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先程からずっと、黙々とエイシェンの後をついて歩いている。
木々が生い茂っていて、僅かに薄暗く感じる森の中だ。
ナズナは馴染の深いこの光景を不思議な気持ちで眺めていた。
エイシェンが約束通り里へと案内してくれている。一体どうやって下山するのかと思っていたら、それは思いもよらないものだった。
エイシェンの村から少し山を下った所に人工的に掘ったものらしい洞窟があった。
その中は壁面全体におびただしい彫刻が施されていて、一番奥に奇妙な仕掛けがあり、その横の床が大きく円形に切り取られていた。
エイシェンが慣れた手つきで仕掛けを操作すると、信じられない事に円形に切り取られたところの床がゆっくりとしたスピードで真下に降りはじめたのだ。
怖くて暫くエイシェンに引っ付いていたナズナだったが、次第に慣れてくるとキョロキョロと忙しなく視線を彷徨わせていた。
古代文明のものだろう。
ナズナは詳しくは知らないが、この大陸は昔は高度な技術を持った文明が栄えていたのだという。
その技術は何故か失われ、現在を生きるナズナ達人類は古代人が日々使用していたであろう技術の結晶達を使いこなせずにいる。
「エイシェン、これ、どうして?」
「……分らない」
どうして使い方を知っているのか、と問うたのだけれど、上手く伝わらなかったのかエイシェンは首を横に振るだけだった。
「みんな、知ってる?」
この質問にもエイシェンは同じように首を振った。
村の皆は知らないようだ。という事は、この仕掛けを使って山岳に住む人々が易々と山を下りているわけではないのだろう。
エイシェンがここを知ったのも、もしかしたら偶然なのかもしれない。
彼は山を知り尽くしていた。探索しているときにでも見つけたのかもしれない。
そして暫く下降していると、一番下の地面まで辿り着いて仕掛けは止まった。
山の上にあった洞窟と同じような場所に着いて、そのまま外に出る。
すると目の前に広がっていたのは、ナズナの里のある森の風景だったのだ。
こんな事があるのかと、半ば現実を受け止めきれないままナズナはカリナンの里へ帰ってきた。
「……っ!!」
長閑な森の景色から一変、焼け焦げて煤にまみれ倒壊した建物、灰黒い瓦礫と、荒れ果てたかつて畑が広がっていたであろう土が広がっている。
予想をはるかに上回る凄惨な光景だった。
「誰か……」
無意識のうちに走り出そうとしていたナズナの手をエイシェンが咄嗟に掴む。
「ナズナ」
「エイシェン……だいじょうぶ」
心配そうに眉根を寄せて見つめてくるエイシェンに、何とか笑顔を作った。
渋々といった様子でエイシェンが手を離すと、今度こそ走り出した。
一番最初に向かったのはやはり自分の家だ。
村でも奥の方に位置しているからか、家に辿り着くまでに大体の様子は見て回れた。
どこもかしこも酷い状態だ。人がいる気配はまるでない。
ナズナの家の方にまで火の気は来なかったらしく、煤だらけになっているものの、建物自体は比較的残っていた。
しかし、家の前には母親のものと思われる、どす黒く変色した血が未だこびりついているし、家の中は荒らされて滅茶苦茶になっていた。
「ひどい……」
決して楽観はしていなかった。けれど目の当りにすると、あまりの惨状に頭がついて行かない。
どんなに荒れていても、この里に戻って生きていくのだと思っていたけれど、これでは到底人が生活して行く事は不可能だ。
陰鬱とした気分で一通り見て回ったナズナだったが、ふと気が付いた。
狼煙を上げた人物は、まだこの里にいるのだろうか。
家を飛び出して、そして里の外れので見つけた。
そこだけ沢山の花が咲く場所で。
ジッと一点を見つめて立つ少女の後姿が視界に入って、ナズナは駆けだす。
「レンリ!」
少女の背中に呼びかけた途端、素早い動きで身体を反転させ、腰に提げていた刀に手を掛けた。
鋭い視線を向けられたのは一瞬で、すぐに驚きに見開かれ、次いでレンリもナズナに向かって足を進める。
「ナズナ姉……! ナズナ姉、無事だったんだ」
「レンリも」
強く強く抱きしめ合い、お互いの存在を確かめ合う。
そして少し身体を離してレンリをもう一度見る。服装は草臥れてはいるが、特に怪我をしているという事はなさそうだ。
「ナズナ姉、どこにもいないから心配した……。今までどこに?」
「賊に襲われた時に居合わせた他の村の人がいて、そこでお世話になってたの。でも、昨日狼煙が上がったのが見えて」
「気づいてもらえて良かった」
その口ぶりからすると、レンリが上げた本人のようだ。
「ねぇ、レンリ。お父さんは? お父さんも今ここにいるの?」
男達と共に村の外へ仕事へ出ていたレンリが戻ってきているという事は、ナズナの父も帰って来ているはずだ。
だが、まだレンリ以外の誰の姿も見ていない。
「……順を追って説明するから、落ち着いて聞いて」
勿体ぶった言い方をするレンリに、途轍もない不安に駆られた。どくどくと早く大きくなる心臓。必死に冷静になろうと努めてナズナは頷いた。
「賊が、男達がいない時にこの里を襲ったのは偶然じゃなかった――」
レンリが語った内容は、衝撃的なものだった。
森の中にひっそりと存在を知られる事無く、自給自足で細々と暮らしてきたカリナンの里が襲われるという事が本来ならあり得ない。だが事実起ってしまった。
襲うだけの価値があるのだと、彼等は知っているようだった。
的確に商品になるであろうモノだけを選んでいたから。ナズナももう少しで連れて行かれるところだった。
この里の中には、喉から手が出る程欲しくなるモノを身に付けている人達がいるのだ。
賊はそれを奪おうとしていた。
そしてもう一つ、それだけのモノがありながら、これまで平和にやって来れていたのは、男達の仕事が関係している。
この里は昔から王家に忠誠を誓い、王家の為に敵を屠る事を生業としてきた。決して表舞台には出て来ないものの謎の最強の部族と一部で囁かれるほどだ。
戦闘能力の抜きんでたカリナンの隠れ里の存在が、外に流出したという事は、王家かそれにほど近い国家の中枢を担う何者かが、賊を仕向けたとしか考えられない。
男達が、任務の為に里を空けたタイミングに合わせたのだから疑いようもなかった。
そして里が襲われた後、生き残った者達はここから一番近いセンランの村に避難しているらしい。
「それで……お父さん達は……?」
「軍人にだまし討ちにあって、みんな、殺された」
「う、そ……」
レンリは苦しそうに眉根を寄せながら首を振った。
「生き残ったのは、わたしを含めて三人だけ」
頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。
がくりと膝をついて座り込んだナズナは、少し後になってから耳を塞いで自分が大声で叫んでいるのに気付いたのだった。