりと血まみれの死体を一瞥してほくそ笑んだ。手にしていた小刀をこれ見よがしに前に出す。

 

「さてね、ここはカリナンの里。女だからと甘く見てたら痛い目遭うよ」

「……それで? そんな小っさい刀一つで俺等全員とやり合う気か?」


 多勢に無勢。勝敗なぞ火を見るより明らかだ。しかも賊を殺したのは瑠璃色の男で、本当は剣の振り方は基礎くらいしか知らない。だが小刀に血の一滴もついていない事に賊達は全く気付いていないようだ。

 最初から勝負する気なんて更々なかった。ここに残ると決めた時点で覚悟は出来ている。


「見てなさい、あんた達の思うようには絶対いかない。させない、カリナンの誇りに賭けてこの雪辱は必ず晴らす」


 例え何人死のうとも辱められようとも。残った者がコイツ等を滅ぼすだろう。

 自分に今出来るのは、賊にこの身体を好きにさせない事くらいだけれど。

 

 小刀を自分の首に添わせ力いっぱい掻き切った。

 

 夫がもしもの為にと家に残して行った刀で最後を遂げられたのがせめてもの救いだ。

 本当はもう一度会いたかった。あの人が里に帰った時に迎えてあげたかった。

 

 ナズナと一緒に「おかえり」と云えたら良かった。

 

 涙のせいなのか視界がぼやけて何も見えないはずなのに、夫と娘の笑顔がはっきり見えた気がした。




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